超体育着に着替え、一足早く山の麓まで到着した俺は深呼吸した。
この上に殺せんせーがいる。その前に立ち塞がるは世界基準で見ても超精鋭の傭兵部隊。
超体育着があるとはいえ、中学生が敵う相手かどうか。目の前でE組を攫っていった手腕は見事なものだったし。
まだまだ冷える夜。
森の入口の木を登ったところに、制服やら『貌なし』の服やら詰め込んだ鞄をくくりつける。色もカモフラージュさせてるから、見つかりはしないだろう。
この先は、これを背負っていけるほどの余裕はない。
「それにしても遅いな」
今ここに居るのは俺一人だ。他は、装備を取りに行くのに自宅へこっそり戻っている。学校まで何駅か距離があるのもいるし、もうちょっと時間はかかるか。
とはいえ、リミットまではもう余裕はない。『天の矛』が撃ち込まれるまで二時間を切っている。
と、不安になってきた瞬間、黒ずくめの集団がざざざっと集結してくる。 言うまでもなく、超体育着を纏ったE組の面々だ。
「や、國枝」
「カルマ、捕まってる間に良い作戦は考えられたか?」
「何十パターンもね。確認しとく?」
「いや、そんな時間はない。指示を出してくれれば従う」
お互いに交わす言葉は少ない。
今さら確認することなんてないだろう。邪魔な奴は叩き、頂上まで登り、殺せんせーに会うだけだ。
今の俺たちなら出来る。
「よし、行くか」
気合を入れ直し、一歩踏み出す。
そこでプルルルル、と音が鳴った。
出どころは……優月だ。誰かから通話がかかってきて、スマホが震えている。
「……優月、これからステルス任務だぞ。電話切っておけ」
敵陣のど真ん中で音を鳴らせば、的にしてくださいと言うようなものだ。
その時に助けに行けるほど、余裕のある相手じゃない。
「ご、ごめん。でもちょっと待って」
と、あろうことか優月は電話に出て……
「あ、はい、はい」
相手には見えないのに、ぺこぺことお辞儀をしている。
「響くん、代わってほしいって」
代わってほしい?
わざわざ優月の電話にかけてきて、俺に話してこようとする奴なんて……誰だ?
訝しみながら、俺はスマホを受け取った。
「もしもし」
《響、いまどこにいるの!!?》
瞬間、耳元で大きな音を出され、思わず電話を離してしまいそうになる。
声の主は、母さんだった。
そういえば、GPSとかで場所が割れるのを危惧して、自分のスマホは壊したんだった。
連絡しないまま今日まで一週間そのままだったから、親からすれば急に音信不通になったように見える。というか実際に音信不通になってた。
書置きくらい残しておくべきだったな。
「ええと、こんばんは?」
《こんばんはじゃないわよ! 今までどこで何を――!》
怒号が炸裂する。
E組や殺せんせーのことがニュースになって、その中心に息子がいたと知れば心配にもなるか。
おまけにその息子とは連絡がつかず。これは100:0で俺が悪いな。
言いたいことを放って、ようやく落ち着いたのか、だんだんと母さんの語気が弱まっていく。
その間、俺は母さんの言葉をしっかり受け止めていた。めちゃめちゃ怒らせてしまったけど、心配してくれていることが分かって、なんだか嬉しい。
《……無事、なのね?》
「うん、まあ」
殺人鬼と一戦交えた後だけど。それにこれから特殊部隊と戦うつもりだけど。
言うと余計にややこしくなるので伏せる。
「帰るのはちょっと遅くなる……っていうか、今日は帰れないかも」
《どうして? すぐ帰ってきなさい。お父さんも心配してるから》
相手に見えないけど、俺は頭を振った。
「前に、E組になれてよかったって言ったよな?」
両親と和解した文化祭の日、泣きながら俺は言った。E組に来れて良かった、と。
「そう思った理由は、E組の友達の存在ももちろんだけど、先生がいたからこそなんだ。ちょっと変で、抜けてて、見栄っ張りだけど、俺たちのことを想って接してくれた恩師なんだ」
一息に言って想いをぶちまける。反論は許さないつもりだ。
「その先生から最後の言葉を貰ってない。俺はまだお別れを言えてない」
俺と母さん、父さんが気持ちを理解しあったように、言葉の力は大きい。一言で人生を変えるほど。
これまでさんざん俺たちの常識を吹き飛ばしてきた先生が最期に言う言葉を、俺たちはしっかりと受け止めなければならない。
そうすることで、この理不尽な状況に、やっと納得できる気がする。
そして、強くなった俺の姿を見せて、さよならを言いたい。
殺せんせーの生徒であることに誇りを持って、終わりの瞬間まで胸を張っていたいのだ。
そうじゃないと、殺せんせーが安心して逝けない。
殺せんせーが死ぬという結果に変わりがなくても、その最期には満足を感じてほしい。
母さんはしばらく黙っていた。思うところはあるはずだ。それに訴えるように話をした。
ちょっとずるいとは思うけど、母さんは長いため息をついて許してくれた。
《……ちゃんと帰って来なさいよ》
「分かってるよ。父さんにもよろしく言っておいて」
通話を切って、優月に返す。
「なんで母さんがお前の電話番号知ってるんだ」
「前に会った時にちょっとね」
前に? 会ったことがあるなんて初耳だが。……ああ、『蟷螂』に捕まってた時かな。
「え、ちょっと待って、親公認ってこと?」
「もうそんなところまで進んでんのね」
「これは殺せんせーに報告しないとねー」
その場の全員、特に女子たちがにやにやと笑みを浮かべて俺たちを見る。
急に気恥ずかしくなって、誤魔化すためにため息。
「ああ、もう、行くぞ、ほら」
気の抜けた出発となったが……まあ俺たちらしいっちゃらしいのかもしれない。
△
闇に乗じて、木を乗り移る。
『群狼』は銃口をあちらこちらに向けながら、しかし俺たちがどこにいるか捉えきれていない。
森に入ってから既に何人も仕留めて、恐怖を植え付けている。
どこから襲ってくるかわからない獰猛な敵。あちらからすれば、俺たちのほうが狼に見えるだろう。
逃げ出して孤立した男の前に、ぱっと姿を現した。
「は?」
防御姿勢に入られる前に、顎をつま先で鋭く弾いた。
ビンゴ。脳が揺らされ、目が虚ろに泳ぐ。
だが……
〈ぐっ……くそ、ガキどもが……!〉
浅かったか。思いっきり意識を刈り取るつもりだったが、相手の鍛えられたぶっとい首が衝撃を吸収したんだ。
しかし、今ので多少ふらつく程度なら重ねればいいだけのこと。
隙だらけでよろける男の顔面に、俺は思いきり回し蹴りを食らわせた。
どさりと倒れた男。意識が戻るまでそう時間はかからないだろうが、その時にはすでに全部終わってることだろう。
待ち伏せ成功。カルマの作戦通り、『群狼』はおびき寄せられたり、罠にはまったり、どんどんその数を減らしていっている。
この森は、暗殺練習してきたE組にとっては勝手のわかる庭。
隠れやすい場所、フリーランニングのルート、狙撃ポイント、罠の位置などなど、すべてが頭に入っている。
『群狼』は全方位を注意しなければならないが、俺たちは冷静に適切なアタックをしかければいいだけだ。
なにより違うのは、覚悟。
中学生相手なら楽勝と考えている『群狼』とE組じゃ、勝利への覚悟の重さが違う。
「こっちはOKだ」
《了解。じゃ、こっち来て》
「こっちってどっち……」
《ぎゃあああああ!!》
俺とカルマを遮って、悲鳴が聞こえた。
闇を切り裂くような甲高い声は、イヤホンからももう一方の耳からもよく聞こえる。
「なるほど、あっちか」
絶え間ない絶叫を頼りに森を駆け、ようやくその出どころが見えてきた。
『群狼』のうちの一人が、涙と嗚咽と涎を垂らしながらじたばたと暴れている。暴れると言っても、木に括りつけられて逃げられはしないが。
その男に何かを塗りたくるカルマは、上機嫌そうに鼻歌を歌っていた。
足元に置かれてあるチューブやら瓶やらを、俺は拾い上げる。
「わさび、からしと……カルマ、これ何?」
「デスソース」
なるほどこれが……
ラベルにドクロが描いてある瓶。実物は初めて見た。
中身を覗いてみると、あれ、空だ。
「ってことは、全部使ったのか」
目の前の男の舌とか鼻にこれでもかと詰め込まれている謎の半固体。ああ、目にも垂れてる。
「これ後遺症とか残らんのか」
「俺たちに喧嘩売るなら、それくらい承知でいてもらわないと」
<おい!>
「『グリップ』なんか味覚やられて刺激のあるものしか味しないって言ってたぞ」
「精鋭なんだからこれくらいで音を上げられちゃ困るよ。とっておきも持ってきたしさ」
「なにその瓶……おぅえっ、くさっ!」
<おい、お前ら!>
英語で呼びかけてくるのは、悲鳴をもとにやってきた『群狼』。
一人ってことは、他の仲間はやられて、やむなく救助のために来たってところか。
俺たちが素手(カルマは激臭のする瓶を持ってるが)なのを見て、少し自信を取り戻したらしい男は、こちらに銃口を向ける。
<動くなよ! 動けば撃つ!>
「あんたこそ動かないほうがいいよ」
振り向きもせず、カルマが忠告した瞬間、にじり寄ってきていた男の身体が急に飛び上がる。
地面に隠してあった縄で足首が縛られ、さかさまの態勢で空中に吊られる。
こんな初歩的な罠にひっかかって銃も落としてしまい、無防備な状態になってしまっているのは無様だ。
「あーあ、せっかく忠告したのに」
「日本語だったからな、通じなかったんじゃないか?」
カルマがくくくと笑っているところを見ると、わかっててやったみたいだが。
彼はようやく哀れな男に向き直ると、悔しそうにもがく手を掴んで、あっという間にロープで拘束していく。
「ちゃーんと勉強しないと、こんなガキにいいようにされちゃうよ」
「それも通じてないぞ」
「大丈夫大丈夫。これから教え込んでやるからさ。身をもって、ね」
より一層悪い顔になって、カルマは瓶を掲げる。さらに懐から怪しい小袋も出した。
ああ、ご愁傷様。合掌。
こだまする悲鳴が一つ増えたのは、言うまでもないだろう。
△
十数分後、おびき出された敵を次々排除して、森がようやく静かになってきた。
「じゃ、國枝は前進ね」
「了解」
カルマの指示に、なんの疑いもなく従う。
捕まっている間、彼はずっとこの山での攻防について考えを張り巡らせていた。作戦に疑問なんて感じない。
言われるがままに動いて、拳を振るうだけで特殊部隊を制圧できていく。
誰も欠けることなく、どんどんと進行していく。
この森において、E組に勝てる部隊は存在しないのかもしれない。それほどまでに、俺たちはお互いの能力を認めていて、お互いを信頼していた。
このまま行けば大きな怪我もなく……
「!」
殺気を感じた。急速に迫ってくる大きな殺気。
気づいた時には遅かった。隣にいた岡島が吹っ飛ぶ。何者かがぶつかってきたのだ。
そいつはすぐ近くの俺に狙いを定めて、攻撃を仕掛けてきた。なんとか両腕で防いだが、勢いを殺しきれずに身体は飛ばされ、木に激突する。
〈ほう、やるじゃないか〉
俺たちを吹き飛ばした男は、勢いを殺さず着地し、にやりと笑う。
鋭い眼光を放つ目にかけられている眼鏡が怪しく光った。
こいつのことは聞いている。
『群狼』のリーダー、クレイグ・ホウジョウ。
各地の戦争・紛争に現れては嵐のように猛威を振るい、死体の山を築き上げてきた戦争狂。
なるほど、戦闘服の上からでもわかるほど引き締まった身体、顔につけられた傷、一筋縄でいかなそうな獣のような目、風格漂う佇まい。放たれている威圧感を前にすれば、並の人間なら縮こまるところだ。
烏間先生曰く、彼より三倍強いとのこと。
てことは、単純な戦闘力だけでいえば、もちろん二代目『死神』よりも強いってことだ。
超体育着を着て、しかも両腕でガードしたのに、じんじんと痺れている。ほんのかすっただけなのに……これだけで圧倒的な差がわかる。
もし一瞬でも反応が遅れていたら、骨を折られていたことだろう。
〈あんた、雇われてるだけだろ。部隊は全滅したんだし、ここは通してくれないか〉
〈全滅……? いやいや、私がいる〉
ふふふ、と小さく笑って、彼は自信満々に近づいてくる。
〈それに、君たちのような統率のとれた部隊と戦える機会はそうそうない。楽しませてもらうよ〉
この戦闘狂め……だがこうやって話をしているおかげで、みんなが続々と集結しつつある。
それがわかって、彼はさらに口角を上げた。
〈さて、君たちの中で一番強いのは誰かな?〉
〈お前が決めろ〉
言い返すと、クレイグの歩みが止まった。その眼前を、岡島の蹴りが通り抜ける。
先ほど吹き飛ばされて気絶したフリをしていたのだ。
棒倒しの時に使った、警戒網の外からの襲撃。さすがに食らってはくれなかった。
クレイグがにやりと笑う。悪くない動きだ、とでも言いたげだ。
だったら次だ。
俺は距離を詰め、お互いの攻撃範囲ギリギリ外で急停止。クレイグはフェイントに騙されず、左右から襲い掛かる磯貝と前原の攻撃をガードした。
これで三人が敵を囲んだ……が、それ以上踏み込まず、すぐさま後退する。
隙を突いて、後ろから忍び寄っていた木村と岡野がスタンバトンを一閃。当たったはずだが、クレイグには一切効いていない。反撃しようと腕を振るう。それもまた、得意の敏捷性でかわす。
E組全員によるヒット&アウェイ戦法。遠距離からの攻撃も相まって、どこから攻撃がくるかわかるまい。
たった一人を相手にするには贅沢な作戦だが、油断はしない。
俺たちは一度、二代目『死神』にこっぴどくやられている。巨大な一が多数を蹴散らす能力を持っているのは承知済みだ。その二代目『死神』に勝った烏間先生よりさらに強い奴を相手に、手を抜けるほど俺たちは強くない。
協力して食らいついていくしかないのだ。
決してクレイグに捕まらないよう、反撃を受けないように深追いはしない。そして、戦闘状態に移行させないように絶え間なく攻撃を続ける。
彼を本気にさせたらまずい。だから、あえて一撃離脱を選んだ。
俺たちのことを獲物だと思わせたまま……つまり格下であると思わせたままじゃないといけないのだ。
もし対等だと思われれば、彼の中にある戦闘のスイッチが入って、一瞬の間に殺られてしまうだろう。
だからちまちまと小さなダメージを与えながら、逃げる。こっちに必要なのは、こいつを止められる一撃だ。
そして、その時が来た。
カルマが俺をちらりと見る。その合図を受けて、俺たちはクレイグの前に姿を現した。
思った通り、ロックオンされる。
みんなが代わる代わる攻撃をしていく中で、俺は少し強めに殴る蹴るを繰り返していた。この瞬間、この中で一番脅威なのが俺だと思わせるために。
カルマもまた、自分が司令塔だと理解させるためにあえて見える位置で指示を出していた。
真正面から一瞬で最高速度まで加速し、瞬時に距離を詰める……と警戒させて、一歩進んだところで急ブレーキをかけた。
〈ぐっ!?〉
クレイグが顔を歪めて、いつの間にか首に刺さっていた針を引き抜く。
律が操る堀部特製ドローンが麻酔弾を発射したのだ。
慌てて後ろを見るが、それが致命的。
パン!
俺のフェイント、そして律の狙撃によって敏感になっているところに、渚のクラップスタナーが響く。
絶好のタイミング。クレイグの動きが止まった。
「カルマ!」
その頭を掴んで、渚は叫ぶ。
応じて、カルマが勢いよくダッシュし、顔面に飛び膝蹴り。渚は後頭部に肘鉄を叩き込み、衝撃のサンドイッチで脳を揺らした。
「寺坂!」
続いてカルマがクレイグの腕を掴み、寺坂ももう片方を持って、二人で持ち上げる。
無理やり立たされたクレイグはまだ麻痺と脳震盪から復活しておらず、すこしぐらついている。
その彼を、二人は前に突き出した。
「國枝ァ!」
呼ばれると同時に、回転しながら跳躍。最も勢いが増しているところで脚を出し、クレイグの側頭部に靴底を沈めた。
彼はそのまま木に激突し、ずるずると倒れる。
「ふう」
落ち着いて息を吐く。
烏間先生の数倍強いというから、もしかしたら何人か怪我をするかもと心配していたが……なんとかいったみたいだ。
渚とカルマはにっと笑ってハイタッチ。協力技を成功させて強敵を倒したのがよほど嬉しいようだ。
「にしても、とんだバケモンだな、こいつ」
「ああ。これだけやってもほとんど傷ついてない」
寺坂も俺も、クレイグ・ホウジョウという人間を恐ろしく思った。
クラップスタナーによる麻痺と、しつこいくらいに繰り返した頭へのダメージで立てないくらいに脳を揺らしてやったが、鍛え抜かれたその身体には一切の怪我がない。
と観察していたら、彼の身体がほんのわずかに動いた。
ぞわりと冷や汗が出て、反射的に飛び出す。俺はすぐさま駆け寄り、クレイグの右腕を踏みつける。
「おい寺坂! 腕抑えろ、腕!」
俺の焦った様子に、寺坂が急いで従う。
嘘だろ。全体重をかけて一本の腕を踏んでるのに、だんだんと持ち上げられていく。
やばい……と思った瞬間、その力が緩んだ。
吉田と村松がスタンガンで痺れさせたのだ。
「かっこつけてハイタッチしてんじゃねー!」
「ちゃんとトドメさせ!」
みんなに怒られ、渚とカルマはバツの悪そうな、それでいて恥ずかしそうな顔を浮かべる。
クレイグが再び動き出さないように、全員で身体を抑えながら、スタンガンで麻痺させつつテープや縄で拘束していく。肩から足先まで入念に縛ったから動けないだろう。
とにかく、作戦は成功。これで、この山にいるE組以外の人間は無効化できた。
これでようやく、殺せんせーに会えるのだ。
「待ってろよ、殺せんせー」
どういう結果になろうが、俺たちは最後まで見届ける。
覚悟を新たにして、山の上へ視線を向けた。