貌なし【完結】   作:ジマリス

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75 支配者になるがゆえの苦悩

「期末テストです!」

 

 ……もうツッコまんぞ。たとえ殺せんせーの分身が俺たちの人数を超えても、驚くようなことじゃない。

 とはいえ、この光景はなかなか気持ち悪い。

 正面と左右に一人ずつ、計三人が生徒一人についている。おまけに質問すればさらにもう一人増える。

 

「みなさんご存知の通り、みなさんと本校舎の生徒たちは三学期からカリキュラムもテスト内容も変わります。つまり、同じ条件で戦えるのは次の一回きりです」

 

 教壇にも一人。勉強を教える係とは違って、俺たちを奮起させる殺せんせーの姿。

 

「今度こそ、全員五十位以内を目指しましょう。覚悟はいいですか?」

「こっちが先に啖呵きったからな。いまさら後には引けないよ」

 

 そう、中間テスト終わりに俺とカルマはA組に宣戦布告した。次の期末テストで、A組とE組の因縁に決着を着けよう、と。

 浅野の他にも五英傑がいて、しかもその下もトップの学力揃い。

 テスト問題は、理事長の命令によって歴代最難易度のものが作られるらしい。噂では、大学入試レベルだとか。

 それだけの逆境に、俺たちは勝たなきゃいけない。

 この一年間が、殺せんせーたちの教えが、本校舎の奴らよりも上だということを証明したいのだ。

 

 全力をぶつけてやろうという気概は殺せんせーも同じで、一切手を抜くことなく教え、質問に答えてくれる。

 

「まったく、熱意に溢れた人だな……」

 

 熱意と言えば、あの人はどうしてるんだろうか。

 殺せんせーが来る前、E組の担任だった人……底辺で燻ってたE組を相手に、常に真正面から向き合ってくれる先生。

 なんの通達もなしにいきなりいなくなって、それからすぐ暗殺だなんて言われてドタバタしていたから調べ損ねたけど……あの人も良い先生だった。

 

 雪村あぐり先生は、いまどこで何してるんだろうか。

 

 

 『貌なし』で活動していたことと、入院していたことが重なって、他のみんなより遅れている自覚があった俺は、放課後もみっちり先生の補習を受けた。

 苦手でも高得点を取れるように。得意な教科は取りこぼしがないように。

 おかげで、もう何も考えられないほど疲れ、机に突っ伏してしまった。

 

「大丈夫ですか、國枝くん」

「なんとか……」

 

 詰め込んだものが落ちないように、ゆっくりと頭を上げる。

 

「頑張ってますねえ」

「まあな。二学期もいろんなことがあったぶん、ちゃんと勉強しないと」

 

 夏休み最後の鷹岡襲撃から『死神』事件まで、勉強に費やす時間はほとんどなかった。

 一学期は上位に食い込めたが、今回は厳しい。

 

「正直、結果どうなると思う? 全員五十位以内に入れると思うか?」

「……A組の生徒たちも努力を続け、ずっとトップを走っている子たちです。楽勝とはいかないでしょうねえ」

 

 それに関しては同意。

 以前、この学校のシステムは、下に落ちないための努力しかできない仕組みになっていると言った。

 だから俺たちは余裕ぶってたA組の足を掴み、引きずり下ろすことが出来た。

 しかし今回は違う。ただでさえ頭の良い連中が、俺たちを侮ることなく全力で向かってくるだろう。

 

「正直に言えば、五分五分だと思います。ですが心配はしていませんよ。君たちが全力で戦えば、きっと勝てるはずです」

 

 そう、俺たちにも意地はあるのだ。ここまで戦ってきた経験とプライドがある。

 俺たちがやってきたことを無駄にしないためにも、最強の先生たちが教えてくれたことをを活かすためにも、この勝負は絶対に俺たちが勝つ。

 勝って証明するんだ。E組の強さを。

 

 

 國枝より一足早く校舎を出ていたE組を、ある一人の男が待っていた。

 浅野学秀が腕を組んで、鋭い目つきをこちらに向けていた。

 

「浅野くんじゃん。どうしたの、こんなところで」

「頼み事があって来た」

 

 そう言って、浅野はE組に向き直った。

 

「今の理事長のやり方は間違っている。あんな復讐心を煽るようなやり方では心がもたない」

 

 本校舎では理事長が直々に教鞭を振るっている。

 その手腕は凄まじく、普段指導を任されている教師よりもわかりやすく、しかしスピードはそれ以上に早い。

 A組でさえ、ついていけない生徒がちらほらいる。それらへ、理事長は特別な()()()()をしていた。

 

 今までの負けた悔しさを鮮明に思い出させ、E組への憎悪を極限まで増させ、集中力を尖らせている。

 野球大会で進藤に行った精神的ドーピングだ。

 

「この場で勝てたとしても、この先、人を憎むことでしか進むことが出来なくなってしまう」

 

 それを浅野は危惧していた。

 怨念とも呼べるような負の感情と成功をイコールで結ぶようになってしまえば、より大きな憎悪を求めてしまうようになる。恨み、恨まれるために狂ったことをしてしまうかもしれない。

 

「あのクラスは、高校に上がっても僕の部下だ。そんな歪んだやり方しかできないような部下を正しく導いてやりたい」

「だから、テストでE組が勝つことで、間違いを認めさせるってこと?」

「ああ、それと……」

 

 カルマたちは驚いた顔で目の前の男を見た。

 

「どうか、あいつのことを救ってやってほしい」

 

 あの浅野学秀が、わざわざE組の通学路まで来て、しかも頭を下げている。

 あまりにも不思議すぎる光景に、口を開けたのはカルマだけだった。

 

「なに、なんか企んでるの?」

 

 カルマが疑うのも無理はない話。

 テスト前のこのタイミング、しかも本校舎の生徒が来るはずもない山道に、彼が来るだけでもおかしい。

 そのうえプライドの塊である浅野が、E組に頭を下げているのだ。

 

「國枝を助けることは、僕には出来なかった。いやしようともしなかった。その過ちは認める。だから君たちにはそうしないでほしい」

 

 過ち? と疑問を発するE組へ、浅野は言葉を続ける。

 

「……國枝は、もともと五英傑レベルに頭の良い奴だった」

「國枝くんってそんなに……?」

「総合470点。学年12位。それが一学期期末テストの國枝の点数だよ」

 

 『貌なし』として活動していたのにね、という言葉は飲み込んで、すらっとカルマが答える。

 

「一学期期末って、教科トップを争ってた時の……」

「そ。國枝は教科トップを取れてないけど、全教科で高得点を取れてる。苦手な理科だって、91点」

 

 あの時は教科トップを取るため、ほぼ全員が得意分野を尖らせていたために、國枝は二位以下に甘んじた。

 しかしその総合成績はA組にいてもおかしくないほどだ。

 

「E組に落ちるきっかけとなった二年の学年末テストを除けば、あいつは高得点を取り続けてた。一位に僕、二位に赤羽、三位争いは五英傑の残りと國枝。いつもそうだった。だが去年度の期末テストで、過去最悪の点数を取ったのは知ってるか?」

「そういえば、國枝はわざとE組になったって……」

「厳密に言えば、僕たちから離れたんだ」

 

 『死神』が暴いた、國枝がE組に落ちた真相。浅野は遅れてそこにたどり着いた。

 

「あいつは自分の場所が欲しかったんだ。自分がいていい場所を探し続けて……でも本校舎は成績ですべてが決まる。僕も國枝を駒としてしか見てなかった。それに嫌気が差したんだろうさ」

 

 自分がいていい場所を求めて、そしてその場所を守るために『貌なし』になっていた國枝。

 それを思えば、E組に行きたいと考えるのも無理はない。

 

「何も見てやれなかった。國枝は僕を助けてくれていたはずなのに……」

「助けてくれていた?」

「……僕には借りがある」

 

 カルマは眉をひそめた。

 E組になる前から、國枝は『貌なし』として動いていた。それは『死神』が調べたとおりだ。

 そして彼はこうも言っていた。その時から國枝は、近い人間……浅野学秀たちを守っていたと。

 

 國枝は巧妙に隠したはずだ。

 しかし、浅野がふと疑問を持てば、気付くのにそう時間はかからない。

 

 問題は現時点でどこまで気づいているか、だが、カルマの見る限りほとんど確信を持っているようだった。正体をこの目で見る前の彼と同じように。

 そうだと疑ってなお、いやそうだと思っているからこそ、浅野は國枝のことを放っておけなくなったのだろう。

 そこもまた同じだと、カルマはため息をついた。

 

「僕にはできなかった。だけど……どうか、あいつのことを救ってやってほしい」

 

 浅野はもう一度、深く頭を下げた。

 

 

「どうか、あいつのことを救ってやってほしい」

 

 帰り道の途中で、珍しいものが見れた。あの浅野がE組に頭を下げている。

 見間違いかと思ったが、まさか俺が彼を見紛うはずがない。

 彼のプライドのためにも見て見ぬ振りをかまそうかと思ったが、へんてこな発言は聞き捨てならない。

 

「なに馬鹿なこと言ってんだ」

 

 浅野の肩を掴んで、無理やり引っ張り上げる。

 『救ってやってほしい』なんて言われるほど、いまの俺は危なっかしくはないつもりだ。

 追い詰められた顔しやがって。テスト前でこんなことしてる余裕なんてないだろうが。

 

「君がE組に落ちたのは、僕のせいだろう。僕が君を駒としてしか見なかったから……」

「理由は……まあ合ってる。だが、お前が気に病む必要はないだろう」

 

 わざわざこっちまで来て、お願いをしにくるなんてどうにかしてる。

 

「浅野は浅野のやるべきことをやった。俺は俺のやりたいことをやった。それだけだ」

「それに、お前に頼まれなくてもこいつのことは俺たちがよくわかってんだ」

 

 寺坂が肩を組んでくる。

 E組のみんながいてくれるから俺は変われた。

 

 彼の目には壊れそうな存在に映っていたかもしれないが、もうそんなのは過去だ。

 

「そういうことだ。駒はお前の手から離れても、落ちちゃいない」

 

 こんなことでこいつの点数が落ちるなんてくだらない結末はごめんだ。

 俺はあえて挑発するように、びしり、と浅野に人差し指を突きつける。

 

「見せつけてやるよ。俺が、E組がどれだけ強いかってことをな」

「そうそう。上位は俺たちE組が貰うよ。俺が一位で、そっからもE組。浅野くんは、いいとこ十位ってとこだね」

 

 カルマも乗ってくれる。おかげで、浅野も遠慮を取っ払ってくれた。

 

「なら、覚悟するといい。僕は負けない。E組は全員叩きのめす」

 

 そう言う浅野の目は、いつもと変わらず好戦的で、口角は不敵に上がっていた。

 

「期待してるよ」

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