全ての劇が終了し、俺たちはさっさと本校舎から出ていく。
残っていてもいいことはないしな。
期末テストを経て風当たりがまあまあ和らいだとはいえ、根付いた差別制度が消えたわけじゃない。
俺が小道具をいくつか入れた袋を手に持って、E組に戻ろうとしたところ……
「國枝」
背中に声をかけられて、振り返る。呆れ顔の浅野がそこにいた。
「まったく、最後までやってくれるな、君たちは」
「今まで嫌がらせしてきたのはそっちだからな。ちょっとくらい仕返ししても罰は当たらんだろ」
意地悪な笑みで返すと、浅野も苦笑する。
「……結局、君たちには勝てなかったな」
「お前もカルマに抜かれて二位だからな。言い訳できないだろ」
む、とより険しい顔をしてくる。これも優しい仕返しだ。
「國枝、A組に戻ってこないか」
「断る。E組でまだやることが残ってるんだ」
「即答か」
「わかってて訊いたんだろ」
お互いにふん、と鼻を鳴らした。
「まあなんだろうな。それだけE組が居心地よかったってことなんだろうな」
「……僕の隣は居心地よくなかったか?」
「俺には合わなかったってだけだ。お前は俺に合わせる必要はないし、合わせる気が無くてもいい」
「君を友人として傍に置きたいなら、少しは合わせる必要があったんだろうな」
「……否定はできないかもな」
「だったら、國枝のことをちゃんと見ておくべきだった」
ふう、とため息をついて、彼は俯く。
「僕には足りないものがある。認めるよ。それを手に入れた時、友達になってくれるか?」
その言葉に、俺は思わず苦笑した。
「なんだ?」
「いつも理屈っぽいお前が、そんな変なこと言うなんてな」
「変、か。確かに、僕が友達だなんて……」
「そうじゃない」
馬鹿みたいに答えにたどり着けていない浅野に、俺は手を伸ばした。
「友達になるのに、資格だとか足りないものだとか、そんなもの必要ないだろうが」
△
大道具を担ぐ寺坂と吉田。そして何気に重い幕を数人で運ぶ女子たちと合流し、坂を上る。
「学期末テストも終わって、演劇も終わって、あとは受験くれーだな」
「あのタコの暗殺を除けばな」
男子二人がにっと笑う。
本校舎組の食欲を削いだのがかなりウケたようだ。
結果が狙い通りにいく、というのはなかなかに気持ちが良い。脚本担当の狭間も満足げにしていたし。
「せっかくだし、年末年始カウントダウンとかみんなで一緒にする?」
「烏間先生とビッチ先生も呼んで、ここでパーっとやるか」
「受験前最後の息抜きとしてはいいかもね」
女子たちが盛り上がる。
年を越えてしまえば、好き勝手できる時間は今よりなくなるだろう。
受験が終わるまでの間、希望の高校に受かることを保証されている者など誰もいないのだから。
「うん、良さそう。國枝くんはどう思う?」
「いいんじゃないか。気張りっぱなしだったしな。色々持ち込んで……」
ドン!
平和な空気を裂いて、地面が揺れ、大気が震える。地震かと思って、全員その場に伏せた。
しかし妙なことに揺れたのは一度、しかも一瞬。まるで何かが爆発したような……
混乱しかけるも、これまでの経験のおかげで頭が立ち直った。
こんな異常事態は、E組でしか起こらない。すぐさま校舎へ急ぎ、その発生源に気づく。
校舎の外の地面に穴が空いていた。そこから土まみれの殺せんせーが現れる。
堀部の時に見せたエネルギー砲でも使ったのか? なんのために?
疑問に答えるように、殺せんせーはある一点を睨んだ。
「茅野……?」
髪を解いた茅野が倉庫の上に立っていた。それだけなら何も驚くことはない。
俺たちが絶句しているのは……茅野の首から二本の黒い触手が生えていたことだ。
見間違いなんかじゃない。触手はこの目で何度も見ている。対堀部では掴んですらいる。間違えるはずがない。
だけども俺が知っている茅野とは違う人物に見えた。
いつもの温和な表情ではなく、憎悪しか感じられない。全身から漂うのは、『蟷螂』と同じような純度の高い殺意。
「なにがどうなってんだ?」
教室の中にいた者たちは頭を振る。彼らも何が起きているのかわかっていないようだ。
茅野はちらりと俺たちを見て、また殺せんせーに視線を戻した。
なぜ、と俺たちも殺せんせーも口々に問う。
なぜ触手を持っているのか、なぜ身震いするほどの怒りを殺せんせーに向けているのか。
「
「!!」
殺せんせーを含め、俺たち全員が息を呑む。
雪村あぐり。
殺せんせーが来る前、E組の担当教師だった人だ。
茅野がその妹だと……?
茅野は苦痛と憎悪を惜しげもなく晒している。嘘ではなさそうだ。
しかし真実を言われているからと言って、それをすぐさま理解できるかというのは別だ。
いくつもの疑問がのしかかってくる。
「しくじっちゃったものは仕方ない。切り替えなきゃ」
俺たちを見向きもせず、茅野は続ける。
「明日また殺るよ、殺せんせー。場所は直前に連絡する。触手を合わせて確信したよ。必ず殺れる。今の私なら」
触手の副作用か、汗を垂らしながら、しかし眼光はそのままにターゲットを睨む茅野。
一瞬の後、彼女は触手を使って、あっという間にその場から消えていった。
△
かつてこのE組の担任だった雪村あぐり先生。
俺たちと一緒にいたのはごく短い間だったけど、体力と情熱に溢れ、熱心に俺たちと向き合ってくれた人だ。
底辺に落とされて絶望していたE組を引っ張り上げようとする明るい雰囲気に救われた生徒だって少なくない。
本校舎の腐った先生とは違って、まるでドラマに出てくるような真っすぐな人だった。
茅野がその人の妹だとは信じられなかったが、調べてみると証拠は出てきた。
本名、雪村あかり。芸名、
驚異的な演技力の子役として名を馳せ、ドラマに引っ張りだこだった超有名人。
ここ数年は学業専念のため、芸能界から一時身を引いていたようだ。
彼女が出ていた作品を確認すると、確かに茅野だとわかる。あまりにも印象が違うので、ただ見ているだけじゃ気づけない。
髪の色を変え、名を偽装し、中学を移り、このE組まで来た。
その正体は、殺せんせーの命を狙う触手使い。
この衝撃の事実に、俺たちは振り落とされないようにするので精一杯だった。
ガン、と机に拳を叩きつける。
時々違和感を感じていたが、まさか触手を持っていて、なおかつそれを隠し通していたなんて。
ずっと共に過ごして気づかせない演技力は見事としか言いようがない。サポート役に徹し、自らの心を一切見せないことで悟られないようにしていたのだ。
考えてみればおかしいところはあった。
編入してきたということは、入学する時以上に難しいテストを受けて入ってきてるはずなのに、椚ヶ丘に入ってきて早々E組になるとか。時折、一瞬だけ苦しい表情を見せることだとか。
気づけたはずなのに……
「國枝くん」
不破が俺の拳をそっと包み込んで、ふるふると頭を振った。
俺だけのせいじゃない。そう伝えてきている。気づけなかったのはここにいる全員で、しかも茅野の正体を隠す演技力は一級品。
殺せんせーや烏間先生、仕事上自らを偽ることを何度もしてきたビッチ先生でさえわからなかった。
触手に脳と感情を滅茶苦茶にされながらも、耐え忍んだその精神力も凄まじい。
そんな茅野を、『俺はどうにかできた』なんておこがましい。
歯を噛んで、悔しさを押し殺す。
今は茅野をどう戻すかが一番の優先事項だ。嘆くのは後にしないと。
「殺せんせーなら触手を剥がせるんだろ」
「ええ、ですが……」
「無理やり剥がせば、良くて後遺症が残る。悪くて死ぬ」
堀部が言った。
元触手持ちだからこそ、確信して言えるのだろう。
「茅野が触手を必要としている限りは、どう転んでも良い結果にはならないだろうな」
堀部の時だってそうだった。触手を手放そうとしないから、あれだけ苦労したんだ。
今度はあの時よりも大変かもしれない。
姉を殺された復讐というなら、そう簡単に説得できない。このタイミングのために、全てを投げうってきたくらいなのだから。
「言葉が意味ないなら、行動でどうにかするしかないね」
カルマの言うことに、俺は頷く。
堀部の時だって、寺坂たちがバカやったからきっかけを作れた。
「……もし、茅野の頭から復讐の念を消すことが出来たら、どうにかできる?」
「おそらく。ですが、あれほどの怒りとなると、逸らすのは容易ではないですよ」
表情から発せられる怒りは、今までに見たことないものだった。
あれだけの強い感情、『レッドライン』や『蟷螂』に匹敵する。いやそれ以上かも。
「僕がやる」
これまでで一番難しいことかもしれない。しかし渚は半ば確信めいた表情で、自信ありげに言った。
「茅野は僕に任せて」