三学期が始まって教室に集まったみんなの顔は、年を越したとは思えないほど暗い。
殺せんせーを殺すべきか生かすべきかという難題に、いまいちはっきりとした答えが出せていないのが多数だ。
沈みかえっている雰囲気のなか、がらりと扉が開いた。
現れたのは茅野だ。その彼女に、矢田が駆け寄る。
「カエデちゃん、身体は大丈夫?」
「うん、もうすっかり治ったよ」
みんながほっと胸をなでおろす。
長い間、触手を自分の身体に住まわせていた茅野は、昨日までずっと入院を続けていた。
幸いにして、触手が抜けると心身ともに順調に治りはじめ、後遺症もないらしい。
心配事が一つ減った。
彼女の呼び名については、『雪村あかり』ではなく『茅野カエデ』と呼んでほしい、とのことでそれに従った。
E組で過ごすための偽名だったが、今じゃそれがしっくりきているらしい。
みんなの雰囲気が少し和らいだが、顔は暗い。
仕方のないことだ。殺せんせーの話は、それだけ衝撃的だった。年末年始を明るく過ごせた奴がどれだけいることか。
その日は全員、授業中もずっと黙ったままだった。
△
「珍しいじゃねーか。お前が全員集めるなんてよ」
裏山の沢の近く。岩にどっかりと座りながら寺坂が言う。
その場にはE組生徒が全員集合していた。
「ごめん。でもどうしても提案したくて」
そう言ってしばらく黙った後、渚は言葉を続けた。
「……できるかわかんないけど、殺せんせーの命を助ける方法を探したいんだ」
渚の表情は真剣そのものだ。
「方法もアテも、もちろん今はない。ないけど……殺せんせーの過去を知って、もうただの暗殺対象としては接することなんてできない」
彼の言葉を、みんなが黙って聞いていた。
「三月に地球を爆破するのも先生本人の意志じゃない。もともとは僕らと大して変わらないんだ」
完璧なスキルを身につけていた『死神』であった時でも、失敗と後悔を経験した殺せんせー。
取り返しのつかない苦さを味わわせないために、彼は俺たちに寄り添ってくれた。この教室で、時に厳しく、時に優しく、一緒に苦しんで、一緒に笑いながら。
命を賭して、殺せんせーは俺たちを育ててくれた。
「だから……僕は殺せんせーを助けたいと思う」
「わたしさんせー! 殺せんせーとまだまだたくさんいきもの探したい!」
ばっと手を挙げたのは倉橋だ。
「渚が言わなきゃ、私が言おうと思ってた。恩返ししたいもん」
続けて片岡も賛同する。
磯貝や前原、神崎や矢田。殺せんせーを生かしたい者がどんどんと渚の周りに集まる。
これまで様々な不利を覆してきたE組だ。今回も、『もしかしたら』があるかもしれない。
そんな期待をもって、みんなは……
「こんな空気の中言うのはなんだけど、私は反対」
一瞬で空気が冷え込んだ。
発したのは中村。腕を組んで、渚をまっすぐ見つめている。
「暗殺者と標的が私たちの絆。そう先生は言った。この一年で築いてきたその絆……私も本当に大切に感じてる。だからこそ、殺さなくちゃいけないと思う」
中村の後ろには、寺坂組もいた。
「助けるって言うけどよ、具体的にどーすんだ? あのタコを一から作れるレベルの知識が俺らにあれば別だがよ。奥田や竹林の科学知識でさえ、せいぜい大学生レベルだろ」
「テメーの考えたこと、俺らも考えたことある」
「けどな、今から助かる方法探して、もし見つからずに時間切れしたらどーなるよ。暗殺の力を一番つけた今の時期によ、それを使わず無駄に過ごして、タイムリミット迎えることになるんだぜ」
寺坂に続いて、吉田、村松も続く。
「あのタコが、そんな半端な結末で、半端な生徒で、喜ぶと思うか?」
この言葉は決定的だった。助けたいと言っていた生徒が黙る。
彼らの言うことも正しい。
可能性がほとんどない賭けに出て、助ける方法が見つかったとしてもそれを実行する時間もほとんどないだろう。
「で、でも考えるのは無駄じゃ……」
「才能ある奴ってさ、何でも自分の思い通りになるって勘違いするよね」
言い返そうとした渚を遮って、カルマが言った。
「渚くんさあ、E組で一番暗殺力あるのに、その自分が暗殺やめようとか言い出すの? 才能がないなりに、必死に殺そうと頑張ってきた奴らのことも考えずに」
「そういう話じゃなくて……純粋に助けたいって思ってるだけだよ! カルマくんだって、助ける方法があれば助けるでしょ!?」
「あるかどうかわかんないことを前提に話進めんなよ! そうやって殺意を鈍らせないように、殺せんせーだって今まで自分の話してこなかったんじゃん!」
言い合いはヒートアップしていく。
渚もカルマも引かず、怒鳴り合ってると言っていいほど声を張り上げていた。
「その努力もわかんねーのかよ! 身体だけじゃなく、頭まで小学生か!?」
さすがの渚もカチンときたようだ。殺意のこもった目でカルマを睨んでいる。
「え、なにその目。小動物のメスの分際で人間様に逆らうの?」
ただし、カルマは委縮するでもなく、むしろ渚に近づく。額に青筋が浮かんでいる。ポケットから手を出して、拳を握っている。
対する渚も、カウンターで返せるようにしっかりとカルマを見据えていた。
「そこまでだ」
俺が渚を、寺坂がカルマを抑える。
二人とも、感情に身を任せるなんて性格じゃない。思わず手が出そうになるなんて、それほど強く殺せんせーを想っているということだ。簡単に解決はしない。
だからといって、ここで殴り合いを始めさせても話がこじれるだけだ。
カルマは寺坂を振りほどこうとするが、吉田と村松も加勢する。
「ここで喧嘩しても何も変わらねえだろうが!」
「で、殺せんせーのことを何も考えてない渚くんの言うことに耳を傾けろって?」
「離して、國枝くん!」
抑えつけられても、お互いまだまだやる気が衰えない。
「落ちつけよ二人とも。お互い言い分はわかるだろ。納得は出来なくても、理解はできるはずだ」
「ハッ。最初から暗殺に参加してなかった奴は違うね!
「カルマ!!」
寺坂の怒号に、カルマははっとする。言い過ぎた、とばつの悪そうに顔を逸らした。
その物言いに多少苛つきもしたが、ここは冷静にならないと。
「とにかく、落ち着け。お前たちがぼこぼこになって、全員が納得するわけでもないだろ」
ゆっくり、頭に沁み込ませるように言った。おかげで少し力が緩まる……が、鋭い目つきはそのままだ。
少し自由を与えてやれば、また殴り合いが始まるだろう。どうしたものか……
「中学生のケンカ、大いに結構!」
雰囲気を切り裂くように、殺せんせーが明るい声を発した。
殺せんせーが……殺せんせー!?
いつの間に、と驚く俺たちの前に現れた先生は、いつもどおりの表情でそこにいた。
「でも暗殺で始まったクラスです。
彼は二つの段ボール箱を置く。そこに入っているのは、赤と青に分かれたBB弾。それに旗と……腕輪?
「二色に分けたペイント弾と、インクを仕込んだ対先生ナイフ。そしてチーム分けの旗と腕章を用意しました」
「チーム分け?」
「そうです。先生を殺すべき派は赤、殺すべきでない派は青。しっかり考えて、どちらかの武器を取ってください。この山を戦場に赤チーム対青チームで戦い、相手のインクをつけられた人は死亡退場。相手チームを全滅か降伏させるか、敵陣の旗を奪ったチームの意見を、クラスの総意とする。勝っても負けても恨みなし。どうです?」
二組に分かれてのチーム戦。
相手陣地にあるフラッグを手に入れるか、相手チームを全滅させた方が勝ちとなるルール。
喧嘩の発端となっている張本人が解決方法を提示してくるのに唖然としたが……ここまでくればこれしかない。話し合いで、全員が納得する形での妥協点がないからだ。
勝ったほうが正義。さんざんやってきたこと。違うのは、相手が本校舎の奴らじゃなくて、同じクラスの仲間だという点。
一番に動いたのは、千葉だ。武器の山から、赤インクのつけられたナイフを取る。つまり、殺す派を選んだ。
それをきっかけに、みんなもどんどん武器を取っていく。
青派になった磯貝が武器をホルダーに収めながら、俺の元へ寄ってくる。
「なんか、ばらばらになりそうだな」
「こうなることは予想してた。殺せんせーに情が移って、どうしても殺したくないってなるだろうって」
殺すべきだけど、殺したくない。
その思い自体は全員変わらないだろう。違うのは、個人の感じ方。教育、思想、倫理……それぞれが何を重視しているのかは、各々で違う。
そしてそれらは全て間違いじゃない。だからお互いに説得じゃどうにもならないことをわかってる。
この戦いを受け入れたのも、これでしか決着がつけられないってみんな思ってるからだ。
「國枝はどうするんだ?」
「そんなの、わかりきってるだろ」
だからこそ、俺に話しかけてきたくせに。
青インクのナイフを掴み、引き抜く。
「安全のためには殺すべきだが、俺自身は人を殺さないのが、俺の先生への答えだ」
各自決断し、チーム分けが決まっていく。
赤組、つまり殺せんせーを殺すことに賛成組は……
カルマ、岡島、岡野、木村、菅谷、千葉、寺坂、中村、狭間、速水、三村、村松、吉田、堀部。
対して青組、殺せんせーを生かしたい組は……
磯貝、奥田、片岡、茅野、神崎、倉橋、渚、杉野、竹林、原、不破、前原、矢田。そして俺。
律は答えを出せず、中立の立場を取った。
「きっついな。機動力が優れてる岡野と木村、スナイパーの千葉と速水まであっちだ」
「おまけに指揮官はカルマ。わかりやすいくらい不利だな」
体力があり、戦闘面でも活躍できる寺坂組まで赤組だ。
何かしらの能力が突出して優れている者ほど、殺す意志は固いようだ。その力を与えてくれた先生に見せつけることで、恩返しとしたいのだろう。
「私たちなら大丈夫」
銃を携えて、神崎が言う。
「いままでどんな理不尽が相手でも、勝ってきたから」
「そうだよな、さすが神崎さん!」
杉野が同意する。
不利な状況はいくらでもあった。そのたびにひっくり返してきたんだ。今回はその集大成。今度だってやってみせる。たとえ相手が同じE組でも。
「磯貝、片岡。おそらくカルマは本気で殺す気で作戦を練ってくる。お前たちも俺たちに無茶ぶりするつもりで命令しろ。じゃなきゃ勝てん」
「そこまで言うなら、お前が指揮とるか?」
「いや、俺は戦闘に集中する。司令塔は俺よりお前たちのほうが適任だろう」
状況を見て的確に判断する能力に優れてるのは磯貝と片岡だ。チームで戦うなら、俺は彼らの足元にも及ばない。
「わかった。ただしもの凄くこき使うからね、覚悟しなさいよ」
「もちろん」
「よし、全員集合!」
作戦を立てるために、磯貝が号令をかける。
戦いはもう始まっているのだ。
△
あっという間に時間は過ぎ、試合開始直前。
超体育着に着替え、茂みの中に隠れて、息を潜める。
敵は遠く、上手く隠れていて見つからないはずなのに、睨まれているような圧迫感がある。
《では始めるぞ》
新しく付けてもらった通信用無線から、審判役の烏間先生の声が聞こえる。
よく見える高台から、俺たちが不正しないよう見張ってもらうようにお願いした。
《クラス内暗殺サバイバル……始め!》
試合開始の合図が鳴った。
その瞬間、俺は信じられないものを見た。風に揺られて浮くそれは……
「竹林、片岡、避けろ!」
俺は叫ぶ。
《あ、危なかった》
《いきなり弾が飛んできたんだけど……》
イヤホンから、二人の声が聞こえてくる。どうやら間一髪、間に合ったようだ。
俺が視界に捉えていたのは赤色のBB弾。
まさかこんな最序盤で見ることもないだろうと思っていたものが開始数秒でやってきた。
こんなことができるのは、一人しかいない。
「千葉と速水のやつ……早速仕掛けてきたな」
こちらからは全く見えないってのに、あっちはすでにこっちに照準を合わせている。
そして攻撃を届かせる驚異の腕。俺は冷や汗が流れるのを感じた。
「どうする?」
「こっちの計画は変えない。竹林、頼む!」
先ほどのは予想外なのにも関わらず、磯貝はすぐさま冷静さを取り戻して指令を下す。
ボン、という音とともに煙を上げながら、バスケットボール大の球が空へ飛んでいく。
それは敵陣上空で破裂し、インクの雨を敵陣に降らした。竹林特性のインク爆弾だ。
敵陣が青く染まる。
俺は双眼鏡で相手を確認しようとしたが、影も形も見えずだ。
《三村さん、アウトです》
イヤホンから律の声が流れてくる。
あれだけ大規模な攻撃をしても、仕留められたのは三村だけか。
磯貝が寄ってきて、隣に並ぶ。
「どうだ?」
「どうかな。カルマのことだ。竹林が殺られなかった時点で、この攻撃は予測してたかもしれない」
となれば、インク雨の落下地点から全員を即座に下がらせている可能性がある。
実際そうしてるはずだ。
誰かリタイアになれば、烏間先生や律がそれを知らせてくるシステムになってるし。
「なら……」
「ああ、敵は奥に引っ込んでいる」
「そうだな。俺と國枝、杉野、神崎、倉橋で前に出る。他は隠れつつ、ゆっくりと前進してくれ」
磯貝の命令を受けて、俺たちはパッと前に出る。
後退すれば防戦一方になるが、前進すれば選択肢は増える。
運動能力が高い、あるいはステルスが得意なメンバーを斥候にして、相手の出方を見る作戦だ。
青インクまみれになった地帯へ足を踏み入れる。
両チームの境界線より、赤側寄り。ここまで来て誰も見えないということは、やはり引っ込んでいるようだ。
もう一歩踏み出した瞬間、森の奥で何かが光った。
「危ないっ」
俺は磯貝の前に飛び出し、ナイフを振るう。飛んできた弾を弾き、インクを防いだ。
それから瞬時に木の影に隠れる。
今の……速水だな。
「二発目はないと踏んで、元の位置に戻りやがったな。さてどうしたものか……」
磯貝が舌打ちした。
動体視力に優れた速水にはうかつに近づけない。スコープに捉えられたら逃げるのは至難の業だ。
こちらからの攻撃は届かない位置にいて、あちらは驚異的な狙撃能力。このままじっとしていれば一方的にやられてしまう。
「俺が行く」
俺は超体育着のファスナーを少し下げ、じっとりとした熱を追い出す。
「大丈夫か?」
「ああ、なんとか出来ると思う」
おそらく、赤組は討伐対象の優先順位をはっきりさせている。
最初にチームの司令塔である片岡を狙い、先ほども磯貝を撃った。
たぶん俺も警戒されているだろうが……そこを逆手にとれるか。
「持っていくか?」
磯貝がハンドガンを差し出してくるが、断る。
銃については何の訓練も受けてない俺が当てられるわけがない。
「まあ確かに、ライフル相手にナイフは無茶だよな。だけど一応作戦はある」
一瞬だけ顔を出して、速水がいるであろう方向を見る。
他の気配がない。
固定砲台である千葉とは違って、木の上をぱっぱと移動できる速水に観測手や護衛はいないようだ。
さて、上手くいくかな。
△
速水の照準は、國枝が隠れている木に固定されていた。
まさかBB弾を捉えられるほど目が良いとは思ってもいなかった。それに、正面から弾を防いでみせた身体能力と度胸。
國枝がいる限り、遠距離狙撃の効果は半分以下に削られてしまう。
最初の千葉の銃弾が避けられたのだって、彼のせいだ。そのせいで、赤組はこんな後方に下がらざるを得なくなった。
これまで独りで戦い、生き残ってきた國枝の危機察知能力は無視できない。
しかたなく、カルマは速水に命令を下した。
最優先で國枝を始末しろ、と。
おかげで緊張の糸が張り詰められっぱなしだ。
だが与えられた任務に手を抜くことはない。木の上でじっとして、ブレることなく構える。
一瞬、何かが木の影から出て引っ込んだ。
國枝の顔だ。ほんの少しだけだったが、その目線は明らかにこちらを向いていた。
「ち……」
思わず、速水は毒づいた。
今の一瞬で仕留められたかもしれないのに。
焦りを感じながら、それに蓋をする。
心の中でも無言になって数分、動きがあった。
微妙に何かがはみ出ている。
草木とほぼ同じ色をしていて見分けづらいが……あれはどうやら超体育着のようだ。それの肩部分がはみ出ている。
同じ木には磯貝がいたはずだ。押される形で出てしまったのか?
とにかく、この千載一遇のチャンスを、速水が逃すわけがない。
木から出ている部分はほんの数センチ。絶対に外さないように、心を落ち着け、呼吸を止め、手ブレを最小限にする。
パシュ。
放たれた銃弾は吸い込まれるようにして、狙い通りの場所へ着弾した。
迷彩柄の超体育着に、赤色のインクがべっとりと付く。
よし、と心の中で小さくガッツポーズをして、速水はスコープから目を離した。
「こちら速水、國枝を殺ったよ」
ふう、と息を吐く。
たった数分も経ってない間に、かなり精神を使ってしまった。
だが國枝がいなくなれば後は……
「嘘の報告はダメだな」
すぐ後ろで声がした。
びくり、と速水が反応する前に、いつの間にか現れていた敵がナイフを振るう。
抵抗も出来ず、速水は首筋に青色塗料を塗られた。
「なんであんたが……」
じっと見張っていたはずなのに、なぜか目の前に國枝がいた。
「あれは予備だ。上にもう一枚着てたのさ。磯貝がそれを持って、あたかも俺と一緒にいたと思わせてただけだ」
はっとして、先ほどまで注視していた場所へ視線を戻す。そこには、ひらひらと上着を動かしている磯貝が見えた。
「はあ……してやられた。こんな最初のほうじゃ殺られないと思ってたのに」
「それだけ速水が脅威だったってことだ」
そう言う國枝の目は、すでに別の方を向いていた。
速水を殺って終わりじゃない。むしろ始まりだ。青組が勝つには、まだいくつもの難関が待ち受けている。