中間テストも終わり、その悪い結果に腐る……なんてことはなく、E組はしばらくまた勉強と暗殺の日々を送る。
などと思っていたのだが。
「國枝、修学旅行一緒に回ろうよ」
「あ?」
不意に横から話しかけられて、気の抜けた返事が出る。
カルマが言っているのは、一週間後に迫っている京都への修学旅行のことだ。
日本の歴史と文化を学ぶための旅行……と銘打ってはいるが、学生の修学旅行なんて観光となんら変わりはない。中間テストの息抜きというのが生徒たちにとっての大きな目的だ。
日中はほとんど自由行動。いくつかの班に分かれての観光となるが、決められたメンバーで行くのではなく、各々が誘い合って班員を決めている。
ここらへんは、生徒の自主性を重んじているようだ。
E組という制度にさえ目を瞑れば、椚ヶ丘中学の教育方針は素晴らしいと思える。
まあその制度が全部ひっくるめてマイナス評価にしてしまうほどなんだけど。
カルマのいる班は、渚、杉野、
クラスのみんな、『貌なし』のことは関係ないと思って頭の外だが、彼だけは俺を気にしていた。ビッチ先生の計画が謎の存在によって邪魔されてからは特に。
疑われているのは感じていた。
そもそもカルマは疑っていることを隠そうともしていない。他の奴に言いふらしたりはしていないが、俺と二人でいるときには『貌なし』か俺の話題ばかりだし、俺がボロを出すのを待っている目つきをしている。
どこをどう考えて、俺が『貌なし』だと感づいたのかはわからん。だが下手な推測に振り回されるような奴じゃない。
だから、この修学旅行は疑問を叩きつけるのにはうってつけだと考えたのだろう。しかし俺はすでに対策をしていた。
「悪いが、竹林と同じ班でな」
友人として竹林を誘い、そしてカルマを毛嫌いする
そうすればカルマと同じ班になることはない。彼と同じ空間にいる時間は大幅に削られる。
俺にさほど興味のない寺坂たちと一緒になれたのは幸いだ。ちょっとおかしな行動をしても、咎められることはないだろう。
つまらなそうな顔をして去るカルマに、俺は安堵する。
無理やり絡まれなくて助かった。探られて、それを避けるのはなかなか苦労する。特に、相手があいつだと。
京都の地図を広げる者。わいわいと自由行動時のルートを決める者。教室は活気づいていた。
テストが終わった解放感もあるのだろう。行きの新幹線を除いて、他の組と出くわすこともないだろうし。
さて、もう一つ幸運なこと。
それは、俺たちの班が暗殺に対してやる気がないことである。
この旅行はもちろんただの旅行ではなく、暗殺も兼ねている。それぞれ隙を伺い、特定のポイントに殺せんせーをおびき出して、プロのスナイパーが狙撃するという手はず。
烏間先生の口から通して伝えられた政府の作戦に、俺たちは……
「てきとーに回って終わりでいいんじゃね」
「そうそう。暗殺とかやってられっかよ」
「せっかくの修学旅行だってのにな」
寺坂
「うーん、こことここは要チェック。あ、ここのも美味しそう」
「楽しそうね」
比較的寺坂組と仲が良い
普段から暗い
「観光か……僕にとっては聖地巡礼だね」
「俺はついていくだけ。行先は任せるよ」
そして残りは流れに任せる竹林と、殺す気のない俺。
この班にいれば、必要のないことに頭を悩ませることもない。少なくとも、この班に対する危険と、『貌なし』の正体をいかに隠すかは頭から除外していいだろう。
殺せんせーが用意した、辞書三冊分くらいの厚さの特大しおりを適当にめくる。
観光地なり有名店なりもしっかり載ってあるが、不良に絡まれた時の対処法とか告白して振られた時の立ち直り方とか、いらんこと書きすぎだろ。半分以上は旅行に関係ないんじゃないか?
こんなでかい物、誰も持っていかないだろう。けど観光地やルートは写し書きしておこうかな。
もし、万が一何かがあった時、地図がなければ動きようもない。幸いにして、人目のつかないところや危ないところなどをまとめてくれているし。
「もー、寺坂くんたち、ちゃんと手伝ってよ。じゃないと、スイーツ巡りの観光になっちゃうよ」
原が優しく怒る。俺はそれでもいいけど。
「行きたいところとかないの?」
「バイク屋」
「本屋」
吉田……狭間……趣味全開じゃないっすか。
なんて思いつつ、俺もあまり詳しくないから提案は出来ない。
日本有数の観光地とはいえ、わざわざ京都に行ってまで見に行くもの……ねえ。
「清水寺……かな」
「いいねいいね!」
くいっと眼鏡のフレームを上げ、竹林が答える。
アニメで京都に観光に行く話といえば、高い頻度で清水寺が出る。そうでなくとも、一度は行ってみたいところだろう。
そんな思惑を、原は知らないだろうけど。
原をリーダーに、次々と案が出ては採用されていく。
このままなら、俺の意見は出さなくてもいいだろう。無いし。
あとは……
ほぼ決まりかけている自由行動について、後は任せて立ち上がる。
教壇に近づき、みんなの様子を見張っている烏間先生に、小さく声をかけた。
「烏間先生、ちょっといいですか」
「どうした、國枝くん」
「修学旅行のことでちょっと聞きたいことが」
目で殺せんせーを示す。
烏間先生はそれで暗殺のことだと察し、俺を教室の外へ連れ出した。
小声で話していても、旅行の準備で目を輝かせている殺せんせーには聞こえないだろうが、念のため。
「今回の修学旅行、スナイパーが狙撃するのを俺たちが誘導する作戦のことですが」
「それがどうかしたか?」
「本当に、俺たちに危険はないんですね?」
俺が危惧するのはその一点。
E組は殺せんせーとともに京都を回るが、その途中で彼の気を逸らし、プロに狙撃させる。においに敏感な彼の察知できない遠くから。
おそらくBB弾などよりはるかに強力な弾を使うはずだ。誰かに当たれば怪我で済まない程度のものを。
顔も知らない誰かを信用する気にはなれない。手元が数ミリずれれば、対象に届くころには数センチ、数十センチずれることだろう。近くにいるE組の誰かの身体が貫かれる危険だってある。
「それについては安心してほしい。一流の狙撃手を用意してある。万が一、怪我すればすぐに駆けつけられるよう手配もしてある」
俺は黙り込む。
烏間先生がここまで言うのだ。中学生が危険性を問うたところで決行されるのは変わらない。
そもそも変える気はないのだろう。烏間先生の上の立場から見ても、この旅行は絶好の機会。逃したくはないはずだ。
「信じていいんですか?」
「俺たちは君たちE組の安全に常に気を配っている。任せてくれ」
「……わかりました」
いまいち納得できないまま、俺は頷く。
全面的に頼れるわけじゃないが、今はとにかく烏間先生のことを信じるしかない。
彼のことは信用ならないわけではないが……鵜呑みにしてしまって安心していいというわけでもない。
できることなら、使うことがありませんように。
そう願って、俺は迷彩服とマスクを用意することに決めた。