はしゃぎまわる子どもたちを追いかけまわし、追いかけまわされ……
俺たちは松方さんが園長を務める保育施設『わかばパーク』にお邪魔していた。
「二週間のただ働きねえ。人を骨折させた代償としては安いんじゃないの?」
子どもを捕まえつつ、髪を軽く引っ張られつつ、狭間が言った。
「殺せんせーの説得のおかげだよ」
「もっちりビンタされた時は何事かと思ったけどね」
「ごめんな、みんな」
わざわざ殺せんせーは松方さんのところに出向き、正体を明かして、土下座までしてみせたらしい。
必死の謝罪によって、とりあえず俺たちのことや殺せんせーのことは黙っておいてくれるようだ。
とりあえず、というのはつまり条件付き。
この保育所の手伝いをして、その功績によって処遇を決められるみたいだ。
いきなり骨折させられ、子どもたちの世話が出来なくなったというのに……待ってくれるうえに、場合によってはこれ以上のお咎めなしとは、ものすごく寛容だな。
「とにかく、期間をもらったんだ。ちゃんと仕事はこなしてやろう」
と、竹林が眼鏡をくいっと上げる。そのズボンは子どもたちによってずり下げられていたが。
ここにはまだやんちゃ盛りの歳の子どもが多い。
いじめられていたり、両親が世話を出来なかったり……困っている子を、松方さんは格安で面倒を見ているという話だ。
子どもたちは暗い一面が見えないほど元気だが、それも松方さんあってのことだろう。
たった一回の間違った行いで、これだけの大きな事態になる。
俺たちはそのことを痛感して、再び反省した。
「さて、こんだけ人数がいて二週間、ただ買い物したり子どもの世話したりじゃもったいないな」
「せっかくだしどーんと何かやってやろうぜ。あのじーさんが文句も言えねえくらいにな」
△
みんながやる気になったところで、さっそく計画を立てることにした。
一、子どもたちの信頼を得ること。
この保育施設には他にも大人がいるとはいえ、人数は多くない。子どもたちの面倒を見るには目が足りない。
かと言って、俺たちがすぐ代わりの先生になれるわけじゃない。頭ごなしにあれやこれやと言っても聞いてくれないだろう。
そこで、俺たちはレクリエーションを通して距離を縮めることにした。
単純に鬼ごっこやらかくれんぼやらの遊びに参加したり、鍛えられた身体を使って即興劇をしたり、アクロバット芸を披露したり。
おかげで俺たちはすんなりと受け入れられることに成功した。
そんな一日目はつつがなく終わり、続いて二日目。
目的はこの建物の補強だ。
木造平屋の施設は、子どもたちが暴れるには少々脆く、ところこどころに傷があったり穴が空いていたりしていた。
安全を守りつつ、強度を保証しつつ、松方さんが楽にできるようにするようなアイデアをみんなで出し合う。
烏間先生の部下の一人である鵜飼さんが建築の資格を持っていて、設計を見直してくれていた。
「千葉、次はどうすればいい?」
「前原たちの作業が終わるまでちょっと待っててくれ。全体のバランスを考えながら組み立てないといけないから」
鵜飼さんのアドバイスを得ながら、図面とにらめっこする千葉。
全体をよく見て的確に指示を出しながら、自らも跳びまわってトンカチを振るう姿は、業者以外の何者でもない。
「監督は指示だけ出してればいいのに」
「そういうわけにもいかないさ。ちゃんと現場のことも見ないと」
将来、建築関係の仕事に就きたい千葉にとっても今回のことはいい経験になるだろう。
崩れないことは大前提として、お客さんのことを考えられた設計になっているか、そこにいる人たちが過ごしやすい環境を作れるか。
学校で勉強しているだけじゃ体験できないこと。
殺せんせーがこのことまで考えていたとしたら、恐るべしというほかない。
「というか、國枝は今回力仕事はなしって言っただろ」
「な、なんだと……!?」
「本当はまだ安静にしてなきゃいけないんだろ? 体育祭やったこと、医者に怒られたって聞いたぞ」
「ぐっ……律か、烏間先生か」
ぐぬぬ、と唇を噛む。
連帯責任というからにはちゃんと働こうと思っていたのに。
「まあまあ。なにも身体動かすだけが仕事じゃないしさ、子どもたちと遊んでくれるだけでも助かる」
「はあ……やれるだけはやるよ。子どもの相手は苦手だが」
「みんなは上手くやってるみたいだけどな」
「寺坂のあれを、上手くいってるって言うならそうなんだろうな」
噛まれ、掴まれ、振り回される寺坂を見て、俺は苦笑する。
建築作業しようってのに子どもが周りにいたら危ないからな。俺も邪魔にならない程度に遊んでくるか。
と、手伝いに回ろうとしたとき……
「うわ、なんだかすごいことになってる」
「なんだこれ、リフォームでもしてんのか?」
俺たちとは違う学生二人組が敷地内に入ってきた。
着ているのはここから何駅か遠くの高校の制服だ。
「あっ、はじめとそうただ!」
「おっと、良い子にしてたか、みんな?」
気づいた子どもたちが、その二人に群がる。一層テンションが上がっているところを見ると、だいぶ慕われているようだ。
高校生たちはしばらく談笑したあと、俺たちに気が付いた。
「あ、君たちが手伝いに来てる椚ヶ丘中学の子たち?」
「はい。えっと……」
「
「
そう言いつつ、相葉さんもかなり懐かれている。遊ぼう遊ぼうと、子どもたちに袖を引っ張られていた。
△
伊吹肇さんと相葉奏太さん。
二人とも高校三年生で、時折この保育所に来ては松方さんのお手伝いをしているらしい。
問題を抱えている子どもたちは、それに引きずられて勉強についていけてないのが大半。
寄り添いつつ、遊びつつ、家庭教師の真似事も引き受けているそうだ。
囲うのも無礼だと思って、代表として俺と磯貝が彼らと自己紹介を済ませる。
これまでの経緯説明をすると、伊吹さんはぽんと手を叩いた。
「ああ、そう。それで松方さんが『様子を見てほしい』って言ってきたのか」
「その、すみません。俺たちのせいで……」
「いやいや、僕には謝らなくていいよ。松方さんに謝ってさえいれば」
伊吹さんが言って、相葉さんもうんうんと頷いた。
「まー若気の至りってやつだな。覚えがある」
「ありすぎてどれを思い出してるのやら」
「思い出してるのお前のことですけどぉ? なあ、肇さんよお」
軽口の言い合い。一目見ただけで、この二人が気の置けない親友同士だとわかる。
今までに見たことのないような深い絆が感じられた。
そこまで信頼し合えるくらいの何かがあったのだろうか。普通にだらだらと一緒に過ごしていて築けるような関係じゃない。
伊吹さんの首元には切られたような傷痕があるが、それが関係あるのか……なんて訊かないほうがいいだろう。
そういえば、と彼が口を開く。
「時期的には、そろそろ中間テストなんじゃないかな。勉強は大丈夫?」
「担任から勉強禁止って言われてますから。俺らのせいなんで仕方ないですけど」
「ってか、伊吹さんたちも受験勉強まっさかりなんじゃ……」
磯貝が心配する通り、この時期は受験生が焦りを覚えてくる頃のはず。
すると、相葉さんは豪快に笑いだした。
「はっはっは、息抜きがなけりゃ受験は乗り切れん乗り切れん!」
「それには同意。奏太は息抜き多いけどね」
余裕があるのか、緊張感がまるで感じられない。
相葉さんが子どもたちの相手をし始めて、遅れて伊吹さんもそちらに向かおうとする。
少し聞きたいことがあって、俺は彼を引き留めた。
「……怒らないんですね」
「周りの大人から散々色んなこと言われたんでしょ? みんな反省してるようだし、これ以上何か言うのは逆効果だ」
俺たちと会ってまだ少ししか経ってないのに、見透かしたように言う。
「勉強ができないぶん、ここで色々学べるんじゃないかな」
「色々……ですか」
「自分の力を間違った方向に使って、今回のことが起きたんでしょ? だったら、そのことについて見つめ直すチャンスでもある」
ふう、と一息吐いて、彼は続ける。
「人生にはいろんなことが付き物だ。それで得るもの、失うものはたくさんある。そうして手に入れた力をどう扱うかによって、人は善にも悪にもなりうる……と僕は思うよ」
「つまり?」
「力自体に善悪はないってことさ。全部は自分次第」
その言葉には不思議と説得力があって、疑いもせずに納得しかけるほどだった。
俺たちと三歳差。それがあまりにも遠く感じる。
そこらへんの高校生や大人よりも、格段に大人っぽく見える。
俺たちだって色んなことに曝され、異様な経験をしてきたのに、彼には敵わない気がする。
この人はいったいどんな人生を歩んできたんだろうか。
「肇ー! こっち来いよー!」
「おっと、呼ばれたから行くよ。よければ、みんなの勉強もみてやってくれないかな。不登校の子とかいて、遅れてるんだ」
にこりと笑うと、伊吹さんは小走りで駆けていった。
「なーんか、達観してる感じだったな」
「うん。高校生ってみんなああなのかな」
俺と磯貝は顔を見合わせて、うーんと首を傾げた。
△
「ふむふむ……」
もうすぐで陽も落ちそうなくらいになってきたころ、E組の働きぶりを一歩引いて見つつ、相葉が頷く。
ちょうど、国語が得意な面々による講座が終わったところだ。
「中村さーん、赤羽くーん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
彼は二人を呼び、集めたかと思うと声を潜めた。
「國枝くんと不破さんって付き合ってんの?」
「お、いいところに目つけましたね、旦那」
「それがまだなんですよね~」
三人が同時に、にやりと悪い笑みを浮かべる。
國枝が不破を気にかけ、不破が國枝を気にかけていることは、第三者から見てバレバレだった。
特に、単なる友情では言い表せない甘い空気が、あの二人の周りに広がっている。
「あれだけお互い意識しあってるんだから、さっさとくっつけばいいのに」
「くっくっく、そのために何かしようってことでしょ?」
カルマがゲスな笑い声を上げると、相葉は「お、話が早いねぇ」と続けた。
「まあ何かしらやってあげたいだろってな。だって、男子だって恋バナが大好きなんです!」
「ひゅー! 下世話ー!」
「やめろよ、褒めても何も出ないぜ……」
「何やってんの、君たち……」
盛り上がる三人のもとへ、呆れながら伊吹が近づく。
「肇も応援しようぜ、あの二人の恋ロードをよ! 彼女持ちのお前なら、このラブロマンスわかってくれるだろ?」
「ほんとゲスな話だな、まったく…………で、何する?」
「俺はお前のそういうところ好きだよ」