貌なし【完結】   作:ジマリス

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92 終焉は音もなく希望を摘み取る

 状況が一変したと気づいたのは、律に起こされてからだった。

 ニュースを観るように言われ、寝間着のままリビングのテレビの電源を点ける。すると、とんでもないことが報道されていた。

 

 校舎の周りに、半透明の光のドームが出来上がっている。

 

 カメラに映し出されたそれは、SF映画に出てくるようなバリアのような見た目をしている。

 淡く白く光っていて、校舎とその周辺百メートルほどを覆っている。

 

 何が起きているかわからず、俺はテレビに釘付けになった。

 

 そして、政府からの緊急発表。

 

『あの光のドームは、暗殺兵器の一つであり、その標的は月を破壊した凶悪犯である。その怪物は地球を滅ぼす気である。さらにこの怪物は、政府を脅し、椚ヶ丘中学三年E組の生徒を人質にして、教師として学校に潜伏していた』

 

 そう告げる総理大臣を見て、俺はようやく状況を理解した。殺せんせー暗殺、最大にして最後の計画が始動したのだと。

 なんてこった、と頭を抱える。

 

 親がもう仕事に行っていて助かった。きっと質問責めに遭っていただろうから。こんな状態じゃ、まともな受け答えが出来ない。

 

 ぐるぐると回る頭と動悸を抑え、テレビを睨む。

 報道番組は、殺せんせーがいかに悪いかを並べ立てていた。

 知能を持つ生物を殺すことや、倫理に反する行為を吹き飛ばすための、そしてある程度の滅茶苦茶を通すための印象操作だ。

 真実が混じってるのがいやらしい。一部だけでも本当のことが含まれていれば、何も知らない民衆は

 

 これで賞賛と同情を誘うつもりなのだろう。

 だけど殺せんせーは? こんな嘘の報道で、殺せんせーが単純な悪として描かれてしまっている。

 そのことに、俺は憤った。

 

 すでに烏間先生から自宅待機命令が出ていたが、そんなこと知るか。

 こんなものを見せられて、じっとしてられるほどお利口さんじゃない。

 E組は思い思いにすぐさま校舎へ向かおうとした。途中で何人かと合流するが、交わす言葉はない。あっても、『これはどういうことだ』とかの怒りしか口に出せなかった。

 

 校舎に行くことが出来れば、何かが分かる。だが、それは叶わない。

 山に入る前に検問が敷かれ、学校関係者であっても通されないようになっていた。もちろんE組も通過できない。

 通信も遮断されているみたいだから、殺せんせーに連絡が取れないし、律の本体も動かせない。

 

「なんだ君たちは!」

「通せよ! 生徒だよ、あの教室の!」

 

 寺坂たちが無理にでも通ろうとするが、やはり止められてしまう。

 

「行きたいんです! バリアの中……殺せんせーのところへ!」

 

 原の必死の訴えも効果はない。

 立ち塞がるように立つ男たち(迷彩服と鍛え抜かれた身体、装備から見るに、おそらく自衛隊だろう)は事務的に追いやろうとするだけだ。

 実際、彼らにとってこれは誇りある任務だ。怪物がいる山に、どんな理由であれ人が入り込まないようにするという、人を守る仕事を務めているだけ。

 

 とはいえ、それで納得できる俺たちじゃない。

 あそこにいるのは、確かに人知を超えた能力を持つ超生物だが、怪物じゃない。

 れっきとした一人の人間なのだ。

 

「やめろ! 生徒たちに手荒くするな!」

 

 どう通り抜けてやろうかと思ったとき、よく知った声が聞こえた。

 振り返ると、焦った様子の烏間先生がこちらに向かってきている。

 彼は興奮冷めやらぬ生徒たちを自衛隊員から引きはがし、間に割って入った。

 

「烏間先生、どういうことですか、あれは!?」

 

 ここからでも見える校舎とその周りのバリアを指差す。だが、烏間先生は首を横に振った。

 

「俺すら直前まで聞かされなかった。前もって我々が知っていれば、奴に計画を感づかれる恐れがあるためだろう」

「だからってあんないきなり……」

「ご覧ください! あちらにいるのが怪物の教師に脅されていた生徒でしょうか?」

 

 烏間先生に反論しようとした瞬間、最悪なことに俺たちを待ち受けていたマスコミに絡まれてしまった。

 

「怪物が捕獲された安堵の心境を一言ください!」

「いつ爆発するかもしれない生物に一年間支配されてた気持ちは?」

「怪物に暗殺の真似事を強制された件については!?」

 

 情け容赦なく、許可も取らずにレンズを向けられる。フラッシュが焚かれる。

 こいつらの口ぶりに嫌気が差した。

 報道には、真実を伝える義務・正義・自由があるとして、それを盾に暴れている。自分が傷つく覚悟もないくせに、好き放題に人の心を食い散らかしていく。

 

「確かな筋から聞いたんです! 地球が滅びる可能性は一%以下だって! 危険じゃないってテレビで流してください!」

「言われてるような悪い先生じゃないんだから~!」

 

 矢田と倉橋が涙ながらに訴えるも、同情する者はいない。

 それどころか、その姿がいい画になると思ったのか、下卑た表情のカメラマンやリポーターが近づいてくる。

 

「君、そう言えってあの怪物に言われてたの? つらかったでしょ。もう正直に言っていいのよ」

 

 倉橋にマイクを向ける女性キャスターの顔が、人間の物とは思えなかった。

 そこには、真実を伝えようとするジャーナリズム精神は微塵もない。ただただ己の好奇心を満たすためと、視聴者を沸かせるための歪んだ義しかない。

 冗談じゃない。

 ゲスな感情を満たしてたまるか。俺たちはお前らの玩具じゃないんだ。

 倉橋を引っ張り、E組で一斉にその場から逃げる。

 

「あ、待て!」

 

 という声が聞こえるが、もちろん待つわけがない。

 ぐんぐん距離を引き離して、マスコミを撒く。これ自体は難しくない。が、いつまでも制服のままじゃ簡単に見つかってしまう。

 いったん各自帰宅し、着替えてから再集合ということになった。

 

 幸い、家の周りには誰もいない。E組への聞き込みはまだ開始されていないみたいだ。

 

 急いで私服に着替えて、大きめの鞄に必要そうな物を詰め込んでいく。

 超体育着はもちろん必須。あとは何日か外泊することも考えて、いくつかの着替え、スマホとか充電器とかも。

 とにかく頭に浮かんだものを片っ端からだ。

 

 パンパンになったリュックを背負って、合流地点へと向かう。

 事情を知っている松方さんのところ、わかばパークだ。匿ってほしいという連絡だけで、何も訊かれずに場所を提供してくれた。ガレージだ。

 学校からそれほど離れてはいないが、まさか保育所にいるとは思わないだろう。

 

「くそっ、なんだってんだよ!」

 

 吉田が地団駄を踏む。

 

「なんでこんないきなり……」

 

 わけもわからぬまま、俺たちは一気に蚊帳の外に追いやられたような気持ちになった。

 E組校舎どころか山にも入れず、マスコミも流された情報を鵜呑みにしてそのまま流している。真実の一割にも満たない情報を、大衆は信じきる。

 テレビで専門家やコメンテーターが知ったふうなことを言い、俺たちに同情する。

 吐き気を催すような醜い状況に、俺たちは辟易していた。

 

 頼りになる大人である烏間先生とビッチ先生も連絡がつかない。

 

「ねえ、テレビに出て訴えようよ! 殺せんせーを助けてほしいって!」

「無理だよ」

 

 倉橋の提案を、カルマが即座に蹴った。

 

「俺たちがいくら訴えたところで、大事な部分はカットされたりするに決まってる。都合よく編集された映像を流されて、それで終わりだよ」

「で、でも……」

「殺し屋『死神』だとか最先端技術で生み出された超生物だとか、そんなのほとんどの人間にとってはどうでもいいことだしね。悪者が現れて、世界はそれと戦って倒しましたってシナリオが一番わかりやすいし、求められてる」

 

 殺せんせーを純然たる悪に見せかけたほうが非難はなくなる。

 どれだけ殺せんせーが良い人だと叫んでも、洗脳されてるだとか言われて、悲劇の登場人物扱いだ。

 さらに、と竹林も補足した。

 

「これだけの根回しをしておいて、多少バッシングを受けたところでやめるとも思えない。どうあっても実行されるはずだよ」

「じゃあ、殺せんせー死んじゃうの?」

 

 矢田の一言に、場がしんと静まった。

 これまでにも殺せんせーの危機は何度もあった。

 シロの襲来、夏休み合宿での暗殺、二代目『死神』の策略、茅野の復讐。その度にもしかしたら、と思ったが、ここまで殺せんせーの死が現実的に思えたのは初めてだ。

 

 俺たちの目が届かない場所で、手が伸ばせない場所で、知らない間に殺せんせーは……

 

「せっかく助ける方法を見つけたのに……」

 

 蚊の鳴くような声で、渚が呟く。

 

「諦めるしかないのかな」

「いいや」

 

 思うよりも早く、言葉が口をついて出た。

 こんなところで何もせず終わりだなんて、認められるか。

 

「そんなこと、誰も思っちゃいない。お前だってそうだろ」

 

 渚に詰め寄り、みんなにもはっきり聞こえるように声を張る。

 弱気になるな。立ち止まってる場合じゃない。

 

「俺たちはまだ殺せんせーから最後の言葉をもらってない。そんなんで本当に卒業したと言えるのか?」

 

 首を横に振る。

 

「俺は殺せんせーにもう一度会いたい。会わなきゃいけないんだ。ここで諦めるなんて、それこそ殺せんせーの教えを無駄にすることになる」

 

 感情のままに、拳を握る。

 

「政府に横取りされてたまるか。生かす方法があるなら全力で探す。殺すしかないならE組の誰かが殺る。そう決めただろ。他でもない俺たちが決めた。なら、どっちにしてもやることは同じだ。全員で、一人も欠けることなく殺せんせーに会う」

 

 俺たちにはその目的も理由も義務もある

 単純にして明確な、理不尽に抵抗するに値する信念がある。

 

「俺たちはE組だろ」

 

 椚ヶ丘中学三年E組の生徒。

 殺せんせーと烏間先生とビッチ先生の教え子。

 数々の危険を乗り越えてきた暗殺者集団。

 それが俺たちだ。

 殺せんせーのもとへ向かう理由なんて、それだけで十分すぎる。

 

 這い上がって、戦い続けたこの一年間の最後が諦めて終わりなんて、誰が納得できるか。

 

 ここにいるのは生徒だけだ。

 今まで手を引っ張ってくれた先生たちがいない今だからこそ、俺たちの強さが試される。

 何度心が折れてもいい。何度でも立ち上がるんだ。

 俺たちはそう教えられてきた。出来るはずだ。

 

「さんせーい。ここまでコケにされて、やられっぱなしってのはシュミじゃないし」

 

 カルマが手を挙げる。続けて磯貝と片岡も。

 

「先に言われちゃったな」

「E組の底力見せてやろうよ」

 

 どんどん、みんなの目に希望が宿っていく。

 

「ま、こんなとこで他人に任せるくらいだったら、とっくに暗殺なんかやめてるわな」

「殺さねーって言ってる國枝がここまで言ったんだ。俺らが俯いてどーすんだよってな」

 

 寺坂組も乗り気だ。活気づいてきて、やる気が伝染し、増大していく。

 あと一人、この中で一番優れている生徒は……すでに闘志の炎を目に秘めていた。

 

「やるぞ、渚」

「うん!」

 

 確かに状況は最悪。

 だが、まだだ。まだ卒業までに一週間ある。

 まだ一緒に過ごすはずだった。殺すか、あるいは卒業の日に見送られるはずだった。その時に聞くはずの最後の言葉を聞いていない。

 何もかもが半ばで、終わっていない。

 諦めるわけにはいかないのだ。

 

 

 リュックを足元に置き、一息つく。

 

 校舎がよく見えるビルの上から、双眼鏡で学校の様子を見る。

 半球型のバリアが、殺せんせーを逃すまいと隙間なく張られていた。殺せんせーが抜け出してないことを考えると、地面の中にまで及んでいるのだろう。

 

《何が見える?》

 

 スマホから、カルマが訊いてくる。

 

「検問はずっと張られてて、校舎の周りにはバリア。そのバリアを出してるビルの警備もめちゃくちゃ厳重だ」

《オッケ。こっちと合流しよう》

「わかった。そっちに向かう」

 

 通話を切り、ため息をついた。

 

 数時間かけて他のみんなが集めた情報を整理する。

 殺せんせーは、対触手生物のみを溶かすバリアに囲まれて身動きが取れない。

 そのバリア……『地の盾』を生み出しているのは、大砲のような形の巨大な機械。高層ビルの屋上がぱっかり開いて、そこから頭を出している。

 山を囲むように五つ設置されているそれら。存在がばれないように、ビルを建築することでカモフラージュしたのだ。

 もちろん、それらが狙われないようにビルの外周には銃を持っている部隊がずらりと並んでいる。

 

 そうして殺せんせーを閉じ込めて、トドメを指すのは『天の矛』。

 大気圏の上、遥か上空の宇宙から放たれる対触手生物レーザーだ。

 それのエネルギーが最大まで充填されれば、バリア内にいる殺せんせーが確実に逃げられず、一瞬で消滅してしまうほどの極太レーザーが照射されるらしい。

 

 『地の盾』も『天の矛』も、殺せんせーがどうしたって届かない距離にある。たとえマッハ20で石を投げても途中で落ちる。

 ……悔しいが、完璧だ。流石だな……世界ってのは。

 あんな大げさなものを、殺せんせーが気付かないレベルで用意するなんて簡単なことじゃない。世界各国の優秀な人材が細心の注意を払って入念に準備したんだ。

 

 おまけに『地の盾』や『天の矛』はこの一年以内に完成させたものだろう。

 そんな超短い期間でそれだけのものを作り出した人間という存在に畏敬の念を感じる。

 全世界が協力すれば、不可能と思えることすらこうやって実現できる。

 

 俺は頬をパチンと叩いた。

 

 それはそうとして、殺せんせーには会わなければいけない。

 どういう結果になろうとも、先生から一言貰わなければ卒業なんてできない。

 

 行こう。

 

 地上に下りて、集合場所に向かう。

 マスコミは俺たちE組のことを追っているらしく、こうやってこそこそするのも一苦労だ。

 冬なのは少し幸いかな。日が傾くのが早くなったおかげで、見つかりにくくなっている。

 

《國枝、いまどこ?》

「もう少しで着く」

 

 なんて言ってる間に、遠目にみんなが見えてきた。学校にほど近い、とあるビルの影。俺以外は集合していて、すでに話し合いを始めている。

 俺は手を振ろうとして……すぐさま近くの影に身を隠した。

 闇から現れた何かが、視界の隅で動いたからだ。

 

「!」

 

 黒いバンが三……いや四台、トップスピードでみんなを囲む。そして抵抗もさせてくれないあっという間に、車から伸びる手が全員を引き込んでいく。

 数秒後、バンは何事もなかったかのように走り出し……あとには誰も残っていなかった。

 

 残された俺は、たった一人、影からそれを見ることしかできなかった。

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