貌なし【完結】   作:ジマリス

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98 最後の再会

 『群狼』を倒した俺たちは、そのままの勢いで山を駆けのぼっていく。

 頂上に近づくにつれ、膜のようなものが校舎の周りを囲んでいるのが見える。

 『地の盾』だ。

 そのバリアは本当に触手細胞にのみ作用するようで、触れてもなんともない。

 俺たち普通の人間にとってはそこに何もないのと同じだ。

 そんなドーム状のバリアの中に入ると、校舎の外に俺たちを待っている人影があった。

 

「音だけでも、恐ろしい強敵を仕留めたのがわかりました。成長しましたね、みなさん」

「殺せんせー!」

 

 いつもと同じく、登校する俺たちを迎えてくれた殺せんせー。

 ようやく会えた恩人に、俺たちはわっと駆け寄る。

 ぬっと伸びてきた触手に頭を撫でられ、それだけで無茶をしてきた甲斐があるというもの。

 

 しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 俺たちはこの一週間に起こった出来事を全て話した。

 

「なるほどねえ。レーザー発射は日付が変わる直前ですか」

 

 殺せんせーが顔を天に上げ、つられて俺たちも空を見上げる。

 ここに照準を向けている『天の矛』は、星よりも強く眩い光を放っている。

 百%充填まであとわずか。そのエネルギーが、ああやって存在をアピールしている。

 

 『地の盾』を発動してから、確実に殺せる『天の矛』での攻撃。シンプルな作戦ゆえに、破ることは出来ない。

 それを可能にした技術力に対しては、やはり見事というしかなかった。

 

「……」

 

 今さら考えても、逆転の手はない。

 

 たとえこの作戦を指揮している上層部と話し合いができたとして、危険がほとんどないと言っても通用しない。

 爆発する可能性は一%未満。それを受け止められるのは、俺たちがE組の生徒で、彼の教え子だからだ。

 各国の代表者たちは違う。たとえごくわずかな確率でも、平和を脅かす存在は無視できないのだ。

 それを責め立てることはできない。彼らは自分の国とこの世界を守ろうとしているだけだ。

 

 誰もが自分の正義を持っている。正しいか正しくないかは関係なく、やりたい・やるべきだと考えて行動している。

 ここまできたら変えることなんて出来なくて……だからこそ結果が変わらないと理解できてしまう。

 

「みなさんにアドバイスをしましょう」

 

 暗い顔をする俺たちに、殺せんせーは言葉をかけた。

 

「真正面から立ち向かうだけが、最善の方法ではありません。逃げる、隠れる、罠を仕掛ける、奇襲をかける。今の君たちなら……殺さずとも殺せずとも、この教室で学んだ暗殺者なら、あらゆる方法を試せるでしょう。そうやって諦めず戦えば、きっと結果はついてきます」

 

 俺たちが頑張ってここに来たことが無駄ではないと、そう言っているのだ。

 殺せんせーが死ぬことに変わりはないけれど、諦めずにいたからこそ、こうやって会えている。

 無駄だとは、誰も思っていなかった。

 

「ケッ。こんな時まで授業かよ」

 

 寺坂のこんな強がりにも、殺せんせーは笑った。

 

「ヌルフフフ。こんな時だからこそできる授業です。教師たるもの教育のチャンスは逃しませんよぉ」

 

 ……なんていうか、()()()な。切羽詰まったって状況なのに、E組らしい空気だ。

 

「ところで中村さん。山中の激戦でも君の足音は大人しかったですねえ。しかも甘いにおいがするようですが?」

 

 よだれを垂らしながら、殺せんせーが問う。

 地獄鼻で地獄耳かよ、と軽く引きながら、中村は腰につけたポーチに手を伸ばした。

 

「月が爆発した日から、今日でちょうど一年でしょ。確か雪村先生は、今日を殺せんせーの『誕生日』にしたんだよね」

 

 じゃん、と取り出したのは、小さな白い箱。それを開けると、きらりと輝くケーキが鎮座していた。

 

「小っちゃいけどブランドもんの高級ケーキよ。これを持ってこれる私の体術を褒めてほしいな……聞けよ!」

 

 得意げになっている中村をよそに、殺せんせーの目はケーキに釘づけだ。

 

「だって……だって、一週間ぶりのスウィーツ……」

「ああもうヨダレが垂れる! みんなとっとと歌っちゃうよ! さんはい!」

 

 ケーキに火のついた一本のローソクを立て、ぐだぐだした進行から始まったのは、E組生徒による『ハッピーバースデートゥユー』合唱。

 彼が生まれてくれたことを、生きてくれていることを、ここにいることを感謝し、祝う歌。

 ちょっと気恥ずかしいけど、せっかくの誕生日なんだし。

 

「オラ、吹き消せ殺せんせー!」

「一本しかないんだから大事にな!」

 

 歌い終わると、一斉に囃し立てる。

 待ちに待ったケーキを前に、殺せんせーはにやにやを抑えられず、 火へ顔を近づける。

 ふ、と吹き消そうとした……その瞬間。

 

 ドン!!

 

 突如として、地面に何かがぶつかった。

 ケーキは無残にも破壊され、噴火したかのように土が舞い上がる。

 

 何が起きたかわからず、誰もが口を開けて呆然としていた。

 

「ハッピーバースデー」

 

 暗く、呪うような声。はっとして振り向くと、校舎の上に負の感情をまき散らす二人がいた。

 そのうちの一人は……

 

「柳沢……!」

「機は熟した。世界一残酷な死をプレゼントしよう」

 

 いつもの白い服で登場したシロこと柳沢。彼は、フードまでジッパーを閉めているもう一人を前に出した。

 

「先生。僕が誰だかわかるよね」

 

 男はジッパーを外し、殺意と憎悪を漏らす。羽化するように中身がずるずると出てくる。

 どくり、と心臓が鳴った。

 視界に入れただけで絶望的な力の差がわかってしまう。この感覚を、俺たちはすでに味わったことがある。

 

「改めて生徒たちにも紹介しようか。彼が、そのタコから『死神』の名を奪った男だ。そして、新しい『殺せんせー』だ」

 

 殺せんせーよりも本数が多く、尖っているような触手。それを巧みに操る人型の怪物が地上に降り立った。

 堀部のよりしなやかで、茅野のより鋭い。命を救おうとする殺せんせーの触手とは逆の、全てを破壊するための手だ。

 

「あれが……『死神』?」

「そのタコと同じ改造を施しただけさ。違う点は、彼が自ら強く望んでこの改造を受けたことだ」

 

 『死神』の触手は一本残らず黒い。混じりっ気なしの怒りの色。

 ちょっと体内に入れただけで頭が壊れそうなくらいだった触手細胞を、こんなになるまで……いったいどれだけの憤怒を抱えているんだ。

 

「さあ、存分に発揮するがいい」

 

 パンッ。

 

 何かが弾けるような音がして……気づいた時には身体が宙を舞っていた。

 あまりに唐突なことに、『死神』の攻撃を受けたのだろうということまでしかわからなかった。

 受け身を取り損ねて、背中から地面に激突する。超体育着のおかげで怪我はないが、肺から空気が吐き出されて一瞬意識を手放してしまった。

 

衝撃波(ソニックブーム)さ。彼の触手は初速からマッハ2を出す。最高瞬間速度はマッハ40。この狭いバリアの中では最高速度までは出せんがな。要するに基本性能が倍ということ」

 

 柳沢が言っていることは、衝撃と耳鳴りでよく聞こえなかったが、身に受けてしっかり理解した。

 目の前にいるのは、ハッタリでもなんでもなく、柳沢の言うような怪物だ。

 

 だがどうやって入り込んだ? 後者の周りは『地の盾』で囲われているのに。

 ……決まっている。お偉いさんがほんの一瞬バリアを開けたのだ。

 殺せんせー抹殺は間違いないとみて、触手細胞の有用性を実証するためにデータを取ろうとしているのだ。

 

 ギリ、と歯を噛む。

 なにより許せないのは……

 

「……命を軽視しているな」

「ハハハ、流石だな。気付いたか、國枝響」

 

 あいつが『死神』を触手生物に変えたのは最近のことだろう。なのに、殺せんせーみたいな全身触手状態にしたうえ、マッハ40まで出せるまで強くしたってなると、代償が必要だ。

 

 そしてその代償とは……間違いなく命だ。

 触手二本を植え付けられていた堀部でさえ、定期的なメンテナンスを行っていなければ地獄の苦しみを味わう羽目になっていた。

 ならば、『死神』はもっともっと自身の未来を削っていっている。

 

 その通り、とばかりにくつくつと笑った。

 

「寿命は三か月もない代わりに、すさまじいエネルギーを引き出すように調整できた。もちろん死ぬときも爆発する危険はない仕組みだ。ハハハハハ! 安全で完璧な兵器だろう!」

「お前……」

 

 無意識に拳を握っていた。

 血管が切れそうなくらい、怒りが湧いてくる。

 

「いつもいつも命を軽く見やがって……他の誰かを道具にしか思ってないような奴が、他人の命を弄ぶな! そうやっていつも遠くから好き勝手やりやがって! 復讐だのなんだの言って、お前は……」

「俺に死の覚悟がないと、そう思うかね?」

 

 冷徹な目で俺を見下し、彼は特製の白服を脱ぐ。

 ビキビキと胎動する血管や筋肉。目は充血している。様子がおかしいなんてもんじゃない。

 

 さらに、柳沢は自分の首筋に注射器を立て、ためらいなく中身を押し込んだ。

 

「命などどうでもいい。俺から全てを奪ったこいつさえ殺せれば」

 

 血管が浮き彫りになり、皮膚の下でぼこぼこと何かが蠢いている。

 柳沢も人から離れようとしているのは、火を見るより明らかだ。

 

「全身でなくとも要所に触手を少しずつ埋めこめば、人間の機能を保ったまま超人になれる」

 

 あとは俺たちに見向きもせず、柳沢は殺せんせーの後ろに回る。

 左目に装着した機械から、光が放たれた。

 触手の動きを固める圧力光線。ほんの少しの間だけ止まってしまった殺せんせーへ、『死神』が追撃する。

 

「無残に死ね、モルモット。愛する生徒に一生の傷が残るように!」

 

 柳沢は知識と戦略、『死神』は手数と暴力。

 遠慮の欠片もない猛攻を避けて、受け流し、殺せんせーは必死に生き延びる。

 

「みなさん、さっきの授業で言い忘れていたことがあります。いかに巧みに正面戦闘を避けてきた殺し屋でも、人生の中では必ず数度、全力を尽くして戦わねばならない時がある」

 

 ざ、と俺たちの前に立ち、殺せんせーは叫んだ。

 

「先生の場合……それは今です!」

 

 再び、両方が空中で取っ組み合う。

 一発一発の重みは、伝わってくる空気の振動でわかる。

 

 『死神』と柳沢、二人の攻撃は災害かとも思えるほど激しかった。

 あらゆる面で能力を上回っている『死神』。サポートする柳沢は対触手用ナイフも使える。

 対して、殺せんせーは年季の差で食らいつく。

 今まで実際に触手を使っていたのは殺せんせーだ。どれだけ応用できるか、彼が一番よく知っている。

 

 押されるばかりだと思っていたが、徐々に殺せんせーも態勢を立て直しつつあった。

 

「道を外れた生徒には……今から教師の私が責任を取ります。だが柳沢、君は出ていけ。ここは生徒が育つための場所だ。君に立ち入る資格はない」

 

 柳沢の額からビキビキと音が鳴る。

 

「……まだ教師なぞを気取るか、モルモット。ならば試してやろう。わからないか? 我々がなぜこのタイミングを選んできたのか」

 

 はっとして、俺は自分の間抜けさを呪った。

 敵が殺せんせーの相手をしている間に、俺たちは逃げるべきだった。

 

 そんな後悔が頭を占める前に、『死神』は目の前に迫る。

 

 キュイイイイイ……!

 

 『死神』の触手が嫌な高音を奏で、黒く光り始める。体内のエネルギーを圧縮して放つつもりだ。

 

 まずい。このままじゃ……死……

 

 恐怖に目を瞑る。

 目の前が真っ暗になって、遅れて衝撃音が襲ってきた。

 

 だが、いくら待っても何も来ない。

 光の濁流が止んで、揺れも収まる。

 恐る恐る目を開けて見ると、五体満足で一切の怪我がなかった。他のみんなも同様。

 

 俺たちにダメージはなかった。ということは……

 

「殺せんせー!」

 

 代わりに、前に立った殺せんせーが全てを受け切った。

 もちろんあれだけのエネルギーを一人で食らって無事なわけがない。がくりと倒れそうなほど、目に見えて殺せんせーの体力は削られていた。

 

「教師の鑑だな、モルモット! 自分一人なら逃げれるだろうこの強撃を、生徒を守るために正面から受けるとは!」

 

 高笑いする柳沢。俺は……何も言い返せずに、立ちすくんでいた。

 逃げるべきだった。この戦いが始まった時点で、力になれることはない。

 むしろ、邪魔になってしまった。殺せんせーが俺たちを放って置けるはずもないことは知っていたのに。

 

「さあ『二代目』。次だ」

 

 二発目。後ろに回った『死神』の攻撃。殺せんせーは同じく防御する。

 

「次!」

 

 またしても同じ方法。しかし抗えず、殺せんせーは三度なんとか耐えきる。

 だが……限界だ。たった一発でも生徒全員が死んでしまうほどの猛攻。いくら殺せんせーとはいえ、これ以上は危険だ。

 

「柳沢ァ!」

 

 こんな策略を考えたやつを睨む。

 柳沢は、自ら作り出した超生物を殺すために、プライドも何もかもをかなぐり捨てたみたいだ。

 こんな卑怯な手を使うなんて……!

 

「こうなったのはお前たちのせいだ。無力な生徒たちが一緒にいれば、奴は守らざるを得ない。助けに来たんだろうが、逆だ。のこのこと人質になりに来てくれて礼を言うよ」

「やめろ!」

 

 別方向から、柳沢を咎める声が響く。いつの間にか来ていた烏間先生が、銃口を向けていた。

 校舎に隠れるように、ビッチ先生も顔を覗かせている。

 

「これ以上生徒を巻き添えにするな!」

 

 距離は十分。普通なら、手を挙げて降参するところだ。

 しかし、柳沢はふん、と手を振るう。伸びた手によってバチィと弾かれた烏間先生は、ぐるぐると回って芝生の上に飛ばされる。

 

「黙って見てろ国家の犬。お前はもう俺にすら勝てはしない」

 

 吐き捨てるように言って、柳沢は再び殺せんせーへ攻撃を始めた。

 転がった烏間先生に、ビッチ先生が駆け寄る。

 

 あっちで戦っていたと思ったら、こっちで衝撃が走る。目を向けたときには遅く、まったく別の方向でぶつかる音が聞こえる。

 

 こんな戦い……ついていけるわけがない。

 どれだけ見えようが、身体がついてこなくちゃ意味がない。

 触手細胞を打ち込んだ柳沢に相対すれば、一撃で吹き飛ばされてしまうだろう。

 

 殺せんせーの倍のスペックの『死神』。そして、触手細胞を自分で埋め込んだ天才、柳沢。

 

 この二人に勝つことなんて……

 

「……」

 

 いや、あるかもしれない。逆転の手が。

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