「演劇発表会、ねえ」
ため息をつく。
悩んでいるのは、二学期末に待ち受けるイベント、演劇だ。
テストも終わり、力もついてきて、さあ暗殺だと意気込んでいたみんなが露骨に嫌そうな顔をしている。
「しかも例によって俺たちだけ予算は少ないわ、セットもここから持って行かなきゃならないわ……」
それに、与えられた発表時間は昼休み。一応、その日は一日中体育館に閉じ込められるから観客が誰もいないということはないが、普通に演じたところで誰も見やしない。
「本校舎と違って、俺らは受験もあんのによ」
「クラス委員会で文句言ったんだけどな」
磯貝が言うには、浅野曰く……
『決められた期間でセリフを覚え、演じきる。この演劇発表会も椚ヶ丘の教育方針だ。それに、どうせ君たちは何とかするだろ』
ということらしい。
あれだけ棘のあった浅野が、まあずいぶんと丸くなったな。
彼だけじゃない。A組以下、本校舎の面々も俺たちをいじめようとする人間はいなくなった。生徒だけじゃなく、先生も。あの理事長も、だ。
一、二年生も憧れのまなざしで見てくるし、この空気は続いていくんだろう。
後輩のことなんて一切考えずにやってきた結果だけど、差別がなくなるのはいいことだ。
それはともかく……目下、課題はこれになる。
今回はあまり力になれそうにないな。演技力はないし、脚本考えるなんて無理だし……裏方に回って小物とか大道具とか作るかな。
「よーし、やると決めたら劇なんてパパっと終わらそーぜ!」
吉田の号令で、E組がおおーっと拳を上げる。
せっかくのイベントだし、楽しまなきゃ損だよな。
「監督は三村で……脚本は狭間が適任か。あとは……」
「先生、主役がやりたい」
黙ってたと思ったら、いきなり殺せんせーが爆弾を落としてきた。
「やれるわけねーだろ、国家機密が!」
「そもそも大の大人が出しゃばってくんじゃねーよ!」
「だ、だって! 先生、劇の主役とか一度やってみたかったし! 皆さんと一緒に同じステージに立ちたいし!」
ツッコミと同時に襲い掛かる銃撃を避けつつ、殺せんせーが弁明する。
出演はいいけど、主演までやろうとするかね、先生が。
「いーわよ。書いたげる。先生主役の劇の台本」
脚本担当になった狭間があっさりと言い放った。
積極的に交わろうとしてくるなんて、最初の印象からはかなり変わったな。
彼女は手元のノートに数行さらさらと書くと、ちょいちょいと俺に手を振ってくる。
「あんたも手伝って。本校舎に一泡吹かせてやろうじゃない」
「俺? ストーリーとか書けないけど」
「いいのよ。ちょっとしたアイデアでもくれれば」
ふむ、と考えてみる。
殺せんせー主演でも違和感なく、本校舎組の目を引くようなアイデアか……昼休みにやらされるから、それも『あえて』の方向で利用できたらいいんだが……
「あ」
あるじゃないか、殺せんせーを出せる方法。
△
演劇発表会当日。
午前のプログラムは消化され、ついに俺たちの出番。
「さーて次はE組か」
「ま、メシ食いながら鼻で笑ってやろうぜ」
やっぱり、本校舎組は馬鹿にするつもりで観覧しようとしている。
弁当なりパンを取り出しては、談笑しながら口に運ぼうとしていた。
抜いてやろうぜ、度肝。
突然、耳をつんざくようなチェーンソーの音が鳴り響く。
わいわいと和んでいた本校舎組たちは、一斉にびくりと肩を震わせた。
壇上が微妙に明るくなり、木造の屋内を思わせるセットとともに、三つ編みの女性が現れる。奥田だ。
こそりこそりと、周囲に怯えながら手に持った懐中電灯で先を照らす。足は震えていて、進む速さはじれったいほどだ。
ごくり、と喉が鳴る。彼女の感じている緊張感がこちらまで伝わってくるようだ。
かたん、と何かが後ろで落ちる音がした。奥田は飛び上がりそうになり、縮こまる。
恐る恐る音のしたほうへ光を向けると、木っ端が落ちていた。
よく見れば、この建物は相当に古いもののようで、そこかしこがぼろい。老朽化しているせいで、この木片も落ちたのだろうと、奥田はほっとした。
立ち上がり、振り返って再び前へ進もうとする。
が、そこにはスキンヘッドの男が立っていた。
その体表は黄色く、ぶよぶよと揺れている。顔に当たる部分には、点のような目と異様に裂けた口がある。
「いやあああああ!!」
薄暗い中でいきなり現れた化け物に、奥田は悲鳴を上げた。
化け物は手に持っていたチェーンソーを振り上げ、エンジン音を轟かせる。
腰が抜けて動けなくなった奥田の頭へ、真っすぐに振り下ろした。
刃が肉に食い込む音が響き、血がステージ上に飛び散る……
…………見ての通り、E組の演劇はスプラッターホラーものである。もちろん、頭が真っ二つに切られているのは、そういうふうに見せてるからで、血も血糊。
殺人鬼のいる廃屋に、若者が肝試し感覚で入って次々と殺されていくといったテンプレのシナリオだ。
今のは序盤。本編はここから。
杉野、神崎、中村、前原が噂を聞いて現場に入っていくところからスタート。
軽い気持ちで入っていったが、途中で死体を見つけてしまい、ついには殺人鬼に追いかけられてしまう。
殺人鬼に扮するのはもちろん殺せんせー。
奇抜なキャラを目指して着ぐるみを作ったという
まあ細かいところは割愛するとして、だ。
さて本校舎組はといえば……演劇を無視してお喋りしようにも、叫び声とSEで邪魔される。
飯に集中したくても、最初の死体のインパクトが強く、食欲なんて失せてしまう。
ちらりと観客を見ると、全員がいやーな顔を浮かべて手を止めていた。
登場人物には菅谷がメイクを施していたが、そのリアル感が半端ない。俺もちょっと引いた。
ただし殺せんせーの声は迫力がないし、神崎たちも声を出さなくていいなら、という条件で出てもらったので、裏で別の生徒が声を当てている。
これがまあ、臨場感を増すのに良い仕事をしてくれている。
「……良いわね」
「ああ、良い」
ふふふ、と不敵に笑う狭間に同意する。
フィクションとなれば、俺だってこういうグロいのもわりと好きなのだ。みんなに色んなものを勧められるがままに見たせいか、結構雑食である自覚はある。
「スプラッターは、一に血しぶき、二に悲鳴、三四に内臓、五にパターンよ」
「なんの拘りだよ」
「てか、俺も気持ち悪くなってきた……」
「これ大丈夫かよ……」
さしもの男子たちも、ステージで行われる残虐ショーに顔を青くしている。
女子たちは直視しないと決めているから、まだ平気そうだ。
「R15は割と寛容だから大丈夫だろ」
「R15で済むかなぁ、これ」
渚が苦笑いする。
R18じゃないからセーフ。
生き残った神崎が廃屋の扉を開け、太陽の光を拝めた……と思ったところで、殺人鬼に足を掴まれ、引きずられていくところで終了。
後味の悪いバッドエンドだ。
「なんてモン見せんだ、お前ら!」
「引っ込めE組!」
暗転して、終劇となった瞬間、ブーイングが飛んでくる。A~D組の罵声となるとまあかなりのもので、体育館が揺れに揺れる。
「脚本チェックくらいしろよな、はっはっは!」
E組総出で急いでセットを片づける中、寺坂が笑いながらそう叫ぶ。
それにつられて、誰かが思わず吹きだした。どんどん伝播して、いつの間にか壇上から逃げようとするE組には笑顔が広がっていた。
まあ趣味の悪いやり返しだけど、一年間いじめられたんだからこれくらいは許してもらわないと。
わなわなと怒りで震える浅野を見つけて、俺も少しはすっきりできた。