貌なし【完結】   作:ジマリス

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86 大気圏の下で

 E組どうしの衝突も決着してそのまま、俺たちは早速話し合いをすることになった。

 議題はもちろん『殺せんせーを生かすために何が必要か?』である。司会進行は竹林でお送りします。

 

「そもそも世界の国々は、殺せんせーを殺すことしか考えていないのか? 僕は違うと思う。だって本来の目的は、地球を救うことなんだから」

 

 まず、と前置きした竹林の疑問と回答はごもっともである。

 そう。元々はエネルギー問題解決のための研究だ。

 爆発を避けて安定化させられるなら、それに越したことはない。

 

 さらに、暗殺だ暗殺だと言っているが、刺激を与えることによるリスクもないとは言い切れない。

 殺せんせーを、その細胞を大人しくさせられるならどうとでも出来る。

 

「それに、触手生物を安全に運用できるようになれば莫大な利益が生まれるしね」

 

 俺は頷いた。

 

「どれだけ刺客を送っても返り討ちにして、銃弾もミサイルも避けられる生物を作り出せたら、パワーバランスを傾けさせられるしな。触手細胞を安定させる技術はどの国もが持っておきたいと思ってるだろう」

 

 触手細胞を埋め込んだ生物を任意のタイミングで爆発させられるようにすれば、証拠も残らず技術が流用されることもない。

 超生物の制御は、殺すことと同じくらい必要なことだ。

 だから、殺せんせーを抹殺して終わりだなんて考えはほとんどの国が持っていないだろう。

 殺して、その次の段階まで計画しているはずだ。

 

「だけどよぉ、それもあくまで推測だろ?」

「ああ。だから証拠が欲しいんだが……」

 

 俺はちらりと烏間先生を見る。

 

「……俺は情報を持っていない。最重要の機密事項だし、持っていたとしても君たちに見せられ……」

「ハッキングに成功。データをコピーしました」

「なに!?」

 

 律があっさりデータを盗んだことに、烏間先生は驚いた。

 彼女はもともと超高性能なうえに、自ら学んで出来ることを増やしている。電子の世界において、彼女に勝てる者は一握りいるかどうか。

 

 律が奪ったデータを画面に映し出す。英語で書かれた無数のタイトルがずらっと並んでいた。

 世界中で行われている研究の内容だ。専門用語が多いが……

 

「ただ、具体的内容は機密保護が厳重すぎてわかりません」

 

 どうやら、最奥部の情報はネットを介していないようだ。それどころか、専用回線すら使われていないらしい。

 どの国も手渡しでの受け渡しで、データのやり取りをしているのだ。

 アナログな手法ではあるが、一番盗まれにくい。どれだけハッキング能力が高くても意味をなさなくなるのだから。

 この情報化社会において、古い方法が優れているなんてなんとも皮肉な話だとは思うが。

 

 それはさておき、肝心の殺せんせーを救う研究は……

 

「タイトルを見れば大体察しがつくね。えーっと……」

 

 不破はそれらをざっと見ていき、それっぽい研究を探す。

 

「これ! 今研究中でそれらしいのはこれしかない!」

 

 彼女が示したのは、アメリカが行っている『触手細胞の老化分裂に伴う反物質の破滅的連鎖発生の抑止に関する検証実験』。

 『抑止』、つまり触手細胞の暴走を抑える実験。

 その結果サンプルは、一月二十五日にISS(国際宇宙ステーション)から帰還する予定だ。

 

「宇宙かよ……」

 

 ぼそりと寺坂が呟いた。

 

「確かにそこなら、殺せんせーの邪魔は入らないな」

「それに、無重力や真空でしか出来ない実験もありますし、爆発による被害も最小限に抑えられます」

 

 竹林と奥田の理系コンビが頷く。

 理に適ってる。適ってるがゆえに、どうしようもない。

 

 宇宙ステーションにあるデータなんて、どうすればいい?

 

 みんなでうんうん唸っていると、殺せんせーが烏間先生とビッチ先生をこっそり出て行かせるのが見えた。

 それに気が付きつつも、とりあえず目の前の問題に集中する。

 

「ISSから戻ってくるサンプルは奪えない?」

「データはポッドに入れられて落とされるらしいけど……落下地点は海の上だね」

「ポッド自体も頑丈で重たいみたいだな。開けてる間に捕まっちゃうのがオチか」

 

 議論は白熱。それぞれが提案するも、八方塞がりだ。

 

「こりゃどうあっても手が届かねえな」

 

 どっと疲れた様子の吉田が、椅子にもたれかかる。

 みんなでぶつかって、やる気出して、情報が得られたと思ったらこれだ。

 落ち込んでしまうのもわかる。

 

「いいえ、そうでもありませんよ」

 

 にゅっと、殺せんせーが割って入ってくる。

 

 ……嫌な予感がする。きっと突飛なこと言いだすぞ。

 先生二人を追い出したのは、二人に責任を負わせないため。それほどまでに大きいことを提案する気だ。

 

「さて、君たちの望みはこうですね。『宇宙から戻ったデータがアメリカに渡る前に、ちょっと盗み見させてほしい』と」

 

 全員が頷く。

 

「そこでです! 近々これが打ち上げられるのを知っていますか?」

 

 殺せんせーが取り出した宇宙や天文系のことを取り扱う雑誌には、日本が行おうとしているとある大プロジェクトが掲載されていた。

 

「宇宙ロケット?」

「しかも有人の……」

 

 センサー付きのダミー人形を載せて打ち上げ、実際に人を乗せたとしても問題ないかを確認。その後ISSとドッキングして、補給物資を下ろし、荷物を積んで帰還。

 擬似的に有人飛行のデータを採る目的のプロジェクトだ。

 これがISSに着くのは、アメリカのデータが降ろされる三日前。

 

「日本って宇宙ロケット飛ばせるの?」

「それくらいの技術信頼度はあります。先生がいるから開発を早めたのかもしれませんねえ」

 

 岡野の疑問に、殺せんせーが答える。そういうドラマもあった気がするし。

 

「さて、もしこのダミーが本物の人間にすり替わっていたらどうなるでしょう?」

 

 にやり、と意地悪そうな笑みを浮かべてくる。

 そこまで言われれば、何をしようとしているのかわかってしまう。

 はあ、とため息をついて、俺は額に手を当てた。

 

「嫌な予感が的中したな……」

「ヌルフフフ。そう! 暗殺教室季節外れの自由研究テーマ!」

 

 殺せんせーは一本の触手をびしっと空に向けた。

 

「宇宙ステーションをハイジャックして実験データを盗んでみよう!」

 

 殺せんせーの言葉に、俺たちは唖然とする。ほとんどがあんぐりと口を開けたまま固まった。

 代表して、おそるおそる俺が手を挙げる。

 

「……つまり、セキュリティが万全な施設に忍び込んで、人形の代わりに宇宙行きのロケットに乗り込み、宇宙ステーションの人を脅して、データを無事に持ち帰る……そういうことか?」

「はい」

 

 「はい」じゃないが。

 どれだけ無茶を言ってるのかわかってるのだろうか。 

 

「怖気づいたの、國枝?」

「怖気づかない方がおかしい」

 

 にやにやしているカルマに返す。

 俺はため息をついた。いくつもの難関を突破したとして、データは得られても解決方法が手に入るかはわからない。

 だけどここまで来たらやるしかないな。……やるしかないのかなぁ?

 

 

 あらゆる状況に備えての作戦を考えいたら、あっという間にその日はやってきた。

 

 管制センターの敷地は広大で、目的のロケット発射台にたどり着くだけでも一苦労。それなのに、今回はバレた時点で失敗だ。見つかっても気絶させればいいというわけじゃない。

 俺たちが侵入した痕跡も残さず、何かがいたかもしれないという疑念すら抱かせないまま去る必要がある。

 ゆえに、潜り込むのは少数精鋭で。

 

 話し合いの結果、敷地の外から柵を飛び越えて潜入するのは、俺と磯貝、そして渚とカルマとなった。

 

 敷地内に侵入し、分かれる。

 窓や雨どいを利用して、適当な建物の屋上に降り、そのまま屋根伝いにロケット打ち上げ台が見えるところまで移動。

 遅れて、磯貝が俺の隣に並んだ。

 

 俺の役目は見張りだ。

 ロケットを飛ばす直前ともあれば、屋外の警備もかなりの数がいる。それらをマークして、カルマに伝える役だ。

 その穴を突くように、磯貝が指示を出す。

 

 すでに施設内には矢田と倉橋が、施設見学と称して中に入れさせてもらっている。『見学しに来たけど迷った中学生』を装って管制室まで入り、目を引いていた。

 その隙に中に入った木村が行動。気配を消し、見つかりにくいように色を変えた超体育着を纏って管制室に潜入。

 適当なPCに、人差し指の第一関節ほどのUSB機器を差し込んだ。これで無線接続が出来る。

 

《接続成功しました。ダミーの映像を流します》

 

 よし。これで監視カメラの前に出てもバレることはない。電子機器によるセキュリティも突破できる。

 

「渚たち、そのまま真っすぐ進んでくれ」

 

 磯貝の指示に従って、彼らは進む。道中、警備の目もあったが、その後ろを風のように抜け、まったく気づかせなかった。

 夜の闇に紛れて、ぬるりと動く影を誰も捉えられない。

 渚とカルマはあっという間にロケットの足元まで到着した。

 

「國枝、殺せんせーは見えるか?」

「……焦った顔で、マッハでロケットの点検してる」

 

 俺は苦笑した。

 宇宙開発の進歩により技術が向上してるとはいえ、ロケットが落ちる可能性も0じゃない。必死になるのはわかる。

 だがあの崩れそうな顔を見てると、なんだか力が抜けるような、馬鹿馬鹿しく感じるような、そんな気持ちになる。

 

《國枝、周りはどう?》

「誰もいない。今なら乗り込めるぞ」

 

 ロケットは飛ぶ直前。整備はとっくに終わり、人員も退避していた。

 二人は殺せんせーに連れられ、操縦席に乗り込む。ここからはもう二人の姿は見えない。

 

「……」

 

 俺が乗ってるわけでもないのに、緊張してきた。

 もう撤退しなきゃいけないのに、足が竦む。

 

「心配か?」

「そりゃまあ、な」

「まったく。納得して、覚悟しただろ」

「そう、だな。もう信じるしかないんだもんな」

 

 行くなと言って止められるわけでもない。本当に止められると思っているなら、こんなバカげたことなんてせずに別の方法を示していた。

 日本の技術は素晴らしいものだ。だが、残念ながら失敗してロケットが空中爆発するおそれもある。

 それでも俺が賛成したのは、殺せんせーを救う最善最短の道はこれしかないことを理解していたから。そして、E組の覚悟を前にして、ごちゃごちゃ言うのが無駄だってわかっていたから。

 

 耳からカウントダウンが聞こえる。

 もうすでにロケットの中の二人以外は退避し、敷地の外へ出ている。俺たちも慌てて元来た道を戻る。

 

 柵を越えて、みんなのいるところへ着地した瞬間、後ろでゴゴゴゴゴと音が鳴り、振動が地面と空気を震わせた。

 振り向くと、まさに今ロケットが飛び立とうとしている時だった。

 

「おお~」

 

 感嘆の声が思わず漏れる。

 極大の火を噴いて、二人の命を乗せた金属の塊が上昇していく。轟音を轟かせて、ロケットはみるみるうちにスピードを上げていった。

 地球の重力を振り切り、空気との摩擦熱も耐え、殺せんせーの全力よりも速く、空の彼方へ消えていく。

 気がつけば、星と同じような空に浮かぶ点にしか見えないくらい遠くへ離れていっていた。

 

 息も忘れるほどのド迫力な光景。

 俺たちは見惚れて、しばらく動けずにいた。

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