「メリークリスマース!」
教室の中で、大量のクラッカーが鳴る。
サンタ服を着た……いや、着させられたみんなが、机の上に並べられたチキンやケーキを取り、歓談しながら食べていく。
「最高の聖夜ですねえ。二月といえばやっぱりクリスマス!」
中心である殺せんせーがそんな奇妙なことを言う。
「おっと、良い子はもう寝る時間です。先生も別室で寝るので早く布団に入りなさい」
いやいや、と言う暇も与えられず、いつの間にか並べられた布団に寝かされる。
……と思ったら、その一秒後には、
「明けましておーめでとー! 新年が始まりました! 気持ちを新たに、勉強に暗殺に邁進していきましょう!」
パンパンと手を叩いて全員を起き上がらせようとしてくる。さあさあほらほらと無理やり起こされ、机に向かわされ、教科書や参考書だけでなくナイフや銃を目の前に置かれる。
全員が着席か、あるいは床に正座したところで、殺せんせーはさっきまでの元気が嘘のように、ごろんと布団に転がった。
「さて……あとは寝正月です」
「なんなんだよ、この流れは!」
なんとなくノっていた面子も、これには流石に突っ込まざるを得なかった。
なんで俺までこんな茶番を見せられなきゃならないんだ
「ヌルフフフ。お祝いの場でもありますからねえ。それに先生、ここ最近は仲間はずれにされていましたから」
全員が第一志望通りに、とはいかなかったが、おおむね満足できるところから合格を貰っていた。
勉強という重荷が解けて、さあ暗殺だと意気込んだはいいが、当の殺せんせーはここ最近のことを嘆いているようだった。
年末からシリアスな事件が続いたせいで、俺たちと遊べなかったことがよほど悔しいらしい。
十二月あたりから、心休まる日が少なかったからな。
茅野が触手を使ったことから、殺せんせーの正体、これからどうするかを悩みに悩んだ年末年始に、殺す派と助ける派に分かれてのサバゲー、そして宇宙ステーションハイジャック。
まあよくもこれだけのことを乗り越えられたな、と自分でも驚きだ。
その期間の暗かった気分を吹き飛ばすように、みんなわーきゃーと暴れている。
そんな光景を眺める俺の袖を、優月がくいくいと引っ張った。
彼女が着ている着物は本人を艶やかに引き立て、それでいて華美すぎず、この賑やかな場によく合う。
殺せんせーが年始の雰囲気を味わいたくて用意したものだ。
「どうかな。初詣の時には着られなかったし、せっかくだから着てみたんだけど」
魅せるようにしてその場で一回転、袖で口を隠しながら上目遣いをしてくる優月。
至近距離からそんな爆弾級のものを見せられて、俺は飛び出そうな心臓を抑える。
「って、どうしたの、響くん!?」
「危ない……もうちょっとで持ってかれるところだった……」
「なにが!?」
前も似たようなことがあったな……こういう不意打ちをしてくるあたり立派な暗殺者だ。
「えっと、で、どうかな?」
「似合ってる。綺麗だよ、優月」
「え、えっと……あ、ありがとう……」
ストレートに返されると恥ずかしいのか、顔を赤くしてはにかむ優月。
控えめに言って最高。この機会を与えてくれた殺せんせーに感謝。
このやり取りを見ていて、寺坂がにやにやとしている。
「あの國枝がこんなこと言うバカップルになるなんてな。人殴ってたころが懐かしいぜ」
「人殴ってたとは酷い言いようだな。覚悟はいいか?」
「殴ってたのは事実だろ! バカップルの方に怒れ!」
というようなわちゃわちゃした空気のまま、殺せんせーがおかしなことをしたり、それにみんなが乗ったり、結局は銃の乱射があったり……とにかく、いつもとそう変わらない。
一年間で、この異様な光景は俺たちの日常となった。そのせいか、どたばたと大騒ぎしているのを眺めているほうが落ち着く。
「さてさて、では次の行事に移りましょう」
ひとしきり暴れた後、殺せんせーはそう言った。
「行事? 学校のイベントはもうないだろ?」
「いえいえ、これが残っています!」
机の上に、大量の紙のようなものが置かれる。正面の顔が見えないほどうずたかく積まれたそれは……
「写真?」
そう、これでもかというくらい集められた写真である。
適当に何枚か手に取ってみる。校舎を背に、三村が情熱的なエアギターをしたり、全裸ネクタイという変態紳士な格好の岡島がいたり。
お前ら夜の校舎でなにやってんだよ。
というかどんだけプライベートの写真撮ってんだよ、殺せんせー。
「あ、俺たちのデート写真もあるぞ、優月」
「ええ!? ちょっと殺せんせー、デリカシーなさすぎるよ!」
優月は顔を真っ赤にして抗議。俺はこっそり写真を懐に入れる。
盗撮なことを除けば、いい表情の画だ。もっとないかな。と写真の山を漁っていると……
「いちゃついてんじゃねー、このリア充が!」
岡島が血の涙を流して俺たちを指差す。
「あのなあ、岡島。俺たちはいろいろと積み重ねて、ちゃんと告白して、想いを伝えてこうなったんだ。だから俺たちはここでいちゃいちゃし続けるから、お前らがどけ。帰れ」
「無茶苦茶すぎんだろ!」
流石に見せつけすぎたか。ワーキャー叫ぶ岡島を宥めつつ……
「國枝くんってなんか吹っ切れたよね……」
「変な方向にね」
「寺坂の馬鹿が
「ま、いいんじゃない。あいつだって俺らと同じ中学生なんだしさ」
そんな言葉も聞こえてきたりしたが、恥ずかしいので聞かなかったフリをする。
「で、いろいろ撮ってたみたいだが、こんな大量の写真、急に見せてきてどうしたんだ?」
「ヌルフフフ。良い質問ですねえ。この写真を使って、E組だけの卒業アルバムを作りましょう」
修学旅行、夏休み、テスト勉強、学園祭……あらゆるイベントで、合間合間に写真を撮っていたらしい。
平等に、それぞれが活躍している場面がしっかりと収められていて、どれも捨てがたい……いや、恥ずかしい写真は各々破り捨てていっているけど。
「ああしかし撮り溜めた量じゃ全然足りない! 目標は一万ページの卒業アルバムを作ることなのに!」
一万て。俺の身長よりでかくなりそう。
「外に出なさい! 衣装を変えて写真の幅を増やしましょう!」
そう言って、殺せんせーは触手で何人かを連れては颯爽と窓から出ていく。
季節ものの服だったり、劇でやった衣装だったり、はたまた新しいコスプレだったり……
持ち前の速さで衣服を繕う殺せんせーに呆れている烏間先生とともに遠目で眺める。
「國枝くんは行かないのか?」
「まともな衣装があれば。あれじゃただのコスプレ大会ですから」
「そう言わずに、君も楽しんできたらいい。奴もそれを望んでるだろう」
ほう。まさか烏間先生がそんなことを口にするとは思わなかった。
「へえ。どういう心境の変化ですか?」
「どうせ個人やちょっとしたチームレベルじゃ奴は殺せん。足掻くだけ体力の無駄だ」
とか言いつつ、本当は好きにさせたいだけのくせに。
もう殺せんせーと俺たちが、教師と生徒の関係でいられるのも一か月を切っている。
その間に成長の機会を与えられたのは、彼も同じだ。
なんて、一歩引いて眺めているのを発見され、中村に引っ張られた。
「ほらほら國枝も! せっかく良い衣装があるんだからさ!」
「じゃあ殺せんせー、お願いしま~す」
「お任せください!」
音速で、殺せんせーの触手が俺を包む。ぐるぐると身体を回転させられたかと思うと、一瞬のちには着替えさせられていた。
黒の紋付き袴を纏わされ、扇子も持たされる。
「なんだこれ」
「これだけじゃありませんよ!」
満面の笑みの女子たちが誰かを連れてくる。
俺と同じように引っ張られてきたのは、優月だった。もちろん彼女も普通の服装ではない。
「……!」
声が出なかった。
あろうことか、白無垢姿。
色がないというのは、これほどまでに美しいものなのか。
華美になりすぎないように刺繍も施されているが、それが彼女の雰囲気を一変させている。
優雅な、というのは優月と離れた印象であったが、目の前の女性は深窓の令嬢がごとく、たおやかで繊細。触れてしまうと壊れてしまいそうな儚ささえ見える。
朱に染まった頬が、真っ白の中に彩のアクセントとして浮かんでいた。
なんというか、本当に言葉が出ない。
振袖とはまた違う美麗さが、目に突き刺さってくる。
こんなのまるで……
横の烏間先生も、いつの間にかタキシード姿になり、ウェディングドレス姿のビッチ先生をお姫様だっこする形にさせられている。
「國枝くんも烏間先生も、ビッチ先生も例外ではありませんよ。みんなに合わせてコスプレしなきゃ」
「予行演習としてはちょうどいいんじゃな~い」
「ひゅーひゅー!」
気が早い。ここぞとばかりに囃し立ててくんな。
「俺はいいが、優月が爆発しそうなくらい赤くなってるぞ」
「う……」
白無垢だから、照れている優月の顔が余計に印象強い。
恥ずかしがって俺の後ろに隠れることの、なんと愛しきことか。
「カラスマ、初夜まったなし」
「やかましい!」
うーん、ツッコミが少ない。
△
「さて、これで学校内での写真は十分でしょう」
ほっこりとした顔の殺せんせー。いったい何万枚撮ったんだか。
あれもこれもと着替えさせられ、ポーズも取り、様々なシチュエーションをさせられて、さすがに体力もなくなってきた。
「あー終わった終わった」
「もういいでしょ、殺せんせー」
にやにやしながら写真を見る殺せんせーに、口を揃えて文句を言う。
今日はもうこれで終わりでいいや、と思った瞬間、身体が触手に絡めとられた。
どこからか現れた超巨大なバッグに、一人ずつすぽすぽと入れられる。
深さ百五十センチくらいのそれ一つに、生徒の半分がすっぽり入る。それが二つ。呆気に取られたせいで、抵抗もできずに投入されてしまった。
はっと気づいた寺坂が口を開く。
「ちょっと待て! 十分ならなんで俺らバッグに詰められてんだ!」
「この校舎の中だけではとても足りない。世界中で皆さんと写真を撮るのです」
は?
全員が固まる。
「今から世界回るとか冗談だろ!?」
「皆さん全員をゼロから持ち上げる力はありませんが、こうやってたっぷり反動をつければぁ~……」
「聞いてない!」
殺せんせーは巨大鞄の持ち手に触手を引っかけ、身体をどんどんと後ろに下がらせる。
パチンコの要領だ。触手が元に戻ろうとする力を利用して、その勢いで空へと飛ぶつもりなのである。
反論しようとしたときには、すでに身体は宙に浮き、風が頬を叩いていた。
マッハで飛んでると気づいたのは五秒後。もう手遅れだと気づいたのはさらに五秒後だった。
そこからは凄まじいスピードで景色が過ぎ去っていった。
世界中の観光地に降り立っては写真を撮り、また移動。一か所の滞在時間は三分もなかったと思う。
とんでもない移動方法に心身共にくったくたになっていくが、まあ、楽しかった。
みんなで一緒にどこかへ行くのも、同じフレームに写るのも、殺せんせーのわがままに付き合うのも……なんて楽しいんだろうか。
いつまでもこんな時間が続けばいいのに、と思ってしまう。
だけど、いつか終わりは来る。だったら、その最後の日に悔やまないように、今をめいっぱい楽しもう。