貌なし【完結】   作:ジマリス

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95 Praying Mantis

 最悪だ。

 ビッチ先生がこの施設の警備を手薄にしたのが裏目に出た。『蟷螂』は、俺とは別ルートで難なく侵入し、ここにまでたどり着いてしまった。

 手に持ったナイフが薄く赤い光を放っているところを見ると、最低一人は殺してきたに違いない。

 

「『蟷螂』……」

「ここにお前が来るはずだと聞いてな、『貌なし』」

 

 『蟷螂』は血に塗れたナイフを握りながら答えた。

 

「シロか? 裏切られたのに、話を信用したのか」

「あいつは後。まず最初はお前を殺す。お前と……そのクラスメイトをな」

「シロを後回しにするなんて、よっぽどいい話で丸め込まれたみたいだな」

「コロセンセーとやらが死ねば、大人しく殺されてくれると言われてな」

 

 どこまでもいかれた奴だ。

 ここで逃げても、どこまでも追ってくるだろう。殺せんせーを助けに行かなきゃいけないのに、その邪魔をしてくるに決まってる。

 そうなれば、E組の誰かが、あるいはどさくさに紛れて『群狼』が、あるいは道中の無関係な人が命を落とすかもしれない。

 俺たちは殺せんせーのためなら何でもするわけじゃない。奪うべきではないものを取り上げてしまうわけにはいかない。

 

 だから、ここでこいつとは決着をつけなければいけない。

 お互いそれがわかっていた。

 相手を取り逃してしまえば、この後だけでなく、今後の人生まで左右してしまうほどの歪みが出てしまう。

 

 俺が拳を固めるのと、彼がナイフを投げてくるのは同時だった。

 飛んでくる刃を、横から叩いて落とす。そうしながら、俺は距離を詰めた。

 接近戦では俺のほうに分がある。いままで決着がつかず、不意打ちすら食らって捕まったのは、万全じゃなかったからだ。

 

 『蟷螂』が次の武器を取り出す前に腕を掴み、そのままタックル。壁に身体を激突させて、反撃を食らわないようにすぐ一歩下がった。

 吐き出された息をめいっぱい吸い込もうとする『蟷螂』へ、何発もパンチをおみまいする。

 

 よろめいた『蟷螂』は頭を振ると、お返しに頭をぶつけてきた。

 あっちは戦闘服で頭までガードされているからダメージは少ないが、俺にはその固さがダイレクトに伝わってくる。当然フードじゃ防げない。

 ぐらついたところへ、『蟷螂』の膝がみぞおちにめりこんだ。

 くの字に曲がった俺に、彼は追撃をしかけてくる。俺はなんとか手を動かして、防御した。

 攻撃されては防御、反撃の応酬が続き、位置が入れ代わり立ち代わり、めまぐるしく手と足が舞う。

 

 俺が『蟷螂』の左腕を掴んで壁に抑えつけると、彼は流れるように胸のホルスターからナイフを抜き、一閃。首を刈り取る一撃をぎりぎりかわした。

 その拍子に少し距離を取ってしまい、二人して固まる。

 

 刃物を使う相手に、まして『蟷螂』にうかつに近づくわけにはいかない。

 『蟷螂』も、何も考えずに動かなかった。単純に投げても俺に弾かれる。

 

 じりじりとゆっくり間合いをはかる。

 武器を持っているぶん相手が有利だが、それに頼れば動きは限られてくる。斬るか突くか、おおよそはその二パターン。

 

 敵は後者を選んだ。

 俺は狙いすましたその攻撃が届く前に腕を掴んで、カウンターの裏拳。

 

 だが敵はそれで怯むことなく、残った左手でどこからともなく次のナイフを取る。

 しまった。

 この密着した状態では避けられない。

 『蟷螂』は柄をしっかり握り、その先を真っすぐ向けてきた。

 防御も回避もできない俺の脇腹に、刃が突き立てられる……ことはなかった。

 

 誰か別の手が、『蟷螂』の手を止めていた。

 その誰かはナイフを取り上げ、『蟷螂』の腹へしなる足を叩きつけた。

 痛烈なキックは『蟷螂』を吹き飛ばし、床を転げさせる。

 

 そいつを、赤い線が入ったレインコートを、俺はよく知っている。

 

「なんでここに……」

「私の能力はよくわかってるでしょ。あ、それともここにきた方法じゃなくて、理由のほうを聞きたいのかな?」

 

 被ったフードをちらりと上げて、ウインクしてきた。

 立花風子。『レッドライン』がそこにいた。

 

 最近まったく音沙汰のなかった彼女がなぜここに来たのか。

 説明しますというように、彼女は人差し指を立てた。

 

「せっかく響くんが『貌なし』に戻ったんだもん。これを逃す手はないでしょ?」

「今はお前に構ってる暇はない。後ならいくらでも相手してやるから……」

「だめ。だめだめ。だめだよ、響くん。後でなんて意味ない」

 

 ぶんぶんと頭を振る。

 理解はしたくないけど、わかってしまう。こいつがこの戦いに参加してきた理由を。

 眉間にしわを寄せる。俺のそんな様子を見て、『レッドライン』は『蟷螂』に向き直った。

 

「キミ……知ってるよ。連続殺人鬼だよね」

 

 立ち上がった『蟷螂』へ、指をさす。

 『蟷螂』の憎々し気な表情が彼女に突き刺さるが、どこ吹く風でいつものように飄々としている。

 

「俺を知ってるだと?」

「血の匂いと怒りと殺気。あのナイフと同じ匂いがする」

 

 二学期始まってすぐのことを思い出す。

 『レッドライン』の正体を知って、彼女に助力を求め、『蟷螂』の居場所を特定した時のこと。

 まさかあの時には、こんなところで三人とも集合するなんて思ってもみなかった。

 

 絶対に殺そうとする『蟷螂』。

 至上の(痛み)を求め、邪魔する者には死すら厭わない『レッドライン』。

 誰も殺さず、殺させない『貌なし』。

 

 三人の視線は、それぞれに容赦なく注がれる。

 

「『貌なし』を殺しに来たの? 残念だけど、そうはさせないよ」

「誰だ?」

「『レッドライン』って言えばわかるかな? そこそこ有名人らしいんだけど。キミと同じでね、『蟷螂』さん」

「なぜ邪魔をする」

「私、この人がいなくなると困るんだ。殺す気でしょ? でもさせないよ。私にとって『貌なし』は必要不可欠な存在なんだもん」

 

 『蟷螂』の問いに、飄々と余裕ぶって返す『レッドライン』。

 その態度が気に入らないのか、明らかに『蟷螂』がイラついているのがわかる。

 

「邪魔をするなら、お前も殺す」

「残念だけど、殺される相手はもう決めてるんだ」

 

 『蟷螂』の手が素早く動いた。

 腿のホルスターからナイフを掴むと同時、ガンマンの早撃ちのように手首をスナップさせ、投げてくる。

 

「危ない!」

 

 俺は『レッドライン』を押し倒す。先ほどまで彼女の頭があったところを、ナイフが通過した。

 

「わ、武器とか卑怯じゃない?」

「言ってる場合か!」

 

 俺は彼女を起こし、すぐさま駆け出す。

 さっきまでE組のみんなが監禁されていたところへ身を投げ入れ、二人で壁に身を隠した。

 俺はドアのすぐ左、『レッドライン』はすぐ右。

 

「もうちょっとでざっくりいくところだったね」

「すぐ逃げろ」

「って言っても、唯一の出口はこの扉しかないし、そもそもここまで来ておいて逃げる気なんてないしねぇ」

 

 立花はそう言うと、どこからかナイフを取り出してくるりと回す。『蟷螂』のものだ。さっき避けざまに取っていたのだ。

 

「こういうのを使うのは嫌いだけど」

 

 刃を前にして構える『蟷螂』がぬっと入ってくる。その瞬間、立花は首に突き立てるようにナイフを振るった。

 すんでのところで、『蟷螂』が刃で防ぐ。押しつ押されつのつばぜり合い。

 力が拮抗しているところに、俺は手刀を繰り出して二人のナイフを落とした。さらに『蟷螂』を回し蹴りでよろけさせ、立花が飛び蹴りで吹き飛ばす。

 

 『蟷螂』はぱっと立ち上がり、殴りかかってくる。腕でガードし、その隙に立花が顎を打ち抜く。

 近接戦闘じゃ暗殺者にも負けなかった『貌なし』と、常時リミッターが外れてるような『レッドライン』の猛攻には、さしもの『蟷螂』も対処できない。

 刃物を取る素振りをすれば弾き、防御の姿勢になったら隙間を縫うように連撃。息もつかせない攻撃に、『蟷螂』はようやく倒れ伏した。

 

「殺す……殺してやる……」

「お前には無理だ」

 

 なおも立ち上がろうとするそいつの顎を思いきり殴ってやった。

 完全に頭が揺れてしまったようで、『蟷螂』はがくりと倒れた。わずかに手を動かすも力が入っていない様子だ。

 

「どいて、響くん」

 

 立花はナイフを拾う。俺が叩き落した『蟷螂』のものだ。

 ぎらりと光る刃を持つ立花は、それ以上にぎらついた意思を滲み出す。

 それを、仰向けになっている『蟷螂』へ、躊躇なく振り下ろした。

 俺は急いで彼女の腕を掴み、止める。

 彼女の心から生み出される殺意がナイフに伝わっていた。

 

「待て、殺す気か?」

「そうだよ。それが?」

 

 さも当たり前かのように、立花は答える。

 

「こいつは私たちを殺そうとしてる。私はこいつなんかに殺されたくないし、響くんも死んでほしくない。なら殺すしかないじゃん」

「本気で言ってるのか」

「私が本気で言わなかったときがある?」

 

 ぎらついた目をこちらに向け、立花は俺の腕を振るい外す。

 大きく振りかぶって、光る先端を『蟷螂』の首に突き立てようとした。

 すんでのところで、俺は手刀でナイフを離させる。それが地面に落ちるよりも速く、彼女の顔に拳をめりこませた。

 立花が頬を押さえて後ずさっている間に、転がっている刃物を蹴り飛ばす。

 

「そう、そういうつもりなんだ」

 

 にやり、と立花が笑う。

 幾度となく見てきた表情だ。それも、俺が彼女を傷つけているときにのみ現れる、純度100%の心からの笑顔。

 

「いいよ、響くん。これが最後になるかもしれない。その瞬間まで楽しもうよ」

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