貌なし【完結】   作:ジマリス

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94 Unmasked Faceless

 運命が決まる日。

 殺せんせーにレーザーが撃たれるまで、もう残り四時間を切っていた。

 椚ヶ丘中学E組校舎の周りの森には、『群狼』含めて大量のプロ軍人が待ち構えている。

 

 俺はこの時を待っていた。

 烏間先生曰く、彼の三倍強い男が俺たちのテリトリーに入り、なおかつE組のみんなから離れるこの瞬間を。

 

 みんなが捕まっている施設に、正面入り口とは逆の方向から近づく。

 裏口。あくまで非常口であるそこは、警備も薄く、扉の前に二人立っているだけだ。

 

 すぐ近くの木に隠れながら観察する。

 銃はなし。いくら隔離された場所とはいえ、外で銃声が聞こえれば問題になる。

 少なくとも、外にいる人間には銃の携帯は許されていないだろう。

 E組やお偉いさんがいるのだから、屋内でも使用の許可が与えられていると考えなくていいだろう。

 あるとしたら、テーザー銃か麻酔銃あたりか。

 

 さて、派手に暴れるか。

 俺はマスクを被る。

 陰から姿を現した瞬間、裏口を守っていた二人がこちらを向く。

 

「おいお前、手を挙げろ」

 

 わざわざここまで近づいてきた不審者。まずは追い出すよりも無力化しようとするのは当然だろう。

 俺は素直に従い、両手を挙げて跪いた。

 

「そこを動くなよ。動けば、痛い目を見るぞ」

 

 一人がそろりそろりと近づきながら、俺の後ろに回る。動かずに警戒しているもう一人の男は、警棒を構えていた。

 緊張感が走る。殺気を抑えて、その時を待つ。

 じり、と後ろの男が近づいてくる音が聞こえた。もう一度、じり。

 

 そいつが俺の腕を掴んできた瞬間、逆にそれを軸として振り返り、掴み返す。

 あっけにとられて退こうとした男を逃がさないようにしつつ、足を払う。見事に背中から落ちたそいつの顔面に一発。

 くたりと力の抜けた男の腰から警棒を抜き、もう一人へ投げた。こちらも頭にクリーンヒットして、どさりと倒れる。

 

 気絶した男たちを物色すると、ポケットに鍵があった。早速それを扉に差し込む。回して、開いたことを確認してノブを掴んだ。

 ふう、と一呼吸する。ここまでは想定通り。

 

 この先に入ってしまえば逃げることができない。無事に帰れる保証はない。

 それがどうした。

 俺は扉を開け、侵入した。

 

 烏間先生は、政府にこう伝えたそうだ。

 訓練を受けたといっても所詮は中学生。そもそも今日は殺せんせー暗殺日なのだ。気を付けるべきはE組校舎周り。一クラスぶんの中学生に人数を割く必要もない。

 捕らえられていないのがいるが、たったの一人。どうすることもできない……と。

 

 『群狼』があっさりと捕まえて、E組が今日まで大人しくしていたせいもあるだろう。上層部はこれを真に受けて、この施設の警備はそれほど厳しくはない。

 暗殺とは関係ない、ただの中学生の世話をするだけの仕事だ。緊張感も緩まっている。

 

 裏口から入ってすぐはまっすぐな廊下だったが、誰もいない。

 音を立てないようにすっと進んでいく。

 すでにビッチ先生が客室だか休憩室で男どもを手玉に取っているはずだ。そして俺たちを見張る名目で監視室にいる烏間先生が、律を繋げてくれている。

 サポートは万全。

 

 問題は、ばったり出会った警備に応援を呼ばれたり、警報を鳴らされたりすることだ。

 角に差し掛かり、向こうを覗き込む。暗闇ならともかくこれだけ明るいとゴーグルを着けたままでもよく見える。

 

 一人歩いているのが見えた。幸い、廊下を向こう側に進んでいたので、こちらの様子はばれていない。

 中腰のまま近づいて、後ろから首を絞める。警備は声も出せないまま、ばんばんと叩いたり、手を後ろに回して俺を掴もうとするが、やがてぐったりと倒れた。

 今のところは順調。

 

「律」

《はい、お待ちしてました》

 

 右耳につけた無線イヤホンから、律の声が流れ込んでくる。

 潜入しているからか、小声だ。

 

「ぞわぞわするから、普通の声量で頼むよ」

《こういうの、お好きですか?》

 

 律は、ふふっといたずらっぽい吐息を混ぜてきた。どこで覚えてきたんだか。

 

「……頼んでおいたことはできてるか?」

《はい。監視カメラは掌握済みです》

「流石。で、みんなの周りは?」

《警備が二人いますが、それ以外はほとんどいません。建物のもう一つの端に二人。休憩室にも四人いますが、こちらはビッチ先生が相手をしています》

「わかった。障害はそれだけ……」

「誰だ!」

 

 突然、警備が現れた。

 話していた俺は反応が遅れたが、あちらも俺の姿と倒れている男を見て驚いた。

 

 先に戦闘態勢に入った俺が、相手の顎を打ち上げる。

 よろめいた男も状況を理解したのか、拳を握った。

 左、右と出されたパンチが来たが、かわす。代わりに喉を突き、うずくまる敵へ回し蹴り。

 うめきながら立ち上がろうとしたそいつの顎を掠めるように拳を振り、脳を揺らす。

 糸が切れたように倒れたのを見て、ようやく一息ついた。

 

「律」

《すみません。いまのはカメラの死角からだったので……でももう大丈夫! ……のはずです》

「言い切れよ」

 

 静かにつっこみつつ、律を信じて先へ進む。

 脱走者対策に、この施設は迷路のように入り組んでいる。けどもマップは頭に叩き込んでいた。

 裏口からなら、みんなが捕らわれている部屋はそう遠くない。あっという間にすぐそこまで来ることができた。

 

 隠れて、烏間先生に用意してもらったスマホにカメラの映像を流させる。律の言った通り、部屋の前に二人。装備は他と変わらない。

 よし、悩んでる暇はない。

 俺は二人の前にばっと姿を現し、先に右の男のみぞおちに膝をめり込ませる。これで動けなくなるのは、身をもって経験済みだ。

 

 二人目が腰から無線を取り出した。俺は苦しんでいる目の前の警備の胸ポケットにあるボールペンを抜き取り、ノックして先端を出し、投げる。見事それは手に突き刺さり、無線が床に落ちた。

 跳躍し、空中でぐるりと身体を回しながら、その勢いで二人目の頭を蹴り落とす。

 まだ腹を抑えている一人目を殴り飛ばすと、あっさりと失神した。

 

 意外とすんなり事を運べたが、それも烏間先生とビッチ先生、それと律のおかげだ。

 扉の錠を解除し、開ける。

 そこには、E組全員が揃っていた。上下ともに白い服を着させられ、装備も取られている。

 

「國枝。来ると思ってたよ」

 

 突然のことに呆然とする中、一番最初に口を開いたのはカルマだった。

 みんなの目からは希望は消えてない。誰かが助けに来ると思っていただろうが、俺だったのは意外だろう。

 

「ばれないうちに早く出ろ」

「ばれないうちにって……」

 

 あと少しまごまごしても警備は来ないが、殺せんせーに会うまでは時間がない。

 校舎への途中の森には、『群狼』も待ち受けているのだ。

 

「このとおりに進めば外に出られる」

 

 俺は道を示し、事前に用意しておいた地図を渡す。カルマに先導を切らせて、みんなが部屋を出ていく。

 俺が来たことには驚いているようだったが、E組はすぐさま頭を切り替えて行動に移した。

 

「ごめん、響くん。もうそれを被らせないようにしたかったのに」

 

 最後に出てきた優月が、俺を見て少ししょんぼりとする。今更そんなこと……まあ、こいつらは気にするか。

 

「話は後だ。殺せんせーを助けに行くぞ」

「うん」

 

 背中を押して、俺はみんなが向かう方とは逆を見つめた。

 

「先に行ってくれ。俺はまだやることがあるから」

 

 頷いて、優月はみんなのもとへ向かい、すぐさま姿が見えなくなる。

 救出作戦は成功だ。これで、誰も欠けずに殺せんせーに会いに行ける。

 ……もし、俺がこの場を切り抜けられたら。

 

 俺の目線の先、照明に照らされる黒い影。幾度となく血を吸った刃。

 

 『蟷螂』がそこにいた。

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