目を疑った。
俺と不破を行かすために残った青組四人は、決して弱くない。それどころか総合的に見ても暗殺能力、射撃能力、対人戦闘能力に優れている。
なのに全員殺られて、しかも相手をした赤組は一人として欠けていない。
頭の回るカルマと中村が、岡島、寺坂、吉田に的確に指示を回したのだ。それほどまでに、裏をかくのが上手い。
こちらの司令塔にも片岡がいたが……混乱させるような動きをしてこられたに違いない。
さすがに絶望を感じる。
この『一発当たったら終わり』のルールにおいて、そしてこの状況において、銃を使わない(というより、訓練を受けていないから使えない)俺は圧倒的に不利。
姿を隠せていればなんとか逃げ隠れできたかもしれないが、あいつらの目は俺をばっちり捉えている。
青組の残りは俺と渚のみ。
出来るだけ逃げて、相手をバラバラにさせるか? そうしたほうが渚も狙いやすいだろう。
それとも真正面から向かって、一人でも倒すか?
汗が垂れ、緊張で喉が渇く。
どちらにせよ、俺の死亡はほとんど決定している。だったら、潔く戦って散るか。
一度深呼吸して、ナイフを構えた。
そして、戦局は大きく動く。
まず初めに気づいたのは俺。一瞬遅れてカルマ。
ほんのかすかな違和感に刺激され、注意が
カルマの行動は速かった。半歩先を行く寺坂の肩を掴み、その場におしとどめる。
それに気づかず、岡島、中村、吉田は走り続ける。
その後ろ。何もないはずの空間。
そこに、音も気配もなく突然、渚が現れた。
赤組の背後に立った渚は、ナイフで中村を青く彩り、銃弾を岡島と吉田に叩き込む。
流れるような一瞬の動きに、思わず見とれてしまうほどだった。
間一髪、今の暗殺から逃げ延びられたカルマと寺坂はすぐさま木へと身を隠す。
その二人を警戒しながら、渚は俺の方へ来た。
「助かったよ、渚」
「あはは、なんとかできたね」
なんとか、だと?
三人の意識の隙を針で縫うような繊細さで突き、風のような動きで無駄なく倒した今の動きを、
クラップスタナーといい、これといい、こいつの進化は留まることを知らないな……
「ところで、どこに隠れてたんだ?」
「ん、あそこだよ」
渚が指差したのは、なんと烏間先生。
なるほど、プレイヤーはあそこを見ようとはしないし、逆にあそこからはあらゆるところを見通せる。
ずっと隠れて、最小の動きで最大の結果が得られるタイミングを計っていたってわけか。
なにはともあれ、これで残り人数は二対二。この場にいるのが全員ということになる。
「ねえ、ちょっと提案があるんだけどさ!」
そう言いながら、カルマはあっさりと姿を現した。しかも、銃をその場に捨てた。
「一対一で決着つけようよ」
その言葉に、狙いをつけようとしていた渚の動きがぴたりと止まる。
「一対一?」
「そ、こそこそ隠れて裏をかきあって、ってのはもう飽きたでしょ。それに、残ってるのは俺たちだけなんだからさ。お互いが納得できる終わり方にしようよ」
「……言いたいことはわかった。だがなんで一対一なんだ?」
「邪魔されずに渚くんを倒したいから」
カルマは即答する。
赤組代表と青組代表の一騎打ち。
暗殺の腕ではE組の中で一、二位を争う者たちのぶつかり合い。
彼の望みはそれだ。
殺せんせーを殺したいから赤組になった。だがそれとは別に、純粋にどちらが強いか。
それを証明したいのだ。
カルマはくるりと無防備な背中を向けて歩き出す。
その方向は烏間先生のいるところ。退場したみんなの避難場でもある。
全員の目が届くところでやろうっていうのか。
「やる気があるなら、こっちにおいで」
今ここで、その背中を撃つこともできる。けどできない。
あちらが一対一を望んでいるのに、不意打ちで勝ちだなんて終わり方は 誰も認めてくれない。
結果として俺たちの勝利でも、しこりは残ったままになる。
「カルマってやつは……」
計算高いのは変わらず……けど、一対一でケリをつけたいのも本心だろう。
だから隠れたまんまの寺坂も何も言ってこない。
渚もライフルを木に立てかけて、一歩足を進めた。
「行くのか?」
「うん」
「そっちは任せるぞ。渚なら勝てると信じてる」
こくりと頷いて、渚はカルマのほうへ向かう。
渚はカルマの真正面へ姿を現すだろう。
赤組を納得させたいのなら、カルマを潰すしかない。彼の得意とする戦闘で。
この戦いはカルマのほうに分がある。
並外れた戦闘センス、狡猾な頭脳、暗殺を通して培った経験、油断しない心。同じ中学生で、彼に喧嘩で勝てる奴が何人いるか。
だが決して、渚も負けてはいない。
才能という点では恐ろしいほどのポテンシャルを誇るし、なにより芯の通った負けん気は誰よりも強い。
どちらが勝つにせよ、その結果に文句は言えない戦いになるだろう。
さて、俺は俺で勝つべき相手がいる。そいつはゆっくりと姿を見せた。
寺坂が銃口を向けながら、こちらを睨んでいる。
「あっちは渚とカルマのバトルが始まったみたいだな。俺たちは……」
「こっちも二人だけで決着つけるとしようぜ」
それ以上言葉は不要。ここは戦場だ。
お互いに、持っている武器を構える。
動いたのは俺が先だ。寺坂が引き金を引く前に、瞬時に距離を詰めて銃を叩き落す。
同時にナイフを振り上げるが、間一髪、顔を逸らされ、ナイフも無理やり落とされた。
そこでできた隙を逃さず、横っ腹にしなるキックをお見舞いした。
「遠慮するなよ。全力で来い」
「言ってくれんなぁ、おい」
蹴りを受けた場所を抑えながら、寺坂は向かってくる。
突進をがっしり受け止め、腹に二度膝を叩きこむ。寺坂はそれを耐えて、俺を押し倒した。
足を足で抑えつけられ、動けないところに襲い掛かってくる拳を腕でガード。
攻撃の合間にできた隙を狙って、鼻っ柱に一発おみまいする。ぐらりと揺れたのを見て、袖と襟を引っ張って引き剥がす。
お互いに、立ち上がる前に相手の胸ぐらを掴む。逃がさないようにして、拳を何度も交わす。交わす。交わす。
刹那、攻撃を弾く。
腕を思いっきり引っ掴んで、背負い投げを食らわせた。
地面に落とされた身体に衝撃が走り、寺坂は咳き込む。それでも彼はまだ諦めず、がばっと立ち上がって俺の肩を掴んだ。
「しつ……こい!」
「おあいにく様、それだけが取り柄なんでな!」
ぶおん、と空を切るパンチが炸裂する。両方とも相手の頬にクリーンヒットさせていた。
あまりの強烈な一撃に、俺はぐらつくもなんとか両足で立つ。対する寺坂はばたんと倒れ……しかし数秒後にはよろよろと立ち上がった。
「本当にタフだな、寺坂」
「あのタコを殺るしか、あいつがやってくれたことに報いる方法を知らねえんだ」
いつもはあまのじゃくな寺坂も、素直に認める。殺せんせーは俺たちにとって大切な存在で、だからこそ恩返しをしたいと。
「そういうお前はどうなんだよ。そこまでしてあいつを生かしたいのか?」
「生かしたい……確かにそう思う。だがお前らの言い分ももちろんわかる」
「だったらどうしてそこまでして戦ってくるんだよ」
「命を奪わないことが、殺せんせーへの報いになるからだ」
これは俺だけが出来る、成長の証明だ。
どうしようもない奴らと戦って、殺意に飲み込まれそうになった時もあった。それでも一線を越えずに命を奪わないことで、今ここにいられる。
それを教えてくれた殺せんせーや、お前たち全員に背くようなことはしたくない。
「それに、親友が全力で俺に勝とうとしてるんだ。俺も全力で応えなきゃいけないだろ」
「ちったぁ手加減してくれてもいいんだぜ」
「そんなもん、この勝負が始まる時に捨ててきた」
お互い、ざっと一歩踏み出す。
先手必勝、と踏み込んだ俺の一撃は彼のみぞおちにヒット。続いてアッパーも顎にぶち込んでやった。
が、寺坂は意識を手放さず、俺の腕を掴んで引き寄せた。
でかい図体に抑えつけられ、首を絞められる。喉がぎりぎりと狭まり、息が出来なくなる。
この馬鹿力を引き剥がすのは難しい。腕に思いきり力を込めて、肘をみぞおちにめり込ませてやる。
一発。寺坂から苦悶の声が漏れ、腕が一瞬緩む。だがすぐに持ち直した。
だったらもう一発!
「ぐっ」
ようやく、彼の腕が完全に開いた。
足元がおぼつかず、よろける寺坂。深く息を吸い、体勢を整えた俺。
どちらが不利なのかは、火を見るより明らかだった。
それでも負けを認めず、敵は向かってくる。
大ぶりのパンチをしゃがんで避ける。震える足を払い、寺坂を跪かせた。
これで終わりだ。
俺は彼の額へ、容赦なく膝をぶつける。鈍い音が響いて、寺坂はあおむけに倒れた。
意識を奪うことはできなかったが、彼は立ち上がる余力もなく肩で息をする。
「なんで……んな強ぇんだよ」
「……さあな」
軽口でも皮肉でもなく、素直な感想だ。
体格だったり経験だったり、いろんな要素があって俺は強くなった。だがそれは寺坂も同じだ。
一概に何が優れている、何が足りないなんて言えはしない。覚悟の差なんてものはほとんどないに等しいし。
向こうで歓声が上がる。渚とカルマの戦いに決着がついたようだ。
こちら側の声がよく聞こえるから、渚が勝ったんだろう。
カルマを相手に、一対一で勝利するなんて……どこまでも予想を超えてくる奴だ。
「あっちは終わったみたいだな。あとはお前だけだ」
「俺の負けだ。見りゃわかんだろ。もう指一本動かせねえ」
地面に倒れたままお手上げのポーズをして、負けを認める。
《そこまで! 赤チームの降伏により、青チーム……殺さない派の勝ち!》
烏間先生のよく響く声がこっちまで聞こえ、試合終了のホイッスルが鳴った。
「終わったな」
「あーくそ、負けちまったか……」
そう言うわりには、悔しそうな顔をしていない。
全力で戦って、お互い清々しく終われた。もしこっちが負けてたとしても、納得して受け止めていただろう。
「ほら立て」
寺坂の腕を掴んで、ぐいっと引き上げる。重くて逆に引っ張られそうになるが、なんとか踏ん張った。
立つのが限界の彼に肩を貸し、引きずるようにしてみんなの元へ戻る。
姿を見せ、寺坂を吉田たちに預け、俺は勝利に沸く青組に寄る。ばしばしと身体を叩かれた。
「よっ、MVP!」
「今回も一番動いてたんじゃねえのか?」
とか色々言われて、まあ悪い気はしない。けっこう貢献したのも自覚してるしな。
唯一、疲れ切って座り込んでいる渚の隣に腰を下ろし、ぽんと肩を叩く。
「渚、勝ったんだな」
「うん、なんとか。本当にギリギリだったけど」
渚もカルマも顔に痣ができていることから、かなりの激戦だったことが窺える。
律が録画しているだろうし、後で見せてもらおう。
今はそれより……
「これで文句ないだろ。殺せんせーを生かすために全力を出す。それでいいな?」
「負けたんだから、ちゃんと従うよ」
赤組代表のカルマが即答する。
完全に納得してはいないだろうが、全員が力を出し尽くして出た結果だ。
周りのみんなからも異論は出なかった。