小さな石を軽く投げ、とある家の二階の窓へ当てる。
そこにいる人物はカーテンを開けると、あたりをきょろきょろと見回す。そして、俺を見つけるとはっとした。
そいつはすぐさま下りてきて、玄関から出てくると、フードを被って暗闇に紛れている俺に近づいてきた。
「……國枝くんダスか?」
出てきた少女……尾長仁瀬は、心配そうに眉をひそめて見てくる。俺はフードを外して顔を見せた。
「尾長……お前は無事だったんだな」
偽律としてE組に関わっていた尾長ももしかしたら、と思っていたが、杞憂だったようだ。
「すまないダスが、わたすは協力できないダス。すぐ抗議に行こうとしたんダスが……父親に必死で止められてしまったダス」
尾長の父親は、烏間先生の上司にあたる人だ。当然それなりの地位を持っていて、いまどんな状況か、どれだけ危ないかを把握している。
そんなところへ娘を向かわせるなんてしたくないのだろう。
「本当は、本当はみんなを助けに行きたいダス……」
彼女も、立派なE組の一員だ。全校集会の時やテストの時のみ顔を合わせるだけだが、A組との学力勝負では俺たちとともに戦ってくれた。
負けようがデメリットはないはずなのに、必死に食らいついてくれたのだ。
その尾長が、何が起きてどうなっているかわからないなんてことはない。状況を知ったうえで無茶をしてくれようと思っていたようだ。
一方で、彼女の父親の気持ちもわかる。
そのせいで動けなくなっても文句は言えない。
「ああ、お前に無茶してくれなんて言えない。だけど、代わりにやってほしいことがある」
「やってほしいこと?」
「スマホが使えないんだ。位置情報を知られれば、俺だって捕まってしまう。だから壊した」
「捕まる?」
「E組のみんなが攫われた」
尾長は驚愕で目を見開いた。
「そ、それって……」
「なんとも言えないが……たぶん大丈夫のはずだ」
おそらく、みんなを攫っていったのは政府と繋がっているどこぞの特殊部隊だろう。
ちょこまかと動く俺たちの動きと口を封じるために、どこかに軟禁するつもりなのだ。
「俺だけは無事だったが、一人じゃ何もできない」
持ってるのは何泊か外で過ごせる服が入った鞄と、そこに入れられている『貌なし』装備一式だけ。
だからこうやって彼女に助けを求めるしかなかった。
危険だとか、やめたほうがいいとか一切言わず、尾長はスマホをポケットから出した。
「代わりに連絡を取ってほしい。烏間先生とビッチ先生に」
△
混乱が起きても、人の生活はそう変わらない。
むしろ、極悪生物が消え去るとなって、東京の街は声がそこかしこで上がっていた。
ハロウィンの比じゃないくらい暴れる者もいるし、破滅を待つ者が抗議デモを起こしたりもしている。
そんなごった返しの状況をビルの上から眺めながら、このぶんなら俺のことはばれないだろうと確信した。
ビルを降り、路地裏で待たせている人たちの前へ姿を現す。
「烏間先生、ビッチ先生」
目立たないように私服の上に黒いコートを着た二人の先生へ呼びかける。
「予定より遅いわよ」
「周りに誰かがいないか見張ってた」
白い息を吐くビッチ先生に、俺は返した。
「俺たちを信用できないのか?」
「いえ、あなたたちのことは信頼してます。ですが、他はどうにも……」
政府のやることもわからないではない。
地球破壊を宣言している生物をようやく殺せる最大のチャンスなのだ。不安は一つでも取り除いておきたいだろう。
だが、俺たちの近くにいた二人を見張る人員は割けないようで、こうやって仕事終わりの時間に呼び出せば簡単に集められた。
中学生一人くらいすぐ見つけなくてもいいと思っている、というのもあるだろう。
念には念を入れ、居場所がバレないように自分のスマホを壊した。
尾長に連絡を取ってもらったのは、そのせいだ。自宅の固定電話は盗聴されてるかもしれないし。
「とにかく、國枝くん……君が捕まってなくてよかった」
俺の姿を見て、烏間先生がほっと胸をなでおろす。
「みんなは?」
「政府の施設で囚われの身だ」
「レーザーが撃ち込まれるまで軟禁状態にする気よ。余計な邪魔が入らないようにね」
ちっ、とビッチ先生は舌打ちした。
推察通り、E組は計画遂行まで捕らわれの身。それは安全が確保されているということでもある。
だが、殺せんせーと最後まで一緒にいる時間を奪われ、言葉を交わす機会すら奪われたのだ。感謝なんてできない。
その悔しさは、ずっと俺たちを見ていたこの二人にならわかるだろう。
E組のみんなを攫った連中『群狼』について、烏間先生は教えてくれた。
とてつもなく強く、よく統率された特殊部隊で、一人ひとりの力量も高い。さらに、リーダーであるクレイグ・ホウジョウという男は、烏間先生よりも数段強いそうだ。
戦闘狂ならぬ、戦争狂。本気を出されれば、たとえE組全員で向かったとしても、彼一人にたった数秒で返り討ちにされるという。
「このままなら、みんなは危険な目には遭わず、殺せんせーは死ぬってことか」
「その通りだ。だが、俺としては……」
烏間先生は腕を組んで、まっすぐ俺を見据えた。
「君たちにとどめをさしてもらいたい」
「みんなもそう思ってますよ。自分たちの手で決着をつけたいって」
俺は頷いた。
最後まで殺せなくても、行く末は絶対に見届けたい。
ぬくぬくと安全地帯にいて、他に任せるなんてできるはずもない。
「君は?」
「俺は殺しはしない。けどこのまま黙っているつもりもありません。俺を含めてみんな、まだ殺せんせーに言いたいことがあるんだ」
だから、俺はこの二人を頼った。
先生たちなら、俺たちの思っていることをわかってくれているだろうと踏んだ。
「他にはばれないように、生徒たちには今後の動きを伝えてある。もしE組の生徒が俺の言葉を理解してくれたなら、準備をしていてくれているはずだ」
「それに、抜け出させる準備もこっちで用意してあるわ。当日まで上手くいけば、の話だけど」
そう言いつつ、胸を逸らすビッチ先生。
この二人に任せれば失敗はないだろう。その点に関しては、俺は心配していなかった。
「レーザーがあいつに撃ち込まれるその日になっても、俺は手出しはできん。君たちだけの力ですべてをやり遂げる必要がある」
立場ある烏間先生が、鍵を開けてさあ出て行ってくださいなんてのは無理だ。
準備はしてくれるが、実行は俺たちがやるしかない。
「それをしろ……と俺は言えんが……」
「言ってくださいよ、こういう時くらい」
俺は俯きかけた烏間先生のデコを、ぴんと叩く。
「二人とも俺たちの先生なんですから、最後には背中を押してくれるくらいはしてくれないと困ります」
作戦があって、みんなで遂行する。
それが正しいことだと、上手くいく方法だと証明してきた。
烏間先生は、俺たちを信じて、さあ行ってこいと言うだけでいい。
「なーに怖がってんのよ、カラスマ! 私の手駒をのしちゃうくらいなのよ、こいつは」
「そう言うビッチ先生も震えてるが」
「こ、これは寒いからよ! いくら人目につかないからってこんなところに呼び出して!」
俺は苦笑した。
自分の生徒に、政府に楯突けと言ってるようなものだ。躊躇するのが普通。
だけどそんな普通なんざ、この一年間でどれだけあっただろうか。ずっと異常続きだったんだ。あと一回悪いことをするくらいなんてことはない。
「……」
長いこと躊躇って、烏間先生は口を開いた。
「レーザーが撃ち込まれる当日、注目は校舎の周りに集まる。みんなが捕らわれている施設は警備が手薄になる」
つまり、動けるのは最後の日のみ。みんなを助けて、殺せんせーに会いに行く手間も考えると、救出作戦にかけられる時間は夜になってから、一、二時間ほど。
たった一人、ほんの少しの時間……しかもわずかなミスも許されない。
それでも諦めるなんてできない。
「國枝くんには隠れ家を用意する。そこで当日の作戦内容を頭に詰め込んでもらうぞ。残った数日で、君を鍛え上げる。覚悟はいいか?」
「当然」
俺は即答して頷いた。