貌なし【完結】   作:ジマリス

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56 クソ野郎

「で、これで抑えられんのかよ」

 

 吉田と村松が、先頭を歩く寺坂に疑問を呈する。

 彼に支えられている堀部はふらふらしていて危なっかしいが、触手の持ち主だ。

 今はそれを、対触手生物用ネットを巻いたバンダナで抑えてるが、それもどれだけ効果があることやら。

 

 こいつを引き取ったからには、何か考えが……

 

「どーすっべ、これから」

「考えなしかよ!」

「任せろっつったろ、お前!」

「うるせー! 國枝、お前なんかねえのか、こんなかじゃ一番頭いいんだしよ!」

「俺は連れてこられただけだ。手なんか考えてるわけないだろ」

 

 俺は一度説得しようとして、失敗した。

 こいつの根底にある強さへの執着は、俺のものとは違う。どうにも堀部が納得できる着地点が見つからない。

 

「ずっと暴れっぱなしだったんでしょ。村松ん家のラーメンでも食べさせたら落ち着くんじゃない?」

 

 俺たちの中で、狭間だけがようやくまともなことを言う。

 確かに、触手はかなりのエネルギーを使うらしいし、こいつは少なくとも昨日の夜から飯を食ってないだろうしな。

 

 

 堀部は特に抵抗してくることもなく、村松の家兼ラーメン店である『松来軒』についてきた。

 今は村松本人が作ったラーメンをずるずると豪快にすすっている。

 やっぱり腹が減っていたのだろう。いい食いっぷりだ。表情はあまり変わらないけど、先ほどと変わって目に生気が宿る。

 

「マズいだろ、うちのラーメン。親父に何度言ってもレシピ変えやしねえ」

「マズい。おまけに古い」

 

 具を食いながら、堀部は文句を言う。

 

「手抜きの鳥ガラを化学調味料でごまかしている。トッピングの中心には自慢げに置かれたナルト。四世代前の昭和のラーメンだ」

「めっちゃ言うな、こいつ!」

 

 村松はムっとするが、分析も出来てちゃんと喋れるのはいい傾向だ。

 とはいえ落ち着きを取り戻しはしたが、まだ触手を手放そうとはしない。

 ならば……

 

 今度は吉田の父親が社長をやっている家兼バイク屋へ。

 

「どーよ、イトナ! マッハよりは遅いけどよお、これも爽快だろ」

「悪くはない」

 

 吉田がバイクを駆り、エンジンを吹かす。

 後ろに乗っている堀部はわかりやすく笑っているわけではないが、少し楽しそうに見えた。

 

「あれいーの、無免許で?」

「家の敷地内だし、まあセーフ」

 

 堀部もまあいい気分みたいだし、効果はあるかな。とか思っていると……

 吉田が高速ターンを見せつけようとして……堀部は吹っ飛び、草むらに頭から刺さっていた。

 

「おいおい、大丈夫かよ! また暴れだすんじゃねえか!?」

「だ、大丈夫だろ、たぶん……」

 

 吉田と村松が大急ぎで堀部を救い出す。

 草むら抜けた堀部に怪我はないようだが……

 

「復讐したいでしょ、シロの奴に」

 

 すかさず狭間のターンに移る。

 七冊の本を彼の目の前に置いた。

 

「名作復讐小説『モンテ・クリスト伯』」

「暗い小説勧めんな。今の堀部には合わんだろ」

 

 悲哀と喪失を存分に感じられる名作。しかし効果があったとしても今から読み終える時間はない。

 ていうか執着をはがすのが目的なんだから、逆効果じゃないか?

 

「ふふふ、國枝はちゃんと全巻読破してくれたわよ」

「今それ言うと、その本が悪く見えてくるからやめろ」

 

 ため息をつく。こんな馬鹿をやってる暇はない。

 下手をすれば今夜にでも堀部の命は消えるかもしれないっていうのに……

 

 その堀部の身体が震えだす。表情は明らかに先ほどとは違っていた。

 目は血走り、バンダナを裂いて現れた触手が黒く染まっている。

 村松も吉田も狭間もすぐさま距離を取った。

 

「俺は……違う。お前たちみたいに適当な奴らとは……」

「適当だ? んな適当なこと言ってんじゃねえよ」

 

 たった一人、堀部の言葉に眉をひそめた寺坂が、その場から退かず言葉に怒気を含めた。

 

「自称真剣のお前より強い國枝が、クラス全員と協力した作戦でもあのタコは殺せなかった。全員必死でやっても無理なんだ。お前ひとりが命懸けて届くようなもんじゃねーんだよ」

「うるさい!」

 

 堀部の触手が稲妻のように空気を走り、寺坂へと牙をむく。

 だが……鞭で叩かれたような鋭い音を立てながらも、寺坂はそれを受け止めた。

 

「ほ、ほらな……俺にも勝てねえ」

 

 足と声が震えて、思いっきり歯を食いしばっている。

 誰がどう見てもやせ我慢だが、まあ正面からの一対一でも寺坂は勝てるだろう。

 それくらい堀部は衰弱してるし、寺坂はしつこい。

 

「だけど俺らは諦めねえ。何度負け続けようが、三月までに一回でも勝ちゃいいんだからな。今じゃねえ。いつかどこかで勝てれば、それで勝ちだ」

「勝てれば勝ちって……ほんとお前馬鹿丸出しだよな」

「うるせえ!」

 

 馬鹿っぽい言い方をしているが……寺坂の言ってることに間違いはない。

 強い弱いは関係なく、一人じゃできないことがあるのだ。人間には限界があって、触手を手に入れたとしても越えられないものがある。

 

 なんだか、憑き物が落ちたようにすっきりとした。

 

「もし、三月までに殺すビジョンが見えなかったら?」

「そうならないために必死になるんだ。今日も明日も、明後日もな」

 

 答えたのは俺だ。

 

 毎日を必死に生きる。だがそれは命を賭すこととは別だ。そんなことに、いまさら気づくなんてな。

 いや気づかされたんだ、寺坂に。ずっと俺を案じていてくれた仲間たちに。

 もっと早くに耳を傾けていれば、こんな時間がかかることもなかった。

 

「そのために、今死ぬわけにはいかない。死なせるわけにはいかないんだ」

「明日も……明後日も……」

「未来のことをちゃんと考えるなら、力貸してやるよ」

 

 ふ、と堀部から殺意が消えた。

 その目は暗殺者でも実験体でもなく、ただの中学生のものになった。

 

「執着が消えましたね、イトナくん」

 

 さっとやってきた殺せんせーが、ピンセットやらハサミやらメスやらを手に、じりじりと堀部に近づく。

 

「今から触手細胞を取り除きます。いいですね?」

「……ああ、やってくれ。明日からお前を殺しにいけるように」

「ヌルフフフ。待っていますよ」

 

 目を離していたつもりはないが、一瞬で触手は堀部から離れた。

 宿主がいなくなり、触手はさらさらと砂のようになって、風にさらわれていく。

 

「一件落着だな」

 

 俺は胸をなでおろした。

 堀部は心を開いて、触手を捨てた。明日から……いや、今から正式にE組の仲間入りだ。

 

「なかなか悪くねーだろ、協力ってのも」

 

 歳相応な表情の堀部を眺めていると、寺坂がそんなことを言ってきた。

 

「お前がそんなこと言うなんてな」

「ま、あいつらが馬鹿みたいに仲間仲間って言うからよ。影響受けたのかもな」

 

 暗殺という稀な経験を通して、みんなの絆は時間が経るごとに強まっていった。

 影響しつつされつつ、みんなは少しずつ前へ前へと進んでいく。

 

「あとはお前だけだ、國枝」

「俺?」

「俺ぁ馬鹿だからごちゃごちゃ考えるのは苦手だけどよ、何度も守られてきたことくらいはわかる。けどてめーだけが傷つくのは納得いかねえ。E組の誰かに頼れば、もっといい結果になったことだっていくつもあんだろ。それがわかんねーなら、お前は俺以上の馬鹿だ」

 

 俺はぽかんと口を開ける。

 こいつは、感謝というか謝罪というか説教というか……そういうことを伝えようとしてるのか?

 

「お前より馬鹿は困るな」

「自分から言っといてなんだがムカつくな……!」

 

 思った通りの反応に、俺は思わず苦笑してしまう。

 寺坂は不器用で馬鹿だけど……でも俺のことを考えてくれていることに偽りはなかった。

 

「一人で傷つく前に相談しろってか?」

「そうだよ。俺じゃなくてもいい。このクラスに何人いると思ってんだ」

 

 相談か。今までまともにしたことはないような気がする。

 そのせいで誰かが傷つくのが怖くて。

 

「俺は……いていいのか?」

 

 一番怖くて確かめられなかったことを、恐る恐る訊く。

 

「俺みたいな奴が、E組にいていいのか?」

「アホか。プール爆破までした俺を受け入れるような奴らだぜ。一人で突っ走るくらいの男くらい迷惑とも思わねーよ」

 

 俺の恐怖を吹き飛ばすように、寺坂は簡単に言ってのけた。

 

「それとも、そんな器量の狭いクラスだと思ってたのか?」

 

 超生物を毎日相手にして、殺し屋も倒したりして……全国の中学生の中でも、このクラスは図太く育っているだろう。

 だけど……

 

「普通なら、放っておくだろう」

 

 それを加味しても、こんな面倒くさい男は忌避したくなるようなもんじゃないのか。

 寺坂は俺の頭を掴んで、無理やり自分のほうへ向けた。

 

「一度しか言わねーぞ、國枝。てめーは、俺らの大切な仲間で、大事な親友なんだよ、クソ野郎。理由なんざ他にいるか」

 

 その目の中にあるのは、友情と──

 

「てめーが俺らを助けてくれたんだから、てめーも俺らを頼るくらいしやがれ。死にたくはねーけど、同じ傷を負うくらいはしてみせるぜ」

 

 どん、と胸を叩かれる。

 同時に、俺を縛っていた何もかもが崩れていくような気がした。

 今まで独りでやってきたことも、持っていたこだわりとかしがらみとか、そんなのがちょっと馬鹿らしく思えたきた。

 

「どいつもこいつも、落とされたくせにやたらとE組に居たがるな」

「けっ、てめーもだろうがよ」

「はっ、違いない。ははは」

 

 止まらず、止める気もなく、笑い声が心から出る。

 そのせいで身体が痛むけれど、心地よい感覚が上回った。

 

「落ち着いたら、腹減ってきた。何か食いにいかないか?」

「あぁ? さっき村松ん家でラーメン食っただろ」

「アホか、あんなまずいラーメンが晩飯って認めねえから」

 

 夜もどっぷり更けてしまったけれど、やってる店くらいいくらでもある。

 今日くらい、日が変わるまで笑い続けても罰は当たらないだろう。

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