序盤から速水を倒せたことに、俺は一息ついた。
「速水を殺した」
《やったね。だけど深入りしすぎ。いったん戻ってきて》
「そうしたいところだが……うかつには動けないな。カルマがこっちに目を光らせてる」
それだけなら問題はないが……千葉にも目をつけられている。彼にとってはそう遠くない距離だ。動いた瞬間、高精度の狙撃で撃ち抜かれるだろう。
速水を倒すためとはいえ、相手陣地に潜りすぎた。あちらの半分以上に、俺の場所がバレているだろう。
《じゃあ、他で対処する。隙を見つけてこっちと合流して》
「了解。しばらく待機だな。頼む」
片岡は続けて、みんなに前進の指令を下す。俺に注意が向いているうちに、他を動かしている。
その配置が完了したら、殺って殺られての激戦が始まるだろう。
《ちょっと意外》
離れたところで同じように隠れている茅野が話しかけてくる。
「何がだ?」
《一人でどんどん先に行くと思ってたから、頼ってくれてちょっと嬉しいかも》
「頼れるものには頼る。みんながそう教えてくれたからな」
それを知らなければ、一人で突っ込んですぐさまやられていたことだろう。
E組はそれくらい強い。
特に、点数がつけられる項目で高得点を取っているような奴らが相手だと、真正面から挑んで負ける可能性が大いにある。というのは全員思ってる。
だからほとんどの戦闘員が外から攻めていこうとしているのだ。馬鹿正直に真っすぐフラッグに向かおうとすれば、間の沢地帯に姿を晒すことになる。そこじゃ盾になるものが少なすぎる。
千葉のいたほうから銃声が鳴った。
この隙に移動を始める。俺を銃撃してこようとする者はいなかった。
近くの茅野と合流して、案外あっさりと自陣地に戻ることが出来た。
相手を窺う磯貝と前原のそばに着地し、息を整える。
「戦局は?」
「奥田が千葉に殺られた。んで膠着状態」
「千葉はどこに?」
「見えない」
「そんだけ遠くから撃ってきてるんだよ。どうすっかな」
磯貝はむむ、と考えて一つの案を出した。
「三方向から攻めるか。奥から常に狙われてるってのはプレッシャーも感じる。進軍しつつ、千葉を最優先で仕留めよう」
「どうせずっと動かないままじゃ、あっちの思うつぼだしな」
前原も同意して、うんうんと頷く。俺も賛成。
多分あっちはフラッグを取っての勝利は望んでいない。完膚なきまでにこちらを叩いてこそ、勝利だと思っている。
こそこそ隠れて目的の物を奪取して終わり、というあっけない終わりは認めないはずだ。
俺たちだってそう。
全力のぶつかりあいで決着をつけるつもりだ。
なら防御は必要ない。
「じゃ、チーム分けはどうする?」
△
木や枝を使って、上下に跳ねるようにして移動。狙いはつけづらいはずだ。
側面から攻撃を仕掛けるべく、俺は走り続けていた。
こっちは赤組が少なそうだ。木や地面の跡を見るに、この近くを通った人間はいない。
そういう作戦か。
おそらくカルマは、俺たちと逆の戦術で殺しにきている。前へ進もうとする青組と違って、自分の陣地で待ち構えているのだ。
どうりで、体力に優れた寺坂組が前線にいないわけだ。
最初の竹林の攻撃で殺せたのが三村だけだったのも、全体を見るのが得意な彼を偵察係にするつもりだったからだ。まったく動かずにいれば発見は困難、だが俺たちの動きは筒抜け。そうやって情報を得ようとしたに違いない。
この真逆な戦い方のおかげで前へ前へと進めるが、俺たちが奴らの罠に嵌まる危険度も上がる。
戦闘が得意な寺坂組や機動力のある木村や岡野に囲まれたら圧倒的に不利になる。
なんとか切り抜けたとしても、その場にあった迷彩を施せる菅谷に、どんな遠くも射抜くことが出来る千葉。
カルマに次いで何を仕掛けてくるかわからない中村もいる。
ここから先は瞬時の判断で勝敗が決する。一瞬でも気を抜けば致命傷だ。いつだって狙われているような気持ちで……
「っ!」
枝がきしむ音が聞こえた。顔を向けるよりも速く、後ろへ飛び退く。
さっきまで俺がいたところに、赤いナイフが振り下ろされた。
「うおっ、速えな。絶対に斬ったと思ったのに」
「次はお前か」
最小限の音と動きで俺を仕留めようとしたのは、木村だった。
「俺だけじゃないぜ」
木村の視線が、わずかに俺の後ろへ向く。その意図を理解して、俺は横に跳んだ。
ブーツの先から仕込みナイフを飛び出させ、綺麗な蹴りで突こうとした岡野。彼女が俺の死角から殺そうとしてきていた。
「よりによってお前らか……」
俺はため息をついた。
一人でも厄介なのに、二人だと余計に面倒だ。
俊敏性ではE組一位と二位のこの二人は、それを活かして暗殺では組むことが多い。コンビネーションも完璧だ。
ただの殴り合いならともかく、一撃でも食らえば終わりのルールじゃ、勝てるタッグのほうが少ない。
「國枝をさっさと殺せって、カルマからの命令だからな」
「悪いけど、ここで退場してもらうよ」
「できるもんならな」
走り出す。
すぐさま戦闘モードに入った二人が銃を向けてくるが、そこから放たれる銃弾を、俺はことごとくかわした。
間合いに入り、木村の手から銃を叩き落して蹴飛ばし、岡野の腕を引っ張って背負い投げ。彼女はうまく受け身を取ってぱっと立ち上がる。
「弾を避けるなんて……」
「機動力優先のためにライフルは持ってこず、ハンドガンとナイフだけなのは予想してた」
木村と岡野が落とした銃を拾って、遠くへ投げる。
「改造されてるとはいえ、BB弾程度なら見切れる」
「BB弾程度って……」
「化け物だな」
烏間先生だっていつもやっとるがな。
木村と岡野はナイフを抜き出す。近接なら、狙って撃つ銃よりそっちのほうが速い。元々二人ともナイフのほうが得意だ。
俺は距離を保つために、その場からぱっと飛び出す。
二人のほうが足が速い。フリーランニングを利用して離そうとしたが、身のこなしもあちらが上。徐々に間を詰められ、追いつかれてしまった。
岡野による足払いを跳躍して避け、その隙に木村が繰り出してきた跳び蹴りを掴んで、地面に落とす。
着地と同時に放たれた上段蹴りもガードし、押しのける。木村も岡野も体勢を立て直し、左右へぱっと分かれた。
両方に注意していると、結局どっちつかずになってしまう。俺は木村を追いかけた。
木村は俺の首めがけて刃を突きつけてくる。が、読んでいた俺はナイフを叩き落とし、その手を掴んでひねる。同時に、足をひっかけるのも忘れない。
彼の身体がぐるんと回り、地面に叩きつけられる。
衝撃で肺から空気が吐き出され、彼は立つこともできずにむせこんだ。
続いて、すぐそこまで迫ってきていた岡野のハイキックに合わせて、俺も足で応戦する。
衝撃で痺れている岡野にタックル。
「あいたっ」
受け身を取り損ね、岡野が転がる。すぐ立つが、先ほどよりも疲労が見えた。
木村も二度三度咳き込んで、岡野に並んだ。
「二人でも勝てないみたいだな」
「だけどまだ負けちゃいない。動きにも慣れてきたしな」
にやり、と木村は笑った。
「相手にインクつけなきゃ、退場させられないんだぜ」
「わかってる。トドメをさすのは俺じゃない」
パシュ、と狙撃音が鳴る。
「えっ」
つづく衝撃に、驚きのあまり言葉を失った木村が後ろを向く。
背中はBB弾が撃ち込まれたことによって、青色インクがべったりとついていた。
その方向をよくよく見て、茂みに隠れた倉橋と原に気づいた。
使い慣れてないナイフで戦っても勝ち目は薄いと感じて、俺はあえて武器を使わなかった。
囮となって、ゆっくり後をついてきている倉橋と原のところへ誘導していたのだ。
動物が大好きな倉橋は、保護色についてもよく理解していて、それを利用した色を自分たちにつけていた。
そして、何気に原の射撃は女子で二位。これだけ近いなら撃ち漏らすことはない。
加えて、俺はわざと音を鳴らして走り回っていた。赤組が俺を見つけやすいように。俺に注目せざるを得ないように。
相手が木村と岡野だったのは運が良かった。
危なければ撤退できる足を持っているから、多少無茶してでも深追いしてくるだろうと思っていた。おかげで誘いこみも上手くいった。
かなりこっちに有利に傾いたな。
隠れていた二人は立ち上がって、ピースサインを向けてくる。
「作戦成功だね」
「なんだよ、國枝一人だけだったら何とかなると思ってたのに」
「集中し過ぎた~」
やられた、と気づいてがっくりと肩を落とす木村たち。
意気揚々とかかってきたのに対して、退場する時はとぼとぼと覇気がない。
そんな二人を見送って、俺は倉橋たちに向き直った。
「上手くいったな」
「うん、このまま前進しちゃおう!」
「今度も同じ作戦で行く? それとも……」
次の標的を見つけるため、意気揚々と一歩踏み出しながら作戦を考える。
その瞬間……
べちゃ。
「え……?」
突然、倉橋の胸が赤く染まる。さらに……
「わっ」
原の肩も射抜かれた。
何者かの攻撃が、倉橋と原をアウトにした。
その正体を知り、俺はばっと下がる。
木の陰から、中村が牙をむいた。