貌なし【完結】   作:ジマリス

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50 ざわめき

 堀部イトナとシロ、そして『蟷螂』が消えてしまって呆然としていたカルマ、渚、不破はいったん殺せんせーとともに施設の中に入った。

 俺も無理やり連れられて、中に入れられる。

 

 殺せんせー好みの女性が集まるというのはどうやらシロが流した嘘のようで、レッスン場には誰もいない。

 広い空間に明かりもなく、俺たちは乱れた息を整えた。

 

「い、いきなりすぎて頭がついていけないよ」

「ほんと、下着ドロを捕まえにいったはずなのに、シロとイトナが現れるわ、殺せんせーがエネルギー砲を放つわ。それに……國枝も来たし」

 

 カルマがじろりとこっちを向く。

 修学旅行の時点でカルマはすでにその答えにたどり着いていた。そして普久間島でのことが答え合わせになり、その後で俺は白状していた。國枝響は『貌なし』であると。

 

「やっぱり、國枝くんなの?」

 

 渚の、いや周りの目が、俺を『貌なし』ではなく國枝響を見る目になる。

 こうなったらもう隠せない。俺はフードを取っ払い、マスクとゴーグルを外した。

 

「そんな……本当に……」

「國枝くんが『貌なし』……?」

 

 間近で見ても、まだ信じられないといった反応の不破と渚。ただ一人、カルマだけが正解に喜ぶでもなく真顔でこちらを見ていた。

 普久間島での戦いは、國枝響=『貌なし』の疑念を強くしたが、面と向かって正体を聞いてきたのは烏間先生とカルマだけだ。

 他の二人も俺が『貌なし』だと感づいていただろうが、はっきりとした答えを突きつけられて狼狽している。

 

「みんなはここにいろ」

「國枝くんは?」

「あいつを止める。誰かが犠牲になる前に俺がやつを倒す」

 

 外へ向かう俺を、不破が袖を掴んで止めた。

 

「待ってよ。みんなに協力してもらおう? 殺せんせーだっているし、烏間先生だって、ビッチ先生だって手伝ってくれるよ」

「それが嫌なんだ。今回は運がよかったが、お前だって殺される寸前だったんだぞ。みんなにまでその危険を冒してほしくない」

「だったら……だったらほら、警察に通報しようよ。こっちには襲われた傷だってあるんだし、流石に動いて……」

「相手は人体実験までやってのけるシロだぞ。隠されて、もみ消されて終わりだ」

 

 触手に詳しく、暗殺のことも知っている。シロは防衛省とはまた別口で政府に通じているはずだ。

 殺せんせーの様々な弱点を理解しているにも関わらず、それが俺たちにも伝達されていないのは、シロとその研究が高度に秘匿されているからだ。

 研究経過が表に出せないことは、堀部を見ればわかる。倫理的に良くないことなのだろう。国はそれを公にされたくないはずだ。

 

「俺が出れば、あいつは姿を現す。俺ならあいつを倒せるんだ」

「みんなを頼ってくれるって言ったじゃん」

「それとこれとは別だ。俺はお前たちに死ねとは言えない」

「じゃあ國枝くんが死ぬかもしれないのを知っておいて、黙って見てろって言うの!?」

 

 不破がヒートアップしてくる。

 

「それが嫌だから、みんなで國枝くんの力になるって決めたのに……」

 

 だから、下着ドロのことを俺に知らせてこなかったのか。不破だけじゃなく、俺を心配した全員が。

 俺は心の中で毒づいた。

 普久間島での戦いが、校舎での鷹岡とのやりあいが、『レッドライン』との死闘が、俺を追い詰めて彼女たちを心配させた。

 いや、もっと前。俺がE組にいてしまったから、友達になってしまったからこんなことが起きたんだ。

 

「間違いだった。こんなことになることが分かってたなら、お前たちに何も話してなかった」

「なにそれ」

 

 袖を掴む力が強くなる。その時、俺は不破の顔を見てしまった。

 不安と悲しみ、そして怒りが広がっている。

 

「なにそれ! 全部否定する気!? 私たちに話してくれたことも、私たちが國枝くんを心配して力になろうとするのも、全部全部間違いだったって言うつもり!?」

「間違いだろうが!」

 

 不破以上の怒号を発した俺にびくついて、彼女が手を離す。

 

「俺がいて、『貌なし』だってことをお前らが知って、だからこんなことになった! ああ、間違いだったよ、全部な!」

 

 俺が『貌なし』だと知ってしまったから、彼女たちは俺を危険から遠ざけた。

 その結果がこれだ。不破はもう少しで殺されそうになっていたし、他のみんなも危なかった。

 

「俺だけが負うべき危険に、お前を巻き込んだ」

 

 引っ込めるでもなく掴むでもない、伸ばしたままの手を払った。

 

「俺は……独りでいるべきだったんだ」

 

 不破は顔を俯かせる。そのせいで表情は見えなくなったが、おぼつかない足取りと小さく聞こえる嗚咽で、だいたいはわかる。

 彼女はすとん、と床にへたりこんで、手で顔を覆った。

 

「不破……」

「もう知らない。勝手にしてよ……」

 

 涙まじりの声は震えているが、しかしはっきりと拒絶の意を示した。

 

「行って。もう行ってよ」

 

 追い払うように手をひらひらとさせる。

 そうさせたのは俺なのに、ひどい後悔の念が一気に押し寄せてくる。

 もういまさら言い繕えないし、その気もない。俺はそれに従ってまた扉へ向かう。

 

「待ってください、國枝くん」

 

 次に引き留めたのは、殺せんせーだ。

 

「せめて私を頼りにしてください。あの男……『蟷螂』をすぐ探せますし、普通の人間相手なら遅れをとりません」

「頼りにしてくれ?」

 

 俺はその言葉につっかかった。

 

「頼りにしてくれだって? あんたを?」

 

 詰め寄って、今まで誤魔化していた言葉を全てぶつけてやる。

 

「あんたがいながらこの事態が起きた。いや、あんたがいたからこうなった。なあそうだろ。俺たちを守ってくれるって言ったのに」

「殺せんせーはイトナくんの相手で忙しかったし……」

 

 渚がフォローに入る。それが俺の癪に障った。

 

「合宿のときも夏休み終わりのときも、こいつは誰も守ってくれなかった」

「守ってくれなかったわけじゃなくて……」

「そう思わされた!」

 

 この日一番の声が響いた。

 殺せんせーだけじゃなく、あのカルマでさえ目を丸くしている。

 

「俺との約束を、たった一つだけの約束を、あんたは守ってくれなかった。ずっと近くにいたのに、何もかもができるだけの能力があるのに、お前は何もしなかった」

 

 頭に浮かんだ罵詈雑言を吐き捨ててやりたい気分だった。

 だが、思いとどまる。

 結局は俺のせいだ。俺が殺せんせーを信じてしまったのが悪い。

 世界は理不尽なものだと知っているはずなのに。誰にも期待しちゃいけないって分かっているはずなのに。

 

 自棄気味だったカルマを助けてくれたこいつならと、淡い希望を持ってしまったのだ。

 何度同じ馬鹿をやれば気が済むんだ。恥を知れ、國枝響。

 

「せめて治療を……」

「触るな。俺に触れたら、お前から暴力を受けたと報告するぞ」

 

 俺たち生徒が使える唯一の脅しを、殺せんせーに向ける。

 この言葉は効果てきめんだった。触手がわずかに俺から離れる。

 それでいい。お前にはお前の目的があるんだろう。それが何かは知らんが、そのためにE組を離れるわけにはいかないはずだ。

 ならこんな生徒一人くらい放っておいてくれたらいい。

 

「お前じゃ無理だよ。俺たちが……」

「断る。俺が、俺だけでやる。誰も邪魔するな」

 

 手を取る代わりに、カルマにスマホを投げつける。

 今度こそ、止める者はいなかった。

 

 

「ちょっと待ってね、いま紅茶淹れてるから」

 

 E組を捨てて、俺が向かったのは立花の家だ。

 立派な一軒家。

 

 彼女は何も訊かずに招き、家に入れてくれる。

 玄関に出ている靴は一足だけ。ここには他に誰もいないのだろうか。俺を入れたということは、少なくとも今は一人だということだろう。

 細かく詮索する気なんてないが。

 

 着替えろとは言われず、そのままの格好でリビングに通される。

 

「まーた傷をつくってきたみたいだね。私とやったときよりも鮮明な匂い。血がいっぱい出てるね」

「相変わらず異常な嗅覚だな」

 

 俺はマスクとゴーグルをテーブルに置き、フードを脱いだ。

 

「まーね、一番の取り柄だから。それで、わざわざ私のところに来たってことは、この鼻が目当て?」

「そうだ、力を貸してほしい」

「……珍しいね、響くんがそう言ってくるの」

 

 立花は対面に座ると、紅茶の入ったカップを差し出してくる。

 俺がそれを一気に飲み干すと、彼女はにこりと笑った。

 

「いいよ、手伝ってあげる。私は何をすればいいの?」

 

 正直、頷いてくれるとは思ってなかったから、俺は内心驚いた。

 だが好都合。雨の中でも俺の匂いを嗅いだような奴だ。その能力が今は必要だ。

 

「匂いを追えるか?」

「警察犬みたいに? 特殊な匂いがして、濃ければいけるよ。響くんのこともそうやって見つけたから」

「特殊な匂い?」

「ようは、他と似たような匂いじゃなければってこと。あと私がそれに興味を持てるか、かな」

 

 どちらもよくわからない。特に、興味の持てる匂いなんてのは彼女のさじ加減だろう。

 詳しく訊くことは諦め、俺はナイフを一本放り出した。べっとりと血の付いた、『蟷螂』の武器だ。

 

「ある男を追ってる。これの持ち主だ」

 

 彼女はそれを持ち上げて、興味深そうに掲げたあと、鼻を近づける。

 うんうんと頷いて、ナイフを机の上に戻した。

 

「条件が一つだけ」

 

 このナイフについてや、ある男についてのことは一切訊いてこず、彼女はそう言った。

 

「響くんは、なんで『貌なし』になったの?」

「……それを話すことが、交換条件か?」

「だって、私は自分のこと言ったのに、キミはだんまりだなんて不公平でしょ?」

「あの時はお前が勝手に……」

「まあまあ。そんなことは置いといて。言うの、言わないの?」

 

 何も言わなければ、『蟷螂』を当てもなく探すことになる。

 それは無理だ。堀部のことだって、まったく探し当てられなかった俺が、手掛かりなく見つけられるわけがない。

 

 仕方なく、俺は口を開いた。

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