学園祭一日目。
宣伝なんか多少程度しかしていない現状では、ちらほらとしか客がいない。
こんな山の上なんだから、それだけでもありがたいが……荒稼ぎしてるであろうA組には遠く及ばない。
いつ、どれだけ大量の注文が来てもいいように、材料は多く確保してあるが、使いきれるかどうか。
一応、客の負担を少なくする策は使っている。
坂の下に矢田を配置して先に注文を訊き、上へ上がったころには料理が出来ているシステムとか。
これには、保存の利かない食材をその場で採ってこられるように、という意図もある。魚とかを新鮮なままにしておくための冷蔵庫とかないからな。
足腰の弱い人は、寺坂や吉田が人力車で運べるようにもしている。
けど、やっぱりこの場所まで来させるのが難しいか。
本校舎とは離れてるし、そもそもその本校舎だけで満足できる品が揃ってるし。
そんな場所に、わざわざ登ってくる数人を見て、茅野が指差した。
「あー、修学旅行の高校生!」
「あの不良ども……」
修学旅行の時に神崎と茅野を誘拐したグループだ。あの時の憂さ晴らしにでも来たか?
ぎりり、と拳に力が入る。
「あれれ~、また女子でも拉致るつもり?」
「もうやってねえよ。奴に見張られてると思ったら悪さできねーしな」
不良のリーダーが、カルマにそっぽを向く。
正体を知らない彼らからしたら、『貌なし』は急に現れてぼこぼこにして去っていった台風みたいな存在だからな。
「だが、あんなわかりやすいことやらなくても台無しにできる。例えば、ここのメシがクソマズいと叫びまくったり、ちょいとネットで呟いたりなぁ……」
と息巻いてた不良どもだったが……
「うめえ!」
「他のも食おうぜ、他のも!」
「なんだこのタマゴダケって、食ったことねえ!」
料理を口に入れるなり、はしゃぎだした。
いろいろ頼んで食って、美味いと叫んでくれているおかげで周りの客へのアピールになっている。
文句つけに来たリーダーも……
「うちの生徒の料理、どうかしら?」
「ち、超ウメーっす!」
ビッチ先生の前には形無しである。
「全メニュー食べてくれたら、センセー嬉しいなー」
「え、で、でも金が……」
「駅前にあるわよ、ATM」
「下ろしてくるッス!」
と、穏便に済まされた……というか、貢がされてる。
まあそりゃそうか。不良程度がビッチ先生に敵うわけがない。
正体が知られれば大したことはない、とロヴロさんは言っていたが、それは逆に言えば正体がバレなければ無敵ということだ。
同性でさえも魅了してしまうその技、男であれば抗うのは難しいだろう。
「國枝くん」
声に振り返ると、かなりの大人数が押し寄せてきていた。
松方さんが引率して、わかばパークの子どもたちが集まっている。
それだけでなく、高校生以上の集団を、伊吹さんが引き連れていた。
「来てくれたんですね、伊吹さん」
「学園祭の売り上げ勝負してるんでしょ。多少は力になれたらと思って」
呼べる限りの知り合いも連れてきてくれたらしい。三十人くらいいるんじゃないのか。
気になるのは……
「お知り合い……女性が多いんですね」
「そうなんだよ、聞いてくれ國枝! 俺の話を聞いてくれ! そして同情しろ!」
泣きついてくる相葉さんも相変わらずである。
聞けば、この男女比率2:8の団体は全員伊吹さんの知り合いで、相葉さんが知り合ったのはつい最近のことらしい。
うーん、多種多様。大人しそうな人から、すぐにも喧嘩売ってきそうな目つき悪い人までいる。
特に伊吹さんに近い茶色の長髪の女性は、前に聞いた彼女さんだろうか。
「ええと、では席までご案内します」
引っ付く相葉さんを引きずりながら、みなさんを席につかせる。注文を聞いて、厨房に伝え、出来たそばから運んでいく。
その他にもちらほらと見たことのある人たちが来てくれて、暇な時間はなくなっていった。
「ふう……」
接客も楽じゃない。調理にも混ざったりしてるから、余計に忙しさが増す。
とはいえ、なんだか青春してる感じがしていい気分ではある。
「盛況のようだな」
ぬるりと現れたのは、ロヴロさんだ。
「び……っくりした……驚かさないでくださいよ、毎回毎回」
毎度、俺の死角から出てこないと気が済まないのだろうか。
「平気なんですか? 『死神』に殺されかけたって聞きましたけど」
「なんとかな」
『死神』が襲来してきた時、烏間先生が忙しかったのは、『死神』がロヴロさんを意識不明の重体にしたからである。
そのせいで殺し屋の紹介を受けられなかったらしい。
間一髪で死を免れたロヴロさんはまだ本調子じゃなさそうだが、生活を送るには支障ないみたいだ。
「『影』やカラスマの同期にも勝ったそうじゃないか」
「……『影』はもともと一対一の戦闘を得意とする殺し屋じゃないし、鷹岡を相手にした時はこっちが武器持ってましたし」
「だが勝ちは勝ちだ。どんな言い訳をしようと、負けた者は死、勝った者にしか言葉は紡げない。それが私たちの世界だ」
厳しい世界だこと。
「私のところに来ないか、クニエダ。君なら凄腕の殺し屋になれる」
「半分本気のところ悪いですが、お断りします」
勧誘を即座に蹴る。
「そこで暮らす度胸も覚悟も力もないですよ。俺はただの中学生ですから」
まだ社会のことなんて何も知らないガキだ。
この場で殺し屋になる、なんて選択肢を狭めることはしないほうがいい。どちらにせよ、なる気はないけど。
「そんなことより、食べていってくださいよ。ここで出すメニューは、俺たちの集大成ですから」
「だったら、俺も売り上げに貢献しよう」
またしてもビクッと反応してしまった。
背中から声をかけてきたのは、『影』だった。
「あんたらなあ……」
「久しぶりだな、少年」
またしても早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら、恨むような目で彼を見る。
「『二度と会うことはないだろう』って言ってたじゃないか」
「殺し屋としてはな。今の俺はただの客だ」
「ただの客だってんなら、暗器仕込んで中学校に来るな」
もう肌寒い季節だから長袖でも違和感はないが、それを利用していたるところに武器を隠している。
小さい子どももいるのに、そんなの持ってこないでほしい。
「やはり、お前は面白いな。俺の暗器を見破るとは」
「だろう。頭もよく回る。諜報員として育て上げれば、どれだけのモノになるか……」
「だから、ならないって言ってるでしょうが」
二人の背中を押して、無理やり卓に座らせる。
周りを見れば、いつの間にか『スモッグ』や『グリップ』、『ガストロ』も来ていた。
「まったく……」
超生物とか防衛省とか殺し屋とか、俺の人生には無縁だと思っていた。
それなのに、影響を受けて俺の一部になっているあたり……人生は何が起こるかわからない。
繋がりというものを、これでもかと見せつけられる。
まあこれはこれでいいか。
賑やかなのは悪くない。
△
翌日。文化祭二日目。
登校路を歩きながら、今日がどうなるかを考える。
「さ、どんだけ売り上げ伸ばせるかな」
「昨日のままのペースだと、A組に勝つのは厳しそ……」
ともに歩く杉野と顔を見合わせて、絶句する。
「なんだこの行列!?」
E組校舎から長く続く坂の下まで、ずらっと人が並んでいた。
俺たちのところの客……か? いやいやそれにしても昨日の今日でこんだけ列ができるのはおかしい。
しかも、まだ開店まで二時間あるんだが……
困惑したまま坂を上がって教室へと入ると、すでに登校していたメンツもそのことで盛り上がっていた。
「お、國枝、杉野。見たかよ、あの行列!」
「ああ。なんでいきなりあんな並んでるんだ?」
俺が疑問を発すると、教室端の律が画面を切り替える。
映されているのは、数人のSNSやブログだった。
「情報の出どころは三つでした。有名モデル二人と……有名グルメブロガーの
昨日は忙しくて気づかなかったが、渚目当てで来た客がいたらしい。
普久間島で女装したのを見て、一目惚れだったとか。
結局は男であることをバラすと、とぼとぼと帰っていったらしいが、ブログを見るとやたらと褒めてくれている。
しかもそのブログ、百万超えのアクセスを誇る有名ブログだった。
家が金持ちであることを利用して、美味しいものを求めて縦横無尽に駆け回る。言葉遣いは悪いが、その経験と肥えた舌は折り紙つき。
その宣伝効果は凄まじく、見ての通りの結果に。客の中には他県から来ている人もいるみたいだ。TV中継も入るらしい。
「ふーん、そういうこと……男引っかけるなんてやるな、渚」
「言い方!」
ぷんすこ怒る渚だが、迫力ないぞ。
「え゛、ちょっと待って、あの二人が来てたの!?」
律の情報を見ていた女子陣、特に中村が声を上げた。モデルのほうに反応したらしい。
もう一度写真を見せてもらうと、たしか伊吹さんが連れていた女性たちだとわかった。
「知ってるのか?」
「知ってるも何も超有名じゃん! もー、呼んでよ! 材料採ってる場合じゃなかったぁ!」
「いや、俺は知らんかったし」
「それに、その三人ほどではありませんが、この人やこの人の宣伝効果もあるようです」
律が表示したのは、これまた伊吹さんの知り合いだ。
経歴を見れば、ゲーム雑誌のコラム書いてたりしてて名の売れてる人だったりなんだったり……
並んでる人がバラエティ豊かなのは、このせいか。
それほどの人たちと知り合いだなんて……
「ほんとに何者なんだ、伊吹さん……」
俺が思ってるより、あの人は凄い人なのかもしれない。
知らないところで世界を救ってたりとか……なんて、流石にそれはありえないか。
「とにかく、今日は忙しくなるな。想定以上の売れ行きになるかもしれない」
「A組に勝てるかもしれないね。みんな頑張ろう!」
磯貝と片岡がみんなを鼓舞し、開店準備に取り掛かる。
そこからは息をつく暇もないくらい、てんてこ舞いだった。
接客と調理を行き来したり、こっそり材料調達に行こうとしたところを捕まったり、食器を洗ったり、捕まったり。
それでも人の波は途切れることなく、俺たちは働き続けた。
朝から昼になっても客の流れは衰えず、ようやく勢いがほんの少し落ち着いたかと思った時には、完全に昼時を過ぎていた。
「まずいです! どんぐり麺の在庫なくなっちゃいます!」
慌てた様子で、奥田が言った。見れば、あと数人分しかない。
「サイドメニューの山の幸も売れ行きいいから、残りはこれで粘ろうよ」
「もう少し山奥に足を伸ばせば、まだ在庫は残ってるぜ」
息が切れ、肩を上下させている木村が戻ってきた。
うーむ、いま並んでる人たちくらいなら、残ってる食材でギリギリ回せないこともないが……
「いや、ここいらで打ち止めにしましょう」
殺せんせーが触手で×を作った。
「でも、それじゃ勝てないよ」
「いいんです。これ以上採ると山の生態系を崩しかねない」
動物に詳しい倉橋が同意して頷く。
学園祭が始まるまで、メニュー開発のために採った数だって少なくない。そして、ここに来てこの多さ。
裏山がいかに大きいといえど、さすがに限界か。
木村が『奥にはまだ在庫がある』と言ったが、それはつまり、すぐ行けるところは採りつくしたってことだからな。
この山は、訓練したり、プールに使ったり、罠を張ったり……E組の場所の一つと言っていい。
そこにあるもの、住む動物たちの環境に影響を与えてまで、A組に勝ちたいわけじゃない。
「……そうだな」
この場所を食いつぶして勝っても、後に残るのはそのちっぽけな勝利だけ。俺たちが過ごしてきたここを無駄に消費しても何にもならない。
ここに居られることを当たり前に思ってはいけない。
それは出会った人たちに対しても、だ。
暗殺者たちに、わかばパークの子どもたち、伊吹さんたち。そして、そこから繋がれた輪。
良くも悪くも、それらだって俺たちを構成する環境だ。
悪い人に出会ったことも経験にして、良い人に出会えたことに感謝して、自分の中で咀嚼して糧にして……物や場所や人との関係を大事にできる人間になっていく。
殺せんせーは、そういうことを教えたかったんだろう。
「結局は授業だったってことかぁ」
「学校行事だしねえ。教育者から見たら、生徒を育てる一環ってことでしょ?」
「もちろん! 楽しむのも良いですが、生徒の成長のチャンスは逃しませんよ」
にやり、と殺せんせーが笑う。
そりゃ、ただ単純に材料の集め方から食材への精製方法まで教えてくれるとは思わなかったが。
「いま並んでくれてる人たちで最後にして、そこから先は売り切れってことにしよう」
大行列であること、そしてもう夕方であることからなんとなく察していていたのか、文句を垂れる人は少なかった。
ちょっと言いがかりをつけてくる輩もいたが、矢田には敵わない。そうしてつつがなく列を消化していった。
人が少なくなるのに合わせて看板もメニュー表も撤収して、祭りの後の寂しさを少しだけ感じた。
「どうしたの?」
「いや、こんな楽しい文化祭は初めてだと思ってな」
不破と一緒に食器を洗いながら、窓の外を眺める。ちょうど最後の客が出ていったところで、満足した顔で山を下っていっている。
自分のしたことで誰かが笑顔になる。なんかいいな、こういうの。
「あ、そこから変なこと考えちゃだめだよ」
「なんだよ、変なことって」
「この時間を守るために~とか言って、また『貌なし』になっちゃったり?」
「しないよ、もうあんなことは。そんなに信用できないか?」
「信じたいけど……まだ『貌なし』の服持ってるんでしょ?」
あ、結構痛いところ突かれた。
「あれだから……普段着として使えるから、アレ」
「あんだけ血ついてたら無理だよ!」
まあね。何回洗っても落ちないからね、血が。
灰色なら大丈夫かと思ったけど、割と目立つんだよなあ。捨てようにも、意外と愛着あるんだよ。
今でもまだ、自分の部屋に隠してある。
いつかは捨てないといけないんだろうけど。
「あれ?」
不破が外を見て、疑問符を浮かべた。なんだ、と訊く前に俺も気づく。
もうこれ以上客が来るはずないのに、一人の女性が坂を上がってきた。
渚のお母さんだ。