E組が三班に分かれてから数分後……
「A班がやられたみたいだ」
他の班の様子をトランシーバーアプリで聞いていた三村が、額に汗を滲ませた。
「はァ!? 分かれてからまだ五分も経ってないでしょーが!」
思わず、中村が叫ぶ。
『死神』はそれだけ規格外ってことだ。今まで会ってきた殺し屋とは格が違う。
「ど、どうする?」
「右往左往すれば『死神』の思うつぼだよ、このまま任務を続けよう」
片岡はあくまでも冷静に指示を出す。
的確に状況を見ることのできる彼女がいて助かった。
だが……俺は心の中で舌打ちした。
『死神』がどれほどのものかわからないが、今までの殺し屋と同じく『多人数相手』の『戦闘』は不得手だろうと思っていた。
多少の心得があったとしても、あちらにはカルマ含め戦闘に長けたのが揃っていた。隙を突けば、渚がトドメを刺してくれる……そう考えていた。
だがこの短い間でやられたとなると……もし俺が戦っても、三十秒もつかどうかすら怪しい。
B班には機動力の高い杉野、岡島、片岡がいるが、他のメンバーは三村、神崎、倉橋、中村、速水、矢田だ。戦闘には不向き。正面からの殴り合いは避けたい。
こちらの手には竹林製の小型爆薬、奥田製の催涙液入りペイント弾に、スタンガンもある。
あちらが油断して手を抜いてくれるなら、まだチャンスはある。
迷路のような廊下を進み、施錠された扉の前までたどりつく。
三村が爆薬をしかけ、スマホで遠隔爆破させた。扉は吹っ飛んで、煙が舞う。
杉野と俺が前に出て、後ろで速水が銃を構えた。
敵の気配はない。といっても、『死神』相手に俺の勘がどこまで信用できるかは不明だが。
煙が晴れて、一気に室内へなだれ込む。
「ビッチ先生!」
部屋の中央。手足を縄で縛られたビッチ先生がそこにいた。
白いシーツの上で、目を閉じて倒れているが、命に別状はないみたいだ。
すぐに片岡と杉野が駆け寄り、無事を確認する。これでミッションの一つはクリア。
みんなの緊張が幾分か晴れる。
しかし、意外とあっさりだったな。
まあ相手が凄腕でも、所詮は一人。複数チームで動いてるこっちには対処が遅れるか。
ふう、と息を吐く。警戒を続けていると精神が摩耗するな……とほんの少しだけ気を緩めた。
杉野がビッチ先生を拘束している縄を解いて、おぶる。
その瞬間、彼女が一瞬目を開けたように見えた。
「じゃあまずはC班と合流しよう。それでA班を救出して……」
「待て!」
俺が呼びかける前に、ビッチ先生が動いた。
杉野と片岡がばたりと倒れる。
「ふふ……」
先ほどまで気絶していたように見えたビッチ先生がゆっくりと立ち上がった。
両手には小型の麻酔銃。それを打ち込んで、二人を昏倒させたのだ。
「ど、どういうつもり、ビッチ先生?」
「どうもなにも……あ痛っ!」
中村の問いに答えようとしたところ、裸足で足元の石を踏んでしまったのか、その場にうずくまる。
締まらないな……と三村はやれやれと首を振った。
「だいじょ……」
矢田、三村が呆れながらも近づこうとしたその時、ビッチ先生は恐るべきスピードで二人の首筋に注射器を立てる。
さらに、中村と岡島の首に手を回し、呆気に取られているうちに注射。
同時に、足でシーツを宙に舞わせ、神崎と速水の目を隠したかと思うと、抵抗する間も与えずに無力化させる。
俺は自分と一緒に倉橋を下がらせたおかげで距離をとることができたが……
「へえ、流石の目ね」
雰囲気が全然違う。初めて会った時とも違って見えた。油断もなく、自分の技能を十全に使うプロの暗殺者の顔だ。
「最後はヒナノとあんただけね」
言う通り、十人いたB班もたった数秒で二人だけになった。
あまりにも鮮やかで、流れるような動きだった。
普久間島でも手腕は見たが、人を惹きつけ、重要な部分から目を逸らさせる技術はやはり一流だ。
相手は紛れもないプロ。俺たち以上に経験を積んだ強者なのだ。
どうするか考える。
幸い、先ほどの動きを目で追うことは出来た。身体が即座に対応できれば勝てる。
助ける対象を痛めつけるのはいささか矛盾しているように思えるが、仕方ない。
「どうして、ビッチ先生? なんでみんなを……」
「あんたにはわからないわ」
倉橋の言葉を遮って、ビッチ先生は即答した。
「たかがガキの遊びとは違うのよ。本当の、血に汚れた世界はあんたたちには到底理解の及ばないところよ」
同じことを、俺も思ったことがある。
誰にも理解されない世界に生きて、自分はたった一人だと思い込んだ。
『蟷螂』の言葉を否定できず、足元から世界が崩れていきそうな錯覚に陥った、あの時。
ビッチ先生は『死神』に何かしらの言葉をかけられ、殺人者である自分の一面を引きずり出されたのだ。
自分はそういう人間だ。そこにいる人間だ。そこにいるべき人間だ、と。
「私はそこで生きてきた。そこに戻ろうとして、何が悪いの?」
「そこで生き続けたいと?」
「そう言ったはずだけど」
「だったら、その顔はなんだ」
不機嫌そうな顔。
俺たちに向けられているようでもあり、ビッチ先生本人に向けられているようにも見える。
「薬で無力化なんて面倒なことはせずに、俺たちを殺せばいいだろう。これだけの近距離なら銃を撃って終わりだ」
「カレがね、あんたたちが人質として必要だって言うから」
「『死神』のことか?」
「そう、そこにいるカレ」
ぐるんと視界が回る。
投げ飛ばされたと気づいたのは、地面に身体を叩きつけられてからだった。
超体育着を着ていても、痛みが伝う。
ばっと立ち上がり、状況を理解するよりも先に飛び退く。
その眼前に、足が飛んできた。
またしても身体が吹き飛び、今度は壁に打ち付けられる。衝撃をもろに受けた頬は熱く、切れた口内から血が出ていた。
だが超体育着はほとんどの衝撃を吸収してくれた。
「へえ、今ので気絶しないんだ。普通なら脳が揺れて横になったままなんだけどね」
いつの間にか、『死神』がいた。
最悪だ。A班がやられたときの音は俺も聞いていたが、それだけでも異常だとわかる。
俺は立ち上がって構える。
「國枝く……」
「下がれ!」
倉橋を突き飛ばすようにして、『死神』と離した。
ぞくりと殺気を感じて、身体をよじる。先ほどまで俺の顔があったところに、『死神』の拳が打ち込まれる。
その腕を掴んで、相手の重心をずらす。その隙に繰り出した肘鉄は、いとも簡単に受け止められてしまった。
「まさか今のも避けられるとはね。でも、うん、君なら納得かな」
『死神』の膝がみぞおちにめり込む。それは俺を跪かせるのには十分だった。
口の中に溜まった血を吐き出さず、なんとか飲み込んだが、鈍く反響する痛みが立ち上がることを許さない。
力を振り絞って、足を払おうとするも、ひょいと跳躍して避けられる。
さらにつま先で喉を突かれ、床に転がされた。
鷹岡とやったときより実力の差を感じる。しかも、『死神』はこれでもかなり手加減しているほうだ。その気になれば、どの攻撃でも俺の首の骨を折ることができただろう。
痛みに耐えて唸りながら立つ。壁に背を預けて、相手を観察した。
あまりにもどす黒く、うねるような殺気で死神の輪郭が掴めない。どこから何をしてくるかが、まったく読めない。
ゴーグルを着けて集中力を増すべきか。いや、どちらでもそう変わりはないだろう。むしろこの化け物相手では、目を凝らすほどに圧倒されそうだ。
「結構タフなんだね。だけどこれでおしまいだよ」
ピシュ。
首筋に違和感を感じた。とたんに視界がぐらつく。
するりと近づいてきていたビッチ先生が、注射を打ったのだ。
強烈な気持ち悪さと眠気が同時に襲ってくる。千鳥足でふらつくのを堪えようとするが、がくりと膝をついてしまった。
一撃も与えられず、ビッチ先生もE組のみんなも救えず、こんなところで終わるのか。
反撃もさせてもらえず、俺は床に伏してしまった。
△
目を開けると、光の中だった。
死んだのだろうか。それにしては痛みを感じる。
ぼんやりしていた頭が覚醒していくにつれ、淡い光が徐々に広がる。
天井に吊るされた電球が、煌々とはいかないまでも十分に部屋を照らしていた。
コンクリートで囲まれた五メートル四方の部屋。その真ん中に座らされていた。
なんだか身体が重いと感じるのは、投げられ蹴られ、薬を打ち込まれたからだけじゃない。
腕が後ろ手に回されて、その両手首に金属の輪がかけられている。
鎖は部屋の中央にある床から天井まで伸びている金属の棒に繋がれ、俺の行動を制限していた。
足首も同じようにされ、ほとんどポールに密着した状態のまま動けない。
立ち上がろうとしたところを、何かに邪魔される。
感触で、首輪もされているのがわかった。それも鎖がついているが、繋がっているのは足首の輪。中腰になるまでしか許されない長さのため、仕方なく起きた時のまま、座った体勢で辺りを見回す。
「気づいたみたい」
誰かの声が聞こえた。首を振ってみても誰もいない。
顔を上げて、正面の壁に備えつけられた小さなモニターにやっと気づく。
画質はそう良いとは言えない。しかも画面の端にいくほど大きくゆがんでいる。
その中にE組のみんながいた。最初に閉じ込められた牢屋みたいな場所で、全員が閉じ込められていた。
手錠をされていて、しかも、首に何か輪状のものをかけられている。俺の首輪とは違う、もっと小さいやつ。
「國枝、大丈夫か?」
杉野の言葉を理解して頷く。
「ああ、お前たちは?」
「大した怪我はしてないよ。けど……」
こちらとあちらも音声は届いているようだ。だが依然として状況は最悪。
全員捕まってしまった。
救出しに来たはずの俺たちが、いとも簡単に返り討ちにさせられたのだ。
それに、ビッチ先生の裏切りがショックで、暗い雰囲気が蔓延する。
「ここはどこだ?」
「死神のアジトだってことはわかるんだけど……」
「首のやつは?」
「爆弾だそうだよ」
竹林が答えた。
中学生に爆弾の首輪とは、ずいぶん手が込んでいる。
殺せんせーをおびき出し、殺すための人質……か。
普久間島で戦った暗殺者たちは、あくまで脅しのために食中毒菌を撒いたが、『死神』は躊躇なく爆破するだろう。
奥の手はあったが、使わせてもらえないまま気絶させられたのが痛い。
「もう目を覚ましたかい?」
開かれて、俺はびくりと反応してしまった。
いつの間にか、『死神』が部屋の中に入ってきていた。
黒いオーラは抑えられて、警戒しづらい花屋の青年の笑顔を貼り付けている。
「やあ、起きるのが早いね、流石だ」
にこりと笑う『死神』。
「俺たちを殺しはしないんだな」
「今はね。人質として使って、君たちの先生もろとも犠牲になってもらう」
「だったら、なんで俺だけ別で捕まえてるんだ」
人質は多ければ多いほどいい。それだけ脅しの手段が増える。
例えばこれが、複数人を小分けして別の檻に閉じ込めているとかならわかる。救出しづらい場面を作れるからだ。
だがE組の中で、俺だけが別の扱いをされている理由がわからない。
身動きをできなくされてるが、ただの鉄の輪で行動を制限されているだけで、爆弾をしかけられているわけでもなし。
「君のことを少し調べさせてもらったよ、國枝響くん」
こともなげに、『死神』はそう言った。
「成績は優秀なようだね。特に国語に関しては、同じ学年の中でも一、二位を争う実力……だけど突然成績が落ちたようだね。こんなに成績が良い國枝くんがなぜE組に落ちたのかな。特進クラスに行けるほどだったじゃないか」
「お前はわざわざそんなことを調べたのか?」
「ちょっとした暇つぶし。君たちも一緒に考えようよ、なんで國枝くんがE組に落ちたのか、知らないでしょ?」
この話にどんな意図があるのかまったく見えない。
俺がE組になった経緯なんて、こいつには関係ないはずだ。
なのに、クイズショーの司会のように大仰に手を広げて、モニターの向こうにも問いかける。
何か言い返そうとした寺坂を、カルマが制した。
ここは従っておくほうが賢明だ。
逆らったら何をされるかわからないし、話を続ければそれだけ時間を稼げる。
烏間先生か殺せんせーが異変を察知するのを待つしかない。
「自分から落ちたんでしょ」
ゆっくり、たっぷりと考えるふりをして、カルマが口を開いた。
「E組に落ちる原因だった二年最後の期末テスト……それ以外のテストじゃ、國枝は五英傑並の点数を取れてた」
全員に理解させるように、これまたゆっくりと説明をする。
「それなのにがっくりと落ちるなんて、自分から悪い点数を取りにいったとしか思えない」
「うん、正解。それじゃ、そこから先は僕が説明しよう」
全てがわかっているふうに、『死神』は答えた。
「『貌なし』はすでにそれより前からいたんだ。それは過去のニュースを追っていけばわかる。今と同じように、クラスの子を守るためだったんだろね。その時一緒だった……例えば浅野学秀くんとか……」
当時からすでに頭の良かった浅野や五英傑は、何かと俺を気にかけてくれた。先生だって褒めてくれた。
だから少しでも彼らが平穏に過ごせるように、彼らと一緒に過ごせるように頑張った。
俺が『貌なし』として働いてたのは、居場所が欲しかったからだ。自分がそこにいていいと思うために、役に立っていると自分に言い聞かせるために、自分にできることをしていた。
だけど一番認めてほしかった浅野には、どこまでいっても駒としてしか見られなかった。
常に上を目指し、突出した能力と向上心がある彼に憧れがあった。友人として見てほしかった。が、浅野にとって椚ヶ丘中学の生徒は……いや先生に至るまで、彼の駒でしかない。
そのことに落胆して、俺はそこから逃げた。逃げて、新しい場所を求めた。
俺が浅野を見なくて済むように、浅野が俺に興味をなくすような場所……それはE組しかない。
だからわざと成績を落とし、救済措置も拒否して落ちた。
「それがE組に落ちた顛末……で合ってるかな?」
こいつ……どこまで調べてるんだ。
俺が『貌なし』だってことは律をハッキングした時に知ったに違いない。だが当時の成績や浅野のことまで調べつくして、ほぼ真実と変わらないところまでたどり着くなんて。
俺が気絶して目を覚ますまで、そう時間はなかったはずだ。
これが『死神』の技能……
「そこで君は新しい居場所を見つけて、そこを守るために『貌なし』を続けた。差別的に扱われているところだから、危険は格段に増えて、そのぶん君は傷ついたってわけだ。特にこの半年は殺せんせー周りのこともあったしね」
こいつ……去年のことじゃなくて、今年のことまで……殺せんせー周りのことは最高レベルの機密のはずなのに。
肯定する代わりに、『死神』を睨みつけた。
「……これで満足か?」
「いいや。ここで話は『貌なしはどうして人を殺さないのか』に飛ぶんだけどね」
彼はしゃがんで、俺と視線の高さを合わせた。
「人を殺すのって、技術的にはそんなに難しくないんだ。道具を使って殴り続ければ、簡単に殺せる。そりゃ、最初は怖いだろうけどね。だけど、その一線を越えてしまうくらいの怒りは感じたことがあるはずだよ。友達を誘拐した不良だとか、仲間を殺しかけた元軍人だとかに」
覚えはある。
夏休み最後の日、教室で鷹岡と対峙したとき、警棒で命を削っていくようなあの感覚。
あれ以上続けていれば、奴を殺すことは出来た。
「それでも君は殺さなかった」
どうせ逃げ場はない。
仕方なく、俺は自分の感情を吐露した。
「一線を越えれば、もう戻ってこられない。殺人に対して言い訳をするようになって、躊躇がなくなって、最後は……」
人を簡単に殺せてしまうようになる。あの『蟷螂』のように。
「そうなってしまえば、俺はどこにもいれなくなる。仲間でさえ、ちょっとしたことで手をかけてしまうかもしれない。そんなことをしそうな自分が怖いんだ」
孤独は人を強くする。同時に、人を脆くする。『蟷螂』にちょっと言われたくらいでアイデンティティが崩壊してしまうくらいに。
折れやすかった俺の心は、人を殺さないことでなんとか保たれていたのだ。
殺せんせーでさえ殺そうとしなかったのは、心の平穏のためだった。
俺の言葉に満足したのか、『死神』はふふふと笑った。
「さて、本題に入ろう。君の経験からすれば、人を殺していても不思議じゃないんだ。だけど君は自分で引いた一線を絶対に越えない。その精神力を保っていられることに興味があるんだ」
背筋がぞっとするような冷徹な笑みを浮かべて、『死神』が俺の頭を掴んだ。