あたりはすっかり暗くなったが、沖縄の夏だけあって一切の寒さはない。
かといってじっとりとするような不快さもなく、傷で熱を持った身体にはちょうどいい気温と湿度だった。
「やっぱり、國枝が『貌なし』だったんだ」
みんなから少し離れ、波を眺めているとカルマが話しかけてきた。
『貌なし』が俺だと疑っていた彼は、一番そのことを気にしているのだろう。
「責めるか?」
「そうしたいとこだけどね。あんなのを見せられたら、問い詰める気も失せたよ」
本当なら、嘘をついたことを責め立てたいだろう。そうされても俺は文句を言えない。
けどカルマは俯くだけで、追及はしてこなかった。
「けどさ、やりすぎ。殺し屋相手に一対一を挑むのは……俺も最初はやろうとしたことだから強く言えないけど、銃弾を弾こうとするなんて」
反論する気はない。
俺は黙って、肯定も否定も示さなかった。
「まだ続ける気?」
カルマがそう続けても、沈黙を貫く。
続けると言ったらまた何か言ってくるだろうし、続けないと言っても嘘だとばれる。
どちらにせよ、俺はやめるつもりはない。ここで問答をしても無意味だ。
「國枝くん、カルマくん! 殺せんせーが呼んでるよ!」
気まずい沈黙は、渚の呼び声に消えた。
△
「肝試しだぁ?」
「先生がお化け役を務めます。久々にたっぷり分身して動きますよぉ」
大事な用だからってホテルからちょっと離れたところに集まってみれば、こんなことで呼び出しやがって。
男女ペアとなって、この先にある洞窟を抜けてくるという遊びらしい。
「もちろん先生は殺してもOK! 暗殺旅行の締めくくりにはピッタリでしょう」
タコスケが……
わかりやすくにやついた顔は、何かしらを期待しているときの表情だ。とくに、顔の端から端まで口が広がっていると、スキャンダルを待ち望んでいるということがわかる。
男女ペアということを聞いて、恋愛沙汰を期待してるのはすぐにわかった。
下世話だが……俺が強制帰宅させられないのは、殺せんせーの口利きによるところも多い。
『本当に危なくなったら、先生がマッハで病院に運びますから!』という必死さに、烏間先生は渋々ながらも首を縦に振った。
せっかくの夏休み旅行を、暗殺とテロリスト襲撃だけで済まさせるのは嫌だったらしい。
ため息をつく。特に何も考えずにくじを引いた。
△
「足元気を付けろよ」
「うん、大丈夫」
洞窟の中は暗かったが、殺せんせーが雰囲気を出すためと兼用でロウソクを立ててくれていたおかげで、見えなくなるといったことはなかった。
「こういうのは大体森の中とか神社の周りとかだから、こんな洞窟の中なんて新鮮だよね」
俺とペアになったのは、不破だった。
確かに神社周りなり森を進んでいくなりはよく聞く話だし、俺も経験があるが、こんな閉鎖的な空間で肝試しなんて、遊園地くらいしか知らない。
本島ならそうそう経験できるものでもない。これもまた、テストに勝った特権だ。
俺たち二人は怖がったりはしないものの、お互いつかず離れずの距離で先を進む。
あからさまに怖がったりするような奴はいないみたいで、前からも後ろからも声は聞こえず、静まり返っている。
「訊かないのか?」
俺は振り向くこともせず、進みながら口を開く。
「え?」
「不破のことだから、質問責めにあうかと思った。正体を隠す自警団なんて、漫画じゃよくある話だからさ」
「あはは、まあ珍しくない設定だよね」
珍しくないどころか、昔からある王道と言ってもいいだろう。
漫画やアニメ、それどころかドラマや映画でも、あらゆるジャンルで使われているネタだ。
まあ、俺はそういうのに出てくるような奴らのように物事をスマートに解決できるわけでもなければ、わかりやすい超能力も持ちあわせていないが。
「でも、こういうときって大概話したくないことだろうからさ」
これは経験則と言っていいのだろうか。
自警団がその行為をするのは、大なり小なり理由がある。正体がばれたときにそれを話すやつもいるが、俺は一切喋ってない。
「漫画と現実は違う」
「じゃあ話してくれる?」
俺は口を噤んだ。
「ほら、やっぱり。こういうときは、周りの人はこう言うべき。『話したくなる時まで待ってる』。くぅ~、一度言ってみたかったんだ!」
満面の笑みを見せる不破に、俺はきょとんとした。
気にしないように、気にさせないようにしてくれたと気づいたときには、少し頬が緩んでいた。
観察力に優れた生徒は何人かいるが、それを活かす方法は千差万別。
カルマは作戦立案やいたずら。渚は暗殺や弱点探し。そして不破は謎解き。
その三人には、加えて仲間をよく見ていると思わせる言動がある。こうやってその場に合わせて和ませることや、あえて挑発に出ることもある。
「だから、みんなあんまり國枝くんのことは喋ってないよ。傷だらけなのはすごい問い詰められたけど」
つまり、俺が暗殺者と戦ったことを知っているのは、あの場にいた奴らだけってことか。
その中で、俺が『貌なし』だと感づいたのは、実際に戦うところを見た(渚除く)男子と、不破だけだろう。
「ありがとね」
不破の言葉に、足を止めてしまう。
礼を言うのはこっちだ。聞きたいことが山ほどあるだろうに堪えて、しかも俺を気遣ってくれている。
彼女は俺の袖をぎゅっと掴んだ。
「私たちを守ってくれるために一人で戦ったって聞いたよ」
「それは……みんなが勝手に言ってるだけだろ」
「でも結果的にそのとおりになった。だから感謝してるの。でも、もう無茶はしないでほしい……かな」
不破の額が背中に触れる。
彼女の身体が震えているのを、俺は服越しで感じていた。
「漫画だと、裏でひっそり戦う奴はこうやって傷つくのが普通だ」
「漫画と現実は違うんでしょ?」
そう返されて、黙ってしまう。
「それに、どっちでも心配する人はいるよ。私だってそうだもん」
「心配?」
「そうだよ。あんなにぼろぼろになって、銃弾を受け止めるなんて……」
「受け止めたんじゃなくて……」
「そういうことじゃなくて、無茶しないでってこと。本当に死んじゃうかと思ったんだよ?」
心配してくれていることを嬉しく思う気持ちもあった。同時に、心配させたことに罪悪感を抱いた。
やっぱり、俺が弱いからみんなを不安にさせるんだ。
一人で何でもできるようになれば、きっと誰もが俺を気にしなくなる。どれだけ傷つけられようが、いくら血を流そうが関係なくなる。
だから俺はずっと隠して、一人で戦ってきた。
「みんなには黙っていてくれ」
まだ半数は何も知らない。
これ以上、俺のことで頭をいっぱいにさせたくない。
俺は、ただE組にいて、E組の一員として、E組を守れたらそれでいいんだ。
「國枝くんがそう言うならそうするけど、でもいいの?」
「ああ」
納得した様子ではなかった。だけど言った手前、彼女は『貌なし』の正体をバラすことはできない。
「困ったことがあったら、私たちを頼ってね」
「……ああ」
言いながら、俺は目を逸らした。
頼ることはないだろう。『貌なし』の共犯者になってくれ、なんて頼めるはずがない。
嘘でも首を縦に振ってしまえばいいのに、とっさにできなかった自分がいる。
銃弾が自分の身体を貫く幻覚が、どうしても頭から離れないのだ。あれがもし不破だったとしたら……なんてことを考えてしまう。
不安を取り除くために何か言おうとした瞬間……
「ぎゃーーー! が、ガチの幽霊が、琉球の呪いが!」
マッハで通り過ぎていく黄色い物体。見えなくても殺せんせーだってのは声でわかった。
どうせ何か勘違いしたり、自分のしかけたものに引っ掛かったりしたんだろう。
「あのタコのはしゃぎっぷりは、見てて奇妙だな」
「あ、あはは、そうだね」
△
肝試しも終わり、洞窟を抜けた先ではすでに何組かが待っていて、威厳もなく泣いている殺せんせーを見下ろしていた。
「なんでこんなに落ち込んでんだ、こいつは」
「この肝試しでカップルを作りたかったんだって」
思春期でなくても、そうやって囃されるのは誰でも嫌だ。あんな邪魔してできるわけないだろうに。
「だ、だって見たかったんだもん! 手ェつないで照れる二人とか見てニヤニヤしたいじゃないですか!」
「知らんがな」
「そういうカップルがこのクラスにいたとしてもさ、殺せんせーの前じゃ何もしたくないと思うぜ」
「ストーキングしてくるし」
「盗撮してくるし」
「エロガッパだし」
「酷い言われようじゃありませんか!?」
「自業自得だ、この変態球体」
ふと不破に目線を向けると、誰にもばれないように小さくウインクを返してきた。
殺せんせーの下心はともかく、まあ、企画自体は悪くなかったと言っておこう。