貌なし【完結】   作:ジマリス

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76 全力五重奏

 俺たちはこれ以上ないくらい努力を重ね、万全……とは言えないが、今までのテストだったら全教科90点以上は固かっただろう。

 それくらい自信を持っていた。だが……

 

「くそ、一教科だけでこんなに頭使わされるとはな……」

 

 本校舎で受ける期末テスト、その一教科目である英語に、俺たちは打ちのめされていた。

 やたらと問題が多いうえに、一つひとつが高水準。受験問題でもこんなん出ないんじゃないか。

 

「解ききれんかった……」

「つーか、最後の問題までたどり着いた奴いんのかよ」

 

 一教科目ですでにグロッキーだ。

 無理もない。問題文もヒアリングも語彙が多いし、普通にスラングが混じってる。

 小説や論文から引用してきた文の和訳問題だって、ただ訳しちゃだめで、原文のニュアンスも考慮しないとだめっぽかった。

 特に最後の問題なんか、完璧に解けてるのはカルマと中村くらいなんじゃないのか。無理ぞこれ。

 

「A組やばかったよ」

 

 超えなければいけない壁であるA組のいる教室へは、三村がちょっと見にいっていた。

 

「ずーっと一心不乱に集中してた。俺らが覗きに行ってもまったく意に介してなかったよ」

「テスト前、理事長がA組に直々に教えてたからな。野球大会の進藤にしたのと同じだよ。殺意を高めて集中力を増してる」

 

 杉野がううむ、と腕を組む。元々エリートだったのが、さらにドーピングされたってか。

 しかしそんなのは関係ない。

 

「他のクラス気にしてる場合じゃないぞ」

 

 糖分補給用の小さなチョコレートを二人に投げながら、俺は注意する。

 

「出題範囲がめちゃくちゃ広い。ちょっと悩んだだけでタイムアップだ」

「そうだよね。気を引き締めていかないと」

 

 不破がぐっと拳を握る。

 一筋縄ではいかないことはわかった。なら一瞬も油断せず、最後まで諦めずにぶつかるだけだ。

 

 

 試験開始のチャイムが鳴ると同時、今までのテストと同じく、俺はイメージの中にいた。

 敵味方入り乱れる戦場。気を抜けば即死の場。

 

 砲弾が撃ち込まれる前に退避して、爆撃を避ける。

 

 社会は日本史・世界史から時事問題まで、あらゆる場所の長い歴史から出題される分、知らないとどうしようもない。

 詰め込みに詰め込んできたが、テスト問題は容赦ない。

 

 おそらく、全教科こんな感じだろう。解ける者と解けない者できっぱり分かれるはずだ。

 つまり、点数に開きが出る。一点も無駄にはできない。

 

「いい動きしてるな、國枝」

 

 磯貝の声を背中に受け、先ほど攻撃を加えてきた戦車の砲身をぶっ叩く。

 弱点を知っていれば、途端に柔らかく思えるのが社会の問題だ。

 

「教えられたことは忘れてないつもりだ」

 

 今回は、殺せんせーだけじゃなく全員が全員に教え、教えられている。みんなが先生であり、生徒なのだ。

 殺せんせーがいない場合でも誰かに訊くことができ、教える側も理解を深めることが出来る、

 そうすることで弱点をなくし、得意を磨き上げた。

 

 今回は一教科の勝負じゃなくて、総合点数での争い。五教科とも隙なく仕上げなければならない。

 

 そうは言っても、敵が堅いけどな。

 なんとか頭を凹ませたものの、これが精いっぱい……だというのに、A組はこぞって狂ったように敵を叩いては剥いでを繰り返して点数を稼いでいる。

 

「あんなデタラメな集中力……ありかよ」

 

 なりふり構わないようなやり方に、磯貝は辟易とする。

 あんなのが続けば、A組の点数はやたらと高くなってしまうだろう。

 

「……いいや、もたないだろうな」

 

 俺はボソッと言った。

 

「ん?」

「いや、なんでもない。とにかく目の前だけ見てろ」

 

 俺はぱっと疾走する。

 魔法のように多彩な攻撃をしてくる理科も飛び越えて、疲弊は残さず次へ。今度は国語だ。

 

 瞬時に目の前の現れた剣士の不意打ちを、すんでのところでナイフで止める。

 

「重っ……」

 

 現代文は文章量が多いうえに独特の表現が使われている小説と、専門用語が多用されている評論。

 的確に急所を狙わなければ三角ももらえない。

 

 刀を受け流し、相手が体勢を崩したところを一閃。

 カタカナになっているのを漢字に直す問題はすれ違いざまに片づけてしまって、次だ。

 

 四本の腕にそれぞれ武器を備えた武士が立ちはだかる。

 

 四択問題か……こういうのはまず……

 特に迷いもせず、相手が動き出す前に二本の手を切り落とす。

 

 選択式の問題は、正解とそれっぽいものの二択にまでは簡単に絞ることが出来る。

 あとは紛らわしいのが残るが……問題文を文節で分けてしまえば、間違っているところがわかりやすい。

 やたらめったらに切りつけてこようとするが、隙を見抜いて左手を切り裂いてやった。

 敵があっけにとられている隙に、頭に肘打ち。倒れるのも見ず、前に進む。見直している時間はない。

 

 こうしている間にもどこからか弾が飛んでくる。刃が掠める。

 俺たちは何度も傷つき、倒される。だけど倒れたままでいるわけにはいかない。

 時間の許す限り、何度でも立ち上がって挑む。

 どれだけ土をつけられようが、理不尽にさらされようが、上を見て戦い続けるのだ。

 それがここで、E組で学んだ戦い方だ。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 激戦はあっという間に終わり、二学期末テストを終えた翌日、緊張しながら殺せんせーに注目する。

 今日はテスト返却のみの日。

 さすがにこんな状況じゃ、日課となっているHRの一斉射撃を誰もやろうとはしなかった。

 

「さて、一つひとつの教科点数は後でいいでしょう。みなさんが知りたいのは、総合点数と学年順位ですからねえ」

 

 もったいぶる殺せんせーに文句を言う者はいない。誰もがツッコむ余裕がないのだ。

 正真正銘、A組との最後の勝負。

 それはつまり、本校舎とE組の教育の勝負でもある。極端に言えば、殺せんせーと理事長の教育方針、どちらが正しいかという問題に決着が着く。

 

「こちらが勝負の結果です!」

 

 殺せんせーが大仰に、50位までの点数と生徒名一覧が書かれた大きな紙を貼り付ける。

 その全ての名前を一度見て、もう一度見て、さらにまた見て、結果を脳に理解させ、心に落とし込む。

 

「点数が一番低いのって、寺坂だよな?」

 

 吉田が呟いた。その寺坂が47位。

 念のために、上から順に名前を見ていって、E組全員の名前があることをもう一度確認。

 

 ということは……

 

「よっしゃああああ! 全員50位以内! 俺たちの勝ちだ!」

 

 わあっと勝鬨を上げるみんな。

 ここまで静寂だったぶん、教室が揺れんばかりに騒いでいる。

 

「浅野くんも一位から転落。完全勝利って言ってもいいんじゃない?」

 

 そう言うカルマが一位。全教科満点の500点。

 続く二位にの浅野は497点。どちらもあの難易度に対して化け物じみた得点だが、優劣ははっきりと数字に表れている。

 カルマはふふんと笑った。順位貼りだされた瞬間、ほっとした表情したの見逃してないからな。

 

「飄々としやがって。嬉しいなら嬉しいって言えばいいのに」

「それはお互い様でしょ」

 

 拳を合わせる。

 俺は浅野には勝てなかったが、総合8位。浅野を除けば、残りのA組で一番順位が高いのは9位の榊原。

 一点差のギリギリ勝負だったが勝利できた。国語も狙い通り百点。

 

 確かにA組は強かった。だけどペース配分を考えない極度の集中状態が長く続くわけもなく、後半につれて点数がガタ落ちになったらしい。

 特に最後科目の数学は、しっかり頭働かせてないと解けない問題だらけだったからな。

 理事長が教えたからこそ点数が上げられているが、理事長が教えたからこそ停滞してしまった。

 本気で殺そうとするような集中力なんて、一朝一夕で見に着くもんじゃない。

 A組の敗因はそこにある。

 

 この結果に、誰も文句は言えない。

 あのA組も完膚なきまでに負けたことを……

 

 ガガガガガ!

 

 突然、腹まで響くような低い振動音とともに教室が少し揺れる。続いて、何かが潰されるような派手な音。

 音の大きさからして、発生源はすぐそこだ。

 みんな一斉に窓から身を乗り出して、音のしたほうを見る。

 

「ちょちょちょ、なんだこれ!?」

「おいおい、どうなってんだよ……」

 

 ショベルカーが校舎の半分を潰していた。一部を解体なんてもんじゃなく、全部取り壊しするように容赦なくバキバキと。

 呆気にとられた俺たちは、止めるとか逃げるとかできず、口を開けて見ることしかできなかった。こんな急に居場所を壊されているのだから無理はない。

 

 そんな混乱している中、頭の隅では犯人が思い浮かんでいた。

 目的はともかく、こんなことやる人なんて一人しかいない。

 その人物がこちらに気づくと、ショベルカーに止まるよう指示を出した。

 

「退出の準備をしてください」

 

 冷静な口調の中に狂気を孕んだ声。

 浅野理事長がそこにいた。


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