さてさて、『わかばパーク』で手伝いを始めてから二週間。
今日は松方さんが退院する日だ。
この期間、俺たちは封じられた勉強時間を全て子どもの世話や施設の改造に費やし、ついに目的のものを完成させることが出来た。
ぼろぼろで崩れそうだった『わかばパーク』は、木を組み合わせた二階建ての、立派なログハウスに生まれ変わっていた。
「劇的に変わっとる!」
敷地内に入るなり、目が飛び出すような勢いで驚く老人の姿が見えた。
あれが松方さんか。連帯責任を背負わされた組にとっては、初の顔合わせ。
思った通りのしっかりしていそうな人だ。買い物も子どもたちの世話も主体でやっているせいか、足腰は弱っていない。
そして頑固そうながらも、鋭い目つき。それでも懐かれているのは、彼の良い性格の表れだろう。
E組を代表して、磯貝と片岡が松方さんを先導しながら変わったところを説明する。
「こんな大量の材料をどこから……」
「うちんとこの裏山にはやたら木がありますから」
木が多くなってくると、お互いの成長を邪魔することになる。だから本数を引いて残したものを豊かに育てる。そうやって切られたのを業者にもらってきたのだ。
「この子たち凄かったんですよ。毎日あっちこっち飛び回ってて」
保育士の一人が、嬉しそうな顔で言う。
それを見ても、松方さんは神妙な顔つきのまま、俺たちに向き直った。
「だが、お前ら素人が作ったもので大丈夫なのか?」
「設計自体は資格を持ってる人に見てもらいましたから、問題ありませんよ」
「それじゃ、中にご案内します」
クラス委員二人に促され、階段を上がって二階へ。
二つ部屋があるうちの、まずは一方を見てもらう。
そこは図書館。子どもでも手が届くような低い本棚が並べられ、落ち着いて読めるように椅子と机まで完備。
「だだっ広いな」
「時間がなかったので、構造はシンプルにしました」
ちなみに揃えられている本は、各人や知り合いのいらない漫画だったり、残していた絵本だったり。
子どもに見せてもなるべく悪影響のないものを選んだつもりだ。不破のおかげで、やたらとジャンプ漫画が揃ったりもしている。
さて、もう一方の部屋にもご案内。
こっちは子どもたちの遊び特化のスペースだ。
真ん中には、公園で見られる回転遊具の縮小版。簡易的なボルダリングが出来るように壁を改造したりしている。
走り回ってこけてもいいように、床や壁にはクッションやネットを敷き詰めている。
絶対に怪我しないとは言い切れないが、最大限安全に考慮して作った。
さらに……
一階下、職員室兼ガレージに置いてある、日々重い荷物を載せている自転車も吉田と堀部の手によって改造。
前輪は二つになり、安定性を向上。さらにカゴも荷台も大きくなり、積載量をアップ。
楽に運搬できるように電動アシスト機能を追加し、坂道もへっちゃら。その充電器は二階の回転遊具と繋がっている。
子どもたちが遊べば遊ぶほど、松方さんが楽になる仕様だ。
「で、出来すぎて気持ち悪い!」
松方さんの驚きと困惑に、みんながにやにやと笑みを浮かべている。
事前に言い渡されていること、『よくやれば無罪』。
ならば文句のないようにやってやろうということで、E組全員が全力を出した。
その結果……この施設の強化については問題ないようだ。半分満足した顔が見える。
「だが、子どもたちの信頼を勝ち取ってなければ、認めんぞ」
松方さんは一変して、厳しい顔でそう言った。
彼にとって子どもが第一なのは、この建物や子どもたちを見ていればよくわかる。
先ほどちらりと見せた笑顔だって、便利になったのとかは二の次で、子どもたちが楽しそうに笑っているのが見れたからだろう。
「それに関しても問題ないですよ」
松方さんにそう言ったのは、伊吹さんだった。
「僕らが保証します。この子たちはちゃんと、ここのみんなの信頼を得てますよ。でなきゃ、施設の改造なんて許さないし、手作りの遊具で遊んだりしないでしょう」
「伊吹が言うなら……嘘はないな」
伊吹さんは彼にもかなり信頼されているようで、彼の言葉を聞くと松方さんはようやく肩の力を抜いた。
「それに、子どもたちの顔を見ればわかる」
無邪気に笑って遊ぶ子供たちの姿を見る彼の顔は、最初の印象とは違ってとても柔らかく見えた。
「礼を言おう」
「いえいえ、俺たちは償いをしただけですし……」
元はと言えばこちらのせいなのだ。彼が俺たちを怒鳴りつけても文句は言えない。
それでも、彼は頭を下げた。
「二週間も拘束して悪かった。お前たちにはお前たちのやることがあるんだろう?」
その対応に、俺たちはぐっと心を押された。
ああ、そうか。この人も教育者なんだ。子どものことを考え、その笑顔を第一に考えてくれる一人の師なのだ。
俺たちが本当に反省していることを汲んでくれて、認めてくれて、ねぎらってくれて、許してくれた。
より良い年上の人たちに出会えて思ったのは……敵わないな、という感情だった。
そして、いつかはこの人たちのようになれたら、と思う。
「応援してるぞ」
松方さんは柔らかい笑顔のまま、俺たちにそう言ってくれた。
△
「ついに来たぜ、夜!」
ガッツポーズを天に掲げ、恋バナ好きな女子と下世話な男子……つまりE組のほぼ全員を集める相葉。
手をワキワキと動かしながら、これから行う作戦について話す。
「……というわけだ。子どもたちをあの二人から遠ざけつつ、あの二人を庭の端っこに誘導だ。さあ、ラブコメの波動を見せてもらおうかぁ……全員所定の位置へ、散!」
「了解!」
統率の取れた動きで、ばっと散るE組の面々。
伊吹はその綺麗な動きに驚きつつ呆れた。
「ところで、なんで奏太はそこまであの二人をくっけたいの」
「げっへっへ、中学生の甘酸っぱい色恋沙汰のアトモスフィアを吸って、俺の青春を取り戻すんだよ」
「意味がわからん」
「刺激がねえんだよ刺激がよォ! お前らも最初はもじもじしてたくせに、最近は開き直ったいちゃいちゃしやがってぇ!」
「い……そんなことしてないよ、目につくとこでは」
「けっ、これだから自覚のないバカップルは……」
「受験勉強はこうも人を荒くする……いや、あんま変わらないか」
△
「気をつけるんだよ。火傷しないように、火を人に向けないように」
子どもたちに注意しつつ、伊吹さんが水の入ったバケツを置き、花火をずらっと置く。
火は松方さんか伊吹さん、相葉さんが着ける役。子どもたちには危ないから、一回一回頼んで着けてもらう方式だ。
松方さん退院祝いの花火祭り。
どこから調達してきたのか、花火は結構な数あって、俺たちが混ざってもなかなか減りそうにないくらいだ。
指と指の間に挟んで何本も贅沢に使ったりしても、まだ全然残っている。
「はい、國枝くん」
少し遠目で眺めていた俺に、不破が何本か差し出してくる。
「いまさら花火か」
「まあまあ、ちょっと季節外れでもいいでしょ?」
「少し肌寒くなってきたってのに」
すでに火を放っている不破のに、俺の花火の先をくっつけて着火させる。
彼女と横並びになって、弾ける花火に少しテンションが上がった。
花火をしたのは、普久間島での夜が最後。結局、夏休み最終日の祭りの時には見れなかったんだよな。
それを取り戻すぶんだと思えば、まあ悪くない。
「なんかちょっと、こういうの、いいかも」
「こういうの?」
「こうやって二人でお話とか。あれからなんだかんだバタバタしてて、ゆっくり話す機会なかったからさ」
「……そうだな。たまにはこういうのもいいか」
堀部が正式にクラス入りしたパーティーから、こうやってお互いを見つめ直す機会はなかった。
体育祭だとか、このフリーランニング悪用事件だとか。どうせこれからも何かと起きるんだろう。
だったら、こうやってただ遊ぶだけの時間もあったっていい。
散っては消える光を目で追う。
そうしていると、不破がすすすっと距離を詰めてきて肩をくっつけてくる。
「不破?」
「ほら、少し肌寒いし、ね?」
「……ん、そうだな」
振り払う理由はない。そして、ずっとこうしていたい理由はある。
だから不破が俺の肩に頭を乗っけてきても、どかそうなんて考えはなかった。
彼女の顔をちらりと見ると、にこりと返してくる。
花火の光がなくても、その表情がたまらなく輝いて見える。
見たまま逸らさずにいると、じっと見つめ返してきて、なんだか恥ずかしくなってくる。
そう思っても見つめ合ってるのは、それが心地よいのと、彼女の目に吸い込まれていきそうで……
ピーッ!
「やべっ、充電するの忘れてた」
「あーあ、もうちょっとだったのに」
夜に響く音と声に振り向けば、いつの間にか木の影や上にいる仲間たちがこちらをにやにやと見ていた。
甲高い音は、カルマが構えているスマホのバッテリーが切れた音だ。
「國枝くん……」
「相葉さんまで何してるんですか」
「アンコール! アンコール!」
「煽ってんな、さては! ていうかあんたが主導か!」
やけに周りが静かだと思ったら、こいつらずっと俺らを観察してやがったのか。
蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出すみんなを、俺は追いかける。
「よおし、全員そこに一列に並べ。歯を一本ずつ折って、各々別の奴の歯を移植してやる!」
「どんな発想してんだよ!」
その後、子どもたちが花火を使い切るまで俺たちの鬼ごっこは続いた。
△
ほっこりしたのもつかの間で、奉仕活動が終わった後、すぐさま二学期中間テストが襲い掛かってきた。
二週間ものハンデは、椚ヶ丘中学にとっては相当なもので……
「やっぱり期末テストは偶然だったのかな?」
と、帰り際にA組が絡んでくるのを許してしまうくらいだ。
ほぼ全員の点数が大幅ダウン。
それでも学年の半分より上だが……A組には惨敗。
俺なんか夏休みからほとんど勉強できていないから、ガタ落ちもいいところだ。
「言葉も出ないねえ、当然か」
「この学校では成績が全て。負けた君たちは僕らに発言権はないからね」
「ふーん、だったら、お前らは俺に逆らえないってことね」
「げっ」
カルマがふっと現れる。
勉強できない二週間のハンデをものともせず、学年二位という結果を残した彼は、堂々と胸を張っていた。
おかげでここぞと嫌みを言ってこようとした五英傑どもは押し黙った。
「気付いてなかったの? 今回みんな手を抜いてあげてたんだよ。君たちが負けっぱなしじゃかわいそうだからって」
「ぐっ」
あからさまな挑発だが、あちらはカチンときたようだ。だが、さっき自分で言った言葉に縛られ、五英傑は何も言い返せない。
E組は勉学、体育でもE組を圧倒した過去を持つ。うかつには馬鹿にできない。
「國枝や神崎さんは、君のためにわざと点数落としてあげたんだよ。少しはいい夢見れた?」
わざわざ榊原に言うなんて、意地が悪い……
実際は本当に点数が取れなかったのだが、黙っておこう。
いつの間にか、勝ったはずなのに言い負かされているA組と、負けたのに余裕があるE組というような構図が出来上がる。
ここらへん、カルマの空気の作り方は一級品だな。
「悔しいなら、次で勝ってみせなよ。三学期になれば、内部進学のお前らと高校受験の俺らじゃ授業が変わる。同じ条件のテストを受けるのは次が最後なんだ」
その他にも競争しようと思えばできるものはあるが……勉学においてはカルマの言う通り、二学期期末テストが最後の戦いとなる。
そしてここは都内有数の進学校、椚ヶ丘中学校だ。勉強の成績で全てが決まる。
どちらが強いか、正しいか、胸を張れるか。泣いても笑ってもそこではっきりとした差が出る。
「二学期の期末テスト、そこで全ての決着をつけようよ」
挑発するだけして、カルマは俺たちを引っ張っていく。
フォローしてくれたんだな、俺たち全員を。
E組の最初のほうを振り返ってみれば、彼もずいぶん変わった。
それに応えるためにも、二か月後の期末テストは負けるわけにはいかない。
決意を新たに、俺たちはカルマについていった。