貌なし【完結】   作:ジマリス

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58 次の闘い

「ほら、お好きなものどうぞ!」

 

 と言って、片岡と茅野がメニューを広げて見せてくる。

 休日に呼び出されたかと思えば、拉致されて喫茶店に連れ込まれてしまった。

 逃げられないように、左右をカルマと渚に挟まれる。

 

「奢られるのは嫌だ。その言葉だけで十分だよ」

 

 『貌なし』騒動のことで色々と負い目を感じているらしく、ここで少し返そうという魂胆らしい。

 そんなことしなくてもいいのに。

 

「俺に元気になってほしいというのはわかるが、その割には安静にさせないで、俺を連れ出そうとするよな」

「一人にさせたら、またいろいろしちゃうんじゃないかなって」

「そんなに信用ないかね」

「それはお前の胸に手をあててよーく考えてみてよ」

「反省してまーす」

 

 連れまわすといっても、それは放課後や休日の日中のことである。

 夜はみんな外に出ないようにしてるみたいだ。俺が見張る労を無くそうとしているらしい。

 そうでなくても『レッドライン』や『蟷螂』がまだうろついてるかもしれないのだ。E組じゃなくても、できれば家にいるようにしてほしいものだ。

 

「ところで、あっちの女子たちは何やってるんだ? 盛り上がってるみたいだが」

 

 俺は隣のテーブルをちらりと見た。

 

「えーっ、それってもう告白されたも同然じゃない?」

「うんうん、そうだよ。あっちもそのつもりだって、きっと!」

「いや、でも、あんまり態度変わらないし……」

「照れてるんだって!」

 

 不破を中心に、倉橋と中村と矢田がきゃいきゃいと騒いでいた。

 何について喋ってるかはわからないが、まあ楽しそうで何よりだ。

 

「國枝、照れてんの?」

「なんで俺に振るんだよ。喫茶店入って照れる要素ゼロだろうが」

 

 話の飛躍についていけない。

 まったく……とため息をつきながら、ウェイター衣装の磯貝に目を向けた。

 

 この喫茶店を選んだのには理由がある。磯貝がバイトしているところだからだ。

 俺を連れ出すついでに、彼の顔を見ておこうということらしい。

 

「磯貝がここでバイトしてるのは知ってたが、ずいぶん人気者だな」

 

 顔だけじゃなく、性格も良い。態度だって嫌みのない爽やかさがある。

 下に見られるE組だが、彼は本校舎の女子から何回も告白されたことがあるらしい。

 人望がある彼の周りには人が寄ってくる。それはここでも同じみたいで、常連のおばさまたちも磯貝目当てで来ているようだ。

 

「彼はイケメンですからねえ。先生と同じで」

 

 いつの間にか斜め向かいに座っていた殺せんせー。

 最低限の変装をして、皿に盛られたハニートーストを貪っていた。

 

「相変わらず先々にいるな、あんたは」

「本来バイトは禁止ですが、ここのハニートーストは絶品でしてねえ。これに免じて目をつぶっています」

 

 磯貝の家は裕福ではない。そのため学費や生活費の足しにするために働いている。

 だが学則ではアルバイトは禁止させられているのだ。それが一度見つかって、素行不良としてE組に落とされたという経緯がある。

 

 もちろん俺たちはチクるつもりはないが、もしも誰かに見つかったら今度はどうなるか。

 ルールを侵した者に対する見せしめとして、退学処分もありえる。

 

 紅茶を飲みながら、少し心配する。せめて卒業までばれなかったら、何も言われないだろうが……

 そんな平穏は、招かれざる来客者によっていとも簡単に崩されることになる。

 

 からんからんと入口の鈴が鳴り、漂う悪意が感じ取れた。

 

「おやおやおや、情報通りバイトをしている生徒がいるぞ」

「いーけないんだぁ~、磯貝くん」

 

 A組トップ学力の五人……五英傑がそこにいた。

 

 

 店内で話し合いは他の客に迷惑がかかる。

 磯貝と五英傑は店の外に出て、俺たちもすぐ後ろで話を聞くことにした。

 一対五は卑怯すぎる。すぐに口出しできるように構えておいた。

 

「浅野、このことは黙っててくれないかな。今月いっぱいで必要な金は稼げるからさ」

「……そうだな、ぼくも出来ればチャンスをあげたい」

 

 珍しく、浅野がそんなことを言う。

 

「ねえ、國枝くん」

「ああ。あの目、理事長そっくりだな。本人に言ったら怒るだろうが」

 

 ぼそりと、渚に耳打ちする。

 問答無用で処分を下すのでなく、学校へ報告もしない。

 これはただの優しさなどではない。何か条件をつけて、こちらに不利なことを飲ませるつもりだ。

 

「では一つ条件を出そう。君たちが闘志を見せれば、今回のことはなかったことにしよう」

「闘志?」

「椚ヶ丘の校風はね、社会に出て闘える志を持つものを何より尊ぶ。違反行為を帳消しにするほどの尊敬を得られる闘志を見せてほしいんだ」

 

 そう来たか。

 浅野の狙いが分かった。

 

「なるほど。頭脳で負けたからって、次は身体で勝つ気か」

「ふん、なんとでも言いたまえ。違反を起こしてるのはそっちだ。問答無用で学校に言いつけないぶん、ありがたく思ってほしいね」

 

 榊原蓮が立ちふさがる。

 彼は二年生のころから何かと近づいてきていた。

 特に得意とする教科が被っており、浅野を含めて一位、二位、三位を争っていたからだ。

 

「ありがたく思えだと? ふっかけてきた勝負に乗ってやろうってこっちの優しさがわからないか? テストで負けたのを挽回させるチャンスをやるっつってんだよ。勉強だけの頭デッカチャンには難しかったかな。そのお得意の勉強でも俺に負けたくせに」

「あ、当たり強くないかい?」

 

 あのころは別段、喧嘩を売りも買いもしなかったが、今回は別だ。

 なにせ文句を言われてるのが俺じゃなく、磯貝だからな。

 

「國枝はわりとこんなんだ。最近はそういう姿を見せなかったけどね」

「お前が見なかっただけだろ。E組になった奴には興味がないんだから」

 

 浅野と俺、両者とも冷たく言い放つ。

 

 一触即発のピリピリした空気が漂う。

 その間にカルマが割って入った。

 

「いいよ、受けてあげる。その代わり、俺たちが勝ったら、磯貝のバイトについては一切口出しさせないから」

「いいだろう。せいぜい首を洗って待ってることだな」

 

 俺たちはお互いを睨みつける。

 話の中心であるはずの磯貝は、おろおろとしたままま口を挟めずにいた。

 

 

「で、棒倒しで勝負することになったというわけか」

 

 翌日、俺たちはみんなに事情を話した。

 どこかで見た光家だと思ったらあれだ。一学期期末テストの時だ。あの時と、俺の立場は逆だけど。

 

「棒倒しって、男子だけの競技だよね?」

「ていうか、俺ら団体競技には出られないじゃん」

「それに人数差がひどい。あっちは二十八人、こっちは十六人だ」

 

 それぞれが眉をひそめる。

 

 今度ある体育祭の目玉の一つ、棒倒し。

 クラスの男子対抗で行われるそれは、普通ならE組が参加できない団体競技だ。

 そして、もし参加できたとしても竹林の言うとおり人数が違い過ぎる。

 

 だからこそ、と浅野は言った。

 E組がA組に挑戦状を叩きつけた形にすれば、本校舎の連中も勇気ある行動だと認めてくれるだろうと。

 綺麗ごとだ。

 

「ボッコボコにしてくるつもりだろうね。色々な理由つけて、A組をやる気にさせてさ」

 

 カルマも浅野の意図はわかっている。

 テストでE組がA組に勝ったことはまだ記憶に新しい。

 その記憶を、今回圧勝することで払しょくしようというのだ。次の中間テストに影響するくらいに痛めつければ、勉強でも勝つ。A組……というか浅野の狙いはそこだ。

 

「なあ、やっぱりやめておかないか。相手はあの浅野だし、何してくるかわからない」

 

 戦ってやるとにわかに活気づいてきたところに、磯貝が待ったをかけた。

 

「今回のことは、俺が謝って無かったことにしてもらうからさ」

 

 いつものような笑顔で、彼は胸を叩いた。

 

 なるほど、自己犠牲というのは、傍目から見たらこんな感じか。

 確かに仲間から見れば怒りたくなるほどの身勝手さだ。

 

「みんなに被害を出させないために、自分一人が犠牲になる、か。なら俺が『貌なし』に戻っても構わないってことだな?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「自分がよくて他人はダメだなんてのは通らないぞ」

 

 言い返されて、磯貝がむむと押し黙る。

 畳みかけるように、前原が対先生ナイフの柄を机に叩きつけた。

 

「そうだぜ。A組に勝てばいいだけだろ、楽勝じゃねえか」

「思い知らせてやろうじゃないか。あいつらが勝てないってことを」

 

 俺は前原の手に自分のを乗せる。

 そこに、次々と男子が寄ってきて、我先にと手を重ねていった。

 

 ここまで来たら引くような連中じゃないことを、磯貝はよくわかっている。

 最後に彼も手を乗せ、ぐっと力を込めた。

 

「よし、わかった。勝ってやろうぜ、文句出せないくらいに!」

 

 磯貝が宣言すると、男子が湧きたつ。

 勢いづいて勝利を誓い、女子も応援する。 

 

 この異様な盛り上がりに、烏間先生も近寄ってきた。

 

「本当に勝てると思うか? 棒倒しにおいて、人数の差は大きなハンデだ」

 

 防衛学校で、烏間先生は幾度も棒倒しをした経験があるらしい。

 一人でも人数が多ければ一気に戦局が傾く競技だ。なのに、こっちとあっちじゃ十人以上の差がある。

 

「それに、悪いことにあいつは手を抜いてこない。格の違いを見せつけてくるはずです。A組全員を鍛え上げるか……いや、外部から助っ人を呼ぶくらいはしてくるだろう」

 

 中学生にして、英語以外にも複数の言語を操れるような化け物。それが浅野学秀だ。

 外国のトップアスリートとも知り合いだと言っていたことがあるしな。

 

 ま、それくらいは覚悟の上。きちんと作戦を立てれば……と考えていると、みんなが不思議そうに俺を見ていることに気づいた。

 

「……どうした?」

「いや、なんか浅野に詳しいな、って思って」

「……二年も一緒にいりゃ、嫌でも知るさ」

 

 さて、作戦はどうするか……負けは当然認められないが、手ひどくやられてからの一矢報いるような勝ち方も避けたい。

 できるだけ怪我を少なく終わらせたいものだ。

 

「って、お前もやる気でいるけどそんな怪我で大丈夫なのかよ」

 

 前原がばしばしと叩いてくる。痛い痛い。

 

「別に。A組くらいなら、浅野以外大したことないからな」

「大したことないってお前なあ……」

 

 呆れるようにため息をつかれる。

 

 まだ痛みは残っている。浅野と対峙すればおそらく負けるだろう。

 だが他の奴なら別だ。それなりに運動神経が良い奴も何人かはいるが、その程度に攻撃を受けるとは思えん。

 

「それに、大きく戦力差をあけられたとしても、あいつらは俺たちには勝てないよ」

「やけに自信があるんだな」

「あいつらには、チームで戦うにおいて一番肝心なものが抜けてる。今の俺たちが負けるわけがない」

 

 俺はにやりと笑った。

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