貌なし【完結】   作:ジマリス

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64 そこで学んだこと

「体育祭に出るって言った時は正気を疑ったけど……うん、順調に治ってるね」

 

 職員室で上半身裸になった俺を触診し終えて、初老の医者がにっこりと笑う。

 シロが遣わせた偽医者の一件があって以降、俺に専属の医者がつくことになった。診察は職員室で、烏間先生の監視のもと行うことという条件も追加された。

 

 この人は普久間島から戻ってきた時に診てくれていた人で、殺せんせー周りの事情もよく知っている。

 暗殺業に関して口をはさむことはないが、こうやって怪我をした時にはすぐ駆け付けてくれてくれる。

 

「多少の運動はしていい。が、多少だぞ。息が切れるくらいの運動はまだだめだ」

 

 俺に向けていた優しそうな表情から一変、厳しい顔で烏間先生を見る。

 正面からその顔をされていたら、ちょっとびびってたかもしれない。

 

「わかりました」

「よく見張っておきなさい。合宿の時くらいの傷をまた負ったら、今度はどうなるか」

「はい。お手数をおかけして、申し訳ありません」

 

 烏間先生が頭を深々と下げた。

 確かに、何度思い返してみても生きているのが不思議なくらいだ。

 『影』、鷹岡、『レッドライン』、『蟷螂』……どのタイミングで死んでいてもおかしくはない。

 無事でいられたのは、自分自身のタフさもあるだろうが……不破のおかげだと、信じて疑わなかった。

 

 

「というわけだ。みんなで國枝くんが無茶しないように監視しておいてほしい」

「監視……いやな言葉だな……」

 

 朝のHRにて、烏間先生が告げた言葉に、俺は怪訝な顔をした。

 まあそれはパフォーマンスだけで、実際は話し合いの末、納得したことだ。

 当分はスマホを肌身離さず持って、律が俺をモニタする。みんなは監視の目を光らせて、俺を無茶な目に遭わせないようにする。それに異論はない。

 強引な手だが、それくらいしないと止まらないであろうことは、自分でも自覚している。

 

「ところで、あれから松方さんは?」

「ああ、こいつのことはちゃんと黙ってくれると約束してくれた。口約束だが、守ってくれるだろう」

 

 心配はしていない。あの人のことだから、軽々しく喋ることはないはずだ。

 

「勉強はできなかっただろうが、得られたものはあったか?」

「はい」

 

 俺たちは即答した。

 

「俺たちの力はいくらでも使いようがあって、どう扱うかは俺たち次第」

「だから正しい時に、正しい場面で、正しく使うことが重要なんだと思いました。力に溺れてしまえば……むやみに誰かを傷つけてしまうことになってしまう」

「これからは、ちゃんと清く正しい暗殺を心掛けます」

 

 岡島、磯貝、渚が学んだことを口に出す。

 俺たちも同意見だ。あそこで学んだことは、日々の勉強を置いておいても重要なことで、取り組んでいなかったらもっと大きなやらかしをしていたことだろう。

 

「二週間は無駄じゃなかったようだな。だが、訓練スケジュールが遅れてしまったことは確かだ。これからはより一層厳しくいくぞ」

「はい!」

 

 良い返事を返したことで、烏間先生は口角を上げた。

 

「だがその前に……」

 

 烏間先生は体操服を教壇に置いた。

 

「あ、俺のジャージ」

 

 岡島が反応した。

 股部分が破れて、他にも傷や汚れがたくさんついている。

 機動力が高い組の体操服はほとんど似たようなもので、どこかしらが破れている。

 ロープの昇り降り、フリーランニングなど、身体をよく動かすようになったのだが、指定のジャージではついていけなくなっているのだ。

 

「激しくなっていく訓練に、学校のジャージじゃ耐えられない。こうもぼろぼろになっては家族にも怪しまれるだろう。そこで、だが……日々訓練を頑張っている君たちに、俺からプレゼントだ」

 

 その言葉を合図に、烏間先生の部下が俺たちに、一人一つずつ一抱えある段ボール箱を支給する。

 開けてみると、そこには服が入っていた。サバゲーショップで見るような、戦闘服と似ている。

 

 試しに、と全員着替えてみる。

 

 顔以外を覆う黒いインナーに、同じく黒い手袋。

 メインはその上に着る、半袖と長ズボンの特殊着。少し青が入ったグレーのそれは、各々の身体の動きを阻害しないようにフィットしている。

 

「衝撃耐性、引っ張り耐性、切断耐性、耐火性……あらゆる機能が最先端だ」

「凄いな、これ。体操服より軽いじゃん」

 

 ブーツも速く走れるよう、高く跳べるように設計されているようだ。なにより、音が出ない。

 

「暗殺のために開発したんですか?」

「いいや、軍と企業が共同開発していたものの、性能テストのモニターを探しているところだったんだ」

「まあ、ここならテストにはうってつけですしね」

 

 フードを被ってみながら、俺は納得する。

 本格的な軍の軍の訓練や実戦に使う前のお試しなら、この暗殺教室が合っている。

 通常訓練やフリーランニング、中学生ゆえの突飛な作戦の遂行。これくらいの無茶には耐えてくれないと困るしな。

 

「女子はちょっと防御力が落ちてるな」

「デザインを考えたのは私よ」

 

 女子のは、袖が無くなって肩まで出るようになり、丈が短くて腹周りが見える。パンツも短くなって、すらっとしなやかなラインを見せつつ、機動力は男子より上がっているのではなかろうか。

 これでも特殊インナーのおかげで、見た目よりは頑丈っぽい。

 

「カラスマったら、女子の分も男子と同じにしようとしたのよ。せっかくのプレゼントなんだから、オシャレなのがいいわよね」

「見た目は手足が多少心もとなく見えるが、それでも十分身を守ってくれるはずだ」

 

 この贈り物にみんなは満足したようで、その場で走る、跳ぶを繰り返していた。

 

「これで『貌なし』の活動するとか考えるなよ、國枝~」

「やらんよ。お前たちにモロバレするだろうが」

「そういうことを言ってるんじゃないんだけどね」

 

 俺は足踏みする。わざとでかい音を出そうと思わない限り、吸音されて聞こえない。

 衣擦れの音もほとんどなし。この厚さのわりに防御力も優れているようだ。今までは無理だった暗殺も可能になるだろう。

 半年近く過ぎて、さらなる力を得た。しかも人数分。

 

「これは訓練に耐えてきたプレゼントであると同時に、君たちを信頼して渡す武器でもある」

 

 烏間先生の言葉に、俺たちは深く頷いた。

 

 超体育着を使えば、様々なことが出来るようになる。これまでは不可能だった無茶だって簡単にこなせるだろう。

 だが全てを防げるわけじゃない。

 鋭い一閃で裂かれるし、威力の高い銃弾には貫かれる。爆発で服は無事であろうとも、衝撃は身体を圧する。

 超体育着の能力を正しく把握し、正しく使用することが俺たちに課せられた仕事であり、信頼に報いる行動である。

 

 とは思いながら……俺がこれを使うときは来るんだろうか……

 

 

 放課後になり、さて帰ろうと思ったところ、前原に拉致されてしまった。

 教室には、E組生徒全員が揃っていて、まだ帰る様子を見せない。

 

「なんだこの集まりは」

「ビッチ先生のサプライズ誕生会作戦会議!」

「誕生会……ああ、そういうことか」

 

 十月十日はビッチ先生の誕生日だった……が、その時はちょうど俺たちがわかばパークでのお手伝いをしていた。

 烏間からプレゼントを貰えていないという嘆きを聞いて、女子たちが策を立てようとしているらしい。

 ビッチ先生にはお世話になっているし、手伝うとするか。

 

「誕生日だからって言って、色んなことを烏間先生にさせるのは?」

「あれこれやらすのは烏間先生向けじゃないだろ。公私の公の部分が大きすぎる。そう簡単に受けてくれるとは思えないな」

「合宿の時にも、ビッチ先生と烏間先生を接近させようとしたけど上手くいかなかったしね」

 

 そんなことやってたのか。

 そういえば、肝試しの後にみんな集まって何かしていたような気がする。

 俺はさっさと寝てしまったから詳細は知らないが。

 

 

 作戦はシンプルに行こうということで、俺たちが用意したプレゼントを烏間先生から渡してもらう。

 その間、ビッチ先生に怪しまれないように、そして帰らせないように、買い出し班以外が彼女を誘う。

 

「つったって、プレゼントねえ……」

 

 買い出し班である杉野がため息を吐く。

 気持ちは分かる。ビッチ先生へプレゼントとなると、これが難しいのなんのって。高級な物じゃパンチが弱い。石油王まで相手する人は満足できないだろう。

 

「クラスのカンパは五千円。この額で、烏間先生からビッチ先生へ……大人から大人に相応しい贈り物は……」

「やっぱりそうだ。ねえ君たち!」

 

 悩んでるところに、聞きなれない声がかかった。振り向いて声の主を見ても、見覚えがない。

 二十台半ばそこらの男性。後ろの花が積まれている移動販売のトラックは彼のものだろう。

 花屋さんか……やはり、俺には覚えがない。 

 

「その後大丈夫だったのかい? ほら、おじいさんのケガの」

 

 渚と杉野が反応した。

 松方さんを怪我させてしまった時にすぐそばにいて、その場で救急車を呼んでくれた人らしい。

 

 渚がその人と二言三言話す。

 松方さんが無事だったことを伝えると、彼は心底安心したように胸をなでおろした。

 

「ああそれと……今プレゼントが欲しいとか言ってたね。じゃあ、これはどうかな?」

 

 そう言うと彼は、赤い一輪を神崎の目の前に差し出した。

 

「花……」

「ものの一週間で枯れるものに数千~数万円。ブランド物のバッグより、実はずっと贅沢なんだ」

 

 金額が高い服やバッグなどは、それだけ価値があると同時に、耐久性に優れていることも多い。

 安物買いの銭失い、なんてことわざもあるくらいだ。

 それに逆らうような、すぐ失われる花はたしかにほいほいと買えるものじゃない。

 

「人の心なんて色々なのに、プレゼントなんて選び放題の現代なのに、いまだに花が第一線で通用するのは何故だと思う? 心じゃないんだ。色や形が、香りが、そして儚さが、人間の本能にピッタリとはまるからさ」

 

 外国でも、花は贈り物としてポピュラーだ。

 時代や場所なんて関係なく花が愛でられるのは、人に訴えかけてくるものがあるからだろう。

 

 やけに説得力のある言葉に、俺は納得した。

 

「電卓持ってなきゃ名演説だけど」

「んんん、一応商売なんで」

 

 カルマの言葉に、花屋さんはばつの悪そうな顔をする。

 まあしかし、言うことは正しいし、悩んでいた俺たちにとっては救いの手だ。

 予算を伝えると、花屋さんはおまけして束を揃えてくれた。素人目に見ても、その艶やかさは美しい。

 見た目だけでなく、香りも整えてくれたみたいだ。

 思わぬところで良い人に出会った。

 

 またよろしく、と手を振ってくる彼に礼をして、俺たちは校舎に戻ることにした。

 

 

 校舎に戻ったところで、早速作戦スタート。

 同僚の人心掌握も大切だとか何とか理由をつけて、烏間先生に花束を渡すように言う。

 ビッチ先生を誘導していたメンバーは、蜘蛛の子を散らしたように去っていく。一人置いていかれて、ちょっと寂しそう。

 

 そして、俺たちは職員室の窓の外からこっそり盗み聞き。ちょうどビッチ先生が戻ってきたころだった。

 

「カラスマ! 聞いてよ、ガキどもがね……」

 

 急に寄ってきたかと思ったら、急に去っていった生徒たちにご立腹のようだ。

 しかし烏間先生はそれを気にせず、つかつかとビッチ先生に近づく。

 

「イリーナ。誕生日おめでとう」

 

 飾った言葉はなく、烏間先生は真っすぐに花束を渡した。

 

「……うそ。あんたが?」

「遅れてすまなかったな。色々と忙しかった」

「やっば……超嬉しい。ありがと」

 

 唖然としていたビッチ先生だったが、花を手にしてようやく実感したようで、満足げにそれを見つめた。

 

「あんたのくせに上出来よ。なんか企んでんじゃないでしょうね」

「バカ言え。祝いたいのは本心だ。おそらくは最初で最後の誕生祝いだしな」

 

 あ、と思った。

 余計なこと言わないように口止めすべきだった。

 

「任務を追えるか地球が終わるか二つに一つ。どちらにせよあと半年もせず終わるんだ」

 

 馬鹿、と口に出しそうになった。

 烏間先生は、殺せんせーの暗殺が成功したとしても、ビッチ先生との関係を断ち切るつもりだ。

 政府の人間と殺し屋なんて、そりゃ繋がってない方がいいだろうが……半年近くも一緒に過ごしてきた同僚にかける言葉としては冷たすぎる。

 

 何かを察したか、ビッチ先生はまっすぐこちらに向かってきて、がらりと窓を開ける。

 当然そこには俺たちがいて、この一連の企みが全部バレてしまった。

 

「こんなことだろうと思ったわ。この堅物が誕生日に花贈るなんて思いつくはずないもんね」

 

 ビッチ先生は冷淡な顔つきで見下ろしてきて、自嘲するように悲し気な笑みを浮かべた。

 

「楽しんでくれた? プロの殺し屋が、ガキどものシナリオに踊らされて舞い上がってる姿見て」

 

 いろんな感情が混ぜ合わさっている。その中には、正の感情はひとつもなかった。

 

「おかげで目が覚めたわ。ありがと」

 

 花びらが散るのも構わずに、ビッチ先生は花束を烏間先生に投げつける。

 そのまま、俺たちが止める間もなく校舎を出て行ってしまった。

 

「ちょ……ビッチ先生!?」

 

 生徒たちが背中に声をかけても、振り向きもしない。

 くそ、やっちまった。

 ビッチ先生に良い思いをしてもらおうと思ったのに、逆効果の結果になってしまった。

 

「烏間先生、なんか冷たくないスか!?」

「まさか……まだ気づいてないんですか?」

 

 生徒たちの非難に、彼は動じなかった。

 

「そこまで俺が鈍く見えるか」

 

 表情を変えず、烏間先生は続ける。

 

「非情と思われても仕方ないが、あのまま冷静さを欠き続けるなら他の暗殺者を雇う。色恋で鈍るような刃なら、ここで仕事する資格はない」

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