貌なし【完結】   作:ジマリス

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87 掴み取った結果とE組の答え

 渚とカルマが宇宙へ飛び立って、三日後。

 俺たちはグラウンドでドキドキハラハラしながら空を見上げていた。

 

 ロケットは無事、宇宙ステーションに到着したようだが、中で何が起こったのかまではおおよそしか把握できていない。

 律を通じて、なんとか滞在クルーとの交渉に成功したところまでは聞いているが……心配せずにはいられない。

 

 だって、宇宙、完全に未知の世界だもの。

 俺たちが知ったように思っているそれは、授業で受けたことや映画でのイメージが強い。

 だけど、もちろん実際にはそれらのイメージとは異なるはずだ。

 そんな想像もつかない世界へは、俺の手はもちろん、殺せんせーの手も届かない。

 そわそわせずにはいられなかった。

 

 計画では今日、データと二人を乗せたポッドが落ちてくるはず。落下地点は裏山のプールに設定してある。

 

「来たぞ!」

 

 俺は空を指差した。

 遥か彼方、空に浮かぶ点くらいの何かが見えてきた。

 間違いない、お目当てのポッドだ。パラシュートが開く。絡まっていたが、すぐさま張り付きに行った殺せんせーが解き、無事速度を落としていく。

 微妙な着地点のずれは、これまた殺せんせーがツッパリをすることで調整。

 ふわりふわりと落ちてくるそれが、だんだんと、確実にこちらに向かってきている。

 

 それに合わせて、俺たちも着地予定地点へダッシュ。

 プールの傍まで来た時には、もう少しで手が届きそうなくらい、ポッドが近くにいた。

 その行く末を固唾をのんで見守る。

 律の計算と殺せんせーの助力が合って、それはゆっくりと目的地に到達した。

 ばしゃりと予想以上の水しぶきがあがる。雨のように降り注ぐそれに打たれながら、俺たちはなんとか着地したポッドに目を向けた。

 大気圏突入にも耐えられるくらいとても頑丈に作られているため、着水程度では傷はない。

 問題は、中のものだ。

 

 俺は急いで近づき、金属の扉をがんがんと叩く。

 

「大丈夫か!?」

 

 律の制御でロックが外された。厚さ数十センチの扉を、渾身の力で開ける。

 

「そんな大声出さなくっても無事だって」

 

 カルマがぬっと出てくる。

 当然のことだが、このポッドも有人帰還船だ。これでもかというくらい、安全に作られている。

 こうやって、彼があっさりと出てこられるほど隙間なく設計されているのだ。

 

「うわっとと……」

 

 渚は、無重力にいたせいと着水の衝撃で上手く身体を動かせず、出れないみたいだ。

 本来ならそれが普通。カルマが異常なのだ。

 俺は中に手を伸ばし、よろめいた渚の手を取り、支える。肩を持って引っ張り、外へ出してやる。

 

「おかえり」

 

 渚は、あはは、と照れ臭そうに微笑んだ。

 

「ただいま」

 

 

 宇宙から無事に帰ってきました、で終わりではない。

 持ち帰ったデータをもとに、殺せんせーを生かすことがゴールだ。

 

 膨大なデータを律に読み込ませて、表示させる。

 行ってきたデータの内容が全て記されているので、その文量は膨大。そのうえ専門用語も割合が多い。いくつか化学式も書かれていた。

 

「奥田」

 

 杉野が奥田を呼ぶ。

 うん、これを理解して、俺たちに伝えられるのは彼女くらいなものだろう。

 

 この一年間で国語の急成長を見せた奥田は、一度文章を読み、要約してくれた、

 その内容は次の通り。

 

 様々なタイプの反物質生物を作り出し、それをカプセルに入れて宇宙空間に放る。そして細胞暴走から爆発までのサイクルを確認する実験を行っていた。

 その結果分かったことは、『生物のサイズと爆発のリスクは反比例する』ということだった。

 つまり大きい生き物は爆発しにくく、小さいのは爆発しやすい。

 さらに、反物質生物から細胞を分けて他の生物に移した場合にもリスクは上がることが判明。

 研究所が爆破したのは、なるべくしてなったということだ。

 

 逆に、オリジナルで作られて、なおかつ人間というそれなりに大きな素体である殺せんせーは、危険性が少ないということだ。

 それに……

 

「さらに、以下の化学式で示す薬品を投与し、定期的に全身の珪素化合物の流動を促す……わかりやすく言うと『凝りをほぐす』ことで、さらに飛躍的に暴走リスクが下がると判明。以上の条件を満たすとき、爆発の可能性は……高くとも一%以下」

 

 ごくり、と喉が鳴った。

 一%以下……いつか爆発するかもと危惧していたが、その確率は思っていたよりも格段に低い。賭けならオールインするレベルだ。

 

「この薬品っての作れるのかよ」

「割と簡単です。というか……私、これとほとんど似たようなのを作ったことが……」

「……あるのか?」

「ああ、三年最初のほうに、殺せんせーが奥田を騙して作らせたんだ。毒を盛るにも、騙す国語力が必要だって言ってな」

 

 作ったことのある薬なら、また作ることも出来る。奥田曰く、材料を手に入れるのもそう難しくはないようだ。

 『定期的に凝りをほぐす』という条件はクリア。

 

「ってことは……」

「危険がほぼないってこと。つまり……」

「殺せんせーを殺す必要がないってことだ!」

「よっしゃあああ!!」

 

 教室が揺れるほど、みんなが歓喜の声を上げる。涙を流す者もいた。寺坂でさえ、高くガッツポーズをしてみせる。

 

 今までは殺せんせーが地球を破壊するって言っていた。

 それが実は、触手細胞による爆発を指していて……しかもその危険性が1%未満。ならもう政府の意向に従って殺しに行く必要はないということだ。

 

 とはいえ、だ。

 

 頭が良くなることも、身体を動かすことも、理不尽に対してどう立ち向かうかも、すべて暗殺を通して培ってきた能力だ。

 殺せんせーが本気で殺される覚悟があり、E組がそれに応えたからこそ勝利を手にすることが出来た。

 今さら手を抜くことはしない。

 

 卒業まで、暗殺は続ける。

 

 それがE組の出した結論だ。

 無論、自分で手を下さないという俺のスタンスも変わらない。

 教室の様子は変化せず、ただし確実に前に進めることはできた。

 暗殺が達成できなかったとしても、みんなの心が折れることはない。

 第二の刃と濃い一年間の経験、そしてこの先の未来……人生の目標を持つことが出来たからだ。

 

 やたらと笑顔で銃を撃ってくる生徒たちを避ける殺せんせー。

 喜びの表現が暗殺って……まあこの教室らしいか。

 

「嬉しそうだな、殺せんせー」

 

 放課後、暗殺計画を練る生徒たちから離れ、校舎の外で話し合う俺たち。

 彼が美味しそうに湯呑で飲んでいるものは、例の薬品だ。

 

「ええ、とても嬉しいですよ」

「生きられるってことがか?」

「それももちろんありますが……私のためにみなさんが努力してくれて、私のためにみなさんが喜んでくれるのが、とても嬉しいです」

 

 生徒が力の限りを尽くして、教師の命を救うために動いた。教師冥利に尽きるだろう。

 

「とはいっても、どこに行っても狙われるだろうけどな。いつかは殺されるんじゃないか?」

「ヌルフフフ。殺せるものなら、ですけどねえ」

 

 水に追い込む、エロで釣る、いやそもそも暗殺者を使うこと自体、E組に所属しているからこそ使える方法だ。

 殺せんせーがここを離れれば、どこにでも現れる神出鬼没の生物になる。

 そうなれば対処はほぼ不可能になる。

 

 殺せるものなら、ね。確かに。

 

「私を殺せても殺せなくても、君たちは泣いて、そして笑うのでしょうねえ」

 

 ……なんだか想像しづらい。

 殺せんせーが死ぬこと自体がまず想像できないし、卒業でお別れってなるのも実感が湧かない。

 たった一年間だけれど、ずっと一緒にいたせいで当たり前の存在になってきている。普通なら、一目見ただけで腰を抜かすような見た目なのにな。

 

 でも必ずやってくる。

 俺たちがそれぞれの道を歩きはじめる日は、絶対に訪れてくるのだ。

 

卒業(そのとき)はもうすぐです。やり残したことのないよう、過ごしてください」

 

 殺せんせーが俺の頭に手を置く。

 ほんの少しだけ、俺は寂しさを覚えた。


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