貌なし【完結】   作:ジマリス

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77 支配者であるがゆえの苦悩

 期末テストでA組に勝った喜びもつかの間、突然現れた理事長が俺たちを指差す。

 

「君たちには、来年開講する系列学校の新校舎に移ってもらい、卒業まで校舎の性能試験に協力してもらいます」

「し、新校舎ァ!?」

 

 みんなが叫ぶ。

 

「監視システムや脱出防止システムなど、刑務所を参考により洗練させた新しいE組です。牢獄のような環境で勉強できる。私の教育理論の完成形です」

 

 ……あの完璧に思える理事長の顔が崩れて見えた。

 普段は理路整然として、こちらに反論の隙も与えないほどなのに、今回はなんというか……感情に身を任せてるような……

 

「どこまでも……自分の教育を貫くつもりですね」

 

 口を開いたのは殺せんせーだ。

 

「……ああ、勘違いなさらずに。私の教育にもうあなたは用済みだ。今ここで私があなたを殺します」

 

 そう言って理事長が懐から出したのは……

 

「こ、殺せんせーの解雇通知!?」

「ついに出しやがった……」

 

 どうしてもE組の教師であろうとする殺せんせーに対して、理事長のみが使うことのできる最強の脅しだ。

 

「はわわわわわわわわわわわ」

「そんでこれ面白いほど効くんだよ、このタコには!」

「超生物がデモに訴えるのはどうなの!?」

 

 殺せんせーはがたがたと震えて、『不当解雇反対!』などのプラカードを掲げる。

 本当は余裕あるんじゃないか。

 

「早合点なさらぬよう。これは標的を操る道具に過ぎない。あくまで私は……殺せんせー、あなたを暗殺に来たのです。私の教育に、不要となったのでね」

 

 その言葉に、殺せんせーがぴくりと反応した。

 

「本気ですか?」

「確かに理事長 あんたは超人的だけど、思いつきで殺れるほどうちのタコ甘くないよ」

 

 カルマも忠告するが、理事長はふふふと笑うだけだ。

 

「さて、殺せんせー。もしも解雇が嫌ならば、もしもこの教室を守りたければ、私とギャンブルをしてもらいます」

 

 もちろん、殺せんせーに拒否権はない。頷くと、理事長は教室の中に入ってきて、殺せんせー以外を追い出した。

 何をするつもりなのか。窓の外から固唾をのんで見守る。

 

 理事長が用意したのは、五教科の問題集と五つの手りゅう弾。四つは対先生手りゅう弾で、残り一つは本物だ。

 見た目や臭いでは区別がつかず、ピンを抜いてレバーが起きた瞬間に爆発するように作らせているようだ。

 

 暗殺のルールは次の通り。

 手りゅう弾のピンを抜いてから、問題集の適当なページに挟む。そのページを開いて、ページ右上の問題を一問解かなければならない。

 解けるまで一切動いてはならず、逃げることは許されない。

 順番は、先に殺せんせーが四つ解き、最後に残った一つを理事長が解く。

 

「このギャンブルで、私を殺すかギブアップさせられれば……あなたとE組がここに残るのを認めましょう」

 

 圧倒的に理事長が有利なルール。しかしこの暗殺を受けるしかない。

 

 殺せんせーは焦ってしまうと思考速度が落ちる。プールの爆破事件や『死神』の落とし穴の時も反応が遅れていた。

 その緊張状態と自分に有利なルールを作り出し、それを強制させられる立場。

 この暗殺は理事長にしかできない。

 

 触手が小さく震えている。

 殺せんせーは数学の問題集の前に立って、一度息を吸い、ぱっと開いた。

 その瞬間、衝撃音とともにBB弾が弾け飛ぶ。壁や天井に勢いよくぶつかり、激しく散乱した。

 

「まずは一発」

 

 得意げに理事長が言う。

 当の殺せんせーは……露出している顔や腕の表面が溶けていた。顔なんか凸の字のように削られている。

 たった一発でもこの威力か……

 

 そしてこの暗殺の恐ろしいところは、後半になるにつれて難易度が上がること。

 対先生爆弾を受けるごとに、身体の一部がなくなっていく。つまり殺せんせーの能力もだんだんと削られるということだ。

 パッと見て解くなんて元々無理くさいのに、それをあと三発耐えなければ……

 

「はい。開いて解いて閉じました」

「……は?」

 

 こともなげに殺せんせーが言って、俺たちは呆気にとられる。

 社会の問題集にはいつの間にか、解答が書かれている小さな紙が置かれていた。

 

「解いたのか、殺せんせー?」

「ええ。この問題集シリーズ、どのページにどんな問題が載っているか、ほぼ覚えています。数学だけは長いこと貸していたのでど忘れしてしまいましたが」

「私が持ってきた問題集を、たまたま覚えていたと?」

「いえいえ、あらゆる問題集を網羅してますよ。生徒に教える立場になるなら、それくらいはやらなければ」

 

 言っている間に、三冊目、四冊目を当たり前のように解いていく。

 ……全問題集の全部の問題を覚えているだって? そんなこと……

 

「教師になる情熱があるのなら、これくらいは出来て当然です。本校舎の生徒が負けて、短絡的になりましたね」

 

 今まで殺せんせーの異常な能力は散々見せつけられたが、それよりも教師としての能力、それと教師であろうとする努力のほうに驚くべきだろう。

 どうしてそこまでして、教師に、それもE組の教師に拘るのか……

 

 残った五冊目。これは理事長が解くものだ。

 かといって、殺せんせーみたいな芸当が出来るはずもない。

 開いたページの問題を覚えていたとしても、そこから爆発するまでに解いて、閉じるなんてことは人間には不可能だからだ。

 

 そんなことを考えているうちに、理事長は最後の問題集に手をかける。

 見た目、匂いでは判別がつかないと言っていたが、持ってきた彼にはどれがどれだかわかるはずだ。 

 本物じゃないとわかってて、躊躇なくいけるのか?

 いや、違う。

 理事長が問題集を開く。理事長は諦めたように目を閉じて、問題を見ようともしない。

 

 自殺だ!

 勝って殺すか、負けて死ぬか。理事長は元々そういう気でこの勝負を仕掛けてきていたのだ。

 一瞬後、爆風と光が教室を轟かし、俺たちは身を伏せる。窓からは煙が上がり、吹き飛んだ机が頭上を掠めた。

 あまりの衝撃に、耳鳴りが襲ってくる。残った五冊目こそ、本物の手りゅう弾だった。

 

 音と煙が収まったところで、ゆっくり身体を起こす。

 みんな咄嗟に回避姿勢を取れたおかげで無傷だ。肝心の理事長は……

 

 透明な何かに包まれて、まったくの無傷だった。

 

 脱皮か。

 殺せんせーの脱ぎ捨てられた皮は、爆風をものともしないほどの防御力を誇る。それで理事長を包んで守ったのだ。

 

 机は吹き飛び、床や天井に焦げが出来たが、理事長が無事なことにほっと胸をなでおろした。

 

「なぜそれを自分に使わなかった? 数学の爆弾を開くときに使っていれば、そんな洋ナシみたいな顔にならずに済んだものを」

「あなた用に温存しました。私が賭けに勝てば、あなたは迷いなく自爆を選ぶでしょうから」

「なぜ、私の行動を断言できる?」

「似たもの同士だからです」

 

 殺せんせーは理事長の手を引っ張り、立たせる。

 

「お互いに意地っ張りで教育バカ。自分の命を使ってでも教育の完成を目指すでしょう」

 

 殺せんせーは言い切った。

 

 彼は、テスト期間中に理事長のことを調べ回ったらしい。

 椚ヶ丘の学校が出来る前、理事長がこのE組校舎で塾を開いていた時の生徒たちに話を聞いていた。

 その時の理事長は、今と変わらずの傑物。だが生徒のことを一番に考える優しい先生だったらしい。

 なにやら大変なことが起きて変わったらしいが。

 

「私の求めた教育の理想は、十数年前のあなたの教育とそっくりでした」

 

 他人のことを思いやることができ、足りないものを補い合う。

 この教室は元々、そんな子どもを育てる場所だった。その理念を抱いて教鞭を振るっていたのは、理事長だ。

 

「私があなたと比べて恵まれてたのは、このE組があったことです。まとまった人数が揃っているから。同じ境遇を共有してるから。校内いじめに団結して耐えられる。一人で溜めこまずに相談できる」

 

 殺せんせーは俺たちを手で示した。ここで変わった俺たちを。この学校で一番賢く、強くなった俺たちを。

 それを見せつけられて、理事長はこんな短絡的な行動に移ったのかもしれない。

 自分がしたかったことを、叶えたかったことを、他の誰かが達成してしまったから。

 

 理事長の教育だって、外目から見たら間違ったものじゃない。だから椚ヶ丘は有名進学校として今もあるのだ。

 その全てが否定されたように感じて、苦しかったのだろう。

 

「殺すのではなく生かす教育。これからも、お互いの理想の教育を貫きましょう」

 

 あくまで対等に、殺せんせーは理事長の教育を肯定した。

 

「……私の教育は常に正しい。この十年余りで強い生徒を数多く輩出してきた」

 

 だから簡単にはこのE組も殺せんせーも認めることができないのだろう。

 

「ですが、あなたもいま私のシステムを認めたことですし……温情をもってこのE組は存続させることとします」

「ヌルフフフ。相変わらず素直に負けを認めませんねえ。それもまた教師という生き物ですが」

 

 そういう性格というか遺伝子というか。息子さんも極度の負けず嫌いだったし。

 

「それと、たまには私も殺りに来ていいですかね」

「もちろんです。好敵手にはナイフが似合う」

 

 理事長は対先生ナイフを掲げて、にこりと笑う。彼が心からの笑みを浮かべるなんて、初めて見た。

 ずっと気味の悪い仮面を被っているような表情だったのに。

 

 

「で、直すのも俺らかよ」

「そーいうところは変わんねーな、ったく」

 

 文句を垂れながら、壊された校舎を手ずから直していく。

 理事長はE組の解体を撤回。が、『君たちには教室一つあれば十分でしょう』と抜かして去っていった。

 いやいや、職員室壊されたままは困るんですが。

 

 まあ、今さら不平不満を言っても仕方ない。

 全員そろって派手に壊された職員室を片づけていく。壁と屋根作り直しだな……

 手が多い殺せんせーも精力的に動き、材料調達をこなしてくれている。

 俺たちだってわかばパークでのノウハウがあるから、何日もかかるなんてことはないだろう。

 

「いいですねえ、先生と生徒の共同作業。先生は楽しいですよ」

「俺らはうんざりだよ……」

 

 今日はテスト返しだけのはずだったのに、理事長が来たり、爆発が起きたり。少なくとも肉体労働はないだろうと思ってたのに……

 

「ところで、理事長の昔ってどんなんなんだ?」

「それは、私の口からは言えませんねえ」

 

 あんたは人から聞いたくせに……しかし、おそらくあまり話せないような事件が起きたことは推測できる。

 あの理事長が変わるような出来事。生徒に何かしらの不幸があったことまではなんとなく理解できた。

 

 材を加工して、千葉の指定通りに並べ、釘を打っていく。

 ここらへんはこ慣れてて、思ったよりも早く壁を設置することができた。

 そこまでやって、昼を越えたくらい。体力はまだ余裕があるが、さすがに腹が減ってきた。

 すでに女子がおにぎりを握ってくれていて、芝生の上にレジャーシートも広げてくれている。

 

「國枝くん、ちょっと休憩しようよ」

「ああ、そうだな。よっと」

 

 作り始めの屋根からすっと降りて、ふう、と一息つく。

 すると、不破がすぐさまたくさんのおにぎりを乗せた盆を持ってきた。

 

「はいどうぞ」

「あ、いや、いま両手塞がってるから」

 

 工具と釘をそこらへんに放るわけにもいかない。それに、作業しっぱなしで手が汚れてるし。

 

「あ、そっか。じゃあ、はい」

「お、さんきゅ」

 

 不破が差し出してきたおにぎりを、ぱくりと食べる。

 

「!!?」

「ちょちょちょちょいちょい!!」

「そこぉ!」

 

 俺と不破はびくりとのけぞりそうになる。

 なぜかみんながこちらを指差してきて叫んでいた。

 

「どうした、お前ら」

「いやいやお前がどうしたんだよ!」

「なに不破に食わせてもらってんだよぉ!」

「……あぁ」

 

 何かと思えばそんなことか。

 

「あぁ、って反応薄っ!」

「いや、うん、まあ、今さらそんなこと言われてもなぁ」

 

 『死神』の一件で入院してる間、不破がいる時はずっとこうしてたからな。

 そんなことしなくていいって言っても聞かないし、なんだか嬉しそうだったからそれ以上は止めなかった。

 慣れとは怖いもので、貸してくれた漫画を読んでる間、口を放り込まれるというやり取りに何の違和感も感じなくなった。

 

 不破は、しまったという表情をして赤くなっている。無意識にやってしまったらしい。

 

「いつの間にかとんでもねえことになってやがりますわよ……」

「なんだその口調」

 

 珍しくうろたえる中村。

 男子はわーわーと、女子はきゃーきゃー騒いでいる。それほど意識してなかったのに、急に恥ずかしくなってくるじゃないか。

 これくらいがなんだ。中学生かお前らは。中学生だな。

 

 昼休憩はまったりすることが出来ず、騒がしく周りを囲まれてしまった。

 男子は俺を中心に、女子は不破を中心に集まって、入院してる時のことを根掘り葉掘り聞かれる。

 どちらの輪からもちょいちょい歓声が上がり、特に女子の盛り上がりようと言ったらなかった。時折こちらを見てにやにやしてくるのはなんなんだろうか。

 

 ようやく解放されたのは、一時間ほど責め苦に遭ってからだ。

 

 壊すのは簡単だが、元通りにするのはそうじゃない。

 校舎もだいたい直ってきたが、爆発の余波を受けた教室はまだほとんど手つかずだ。

 とはいえ、吹っ飛んだ机とかはさすがに学校が支給してくれるそうだ。壁とかも多少補強する程度で済みそうだ。

 作業自体は今日中にこなせるだろう。

 

「さて、期末テストを戦い抜いて、見事勝利した君たちにご褒美をあげましょう」

 

 午後の作業に映る前に、殺せんせーがそう言った。

 ご褒美? と訊く前に、彼は言葉を続ける。

 

「実は先生、スピードはあっても力がさほどありません。触手を抑えつけられれば動けなくなってしまうんですよ」

 

 そういえば、怪力を持っているようなそぶりはなかったな。

 あまりにも速いから、その加速度で衝撃を生み出せるわけであって、動いていない状態から掴んでしまえばどうにかなるってことか。

 まあでも……

 

「できねーってわかってて言ってんだろ!」

「くそっ、ヌルヌルしてて掴めねー!」

 

 試そうとしているみんなの攻撃をことごとく避ける殺せんせー。

 体表が滑らかで、もちろん暗殺対象がじっとしてくれるわけない。

 掴むなんて、出来るならとっくにやってるよなぁ……いくら俺でも、目がついていけても動きが追いつけない。

 なんて苦笑しながら、おにぎりを頬張るのであった。

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