貌なし【完結】   作:ジマリス

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5 嵐の前

 時の流れは早いもので、もう五月。

 殺せんせーがE組に来てから一か月近くが経つが、暗殺の成果はほとんどなし。

 とはいえ少しはあって……面白いことに、殺せんせーの身体の色は変わる。

 普通は黄色だが、余裕のある時は緑と黄の縞々。怒った時は赤色、さらに怒った時は黒……などなど。ある程度は色で感情を察することが出来る。

 他にも動きなどで殺せんせーを思い知ることが可能だ。例えば……

 

「なんだあれ」

 

 渚とカルマとともに登校しているところ、学校近くの菓子屋で殺せんせーが金髪の女性に抱き着かれているところを見てしまった。

 

 傍には過剰なラッピングがされた車がある。ドンドンと中から誰かが叩いているようだ。

 ははぁん。誰かが女性をナンパし、殺せんせーがそれを助けたってところか。

 

「思いっきりデレてるね、殺せんせー」

 

 彼にひっついている女性は、遠目から見てもわかるほどの美貌で、しかもかなりのスタイルの持ち主だった。

 

 綺麗な白い肌、メリハリのついた顔。日本人ではないようだ。

 豊満な胸を惜しげもなく押し付けられて、殺せんせーの顔はわかりやすく崩れている。

 

 いくら殺せんせーがヅラとつけ鼻を装着していても、あれだけ近づけば人間じゃないってことくらいわかりそうなもんなのに……

 

「エロいことを考えてる時はピンクになると思ったが、安直だったか」

「まあ色が変わらなくても、あんだけ伸ばしてる鼻の下と波打ってる触手でバレバレだけどね」

 

 こういう具合に、豊かな感情を身体いっぱいで知らせてくる殺せんせー。

 それを見る俺たちの視界の端に、坊主頭が映る。

 同じクラスの岡島大河(おかじま たいが)。彼もまた、殺せんせーと同じような緩みきった顔を晒していた。

 

「おい、岡島」

 

 声をかけても、なにやらぶつぶつ言っている。

 彼は思春期の少年らしく、いやそれ以上にエロに敏感だ。

 黙って真剣な顔をしていればかっこいい部類に入るのに……

 

「殺せんせーがああなるのも無理はないな。あれだけの天然もの。俺もこの目で見るのは初めてだ」

「言い方」

「加工が悪いとは言わない。だが、やはり生には生のいいところが……」

「言い方ァ!」

 

 ばしっと頭を叩いてみても彼の表情は変わらない。目線も釘付けのままだ。

 

「ま、あんなドエロボディに触れられたら鼻血の一噴射や二噴射出るのもしょうがないってことよ!」

「その切り替えの早さはなんなの?」

「鼻血の単位に噴射って言葉使う人初めて見た」

「てか見てるだけで鼻血出てるじゃん、お前」

 

 俺たちのツッコミに動じることなく、その場を動かない岡島。

 俺はため息をつきながら、嫌がる彼を引っ張った。

 

 

「そんでさ、いま変化球練習してんだ」

「へえ、今度見せてくれよ。どんなふうになったのか、楽しみだ」

「おう! 期待してろよ!」

 

 朝礼の前に、杉野と談笑。

 殺せんせーが彼に野球指南をしたらしい。

 どうやら、杉野の手首は柔らかく、速球投げよりも変化球向きだとアドバイスしたとか。

 あれだけ投げても速度があまり変わらなかったのは、そういうことだったのか。

 剛速球を投げるプロ選手に憧れている杉野は、しかし落ち込むでもなくきらきらとした笑顔を向けてくる。

 彼を納得させるだけのことを、殺せんせーは示した。それが何で、どうやったかは知らないが、とにかく杉野の力になったのだ。

 

 一瞬、警戒が緩みそうになる。だが再び心を締め直した。

 たとえ杉野やカルマを救おうが、殺せんせーの企みがわからない以上は安心できないのだ。

 E組の教師になることは手段でしかない。その奥に潜む目的がまだ見えない。

 

 チャイムが鳴り、みんなが席に着く。同時に時間ぴったりに烏間先生が教室に入ってきた。

 

「今日から、新しく教師が加わる」

 

 それを合図に、がらりと扉が開いた。

 殺せんせーが入ってくる。烏間先生が指差したのは、その腕にひっついているもう一人だった。

 

「イリーナ・イェラビッチと申します。みなさんよろしく!」

 

 朝の女性(やつ)じゃねーか!

 俺は思った。渚もカルマも岡島も同じことを思ってるだろう。

 

「本格的な外国語に触れさせたいとの学校の意向だ。英語の半分は彼女の受け持ちで文句はないな?」

「仕方ありませんねえ」

 

 烏間先生の言葉で、そういうことかと納得した。

 

 学校の意向。それがありえないことは、俺たちはよく知っている。落ちこぼれのE組のために、学校がわざわざ教師を招くはずがない。

 殺せんせーが来る前、たった一人の教師に全教科を任せていたくらいだ。

 となれば、政府が送り込んだ刺客に違いない。

 

 つまり、朝から仕掛けられていたのだ、この展開は。

 イェラビッチさんの表情も仕草もよく作られているが、本心からじゃない。わかりやすい色仕掛け(ハニー・トラップ)

 だが、殺せんせーはにゅるにゅると触手を動かして、喜びを全身で表現している。

 これは、ひょっとするとひょっとするかも。

 

 

「烏間先生。イェラビッチ先生の履歴書とか、経歴書みたいなのってありますか?」

 

 昼休み。

 殺せんせーもイェラビッチ先生もいない間を狙って、俺は職員室の烏間先生に声をかける。

 休み時間だというのにカタカタとキーボードを打ち込みながら、飲むゼリーでエネルギーチャージしていた。

 この人ちゃんと飯食ってるんだろうか。

 

「気になるか?」

「そりゃ、こんな時期にE組に教師が来るなんて、明らかにおかしいでしょう。みんなも気づいてますよ」

 

 休み時間はもっぱらイェラビッチ先生のことで持ち切りだった。

 午前は英語の授業がなかったため、彼女の様子を窺うことはできなかった。

 暗殺対象や政府の人間とは違う彼女に期待する者もいたが、俺は幾ばくかの不安を感じて、拭いきれなかった。

 

 烏間先生は鞄の中から数枚の紙を出して、渡してきた。

 そこにはイェラビッチ先生のことが事細かに書かれている。誕生日、身長、体重、スリーサイズだったり……

 

 イリーナ・イェラビッチ。

 世界で十一の殺し(しごと)の実績あり。

 十か国語に通じ、料理やマナー、楽器の演奏……それだけでなく、持ち前の美しさで人を魅了し、ターゲットに近づいて殺す。

 

 プロの……殺し屋。

 ついに来たか。

 俺たちがやってるような『ごっこ』ではなく、それを生業としてる者の登場。

 このクラスが本当に暗殺の場だと思い知らされて、一瞬目まいがする。

 

 歳は……二十。思ったよりも若いが、予想の範囲だ。

 

「殺し屋を学校が雇うのは問題だ。表向きは教師として、ちゃんとするように言っている」

 

 俺は顔をしかめた。

 

「不安か?」

「顔見ればわかるでしょう」

 

 この資料を見たところ、彼女に教師経験はない。

 それだけで判断するのは早いが、どうも彼女には教師を全うする気がないように見える。

 学校生活なんてどうでもいいことだと、ここで無茶な暗殺計画を遂行されてはかなわない。

 油断させて近づいてナイフで一刺し。それで上手くいくなら万々歳だが……爆発だとかでみんなを巻き込むのだけはやめてほしい。

 

 危険かどうかは近くで注視するほうが早いか。

 俺は校舎を出てすぐのグラウンドに足を運ぶ。そこではみんなが集まって、ボールを木製のナイフで浮かしたり、叩いたりしていた。

 烏間先生考案の練習だが……詳しい説明は省かせてもらう。

 

 ちょうど全体が見渡せるまで近づいた時、殺せんせーはイェラビッチ先生に何かを言われ、ロケットのように飛んで行った。

 おねだりされたのだろうか。

 色仕掛けにはまっている様子の殺せんせーはもう見えなくなり、空を見上げてもどこにもいない。

 

「えーと……イリーナ、先生? 授業始まるし、教室戻ります?」

 

 委員長の磯貝が、おそるおそる訊く。

 その瞬間、先生の纏う気配ががらりと変わった。

 

「授業? ……ああ、各自適当に自習でもしておきなさい。それと、ファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる?」

 

 殺せんせーに見せていたのとは全く違う、嫌悪感まるだしの表情。

 それどころか、中学生の前でタバコを吸い始めた。

 甘えた顔も声も一切ない。こっちが素だろう。

 

 その様子に、みんなは驚きつつもむっとした。

 子どもだからか、E組だからか。見下す目は、俺たちが一番よく見る目で、一番嫌いな目だ。 

 生徒を生徒とも思わない大人の目。

 

「なんだか、また面白そうな人が来たね。いじりがいがありそう」

「そういう視点で見るのはお前くらいだ、カルマ。授業やる気ない先生なんて、こっちからしたら迷惑でしかないだろう」

「で、どうすんの、ビッチねえさん」

「略すな!」

 

 ひどいあだ名で呼ぶカルマに対して少し取り乱したものの、イェラビッチ先生はすぐに平静さを取り戻した。

 

「大人には大人のヤり方ってもんがあるのよ」

 

 彼女が俺たちからふいと目を離す。

 俺たちの登校路の向こうから、何かがやってくる。黒塗りの大きな車。スモークが貼ってあるせいで、中はまったく見えない。

 それは目の前で止まると、急停止した。中からは、屈強な男が三人出てきて、無言で中から何かを取り出している。

 ずっしりと重たそうな大きい鞄を背負って、その男たちがイェラビッチ先生の後ろに立った。

 

 彼女の武器は、その身体や技術だけではないのだ。

 今までで手に入れたコネ。それもまた立派な武器。

 従う男たちを使うのが、イリーナ・イェラビッチのやり方の一つなのだ。

 

「見ておきなさいガキども。プロのやり方ってものを見せてあげるわ」

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