さて、以前にも言った通り、この半年近くを通して、本校舎がE組を見る目はかなり変わってきている。
一学期中間テストでは負けたが、成績は大幅アップ。野球大会ではなんとか勝ち。期末テストでは(教科トップを取り合うという限定的な勝負だが)なんとA組を下した。
極めつけは体育祭で、人数や体格で圧倒的に不利だったのを、奇抜な作戦でひっくり返した。
成績下位組が落ちる先であるのは前項生徒が知ってるはずなのに、憧れを持っている者も少なくないと聞く。
そんなE組が、今度の学園祭では何を仕掛けてくるのだろうという話でもちきりらしい。
「てわけで、本校舎が盛り上がってるんだってさ」
勝手に盛り上がられてもな……こっちはまだ何をするかも決めてないのに。
ここで、椚ヶ丘の学園祭とはどういうものかというものに話を移そう。
椚ヶ丘中学・高校で行われる学園祭は、ガチの勝負である。
どれだけ稼いでも儲けた分は寄付が義務づけられているが、その収益順位は校内にでかでかと貼りだされる。
それだけではない。
例えば、飲食店をやるなら提供品の美味さはもちろん、飾りつけの美しさ、食器との調和など。それだけじゃなく、看板やメニュー表のデザイン、宣伝方法、接客サービスなど何から何まで評価される。
売上以外は順位に関係ないが、多数の企業やマスコミが注目する一大イベントだ。
それゆえ、功績は商業的な実績としてアピールでき、この時点で目をかけられることも少なくない。
しかし、である。
もちろん、ここE組は本校舎で店を出すことは許されていなくて、立地は最悪。
おまけに……
「飲食店やるなら、単価は三百円まで」
狭間が補足する。
つまり、三百円以内で、この山の上にまで客を来させるようなものを作り上げなきゃいけないのだ。
原価が低いか、人気のものを出しただけでは足りないだろう。
どうせありきたりな焼きそばとかたこ焼きとかフランクフルトなんかは、本校舎組がやるだろうし。
「A組はどんな手を使ってくるか……」
「噂だと、企業とスポンサー契約結んでるらしい。飲食物は提供品だから仕入れ値はゼロ」
「しかも、ステージに芸人やらアーティストとか呼ぶんだってさ」
イベント系は入場料六百円までだから、そっちで攻めてくるだろうな。
だとしたら、無料で飲み食いし放題とかやるつもりか?
殺せんせーはふむふむと話を聞くと、とあるものを俺たちに差し出した。
「浅野くんは正しい。必要なのはお得感です。安い予算でそれ以上の価値を生み出せれば客は来ます。E組におけるその価値とは、例えばこれ」
小さなそれを俺は受け取る。
「どんぐり?」
「裏山にいくらでも落ちてるこれ、特に実が大きくアクの少ないマテバシイが最適です」
「何に?」
「少し手間はかかりますが……これを粉にすれば小麦粉の代わりになります」
殺せんせーはよりいっそうの笑顔で、村松に向き直った。
「客を呼べる食べ物といえばラーメン! これを使ってラーメンを作りませんか」
「ラーメン……だと?」
実家がラーメン屋の村松がぴくりと反応。ためしに、と殺せんせーが試作してきた粉をぺろりと舐める。
しかし村松は首を横に振った。
ラーメンの麺は、もちろん粉だけで作られるわけじゃない。それを麺の形と食感にするためにつなぎが必要となる。
しかし、そこはさすがの殺せんせー。改善策もしっかり考えてあった。
山にある自然薯は粘りもよく、つなぎとして使えるという。自然薯とかあるのかよ、この山。
それを聞いて、村松は興味深そうに頷いた。
「だったらラーメンよりつけ麺がいい。この食材の野性的な香りは濃いつけ汁のほうが相性がいいし、スープが少なく済む分利益率が高ぇ」
不敵に笑う彼はもうやる気満々のようだ。
実家を繁盛させるために日々勉強している彼からすれば、これ以上の腕試し場はないとぞくぞくしているのだろう。
他にも、裏山には探せば探すほどいいものが転がっている。
プールには魚がわんさかいるし、
木を見上げれば果物が生っていたり、地面を注意深く観察すればキノコがあったり。
危ないものは殺せんせーによけてもらって、三十分ほど全員で探してみるだけでもかなりの量が採れた。
「この山ヤッバ……食材の宝庫じゃん」
中村の言う通り。今まで目を向けてこなかっただけで、この山はすごい。訓練にも使え、沢もある。
こんなところにE組があるのは、なんだか恣意的なものを感じるな……
あの理事長が何を考えているのかわからないが、ただ単純な嫌がらせや見せしめのために、ここに校舎を建てたんじゃない気がする。
「じゃあ早速研究といくか。学園祭まで時間がねえ」
村松がパンと手を叩いて、調理に取り掛かろうとする。
つけ麺はスープが命。麺が出来るまで、ベースとなるものを仕上げておくつもりのようだ。
家庭科といえばこの人、原も手伝いを申し出て、その他は材料調達班や必要なものの買い出し班に分かれていく。
「じゃあアレだね」
「ああ。國枝は試食係で」
早速調理係になった原と村松が、俺を椅子に座らせる。
最近、本格的に俺を太らせようとしてくるのはなんなんだ。
△
殺せんせーに教えてもらったものの他に、使えそうな食材を探して山へ散っていったE組。
そんななか俺は……
「……」
かれこれ一時間もじっと座らされていた。
動こうにも、目の前と横には監視役の不破と律。こんなに近くでじっと見られていては、目を盗んで……というのは不可能だ。
右には、力ずくで抑え込め役の吉田もいる。
「いまうずうずしてるでしょ」
「だ、だって、森の中でのフリーランニングはあんまり経験がないんだ。ちょっとは腕試ししたいと思うのは自然なことだろ」
「お前なあ……自分の身体をちょっとは労われよ。死にそうなくらいの怪我が完治してないうちから棒倒しして、『死神』とバトって……ホントなら、いまも安静にしてなきゃいけないレベルだろ」
言い返せない。
日常生活に支障がない程度には動けるようになったため退院できたが、運動は禁止されている。
夏休みからずっと戦いの連続で、医者に止められても色々やってたからなあ……
「だから、私たちが監視役ってわけ」
「くそ、この身体が恨めしい……全部俺のせいなんだけどな。はあ……やだやだ。こんなところでじっとしてたらあっという間に老けちまう」
うじうじとネガティブな言葉を吐き続けていると、見ていられなくなったのか、吉田は盛大なため息をついた。
「暴れられても困るし、見回りしてみるか? そこらへん散歩ってレベルなら大丈夫だろ」
「する!」
△
最初の場所は、同じく教室で試行錯誤している村松と原のところ。
「よっと、こんなもんでどうだ?」
「上出来上出来。あとはどれだけ少ない材料で完成品まで持っていけるかだね」
ぬぐぐ。二人が楽しそうに料理しているのを見て、血の涙が出そうだ。
文化祭の準備なんて、学校生活の中でも特に重要なイベントだ。それに交われないのは少し寂しい。
「よ、大人しくしてるか? って、どうしたんだよ國枝、そんな寂しそうな顔して」
「今の俺はただ試作品の味見をするしか能がない無力な男さ……笑えよ……」
「どうしたんだ、こいつ」
「なにか仕事やりたいんだって」
「つっても、レシピ確立するまでは俺と原以外は手出せないし、こいつを飛び回らせるわけにはいかねえし……あ!」
村松はぽんと手を叩く。
「だったら、いい仕事があるぜ」
△
「なるほど、釣りか」
沢に連れられた俺は、あたりを見回す。
こちらでは数人、魚を釣りつつ周りの山食材も集めているようだ。
つけ麺だけの一点勝負でやるわけにはいかないもんな。食材が豊富なぶん、メニューも数を揃えなければ。
「國枝、こっちに来たのか」
「仕事ゾンビになってるから、面倒見てやってくれや」
釣り部隊の一人である竹林が、くいっと眼鏡を上げて一匹の魚を目の前に持ってくる。
「ちょうど釣れたとこだ。そこらへんで火を起こして、焼いて食べるかい?」
「食いに来たんじゃなくて仕事しに来たんだよ。いま吉田が言っただろうが」
たらふく食わせて動けないようにしようとしてるのか。それとも栄養を心配してるのか。
これも過保護になった影響の一つだ。
「にしても、まだ半年も経ってないってのに、ここであったことが懐かしいね」
「あのプール爆破事件だろ。あんときはほんと助かったぜ」
「うんうん。僕も抱えられた時、安心したよ」
いつの間にか渚も話に加わってきてる。しまった。前後左右を封じられた……ってなんの遊びだ。
「囲むな囲むな。一回やっただろ、このくだり」
「お、照れてんのか?」
「照れてない!」
そうやってわちゃわちゃとしていると、上流から寺坂がやってきた。
「お、なんか盛り上がってんな」
「あ、爆破犯人だ」
「む、蒸し返すなよ。悪かったって」
そこから、またしても思い出トークが始まろうとしたところを留める。
俺がここに来た経緯を話すと、寺坂は自分の得物を差し出してきた。
「ほい、釣り竿。適当に釣っといてくれ」
「お前は?」
「メインのほう集めに行くわ。あっちはいくらあっても困らねえし、粉にするのも手がかかるしな」
「やはりどんぐり集めか。俺も行こう」
「だめ」
ついていこうとした瞬間、即座に不破に羽交い絞めにさせられた。
いや、冗談。冗談だってば。ってかどんぐり集めくらい別にいいじゃないですか、ねえ。
「おう、ちゃんと旦那を躾けとけよ、不破」
「だ……もう、早く行って!」
「お~う、じゃあ後でな」
顔を赤くして怒る不破に怖気づくことなく、むしろにやにやとした笑みを浮かべて去っていった。
△
さすがに家がラーメン屋の村松といえど、つけ麺を一日で完成させられるわけはない。
しかし付け合わせの具や、他の食材を使った料理はそれなりに形にはなった。
茅野主導でデザート作成にも取り掛かることができているし、それなりに豪華なラインナップになりそうだ。
陽が落ちた後も、それを端から端まで食わされたせいで満腹だ。
明日も明後日もこれが続くと思うと、うんざりだと思う反面嬉しくもある。久しぶりに青春してるって感じだ。
家に着いて、扉の鍵を回す。そして扉を開けようとするが、なぜか開かない。
まさかと思ってもう一回鍵を差し込み、回す。今度は扉が開いた。
家を出る時に鍵をかけ忘れたか? それとも誰かが侵入したか?
その警戒は、玄関に入ったところで消えうせた。
見慣れた革靴が二足。父と母のものだ。
リビングへと繋がる扉の隙間から光が漏れていた。
珍しく、両親が俺より早く帰ってきているのだ。
「ただいま」
俺が不審者だと思われないよう、ちらりと顔だけ出して言う。それだけで十分だろう。
二階の自室に行くため、階段に足をかける。
「響、おかえり」
声に振り向くと、母がわざわざ目の前まで来て返事をしてくれた。
そっちも今しがた帰ってきたばかりのようで、スーツ姿のままだった。
「ああ、えっと……うん、ただいま」
何を言っていいかわからず、同じ言葉を繰り返す。
『今度、学園祭があるんだ。俺のところは飲食店やるんだけど、来ない?』
なんてことすら言いづらくて、言おうとも思わない。
来てくれるはずもないし、期待するだけ無駄ってもんだ。
別に恨みとかあってそんなことを想ってるわけじゃない。
都内の一軒家を買え、息子に食費や習い事の金をぽんと渡せるほど稼いでるってことは、それなりに忙しいということだ。
それで育てられているのだから、文句を言えるはずもない。
これでいいんだ。
そうやって、心から沸き立つざわめきを抑える。
「じゃ、俺は勉強しなきゃいけないから」
逃げるように、早足で階段を上がる。
部屋に入るなり鞄を机に置いて、制服を脱ぐ。
『死神』のせいで開いた傷を見られるわけにはいかない。
長袖長ズボンのおかげで見えづらいが、それでも近いとすぐに気づく。
まあ、見られたとしても大して気にしてこないだろうが……ちょっとでも親の負担にはなりたくない。
親には親の仕事がある。俺に構っている暇なんてないほどに。
ずっと自分にそう言い聞かせて、納得してきたのだ。
万が一……億が一、心配なんてされたら全部崩れそうで怖い。
『なんで今さら気にかけるんだ。これまでずっと放ってきたくせに!』と叫んでしまう自分が容易に想像できる。
負の感情をそのまま放ってしまうとろくなことにならないのは、すでに経験済み。
一本の糸のような細い繋がりでも、縁はある。断ち切れるのはなによりも嫌だ。
両親が嫌いなわけじゃない。むしろ、色々と話したいし、遊びたい。同じものを見て、同じものを食べて、普通の家族のように過ごしたい。
だけど、二人の人生に俺の入る隙間はないのだ。
「なんてな」
今はE組のみんながいる。寂しさは解消できるじゃないか。
本音を話せて、ともに戦ってくれる仲間がいる。これ以上を望むのは贅沢だ。