「実は、その……私の存在は『レッドライン』にバレています」
急にそんなことを告白する律に、俺は驚いた。
「國枝さんが連れ去られそうになった時、銃を向けて威嚇をしてしまいまして……」
「律は感情的だな」
結局は俺を担いで素早く逃げる『レッドライン』を止めることはできなかったようだが……
極秘扱いの最新型AIなのに、わざわざ俺を助けようとするために正体を表すなんて、出会った頃に比べればずいぶん変わった。
「とりあえず、気にしなくていいんじゃないか。多分何か仕掛けてくることはないだろうし」
立花は律のことを一切言及してこなかった。ただ単純に興味がないからだろう。
あいつの標的はただ一人。俺……というか『貌なし』だ。
「ほらほら、主役が端にいてどーすんのさ」
いつの間にか傍に来ていた中村に押され、みんなが集まるところの真ん中に突き飛ばされる。
強引だな、と思いながら渚の差し出してきたグラスを受け取った。
「じゃあ、國枝くんとの仲直りとイトナくんの転入を祝いまして……」
「かんぱーい!」
各々がグラスを掲げる。そこに入ったジュースは天井のシャンデリアに照らされて、輝いていた。
「にしても、こんないいところよく貸し切れたね」
渚が周りをきょろきょろ見渡す。
最高級ホテルの、だだっ広い会場。配置されたテーブルには、一級品の料理やお菓子がこれでもかというくらい積んである。
「堀部の暴走の件、あれを使って烏間先生の上司をさんざん脅してやったからな」
「触手を使った人体実験、それによる被害、街中でのエアガン乱射。全部シロが糸を引いていたとはいえ、許可したのはお偉いさん。律が録画した動画を見せたら、快く金とコネを出してくれたよ」
意地悪い笑みを浮かべる俺とカルマ。
重大な倫理・法違反を暴露されるのと比べたら、パーティの手配なんて軽いものだろう。
誰もリスクは負いたくないだろうしな。金を出すのが一番手っ取り早い。
「いやあ、中学生に下げた頭のハゲ具合は見ものだったね」
「カルマくんも脅したんだ……」
「というか、脅し文句に関してはほとんどカルマだ」
「『ちょっくら政府を脅しに行こうぜ』なんて言われたら、そりゃついていくしかないよね」
大量に汗をかいたおっさんの、ただでさえ心もとない毛が、カルマの一言一言で抜けていったのはまだ覚えている。
もの凄いねちねちと、厭味ったらしく、遠回しに次ぐ遠回しな言い方。ああいうのがお偉いさんには効くんだよな。
おかげで、このパーティの提案をしたときには、それだけでいいのかと感謝されたくらいだ。
俺だったらストレートに言ってただけだから、やはりカルマを連れて行って正解だった。
証拠をこちらが握っているぶん、生徒を巻き込むような計画はうかつにはできないだろう。
ただし、シロはそんなの関係なくやってくるだろうが。
みんなが食べ物を皿に乗っけてくるのに甘えて、片っ端から食っていく。それを見た誰かがまた追加してくる。
いやそれくらい自分で取ってこれるんだが。まあ、悪い気分じゃない。
頑張ったぶんくらいは動かずにいてもいいだろう。
ガッツリもりもりと食いながら、男子と談笑しつつ、女子を見る。
艶やかに着飾って、真剣な顔で生徒たちに何かを教えているビッチ先生の姿が中心にあった。
高級ホテルやこういった立食パーティでの服の選び方、食事を取る際の盛り付け方、それが与える印象についてレクチャーしている。
「こんなところでも授業か、熱心なことで。ね、烏間先生」
「無理やり来させられたが、俺もいていいのか?」
「なに言ってんですか。こういう場には保護者がいないとだめでしょ。それに、E組のパーティですよ。烏間先生やビッチ先生がいなきゃ始まりませんよ」
新品なままの彼の皿に、俺のを分けてやる。
珍しく、彼の顔がきょとんとしていた。
「どうしたんですか?」
「いや、変わったな、と思ってな。前までの君はそんなに柔らかな顔をしていなかった」
「あいつらのおかげですよ」
会場にいるみんなを指差す。俺の大事な友達である、三年E組を。
「ちょっと殺せんせー! 積まれたそばからデザート取ってかないでよ!」
「す、すみません。食べ放題と聞いてつい……」
「あいつは変わらんな……」
「ま、まあ予想はしてましたけど……」
俺たちは苦笑しつつ、食べ物を平らげる。
究極生物とそれを暗殺しようとする生徒、補助する防衛省に、殺し屋。
交わることのない人間たちが混ざり合って、奇妙な輪がある。そして、その人たちがいなければ変われなかったであろう人間も。
「ほらほら、あんたが主役なんだから、真ん中来なさいよ」
ビッチ先生の講義が終わったのか、真剣に聞いていたうちの一人である中村が俺の手を引っ張る。
俺はよろこんでそれに応じる。
俺だって、その輪の中の一人なんだから。
△
スピーチやら質問攻めやら、三十人近くを一斉に相手するのは至難の業だった。
それでもやりきったことは褒めてほしい。
ようやく壇上から降りることを許されて、解放感にほっとする。
会場はまだまだ元気に盛り上がっている。
なにやらカラオケもあるらしく、機材が運ばれてきてからずっとみんな歌い続けていた。
俺は無理。
椅子に座り、満足げに腹を撫でる殺せんせーの隣に座った。
「いやはや、ほとんど食べられてしまいましたよ」
「服の中にぱんぱんに入れておいてよく言うよ。持って帰る気ですか?」
「にゅやっ、いや、これは誰も食べてなかったから袋に詰めただけで……」
「別に言いふらしたりしないよ」
すぐにまた補充されるだろうし……それに言いふらさなくても、一生懸命にスイーツを詰める殺せんせーの姿はみんなにばっちり見られてる。カルマなんかカメラで捉えてた。
「これで肩の荷が下りたか? 手のかかる生徒の問題が解決したことだし」
「いいえ、解決はしていません」
殺せんせーはばっさりと否定した。
『レッドライン』や『蟷螂』のことか?
いまだにあの二人は野放しのままだ。気になるとすれば、そのことだが……
「いっけんめでたしに見えますが、國枝君の根本の部分は何も変わってませんから」
俺の事? 予想外の返答に、俺は眉をひそめた。
「根本?」
「誰かが犠牲になる必要があるとなったら、それを回避する術を考えるのではなく、いの一番に手を挙げるのが君です」
実際には手を挙げずに、何も言わずに行動に移すけど。という言葉は飲み込んだ。
「自己犠牲といえば聞こえはいいですが、それは自己評価の低さからくる投げやりで危険な考えです。それと向き合わない限り、君は同じことを繰り返します」
否定はできない。
一度固まってしまった意志や信念は、そうそう崩れることはないのだ。
『蟷螂』にきついことを言われ、心が折れても変わらないものはある。
「君がそうなってしまったのは、私のせいでもあります。國枝くんの言う通り、大事な場面で私は役立たずでしたからねえ」
「……言い過ぎたとは思ってないよ。下手すりゃみんなの命に関わる問題だったんだから」
「ええ、重々承知しています」
だから、と俺は言葉を継いだ。
「もし、また危ない目に遭った時は……その時は、守ってくれるか?」
頼りないとはまだ思っている。でも信頼に足る人だとも知っている。
だからもう一度だけ信じさせてほしい。大人を、先生を、殺せんせーという一個人を。
「ええ、先生は必ず生徒を守ります」
にこりと笑って、彼は返した。
△
「はー食べた食べた。もう入らないや」
パーティが始まってから二時間。
会場の盛り上がりもはまだ冷めず、異様に上手い竹林の歌声と三村のエアギターが熱を上げる。
ただ、全員がついていけるわけではなく、中には座って談笑する者もちらほら。
俺の隣に座った不破もその一人だ。
「楽しめたか、不破」
「すっごく。こんな豪華なところで食べ放題なんて、夢みたい」
「そりゃよかった」
にこにこと笑う彼女を見てほっとする。
最近は、不破を失望させたり、悲しませてばかりだったから、これで少しは贖罪になっただろう。
なにより、彼女の笑顔を見てると落ち着く、
「國枝くんも、もういいの?」
「少し休憩。中心にいるのは慣れてなくてな。ずっと外側にいたから」
先ほどの質問攻めの中には、他愛のない質問が多数あった。誕生日がいつだとか、得意科目は何だとか。
今まで自分のことを何も言ってこなかったから、みんなも何も知らなかったこと。そんなつまらないことを、全員興味深く訊いてきた。
本気で知りたいと思っている目に感激して、少し潤んでしまったのは内緒。
「ありがとね。私を頼ってくれて」
「礼を言うのはこっちのほうだ。助けてくれてありがとう」
誰に何を言われても、ずっと孤独を感じていた。
ぽっかり空いた穴を埋めるためにいろいろやったが、その空虚は満たされることはなかった。
だけど、不破が『助ける』と言ってくれたから、『ここにいる』と言ってくれて、そうしてくれたから、俺は立ち直ることが出来た。
「國枝くんは強い人だから、一人でどうにかできちゃうんだって思ったんだ。私はむしろ邪魔なのかもって」
そんなことない、と遮ろうとして、制される。
「でも、仮に國枝くんが一人で何でもできるとしても、一人にさせる理由にはならないって思うんだ。國枝くんのことを心配する人が、少しでも國枝くんの助けになれたら……それはたぶん、なんていうんだろう……すごく幸せなことなんだよ、きっと」
それが助け合いというものなのだろう。
一方的な、与える与えられる関係ではなく、対等で、相手を想うからこその行動。
そんな単純なことを気づくのに、かなり遠回りをした。
「できれば、私が助けになれればなあって」
「なってるさ。なってる。誰よりもな。お前がいなかったらどうなってたことか」
どこにもたどりつけずに死んでしまうか、通報されて『貌なし』だとバレて連行されるか。
どちらにせよ、今のこのひとときを噛みしめることはできなかっただろう。
「不破がいてくれて、俺の人生は変わった。お前がいないと、俺はダメみたいだ。できればずっと一緒にいてほしいよ」
不破の身体が固まった。
みるみる顔が赤くなり、口をぱくぱくさせている。
急に金魚の真似されてもこっちが困るんですが。
「それって……」
目線をあっちこっちに行ったり来たり、指をもじもじしたり。
そんな反応をされると、なんだか恥ずかしいことを言った気になる。いや、実際言ったのか。
包み隠さず言うのはこそばゆいが……だけど、不破にはちゃんと伝えたかった。
言わなきゃ意味がない。そのことを、このE組に来て学んだ。彼女が教えてくれた。
「おーい、國枝! お前も歌え歌え!」
雰囲気酔いしているみんなが、俺を呼び立てる。
呼ばれたら行くしかあるまい。
俺は立ち上がって、不破に手を伸ばす。
勝利と平和の証に、デュエットで飾ろう。