期末テストでA組に勝った喜びもつかの間、突然現れた理事長が俺たちを指差す。
「君たちには、来年開講する系列学校の新校舎に移ってもらい、卒業まで校舎の性能試験に協力してもらいます」
「し、新校舎ァ!?」
みんなが叫ぶ。
「監視システムや脱出防止システムなど、刑務所を参考により洗練させた新しいE組です。牢獄のような環境で勉強できる。私の教育理論の完成形です」
……あの完璧に思える理事長の顔が崩れて見えた。
普段は理路整然として、こちらに反論の隙も与えないほどなのに、今回はなんというか……感情に身を任せてるような……
「どこまでも……自分の教育を貫くつもりですね」
口を開いたのは殺せんせーだ。
「……ああ、勘違いなさらずに。私の教育にもうあなたは用済みだ。今ここで私があなたを殺します」
そう言って理事長が懐から出したのは……
「こ、殺せんせーの解雇通知!?」
「ついに出しやがった……」
どうしてもE組の教師であろうとする殺せんせーに対して、理事長のみが使うことのできる最強の脅しだ。
「はわわわわわわわわわわわ」
「そんでこれ面白いほど効くんだよ、このタコには!」
「超生物がデモに訴えるのはどうなの!?」
殺せんせーはがたがたと震えて、『不当解雇反対!』などのプラカードを掲げる。
本当は余裕あるんじゃないか。
「早合点なさらぬよう。これは標的を操る道具に過ぎない。あくまで私は……殺せんせー、あなたを暗殺に来たのです。私の教育に、不要となったのでね」
その言葉に、殺せんせーがぴくりと反応した。
「本気ですか?」
「確かに理事長 あんたは超人的だけど、思いつきで殺れるほどうちのタコ甘くないよ」
カルマも忠告するが、理事長はふふふと笑うだけだ。
「さて、殺せんせー。もしも解雇が嫌ならば、もしもこの教室を守りたければ、私とギャンブルをしてもらいます」
もちろん、殺せんせーに拒否権はない。頷くと、理事長は教室の中に入ってきて、殺せんせー以外を追い出した。
何をするつもりなのか。窓の外から固唾をのんで見守る。
理事長が用意したのは、五教科の問題集と五つの手りゅう弾。四つは対先生手りゅう弾で、残り一つは本物だ。
見た目や臭いでは区別がつかず、ピンを抜いてレバーが起きた瞬間に爆発するように作らせているようだ。
暗殺のルールは次の通り。
手りゅう弾のピンを抜いてから、問題集の適当なページに挟む。そのページを開いて、ページ右上の問題を一問解かなければならない。
解けるまで一切動いてはならず、逃げることは許されない。
順番は、先に殺せんせーが四つ解き、最後に残った一つを理事長が解く。
「このギャンブルで、私を殺すかギブアップさせられれば……あなたとE組がここに残るのを認めましょう」
圧倒的に理事長が有利なルール。しかしこの暗殺を受けるしかない。
殺せんせーは焦ってしまうと思考速度が落ちる。プールの爆破事件や『死神』の落とし穴の時も反応が遅れていた。
その緊張状態と自分に有利なルールを作り出し、それを強制させられる立場。
この暗殺は理事長にしかできない。
触手が小さく震えている。
殺せんせーは数学の問題集の前に立って、一度息を吸い、ぱっと開いた。
その瞬間、衝撃音とともにBB弾が弾け飛ぶ。壁や天井に勢いよくぶつかり、激しく散乱した。
「まずは一発」
得意げに理事長が言う。
当の殺せんせーは……露出している顔や腕の表面が溶けていた。顔なんか凸の字のように削られている。
たった一発でもこの威力か……
そしてこの暗殺の恐ろしいところは、後半になるにつれて難易度が上がること。
対先生爆弾を受けるごとに、身体の一部がなくなっていく。つまり殺せんせーの能力もだんだんと削られるということだ。
パッと見て解くなんて元々無理くさいのに、それをあと三発耐えなければ……
「はい。開いて解いて閉じました」
「……は?」
こともなげに殺せんせーが言って、俺たちは呆気にとられる。
社会の問題集にはいつの間にか、解答が書かれている小さな紙が置かれていた。
「解いたのか、殺せんせー?」
「ええ。この問題集シリーズ、どのページにどんな問題が載っているか、ほぼ覚えています。数学だけは長いこと貸していたのでど忘れしてしまいましたが」
「私が持ってきた問題集を、たまたま覚えていたと?」
「いえいえ、あらゆる問題集を網羅してますよ。生徒に教える立場になるなら、それくらいはやらなければ」
言っている間に、三冊目、四冊目を当たり前のように解いていく。
……全問題集の全部の問題を覚えているだって? そんなこと……
「教師になる情熱があるのなら、これくらいは出来て当然です。本校舎の生徒が負けて、短絡的になりましたね」
今まで殺せんせーの異常な能力は散々見せつけられたが、それよりも教師としての能力、それと教師であろうとする努力のほうに驚くべきだろう。
どうしてそこまでして、教師に、それもE組の教師に拘るのか……
残った五冊目。これは理事長が解くものだ。
かといって、殺せんせーみたいな芸当が出来るはずもない。
開いたページの問題を覚えていたとしても、そこから爆発するまでに解いて、閉じるなんてことは人間には不可能だからだ。
そんなことを考えているうちに、理事長は最後の問題集に手をかける。
見た目、匂いでは判別がつかないと言っていたが、持ってきた彼にはどれがどれだかわかるはずだ。
本物じゃないとわかってて、躊躇なくいけるのか?
いや、違う。
理事長が問題集を開く。理事長は諦めたように目を閉じて、問題を見ようともしない。
自殺だ!
勝って殺すか、負けて死ぬか。理事長は元々そういう気でこの勝負を仕掛けてきていたのだ。
一瞬後、爆風と光が教室を轟かし、俺たちは身を伏せる。窓からは煙が上がり、吹き飛んだ机が頭上を掠めた。
あまりの衝撃に、耳鳴りが襲ってくる。残った五冊目こそ、本物の手りゅう弾だった。
音と煙が収まったところで、ゆっくり身体を起こす。
みんな咄嗟に回避姿勢を取れたおかげで無傷だ。肝心の理事長は……
透明な何かに包まれて、まったくの無傷だった。
脱皮か。
殺せんせーの脱ぎ捨てられた皮は、爆風をものともしないほどの防御力を誇る。それで理事長を包んで守ったのだ。
机は吹き飛び、床や天井に焦げが出来たが、理事長が無事なことにほっと胸をなでおろした。
「なぜそれを自分に使わなかった? 数学の爆弾を開くときに使っていれば、そんな洋ナシみたいな顔にならずに済んだものを」
「あなた用に温存しました。私が賭けに勝てば、あなたは迷いなく自爆を選ぶでしょうから」
「なぜ、私の行動を断言できる?」
「似たもの同士だからです」
殺せんせーは理事長の手を引っ張り、立たせる。
「お互いに意地っ張りで教育バカ。自分の命を使ってでも教育の完成を目指すでしょう」
殺せんせーは言い切った。
彼は、テスト期間中に理事長のことを調べ回ったらしい。
椚ヶ丘の学校が出来る前、理事長がこのE組校舎で塾を開いていた時の生徒たちに話を聞いていた。
その時の理事長は、今と変わらずの傑物。だが生徒のことを一番に考える優しい先生だったらしい。
なにやら大変なことが起きて変わったらしいが。
「私の求めた教育の理想は、十数年前のあなたの教育とそっくりでした」
他人のことを思いやることができ、足りないものを補い合う。
この教室は元々、そんな子どもを育てる場所だった。その理念を抱いて教鞭を振るっていたのは、理事長だ。
「私があなたと比べて恵まれてたのは、このE組があったことです。まとまった人数が揃っているから。同じ境遇を共有してるから。校内いじめに団結して耐えられる。一人で溜めこまずに相談できる」
殺せんせーは俺たちを手で示した。ここで変わった俺たちを。この学校で一番賢く、強くなった俺たちを。
それを見せつけられて、理事長はこんな短絡的な行動に移ったのかもしれない。
自分がしたかったことを、叶えたかったことを、他の誰かが達成してしまったから。
理事長の教育だって、外目から見たら間違ったものじゃない。だから椚ヶ丘は有名進学校として今もあるのだ。
その全てが否定されたように感じて、苦しかったのだろう。
「殺すのではなく生かす教育。これからも、お互いの理想の教育を貫きましょう」
あくまで対等に、殺せんせーは理事長の教育を肯定した。
「……私の教育は常に正しい。この十年余りで強い生徒を数多く輩出してきた」
だから簡単にはこのE組も殺せんせーも認めることができないのだろう。
「ですが、あなたもいま私のシステムを認めたことですし……温情をもってこのE組は存続させることとします」
「ヌルフフフ。相変わらず素直に負けを認めませんねえ。それもまた教師という生き物ですが」
そういう性格というか遺伝子というか。息子さんも極度の負けず嫌いだったし。
「それと、たまには私も殺りに来ていいですかね」
「もちろんです。好敵手にはナイフが似合う」
理事長は対先生ナイフを掲げて、にこりと笑う。彼が心からの笑みを浮かべるなんて、初めて見た。
ずっと気味の悪い仮面を被っているような表情だったのに。
△
「で、直すのも俺らかよ」
「そーいうところは変わんねーな、ったく」
文句を垂れながら、壊された校舎を手ずから直していく。
理事長はE組の解体を撤回。が、『君たちには教室一つあれば十分でしょう』と抜かして去っていった。
いやいや、職員室壊されたままは困るんですが。
まあ、今さら不平不満を言っても仕方ない。
全員そろって派手に壊された職員室を片づけていく。壁と屋根作り直しだな……
手が多い殺せんせーも精力的に動き、材料調達をこなしてくれている。
俺たちだってわかばパークでのノウハウがあるから、何日もかかるなんてことはないだろう。
「いいですねえ、先生と生徒の共同作業。先生は楽しいですよ」
「俺らはうんざりだよ……」
今日はテスト返しだけのはずだったのに、理事長が来たり、爆発が起きたり。少なくとも肉体労働はないだろうと思ってたのに……
「ところで、理事長の昔ってどんなんなんだ?」
「それは、私の口からは言えませんねえ」
あんたは人から聞いたくせに……しかし、おそらくあまり話せないような事件が起きたことは推測できる。
あの理事長が変わるような出来事。生徒に何かしらの不幸があったことまではなんとなく理解できた。
材を加工して、千葉の指定通りに並べ、釘を打っていく。
ここらへんはこ慣れてて、思ったよりも早く壁を設置することができた。
そこまでやって、昼を越えたくらい。体力はまだ余裕があるが、さすがに腹が減ってきた。
すでに女子がおにぎりを握ってくれていて、芝生の上にレジャーシートも広げてくれている。
「國枝くん、ちょっと休憩しようよ」
「ああ、そうだな。よっと」
作り始めの屋根からすっと降りて、ふう、と一息つく。
すると、不破がすぐさまたくさんのおにぎりを乗せた盆を持ってきた。
「はいどうぞ」
「あ、いや、いま両手塞がってるから」
工具と釘をそこらへんに放るわけにもいかない。それに、作業しっぱなしで手が汚れてるし。
「あ、そっか。じゃあ、はい」
「お、さんきゅ」
不破が差し出してきたおにぎりを、ぱくりと食べる。
「!!?」
「ちょちょちょちょいちょい!!」
「そこぉ!」
俺と不破はびくりとのけぞりそうになる。
なぜかみんながこちらを指差してきて叫んでいた。
「どうした、お前ら」
「いやいやお前がどうしたんだよ!」
「なに不破に食わせてもらってんだよぉ!」
「……あぁ」
何かと思えばそんなことか。
「あぁ、って反応薄っ!」
「いや、うん、まあ、今さらそんなこと言われてもなぁ」
『死神』の一件で入院してる間、不破がいる時はずっとこうしてたからな。
そんなことしなくていいって言っても聞かないし、なんだか嬉しそうだったからそれ以上は止めなかった。
慣れとは怖いもので、貸してくれた漫画を読んでる間、口を放り込まれるというやり取りに何の違和感も感じなくなった。
不破は、しまったという表情をして赤くなっている。無意識にやってしまったらしい。
「いつの間にかとんでもねえことになってやがりますわよ……」
「なんだその口調」
珍しくうろたえる中村。
男子はわーわーと、女子はきゃーきゃー騒いでいる。それほど意識してなかったのに、急に恥ずかしくなってくるじゃないか。
これくらいがなんだ。中学生かお前らは。中学生だな。
昼休憩はまったりすることが出来ず、騒がしく周りを囲まれてしまった。
男子は俺を中心に、女子は不破を中心に集まって、入院してる時のことを根掘り葉掘り聞かれる。
どちらの輪からもちょいちょい歓声が上がり、特に女子の盛り上がりようと言ったらなかった。時折こちらを見てにやにやしてくるのはなんなんだろうか。
ようやく解放されたのは、一時間ほど責め苦に遭ってからだ。
壊すのは簡単だが、元通りにするのはそうじゃない。
校舎もだいたい直ってきたが、爆発の余波を受けた教室はまだほとんど手つかずだ。
とはいえ、吹っ飛んだ机とかはさすがに学校が支給してくれるそうだ。壁とかも多少補強する程度で済みそうだ。
作業自体は今日中にこなせるだろう。
「さて、期末テストを戦い抜いて、見事勝利した君たちにご褒美をあげましょう」
午後の作業に映る前に、殺せんせーがそう言った。
ご褒美? と訊く前に、彼は言葉を続ける。
「実は先生、スピードはあっても力がさほどありません。触手を抑えつけられれば動けなくなってしまうんですよ」
そういえば、怪力を持っているようなそぶりはなかったな。
あまりにも速いから、その加速度で衝撃を生み出せるわけであって、動いていない状態から掴んでしまえばどうにかなるってことか。
まあでも……
「できねーってわかってて言ってんだろ!」
「くそっ、ヌルヌルしてて掴めねー!」
試そうとしているみんなの攻撃をことごとく避ける殺せんせー。
体表が滑らかで、もちろん暗殺対象がじっとしてくれるわけない。
掴むなんて、出来るならとっくにやってるよなぁ……いくら俺でも、目がついていけても動きが追いつけない。
なんて苦笑しながら、おにぎりを頬張るのであった。