貌なし【完結】   作:ジマリス

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6 倉庫の中の嵐

 考えれば考えるほど、安全ではない気がしてきた。

 

 イリーナさんが従える男たちが肩に抱えていた鞄はかなり重量があるようだった。鞄紐の肩への食い込み方を見てわかった。

 中には銃が入っていることだろう。だがその重さからして、E組が使っているようなのとはモノが違う。

 違いの答えは一つ。奴らが持っているのは本物の銃だから。

 

 おそらく、対先生用のBB弾に疑問を持ったのだろう。本当にこんなものが効くのか、と。それならば信頼のおける実銃弾を何十発、何百発と撃ち込んだほうがいい。

 そう考えるのも無理はない。疑うなら、信頼のおける武器を使うのも一手だろう。たとえそれで失敗しても知らん……がしかし、問題はそれを持ち込んだ場所だ。

 

 校舎のすぐ横、体育で使う用具をしまっている倉庫。教室からは見えないが、すぐそこの距離。流れ弾がこちらに飛んでくる可能性もなきにしもあらず。

 そうならないような配置をするようにしているだろうが、絶対はありえない。運悪く誰かが、例えば時々授業をサボるカルマがその近くを通る可能性だってあるのだ。

 ただ祈るに任せて、じっとしているつもりはない。

 

 イェラビッチ先生が授業にやる気がないのは幸いだった。

 『ちょっと気分が悪い。外の空気を吸ってくる』と言っても、怪しまれることなく教室を抜け出せる。

 もしかしたらそのまま直帰するかもと鞄を持っていっても、何も言われなかった。

 

 教室を出て、すぐさま倉庫に向かう。周辺に誰もいないことを確認。

 窓から中を覗くと、男が三人、暗殺準備の最終確認をしていた。

 どこで待機していれば殺せんせーにばれないか、どの角度なら多く弾をぶちこめるか。

 ほとんど準備は終わっているみたいで、少し気の緩みが顔から感じられる。

 やるなら今。

 

 鞄からフード付き迷彩服とマスク、ゴーグルを取り出して急いで着替える。

 

 そしてもう一つ。殺せんせーの弱点を見つけるためと嘘ついて貰ったスモークグレネードを手に取る。

 ぶっつけ本番だが、使い方は烏間先生に教えてもらったから大丈夫なはず。

 

 一つのミスもしないように気を引き締め……ピンを外して窓から投げ入れる。

 プシューという音とともに、煙が噴出してみるみる中を満たしていく。

 倉庫の中がすべて白く染まり、男たちの咳が聞こえてきたタイミングで、俺は正面から踏み込んだ。

 

 素早く扉を開け、入り、閉める。

 何者かが侵入してきたことを相手は察知しただろうが、視界は真っ白。おまけに催涙効果のあるガスのせいで、まともに動けない。

 対して俺はマスクとゴーグルのおかげでそれを無効化できている。

 いかに大人相手だろうと、この中で有利なのは俺だ。

 

 咳とぼんやり見える輪郭を頼りに、一番近い男の顎を打ち上げる。

 さらに足をひっかけて大きな図体を転ばし、顔を三度殴りつける。気絶とはいかないが、すぐには動けないだろう。

 

 まずは一人。少しだけ安心した俺の視界の隅で、何かが動いた。

 俺は真っ白な中でも見えないことはないし、充満した煙の動きが相手の攻撃を事前に教えてくれる。それが近づいてくるもう一人だということは考える前に気が付いた。

 飛んでくる拳を掴んで、その勢いを利用して相手の身体を浮かしてぐるりと回転させる。一瞬宙を舞った男は、受け身の取れないまましたたかに床に背中を打ち付けた。

 肺から空気が押し出され、それを補填するために息を吸う。しかし周りは吸えば吸うほど辛くなるガス。

 これで二人目も終わり。

 

 顔を上げて目標を探すが、先ほどまでそこにいた最後の一人の姿がない。

 しまったと思った時にはもう遅かった。後ろから掴まれ、軽々と持ち上げられる。

 投げられた俺は跳び箱に衝突して、床に転がった。

 さらに男は馬乗りになって、俺の顔面を一発殴る。

 暗殺者か軍人か、ともかく鍛え上げられた男の一撃で、俺の意識は飛びそうになった。視界がぐらりと揺れる。

 俺は痛みに喘いだが、追撃はなかった。目を凝らすと、相手は咳き込んでいる。ならチャンスだ。

 

 段がばらばらになった跳び箱の中に手を突っ込む。そこには俺の観察どおり、固い感触があった。

 もともと男たちの一人がここに隠れ、撃つはずだった実銃。

 セーフティはかかっているはず。俺は即座にそれを掴んで、両手で持つ。

 男の喉元へ、銃床をぶつけた。

 男が大きく揺れ、倒れる。

 続いて何度も何度もその鼻っ柱に拳を叩き込んだ。相手が咳き込むのと一緒に血を吐こうが構わない。

 心が落ち着いたころに、ようやく手を引っ込めた。

 

 俺はもう一度周りを見渡した。三人とも倒れたまま立ち上がる様子はない。打撃と煙で、意識が朦朧としていた。

 

 ここで安堵している場合じゃない。俺は急いで扉から外に出る。

 幸い、周りには誰もいない。ちらりと校舎のほうを見ても、こちらに気づいている者はいなかった。

 煙を閉じ込めておくために、入った時と同様、すぐに扉を閉めた。

 

 男から食らったパンチがまだ脳をぐらつかせている。

 倒れる前に、俺はその場を離れた。

 

 

 結果として、イリーナ・イェラビッチの暗殺は失敗に終わった。

 あのあと倉庫に連れ込まれた殺せんせーが見たのは、刺激を与える煙と転がる男たち。

 ビッチ先生が暗殺の準備をしていたこと、それが何者かに邪魔されたことは明白。警戒度が増した殺せんせーを暗殺できるはずもなく、イェラビッチ先生は大人しく引き下がった……のはいいのだが。

 

「チッ」

 

 舌打ちをしながらタッチパッドを叩くイェラビッチ先生の顔は明らかにイラついている。

 考えていた暗殺プランが知らぬ間に崩されたことで怒っているのだろう。

 

 彼女を一番悩ませているのが、その失敗の原因がわからないことだ。 

 あの男たちを倒したのが殺せんせーじゃないなら、このE組が怪しい。かといって、ただの中学生が大人三人を打ち負かすとは思えない。

 該当時間に教室にいなかった俺が一番疑われるところだが、たった一人じゃ無理だろうとすぐ除外。

 次いで烏間先生たち防衛省の人間だが、あの人たちがわざわざ暗殺の邪魔をするとも考えづらい。

 考えうる限りの容疑者は、イェラビッチ先生の頭から除外された。

 得体の知れない何者かが存在する。そのことが暗殺手段を狭める。

 彼女は殺せんせーの暗殺の前に、その何者かに対する対策も考えなければならないのだ。頭はいっぱいいっぱいだろう。

 

 それはそれとして。

 

「先生、授業しないなら殺せんせーに代わってくれませんか?」

 

 代表して、委員長の磯貝が言う。

 

 不満を抱えているのはイェラビッチ先生だけでなく、俺たちもだ。

 受験の年、とりわけ俺たちのような底辺の生徒にとってはこの一時間が明暗を分ける。

 イェラビッチ先生が教師としての役割を果たさないなら、殺せんせーにチェンジしていただきたい。

 

 そう言っても、イェラビッチ先生は小馬鹿にした態度で鼻を鳴らす。

 

「地球の危機と受験を比べられるなんて、ガキは平和でいいわね」

 

 そこまでは良かった。だが、次の言葉がクラス全員の琴線に触れた。

 

「それに、聞けばあんた達、この学校の落ちこぼれだそうじゃない。勉強なんて今さらしても意味ないでしょ」

 

 ピキリ、と冷たい空気が張り詰める。

 

 殺せんせーの質のいい授業を受けているとはいえ、本校舎に及ぶかと言われれば、まだ少しきつい。下の人間だということは自覚している。

 しかし、自虐するのと他人から言われるのとでは天と地の差がある。

 地雷を踏んでしまったイェラビッチ先生の横を、消しゴムが掠める。

 

「出てけよ」

 

 誰かが言った。

 それに呼応するように、あらゆる生徒が感情のままに口と手を動かしだした。

 

「出てけよ、くそビッチ!」

「殺せんせーと代わってよ!」

「てめーだって暗殺失敗してるくせに!」

 

 ここで彼女は失言に気付いたが、もう遅い。

 怒号散る教室で物が舞う。鉛筆や教科書、果ては鞄。対殺せんせー用の銃やナイフまで持ち出す者もいる始末。

 まあわかりやすく馬鹿にされたのだ。こんなことにもなろう。

 しかし……

 

「学級崩壊なんて本当にあるんだな」

 

 危機が去って一安心していた俺は、ぼんやりとその様子を眺めながら呟いた。

 

 男たちの一人に殴られ、軽く脳が揺れて気持ち悪い。だが、これは意外にも幸運なことだった。

 演技せずとも気分が悪いのが見て取れるから、本当に体調不良なんだなとみんなが察してくれる。

 俺を疑う目はますます晴れた。

 しかしこのままじゃ授業もまともに受けられないな。少し外の空気でも吸ってくるか。

 

「あれ、國枝どこ行くの?」

「外」

 

 カルマにそう返して、席を立つ。

 わーきゃー騒いでいる教室の後ろをこっそり通り、校舎の外に出て水道でインクを洗い流す。

 

「どうせなら、このまま帰ろうかな」

 

 あのままだと、授業はまともに進まない。なら早めに帰って休むなり、勉強を進めるなりしたほうが効率的だ。

 

「そんなわけにもいかんか」

 

 生徒からの逆襲を受けたイェラビッチ先生が次に何をしてくるかまで見届けないと、不安は残ったままだ。また実銃なんぞ持ち込まれたら困る。

 痛みと気持ち悪さが抜けるまで待って、ため息をついて、蛇口を閉じた。

 

「なんなのよ、あのガキ共!」

 

 職員室の前を通り過ぎようとしたところで、イェラビッチ先生の叫ぶ声が聞こえた。

 近づいて、耳を立てる。

 

「こんな良い女と同じ空間にいれるのよ? ありがたいと思わないわけ?」

「ありがたくないから軽く学級崩壊してるんだろうが」

 

 烏間先生の怒ったような口ぶり。

 

「私は教師じゃないの! 暗殺に集中させてよ!」

「暗殺のみに重点を置くなら、お前より生徒たちのほうが何倍も優れていることになる」

 

 イェラビッチ先生の抗議。それに対して、烏間先生は冷静に返す。

 

「な、なんでよ! 私はプロよ!?」

「この場で、お前に与えられた役目は教師として奴に接近し、殺すことだ。わかるか、教師としてだ。奴がこのクラスにこだわる以上、お前が適任だから任されているんだ」

 

 声だけでも彼女の動揺が手に取るようにわかった。そんな彼女に、烏間先生は一つひとつ、わかりやすく説明を行う。

 

「生徒たちは、もちろん勉強も頑張っている。だが、俺のトレーニングについてきて、暗殺の腕も磨いている。将来のことも考えているが、同時に今の地球の危機もわかっているんだ」

 

「暗殺対象である奴でさえ、教師という顔をこなしている。事実、奴が来てからの成績上昇は芳しい。このクラスでは、誰もが二つの顔を使い分けられているんだ」

 

 暗殺者と学生。暗殺対象と教師。

 俺たちは二つの顔を持っている。それが与えられた役割で、必要だからだ。地球を救うために、あるいは百億円を掴むために必要だからだ。

 

「わかるか、ここで、お前が教師になることとプロであることを証明することは、イコールなんだ。出来なければプロ失格。お前には、ここで教える権利も暗殺をする権利もない」

 

 それ以上は、どちらも何も言わなかった。

 

 

 休み時間終了の鐘が鳴った瞬間、ガラリと教室の扉が開く。 

 殺せんセーが来るものと思っていたみんなは、入ってきた人物に対して敵意の目を向けた。

 イェラビッチ先生だ。

 

 彼女は緊張の面持ちで教壇に立つと、扱いにくいはずのチョークで、黒板に綺麗な英文を描く。

 

「you're incredible in bed. 言って!」

 

 突然のことに、俺たちは呆気にとられる。

 急に入ってきて、急に何か書いたと思えば、急に繰り返しを求められる。

 もう一度促されて、勢いのままに従う。彼女のような綺麗な発音とは、もちろん程遠いが。

 

「アメリカでとあるVIPを暗殺したとき、まずそいつのボディーガードに色仕掛けで接近したわ。その時彼が私に言った言葉よ」

 

 まだこわばっているのか、ほんのわずかに震える肩を見せまいと、毅然と胸を張りながら彼女は言った。

 

「意味は『ベッドでの君はスゴイよ……』」

 

 思わず、驚いて吹き出しそうになった。なんて文章読ませるんだ。

 

 それから彼女は言葉をつづけた。

 彼女が経験してきたのは、殺し屋として培った多言語を操る能力。教えられるのはそれだけ。

 元々教師ではない。だから、日本の勉強用の英語なんて教えられない。彼女にできるのは、例えば俺たちが外国に行ったときに困らなくなるような、実践的な英会話術。

 

「もし……それでもあんた達が私を先生と思えなかったら、その時は暗殺を諦めて出ていくわ」

 

 一転、自信を飾っていた態度が消え、まるで親の機嫌を伺う子どものように手を合わせ、こちらを見る。

 

「そ、それなら文句ないでしょ? ……あと、悪かったわよ、いろいろ」

 

 最後のほうは小さかったが、静かになったこの教室では一番後ろまで聞こえた。

 

 途端に笑い声が広がる。

 反省してくれていることはわかっている。謝罪と、これから教師として何を教えてくれるか。それをびくびくとしながらも伝えられ、追い出すやつはいない。

 

「なんか、普通に先生になっちまったな」

「もうビッチねえさんなんて呼べないね」

 

 歓迎ムードとなったみんなが、イェラビッチ先生を受け入れる。

 この様子に、彼女も笑顔を見せてくれた。

 

「考えてみりゃ、先生に向かって失礼な呼び方だったよね」

「うーん、呼び方変えないとね」

 

 嬉しそうにうんうんと頷く先生。

 

「じゃ、ビッチ先生で」

 

 だが、その言葉で固まってしまった。

 

「えっ……と、ねえキミ達。せっかくだからビッチから離れてみない? ホラ、気安くファーストネームで呼んでくれて構わないのよ」

「でもなあ、もうすっかりビッチで固定されちゃったし」

「うん、イリーナ先生よりビッチ先生のほうがしっくりくるよ」

 

 生徒たちが良い笑顔で、口々に『ビッチ先生』と呼び出す。

 そのたびに、ビッチ先生の額に青筋が浮かんでいく。

 

「あーあ、大変だね、ビッチ先生も」

「呼び始めたのお前だけどな」

 

 俺はカルマにツッコみつつ、飛んでくるビッチ先生の怒号に耳をふさいだ。

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