貌なし【完結】   作:ジマリス

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59 協力するということ

 待ちに待った体育祭当日。

 本校舎のグラウンドはパイプ椅子で楕円状に囲まれている。

 その中、観戦者のすぐそこでの競技はド迫力で競技をするほうも応援するほうも熱気が上がる。

 

「いいですねえ、この学校の体育祭は。観客席がこんなに近い!」

 

 俺たちのところにも、カメラを構えるタコが一匹。

 

「みなさん競技に夢中で、先生も怪しまれてませんし」

「怪しまれてないかと言うと……」

「うん、微妙だよな」

 

 殺せんせーは観戦する俺たちの中に紛れて、一眼レフのシャッターを押しまくる。

 フード付きのパーカーを羽織っているが、やはり露出してしまう顔が異彩を放っている。

 

「ああ、やはり木村くんや岡野さんは速いですねえ。一位ですよ!」

 

 足場の悪いところでも動き回れる訓練はしているが、速さを競う場では流石に陸上部には勝てない。

 その中でも食らいついて、見事に勝利してみせたのはE組が誇る俊足、木村と岡野。

 

 一位の旗を取って、嬉しそうに笑う二人を殺せんせーは激写した。

 

「親バカみたい」

「バカ親だな」

 

 うちらは団体戦に出られない決まり。

 つまりどう考えても点数的には引き離されてしまい、E組優勝はあり得ない。

 だがまあ、個人個人で頑張る姿を捉えておきたい気持ちはわかる。

 

「それより……」

 

 俺たちの興味は、次の競技である綱引きに移った。

 

 A組対B組。

 本来なら引っ張り、引っ張られの競技だが……目を疑うことが起きた。

 B組の何人かが浮いたのだ。

 

 それもそのはず、A組には筋骨隆々の外国人が四人も揃っていた。

 体格は日本人のそれとはまったく違い、身長も筋肉も規格外だ。

 そんなのに一気に引っ張られて、縄がみしみしと悲鳴を上げる間もなく、決着がついた。

 

「言っただろ。浅野は助っ人連れてくるって」

「あんなんありかよ」

「ありにするのがあいつだ」

 

 そりゃあ浅野より上の立場の人間が異を唱えれば論議のしようはあるが、この学校において浅野以上の人間が何人いることやら。

 教師ですらあいつの駒でしかない。となれば、現状を変えることは出来ない。

 語学力もコネも立派な武器。覆そうと思えば、せめて同じ能力は身に着けなきゃいけない。

 

「フランス、ブラジル、韓国、アメリカからの留学生。A組はただでさえ球技大会の時にも優勝してるくらいだ。それにあの留学生が加われば……」

「人数に差が出る上に、単純に戦力でも引き離されるね」

 

 くいっと眼鏡を上げる竹林は冷静。

 このくらいの策はとうに見破っていた。対抗手段も考えてある。

 だが……

 

「どうしよう。もしみんなが傷つけられたら……」

 

 磯貝はまだ心配気味。あんなのを見せつけられたら不安になるのもわかるが。

 負の感情を追い払おうとするのは、やはり親友の前原だ。

 

「それをさせないための作戦と、俺たちの力だろ。的確に指示を出してくれたら勝てるって。作戦指示頼むぜ、リーダー」

「……ああ、みんなの力を貸してくれ!」

 

 おう! と男子が応じる。

 

 

 今回のA組対E組の棒倒しは、本来スケジュールに無いもの。それを、浅野は野球の時と同じようなエキシビジョンマッチとして組み込んだ。

 表向きは、人数差のあるA組に落ちこぼれのE組が挑む雄姿を見届けるだとかなんとか。

 綺麗ごとを全部排除すれば、つまりE組を叩き潰すショー。

 

 呼び出され、両組が整列する。

 野球の時と同じ。

 本校舎はE組がこてんぱんにやられることを期待して、E組がひっくりかえす。今回の結果も同じにしてやろう。

 

 自陣で棒を立てたところで、棒倒しのルールが説明される。

 

 お互い、相手が守っている棒を先に倒したほうが勝ち。

 殴る蹴る、武器の使用は禁止。だが掴みやラリアット、タックルはOK。例外として、棒を支える者が足で追い払うのもOK。

 

「流石に直接的な暴力はなしか……やっぱそこらへんのルールはちゃんとしないとな」

「逆だ。他の行動についてのルールはわりと曖昧。殴る蹴る以外なら理由をつけてOKにしてくるつもりだ。乱戦の中で首を絞めてきたり、倒れている奴を誤って踏みつけてくるかもしれない」

 

 俺の言葉に、何人かが身震いする。

 

《なお、チームの区別をはっきりさせるため、A組は帽子と長袖を着用すること!》

「帽子ィ? ヘッドギアじゃねえか」

 

 寺坂が舌打ちした。

 A組に与えられたのは、ラグビーなどで見られるような白いヘッドギア。

 区別つけるってんなら、違う色の帽子をこっちにくれたらいいのに。

 

 理由をつけて、文句を言わせないつもりか。

 

「ちょうどいいハンデなんじゃない。これくらいしなきゃ、俺たちには勝てないだろうし」

 

 観客にも聞こえるように、カルマが飄々と言う。

 そんな挑発には乗らず、浅野は棒を支えるA組の上に立ち、こちらを見下ろす。

 試合開始の合図が出されると同時、駒に指令を下した。

 

 アメリカ人フットボーラー、ケヴィンを先頭に、五人の小隊がゆっくり迫ってくる。あれだけ人数がいて、たった五人。

 様子見。偵察。斥候。あわよくばこっちをぶっ潰せれば儲けものってところか。

 

「くそが……」

「無抵抗でやられっかよ!」

 

 吉田と村松がこちらの命令を待たず、先に出る。が、奮起虚しく、ケヴィンの猛烈なタックルに観客席まで吹っ飛ばされてしまった。

 

「す、すげーな」

「國枝、あんなの出来るか?」

「いや、俺パワータイプじゃないし」

 

 流石は本場の良く鍛えられたスポーツマン。

 暴力的なまでの体格差の前には、数か月鍛えた程度じゃ勝てない。しかもそんなのがあと三人控えている。

 

 俺たちは磯貝の足場になり、全員が棒の周りに張り付く。

 こちらは人数ではっきりと不利。わざわざ開始直後に突っ込む馬鹿はいない。

 それを見て、斥候の五人が飛びかかってくる。一気に潰してくるつもりだ。

 

 迫りくるタックル。それが触れようかという瞬間……

 

「今だ! 『触手』!」

 

 磯貝の号令を聞いて、俺たちは垂直に跳びあがった。

 標的がいなくなった相手はその勢いのまま棒の前で倒れ伏す。その上に、俺たちはのしかかる。一気に五人を封じた。

 どれだけ筋力があろうが、これだけの人数に下敷きにされては動けない。

 まずは上々……だがあちらも動じてない。

 

 すぐさま追加の攻撃部隊を寄越してくる。しかも二つ。左右に分かれて、挟み撃ちにしてくるつもりだ。

 五人ずつの十人。

 

 その間を抜けるよう、磯貝が自らを含めた機動力の高い六人を動かす。

 磯貝、カルマ、前原、岡島、木村、杉野はなんなく中央を突破……

 

「って……」

「攻撃部隊が戻って来やがった!」

 

 E組陣地へと向かってきていたはずの十人がくるりと向きを変え、こちらの攻撃部隊を後ろから追う。

 棒の前で待ち構えている部隊と、今度こそ挟み撃ちにするつもりだ。

 

「くそ……やっぱりこの手で来たか」

 

 磯貝が舌打ちする。

 事前に考えていた通り、A組はE組を負かすより前に、痛めつけるつもりだ。

 棒を守っている俺たちはどうせ動けない。だから、まずは動いてるほうを叩く作戦か。

 

 やはり、勝利よりも痛めつけるほうを優先してきたか。

 だが……E組の攻撃部隊は針路をどんどんと逸らし……

 

「どうしてこっちに来るんだよ!」

 

 ついには観客席に突っ込んだ。

 椚ヶ丘体育祭は、戦場と観客席が近い。それゆえ、ちょっと外れてしまえば簡単に巻き込めるのだ。

 こうなれば椅子や観客も立派な障害物。フリーランニングを習っているE組を捕まえられるはずがない。

 

 この異常な状況に、フランス人とブラジル人が前に出る。

 韓国人は守備位置から変わらずか。あんな高身長が支えているとあっては、少し揺らす程度じゃ倒れてくれない。

 ならやはり、作戦通りにやるか。

 

「任せるぞ」

 

 俺は抑えつけ組から離れ、前へ踏み出す。

 それを見て、A組の一人が真っすぐこちらへやってきた。

 

 俺は姿勢を低くして懐に入り、相手の胸に思いきり肩をぶつける。観客には見えづらいように、肘でみぞおちを打つのも忘れない。

 相手ががくりと地面に膝をつく。肺から空気が出され、衝撃で声が出せてない。

 手でも挙げられれば抗議の一つもできただろうに。

 

 一息ついた俺の前に、フランス人が現れた。確か名前は……カミーユだったか。

 

〈雑魚を倒したところで結果は変わらないぞ〉

 

 でしょうね。

 邪魔になりたくないのか、巻き添えが嫌なのか、俺のところへ向かってきていたA組は動かない。

 この一対一をさせるために、他は俺に手を出してこないつもりだ。

 

 さて、このタイマンにどんな意図があるかな。

 一番有力なのとしては、複数人でボコらないことでリンチの様相を避け、E組がやられるところを観客に見せつける……ってところか。

 

 あえて俺は前に出る。誘いに乗る形だ。

 

〈アサノは注意しろと言ったが……こんな細い日本人にその価値があるのか?〉

 

 ふん、と鼻を鳴らして馬鹿にしてくる。

 俺は人差し指をくいくいと曲げて挑発する。この仕種は世界共通だ。

 

 御託はいいからかかってこい。

 

 相手は腕を伸ばして掴もうとしてきた。

 甘い。

 愚直な腕を直前で避け、すれ違いざまに相手の袖を掴む。まさかかわされるとは思っていなかったのだろう、前のめりにバランスを崩した大男の袖を思いきり引っ張る。

 ずだん、と大きな音が鳴って、歓声がやんだ。

 観客やA組の視線の先には、無様に地面に伏したカミーユが映っている。

 

「あ、あ、あれは……不良殺法!」

「知ってるの、不破ちゃん!?」

 

 観客席にいるE組の中で、唯一不破が目を輝かせる。他はぽかんと口を開けて唖然としている。いや、殺せんせーだけはやたらと興奮して写真撮ってるな。

 俺だって、あいつに読まされたアメフト漫画が役に立つとは思わなかった。だがこのルールの中で、この技はなかなか馬鹿にできない。

 掴むのはOKだと、明確に示してくれてるんだからな。

 

「長袖になってくれたおかげでやりやすくなったよ。次はどいつだ?」

 

 隙あらば俺を捕らえようとしていたA組は三人。だが、明らかに動きが止まった。

 これだけの人数差で押せば簡単に勝てると思ったのだろう。それが、助っ人外国人が一瞬でやられたことで削がれる。

 

〈まだだ。まだ俺はやれるぞ〉

 

 と、カミーユがぱっと立ち上がる。

 まあ土を付けただけ。大した怪我じゃないだろう。そのまま倒れてくれてりゃよかったのに。だが……

 

〈俺の言っていることがわかるか? お前たちは落ちこぼれらしいから、聞きとれないかもしれないが……〉

〈お前こそよく聞いとけよ。聞いてませんでした、さっきのはまぐれでしたって言い訳されたくはないからな〉

 

 フランス語で返す。

 俺の挑発的な物言いに、彼は青筋を立てた。

 

〈お前を倒す。覚悟はいいか?〉

〈てめえ……!〉

〈浅野のところに戻るなら今のうちだぞ。土塗れになってからじゃ遅いからな〉

〈ほざけ!〉

 

 カミーユが再び腕を伸ばす。先ほどとは打って変わって、勢いがありつつも、こちらの動きに対応できるように重心を低く構えていた。

 その手を弾き続ける。いくら強かろうと、触れられなければ意味がない。

 

 しびれを切らして、カミーユがずいっと前に出る。右手の五本の指が、俺の右肩を捉えようとする。

 ここだ。

 俺はわずかに身体をずらしつつ、右腕に力を込めた。相手が迫ってきたところに合わせて、自分も一歩前に出る。

 彼の手は、俺の右頬を掠めた。相手の顎を掴みながら、足を引っかける。巨体がぐるっと回って、背中から地面に衝突した。不良殺法で倒したときよりも派手な音がして、砂ぼこりが舞う。

 数秒警戒したが、彼は立ち上がってこなかった。

 

「あーらら、受け身も取らないで……いったそー」

 

 言いつつ、笑みを浮かべるカルマ。

 

「い、いまのは反則じゃないのか!?」

「あ? 何言ってんだ。掴むのはルールでは認められてるはずだろ」

 

 言いがかりをつけるA組に反論する。

 そう、これはルール内の行為だ。不良殺法もいまのも、あくまで反則にならない程度に磨き上げた技だ。文句を言われる筋合いはない。

 足を引っかけたのはグレーゾーンだが、相手が引っかかってしまったのと区別がつきづらい。

 

「はっ、スカッとしたぜ。何度も練習に付き合ったかいがあったってもんよ!」

「ああ、だから寺坂がびたんびたん投げられてたのか……」

 

 ちなみに寺坂の体操服はかなり汚れている。タフだからと何度も何度も受け役を頼んだのだ。友達っていいもんですね。

 

「ってか、よく聞き取れるな。英語ならともかく、フランス語だろ?」

「先生の同時通訳」

 

 俺は耳を指差した。

 そこには肌色に擬態した殺せんせーの触手がある。観客席から地面を這わせて、服の中を通していたのだ。

 

「こっちの台詞は、言ったやつだけ事前に覚えておいた」

「わざわざなんでそんなことまで?」

「そりゃもちろん、勉強で負けたA組は、体育でもE組に勝てないってことを思い知らせてやるためだよ」

「いい性格してんな、お前」

「はは、よせよ……」

「褒めてねえよ」

 

 コントじみた掛け合いを済ませて、俺はA組に向き直る。

 

「俺の体育の成績は3。E組の中でも真ん中も真ん中だ。それに負けるってどんな気分なんですかねぇ?」

「すっごい腹立つ!」

 

 まあ実際には、暗殺訓練にあまり熱を入れて参加してないからこその成績なのだが。

 

 怒りを感じながらも、しかしA組は動けない。

 目の前で筋骨隆々の男が倒されたのだ。次は自分かと考えると、うかつに手を出せない。

 

 かといって退くこともできない。彼らが浅野から命じられたのは、棒を守るE組をぼこぼこにすること。

 板挟みになって、その場に留まることしかできないのだ。

 俺に勝てるとしたら浅野くらいだが、彼は司令塔兼最後の砦であるため動けない。

 

 これがA組の弱点だ。

 

 

----------

 

「A組に欠けてるもの?」

 

 作戦を立てている途中で発した俺の言葉に、磯貝が目を丸くする。

 

「複数人で何かやるって時には、責任が分散される。だから役割分担をきっちり決めて、それぞれの仕事に責任を負わせるってのが重要になってくるんだが……A組にはそれができない。一学期の期末テスト、俺たちが教科トップを争った時を思い出してみろ。あの五英傑ですら、トップに浅野がいるからって気の抜けた戦いをやってた。真剣にやってただろうが、『負けたら破滅』みたいな極限状態で戦ってなかった」

「勝って当然。負けても言うこと一つ聞くだけだったしね」

 

 流石にカルマは俺の言わんとしていることをすぐに理解してくれたようだ。

 

「そもそもこの学校……E組システム自体、下に落ちないための努力しかできない仕組みになってるんだ」

「……どういうこと?」

「例えばそうだな……神崎、あの時の国語で浅野に負けたが、どう思った?」

「え……と、すごい悔しかったし、次は絶対に勝つって思ったかな」

「そう。上を見て、悔しがった。だがA組は逆だ。百人以上いる下を見て安心したんだ。自分はまだ上にいる。落ちるわけがないってな」

 

 この学校の特性上、それは仕方のないことだが、それが続いてたどり着けるのはせいぜい上の下レベルだろう。

 

「覚悟っていうのか闘争心っていうのか、それが足りないんだよね~。負けた後に、なんだかんだ理由つけて『旅行なんていらなかったし』って言ってた奴もいるらしいし」

暗殺教室(おれたち)流に言えば『殺意』。相手の喉に食らいついて引きずり落としてやるって殺意が、奴らには足りない」

「どうせ棒倒しの時も同じだよ。『卑怯な手を使われた』とか『浅野くんの指示に従っただけだから自分は悪くない』とか言い訳して、正当化しようとするだろうね」

「最初から負けを考えてるような奴らに負けるわけにはいかない」

 

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 思った通りだった。

 

「お前たちが動かないなら、俺も動かない。だがもし一歩でも進むなり退くなりすれば、地面に叩きつける。いいな?」

 

 俺は一人倒しただけだ。だが、出鼻を挫かれればそれまで。

 相手を蹂躙することは叶わず、逆に餌食にされてしまう危険を冒す覚悟がない。

 

「あとは頼んだぜ、リーダー」

 

 振り向いてそう言うと、磯貝は力強く頷いた。

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