『死神』騒動も終わり、E組は暗殺と勉学に励む日常へ戻った。
変わったことと言えば……
「ふーん、じゃ、そっちで頑張って来なさいよ。寂しくなったらいつでも相手してあげるから」
ビッチ先生の、烏間先生に対する態度だろうか。いつもは悩殺だ悩殺だと騒いでる気がするが、最近はなんだか余裕が見られる。
烏間先生だって、今まで仕事のことしかビッチ先生と話しなかったのに、少しずつプライベートなことにも答えるようになっているみたいだ。
今その烏間先生は、別件で外国に行っている。
殺せんせーのことに関して敏感になっているのは、当然日本だけじゃない。諸外国にも報告する必要はあるし、協力を仰がなければならない。
最前線の現場にいる彼が適役ということだ。
変わったことと言えばもう一つ。
「痛むところはないか、國枝?」
「トイレとか行かなくて大丈夫か? ついてってやろうか?」
「お腹すいたらいつでも言ってね。お菓子常備してるから」
……なんかみんながすごい気にかけてくる。
ちょっと痛がっただけでも、救急車を呼ぼうとするくらいだ。
この前なんか、紙の端でちょっと指を切ったくらいで腕ごと包帯でぐるぐる巻きにされた。
友達が死にそうだったんだ。過保護になるのもわかる。
それに俺自身、こいつらを助けるために『貌なし』になってたくらいだ。大げさだよ、なんて馬鹿にはできない。
まあそのうち落ち着いてくるだろう。
それより今気になるのは……
「どうしたんだ、渚」
珍しく浮かない顔の渚に問いかける。
「あ……えっと、お母さんが三者面談したいって……」
あー、と杉野とカルマが声を上げた。
「渚の母ちゃんか……けっこうきつそうな人なんだよな」
「そうそう。遊びにいったら、まー嫌悪感丸出しの目で見てくるんだわ。國枝もいたよな、その時」
「ああ、あの時か」
一度だけ、渚宅にお邪魔になったことがある。
虫でも見るような目で見てきて……なんというか、敵として見られてるって感じだった。
「自分の物に触られんのが嫌だったんだろ」
「物?」
「少なくとも、息子を見る目では見てない」
「そんなことわかるのか?」
「いや、お前らだって知ってただろ? あの部屋の様子を見たんだから」
「部屋……?」
杉野が首をかしげる。
「机の上にこれ見よがしに置かれていた
俺は当時の違和感を思い出しつつ、言葉を続ける。
「問題なのは学部まで指定してあったことだ」
有名大学の学歴が欲しいのはわかるが、まだ文系か理系かもわからない息子にそこまで強要させるかね。
「気になるのはまだあった。漫画棚には、渚が買ったものに混じって、趣味じゃないはずの一世代以上前の少女漫画がずらり。それはまだいいが、クローゼットには女物の服が置いてあった。これで健全に息子を育てているとは言えないだろう。最後のは、渚が女装趣味がないことが前提だが……どっちだったっけ、喜んで着るほうだったか?」
「ち、違うよ!」
普久間島では潜入のために女装させられていたけど、彼の趣味でないことは反応からわかる。
この教室で女装がクセになってきてるのは、岡島くらいだ。
俺はみんながきょとんとしているのに気が付いた。
「家探ししたのか?」
「まさか。隙間から見えたのを覚えてただけ……ってなんだその目は」
「気持ち悪っ」
おいこらお前ら、気持ち悪いってなんだ、気持ち悪いって。
そもそもヒントは目の前にあっただろうが。
渚の髪型。
その結び方は、長髪であることを隠すようなやり方だ。
考案者は茅野らしいが……好き好んで髪を伸ばしてるなら、その結び方のまま過ごしたりはしないだろう。
そこから、髪を切ることを禁止されていると考えれば、なんとなーく親との関係性が見えてくる。
話は戻って、その母親が三者面談を希望している問題に移る。
「面談ねえ……俺らの時には、烏間先生がやってくれたけど……」
表向きは担任だからな、あの人。でも、いまは仕事で海外行ってるんだよなあ。
そうそう早くは帰ってこれないけど、渚の母親はすぐにしたいと言ってるらしいし……
「どうしたものか……」
「ならあたしがやるわよ。タコとカラスマの次にあんたたちを見てきたんだから、やってやれないことはないはずよ」
自信ありげにビッチ先生が胸を逸らす。
冬も近くなって、彼女は今までの露出の多い格好から、ニットセーターに衣替えしていた。
元々美人なうえ、VIPに近づくための所作も完璧なおかげで上品に見える。
確かにビッチ先生なら外面は問題なしのはず。
「おぉ、そっかビッチ先生なら……」
「じゃあちょっと予行演習してみよーよ」
片岡が机を整え、渚と並んで座る。対面にビッチ先生を配置させて、いざ模擬面談。
「担任として、最も大切にしていることは?」
「そうですねえ……あえて言うなら『一体感』ですわ、お母様」
おー、なんだか良さげ。
話し方もきっちりしていて、印象は悪くない。
「じゃあ、うちの渚にはどういった指導方針を?」
「まず渚くんには、キスで安易に舌を使わないよう指導しています」
「はい終了~」
「おかえりくださ~い」
「こんなん訴えられんぞ」
女子たちがずるずるとビッチ先生を引きずる。
彼女はなにやら不満を口にしていたが、いやダメだろ。
「ていうか、E組って名目上の担任は烏間先生だよね。うちの親も三者面談希望したけど、その時は烏間先生がやってくれたし……統一しないと親同士で話が合わなくなっちゃうよ」
速水が言う。
んん、そうか。烏間先生以外が出るとおかしなことになるか。ビッチ先生はあくまで英語教師だからなあ。
「ヌルフフフ。むしろ簡単です。烏間先生に化ければいいんでしょう?」
いつの間に準備していたのか、殺せんせーが扉の外で待機していた。
見える影はちょっと太った人、というくらいで違和感はない。ヅラを装着していて、髪型もそっくり。
「いつものクオリティ高い変装じゃあ誤魔化せねーぞ」
「すれ違うくらいならまだしも、面と向かってじっくり長く話すからね~」
「心配無用」
満を持して、殺せんせーはがらりと扉を開けた。
「ワイや、烏間や」
彼なりに完璧な変装をしたんだろうが、思わず俺は……
「はあ……はあ゛ーぁ゛」
「そ、そこまでため息をつくほどですか?」
「もう全部投げ出して帰りたい……このポンコツ教師どもめ……」
もっちりとしてつるんとした顔はそのまま。強靭な腕を再現しようとしたのか、こぶや関節を作ろうとしているがハムみたいになってる。
額にシワ、そして似た髪型のヅラはいいけれど、それ以外がもうダメだ。
暗殺のことも隠して、みんなの親と違和感なく面談する烏間先生の有能っぷりを再確認する。
超生物と殺し屋じゃ、日本の中学生と常識が離れているせいでどうにもいかん。
しかし、だ。ここは殺せんせーに頼るしかないか……
肌の色は擬態で人間のそれと近くなるようにしてもらって、できるだけ人間の体型になるように触手を机の下に押し込んだり……鼻や耳など細かいところは菅谷監修のもとに取り付けてもらったり……
なんとか形にはなったが……
「これが限界か……」
五十メートル先から見たら、まあ人間に見えなくもないだろうが、間近で見たら風船人形だな、これ。
果たして誤魔化しきれるだろうか……
△
そこから数日。
放課後になった瞬間に机を整え、俺たちは窓の外に出る。
そうして待つこと十数分。渚の母親が現れた。
派手な着飾りはないが、地味目ながらも綺麗で、背筋もまっすぐ。
何も知らなければ、ただちょっと目つきがキツいくらいのキャリアウーマンに見える。
子どもを怒鳴りつける人だとは、とてもじゃないが思えない。
迎える渚が案内し、そのまま教室の中へ。気配を消してたから、俺たちに気付いてはいない。
「あれが渚のお母さんか」
「確かにキツそうだな」
そうは言いつつも、みんなどこか楽観的だ。
希望者が行った今までの三者面談では、生徒がE組残留を望んだこと、E組で成績が上がったことが理由で大きな問題はなかった。
自分の息子娘が前を向くようになり、心身ともに健康、このままいけば進路も希望通りのところへ行けるようになったんだから、親としては文句もないだろう。
だがどうも、渚母は違うようだ。
「國枝はどう思う?」
「圧が凄い」
面談と言っても、実際は渚の成績を上げた教師を見定めるのと、渚を本校舎に戻すための一方的な話にするつもりだろう。
譲る気のない圧力が感じられる。
「失礼します」
「ようこそ、渚くんのお母さん」
丁寧に入室した渚母と、丁重に迎える殺せんせー。
ギリギリまで調整したおかげで、どうやら人じゃないとはバレていないようだ。ひとまず安心。
「山の中まで大変だったでしょう。冷たい飲み物とお菓子でも」
初手おもてなし。
彼女の好きなジュースと高級そうなお菓子で第一印象を良く見せようという魂胆だ。
この作戦が功を奏して、話は和気あいあいと進む。
「まあしかし、お母さんお綺麗でいらっしゃる。渚くんも似たんでしょうかねえ」
「この子ねえ」
一瞬にして、和やかだった空気がピリついた。その発生源は言うまでもなく、渚の母。
「女でさえあれば、私の理想にできたのに」
殺せんせーがぴくりと眉を動かした。
「このくらいの歳の女の子だったら長髪が一番似合うんですよ。私なんか子どものころ短髪しか許されなくて。三年生になって勝手に纏めた時は怒りましたが……これはこれで似合うから見逃してやってます」
その変な言い方に、俺たちは奇妙な気持ち悪さを覚えた。
みんながちらりと俺を見る。言った通り、息子として見ている感じがしない。
人形……ともなんか違う感じだが、とにかく子どもに向けるべき感情がない。
「そうそう、進路の話でしたわね。私の経験から申しますに……この子の歳で挫折するわけにはいきませんの」
異様な雰囲気を漂わせたまま、殺せんせーに向き直る。
「椚ヶ丘高校は蛍大合格者も都内有数ですし、中学までで放り出されたら大学も就職も悪影響ですわ。ですからどうか、この子がE組を出れるようにお力添えを」
「……渚くんとはちゃんと話し合いを?」
「この子はまだ何もわかってないんです。失敗を経験している親が道を造ってやるのは当然でしょう」
なんだこれ。この言いようのない気持ち悪さは何だ。
言ってることは正しい。子どもに失敗してほしくないと思うのは当然のことだろう。
子どもが失敗しないように、レールを敷いてやるのもまた一つ、親としての責務だ。
過保護ではあるかもしれないが、間違っているとは言えない。
だがどうしてもその意見に賛成できない。
おかしいのだ。うまく言語化できないが、言葉の端々から感じられる圧迫感が嫌な気分にさせる。
「なぜ渚くんが、今の彼になったのかを理解しました」
そう言うと、殺せんせーはおもむろに立ち上がった。
触手は机の下に収納されたままだから体格の変化はないが……どうするつもりだ?
生徒たちが戦々恐々と見守る中、殺せんせーは素早く手を動かした。
「私、烏間惟臣は……ヅラなんです!」
「っ!」
危うく噴き出すところだった。
いきなり何をするかと思えば、急に頭のヅラを取ったのだ。もともとのつるりとした頭がきらりと光る。
「お母さん。髪型も高校も大学も、親が決めるものじゃない。渚くん本人が決めるものです。渚くんの人生は渚くんのものだ。貴女のコンプレックスを隠すための道具じゃない」
見た目はともかく、殺せんせーは真面目なことを言った。
ああそうか。
俺は、親というのは誰もが子どもを愛しているものだと思っていた。それが普通で、当たり前のことなんだと思っていた。
だけど目の前でその当たり前が崩れていってることに、ひどく気分を害してしまったのだ。
立花の話を聞いた時の気持ち悪さもそのせいだ。
思ってることは見抜けても、そこにこめられた意味を理解できない、納得できない。
そんなギャップがこのモヤモヤの原因だ。
そんなことを思ってるうちに、渚母の顔が怒りに崩れた。
一瞬で殺せんせーを敵と認定したかと思うと……
「■■■■■■■■■■■■■■!!」
割れんばかりの勢いで叫び始めた。
とっさに耳を閉じたが、たとえちゃんと聞いてても何を言ってるのかわからなかっただろう。
それだけヒステリックになっていた。
「渚! 最近妙に逆らうと思ったら、この烏間ってヅラの担任にいらないこと吹き込まれたのね! 見てなさい、すぐに私がアンタの目覚まさせてやるから!」
言うだけ言って、乱暴に教室を出ていく渚母。
ぽつんと残された殺せんせーや渚だけじゃなく、俺たちまで呆気にとられてポカンとしてしまった。
あそこまで強烈だとは……
窓を開けて、俺は顔を出す。
「怒らせたな」
「渚くんの意志を汲んでもらうはずが……うまくいきませんねえ」
渚が生まれて十五年。その間に凝り固まった考えは簡単に説得できるもんじゃない。
にしても、何でもしそうなあの顔……悪いことが起きなきゃいいが……