貌なし【完結】   作:ジマリス

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88 同じ時を

 拝殿の鈴を鳴らし、手を叩いて、念を込める。

 誰もいない境内では、たった二人の拍手でもよく響いた。

 

「ようやく初詣ができたね」

「もう二月だってのに、『初詣』は正しいのか?」

「まあまあ、細かいことは言いっこなし」

 

 くすくすと笑いながら、不破は手を擦り合わせた。かじかんだ手は赤く、息は白い。

 

「こうやって二人で出掛けるのはクリスマス以来だな」

「うん。あの時は殺せんせーの正体がわかったり、これから私たちがどうしていったらいいかとかで悩んでたね。年末年始って普通なら盛りだくさんのはずのイベントなのに、いろいろ逃しちゃった」

「俺たちが置かれている状況は普通じゃないからな。でもこうやって来れたからよしとしよう」

「みんなも来れたらよかったんだけど……」

「全員予定があるとはな。受験生だし、そりゃ忙しいのはわかるが……」

 

 誰に聞いても即答だったのが気になる。みんな、それほど外せない用事があるのだろうか、

 それはまあ考えてもしょうがないことだから、目の前の不破のことを……

 

「不破、今日は調子悪いのか?」

「へ? な、なんで?」

「いつもと違う。なんていうか、そわそわしてる感じ」

 

 寒いからというには顔が赤いし、落ち着かないようなそぶりを見せている。

 風邪とかだろうか。

 

「あ、あはは、やっぱり國枝くんにはお見通しかぁ」

「ちょっと休むか?」

 

 どこか屋内で温まろうかと、連れ出すために手を掴む。

 

「あ、えっと、大丈夫。なんか他に誰もいないっていうのが珍しいねって思って」

 

 しどろもどろになって、手をぶんぶん振りながら否定する不破。

 

「何するにしろ、全員で取り組んでたからな」

「ん、でも、今は二人きりで嬉しいかも」

「ん゛っ!」

「ど、どうしたの、國枝くん。胸なんか叩いて!?」

「いや、なんでもない。心臓が止まりかけただけだ」

「いきなりなんで!?」

 

 不破はビッチ先生の特別授業をそれほど受けてはいないはずだが、となるとナチュラルボーン男殺しなのか?

 それとも……それほどまでに、俺は彼女に惹かれているのだろうか。

 みんなに助けられて、特に不破は俺の精神の拠り所になっている。

 心配してくれて、ずっと俺を見てくれた彼女に好意を抱くのは不思議ではなかろう。

 

「と、とにかく、調子が悪いわけじゃないんだな?」

「うん、体調管理も立派な仕事だって烏間先生も言ってたからね。あ、でも……」

 

 不破は視線を落とす。

 

「これはこのままがいいな」

 

 その先は、先ほどから彼女の手を掴んでいる俺の指。

 しまった。心配するあまりずっと握りしめてしまっていた。

 ……けれど、このままでいいというなら、そうさせてもらおう。不破も握り返してくれていることだし。

 

「それにしても、この一年いろいろあったなあ」

「殺せんせーが急に来て、暗殺をしろって言われたのが始まりだったな」

「うん。修学旅行とか夏合宿とか、殺せんせーのせいで大変だったこともあるけど……でも、殺せんせーのおかげで楽しかった」

「ああ。あの人がいなかったら、どうなってたか……考えたくもないな」

「少なくとも、私たちがこんな近くにいることはなかったよね」

「……そうだな」

 

 E組への差別は変わらないまま、俺たちは底辺のままだっただろう。

 俺なんか警察に捕まってたか、死んでいたかもしれない。誰とも分かり合えなくて、独りだったであろうことは間違いない。

 

 これまでの事件は最悪なものばかりだったけれど、自分の弱さと気持ちを自覚できるようになるには必要だったのだ。

 

 だけど、そこで終わりじゃない。

 自分の気持ちに気づいて、ようやくそこがスタートなのだ。それを伝えるには、まだ勇気がないけれど。

 

「受験が終わっても、まだ終わりじゃないんだよな」

「うん……」

 

 卒業までに暗殺は続ける。つまりあと一か月ちょっとは全力で殺せんせーと向き合うことを決めたのだ。

 悩んでぶつかって得られた答えだ。その先の結果が納得できるものにできるかどうかも、また俺たち次第。

 これまでと同じように、全力で立ち向かっていくしかない。

 俺は殺さないという立場を貫き続けるつもりでいるが。

 

 そういえば、とメインの用件を思い出した。

 鞄からごそごそと目当てのものを取り出して、目の前に掲げる。

 

「不破」

 

 軽くラッピングされた小さな黒い箱。それを不破に差し出すと、彼女は首を傾げた。

 

「な、なに? なんで?」

「今日は二月九日。不破の誕生日だろ」

 

 あ、と不破は呟く。

 自分のことだから忘れてはいないだろうが、俺から何か貰えるとは思わなかったのだろう。

 

「知ってたんだ」

「漫画の……なんかのキャラの誕生日と同じって、いつか言ってただろ。そのキャラは忘れたけど、お前の誕生日は覚えてる」

 

 だからわざわざこの日を選んだわけだし。

 寒さのせいか、頬を赤くする不破は大事そうに箱を抱える。じっとそれを見て、感嘆の息を漏らした。

 

「開けていい?」

 

 俺が頷くと、彼女は割れ物を扱うかのように慎重にリボンを外し、箱を開ける。

 

「わぁっ」

「いろいろ考えたんだけど、情けないことにいいのが思い浮かばなくて……」

 

 腕時計。

 ビッチ先生に話を聞いて参考にして、似合うものを時間をかけて探した。

 小さな丸い時計盤に、濃い茶色の革ベルト。

 ごてごてした装飾はなく、シンプルながらも大人っぽく仕上げられた逸品。

 

 身に着けるものだから、センスが合わなかったり、そもそも腕時計したくない人間だったらどうしようとか不安になる。

 これが父親だったら、ネクタイとかで済ませられるのに。

 

 太陽の光を反射させるそれを、不破は見つめる。

 

「い、嫌だったら他のも用意するけど」

「……嬉しい」

 

 にこりと笑って、箱から時計を取り出す。手に取って、はにかんだ表情でうっとりとしてみせた。

 

「こういう輪の形のプレゼントって、『相手のことを独占したい』って意味があるの知ってる?」

「うっ!? いや知らなかった。すまん。やっぱり違うのを……」

「ううん、いいんだ、これで。これがいい」

 

 嬉しそうな表情はそのままに、彼女はそれを手に取って、自分の細腕に通して……

 

「時計だとね、別の意味もあるの」

 

 金具をぱちりと留めた。

 

「『あなたと同じ時を刻みたい』」

 

 俺はそんな意味があるなんて知らなかった。

 ただ、ビッチ先生に頼んで、良い店を教えてもらって、不破に似合うものを選んだつもりなだけなのに。

 

 ロマンチックなコピーで客を釣るために、どこかの企業とか昔の有名人が言い出したことなのかもしれない。

 不破はそれを知っていた。

 知っていて、受け取ってくれた。

 知っていて、着けてくれた。

 

 その意味するところは、俺もしっかりわかっているつもりだ。

 

 心臓が高鳴る。不破のことが、今までよりもものすごく愛おしく思えてきて、もう我慢ができない。

 

 俺はそっと、彼女の肩に触れる。すすすと首に手を這わせ、頬に手のひらを当てる。

 嫌がる素振りもせず、むしろ不破は頬を擦り付けてきた。外気のせいで冷たいけれど、柔らかくて、一生触っていたいと思えた。

 

 うるんだ目が俺を見上げる。

 綺麗な目に吸い込まれて、自然と顔が近づく。不破もゆっくりと俺との距離を縮めてきた。

 あともう少しで二人の影が重なる……

 

 と思った瞬間、ピリリリと音が鳴った。

 

「わあっ!?」

 

 不破はびっくりして飛び上がる。

 上着のポケットから、音の出どころであるスマートフォンを取り出すと、慌てて耳を当てた。

 

「あ、うん。もう帰るよ。電話しなくてもわかってるってば」

 

 頬を赤く染めて、彼女は電話相手に怒る。相手は家族の誰かだろう。

 ケーキやプレゼントを買いに行ったりする予定があることはすでに聞いていた。もうでかけようという催促の電話に違いない。

 

 すぐに電話を切ると、不破は手を合わせてぺこりを頭を下げた。

 

「ご、ごめんね。家でお母さんたちが待ってるみたいで……」

「いや、いいんだ。そっちのほうが大切だろ。早く帰ってやってくれ」

「う、うん!」

 

 たたたっと走り去る不破を見送る。

 まだ寒いはずなのに、身体の内側はじんわりと温かくなっている。

 

 心臓の鼓動がうるさく、しかし心地よく鳴っていた。

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