殺せんせーVS『死神』&柳沢。
その戦いが生み出す衝撃波だけで、介入不可能なバトルだと思い知らされる。
「逃げよう! これ以上はもう……」
渚が下した決断は逃走。間違ってはいない。むしろ大正解だ。
このままじゃ邪魔になってしまう。バリアの外に出てしまえばいかに『死神』と柳沢とはいえ、手が出せなくなる。
だからここは背を向けて懸命に走るのが正しいが……
「國枝!?」
みんなとは逆に、俺は校舎のほうへ走り出す。
アレさえ手に入れてしまえば、傾いたパワーバランスをどうにかできるはずだ。
もうすぐで手が届く。落ちているそれを掴んで……
「なんのつもりだ?」
一瞬で俺の前に移動してきた柳沢が、バチンと腕をしならせる。
『死神』や殺せんせーには及ばないが、強化された身体による攻撃は素早く、目で捉えられても反応ができなかった。
空中に投げ出され、背中から地面に激突してしまう。
超体育着を着ていても、身体が裂けてしまったんじゃないかと思うほど鋭い痛みが残る。
力の差は圧倒的。このまま向かっていっても無駄だ。
こんな……こんな終わり方なのか。
E組も殺せんせーも、こんなところで終わるのか?
俺たちの一年間は、他の誰かが気持ちよくなるための前座でしかなかったのか?
必死に戦ってきた。格上の相手にも勝ってきた。
足りないものを手に入れて、それでも足りないなら補い合って、殺せんせーを生かすという結果にようやくたどり着いた。
殺せんせーが殺されてしまうのを止められないとわかっても、最後に話したいと思ってここまで来た。
なのにこの理不尽な世界は、嘲笑っているように全てを奪っていく。
立ち上がるにも限度がある。何もかもが終わって、目を瞑って、最後を待つだけになる時が来る。
……
…………
………………だけど。
「だけど」
だけど!
「まだその時じゃない」
柳沢は、ターゲットを変えた。うろちょろしている俺を先に始末するつもりだ。
俺は痛みに耐えながら、体を起こして膝をつく。
「お前たち全員殺してやる。奴の前で、生徒の屍を見せつけてやる!」
目の前まで迫って来た柳沢が、首を掴んでこようと手を伸ばしてくる。
「やってみろ」
俺はその腕を掴み、思いきり足を振る。
柳沢は何メートルも吹き飛ばされ、無様に地面に転がった。
「ここは椚ヶ丘中学三年E組の校舎だ。部外者はご退場願おう」
「お前……」
俺の身体の全身が筋立って波打つ。血管が膨張して、赤と青の線が何か所も交差する。とめどなく溢れてくる異物感が血とともに巡る。
柳沢はこの戦いで全ての決着をつけるつもりなのだ。だから、自分にも躊躇いなく触手細胞を埋め込んだ。
足りなかったらもっともっと打ち込むつもりだったのだろう。どれだけ身体が蝕まれるかなんて考えもせずに。
その予備の強化細胞を、俺は狙った。
思った通り、柳沢が捨てたコートの中に数本の注射器があった。
今それらは全て空になって俺の足元にある。
「じわじわと慣らしていかないと、命を削る触手細胞だぞ!? それを一気に打ち込んだというのか!?」
「お前たちを倒すには、それしかない。打つのを惜しんでだめでした、なんてシャレにもならんからな」
おかげで吐きそうなほど気分が悪い。身体は燃えるように熱いし、呼吸がしづらい。
身体のあらゆるところが破壊されたそばから再生されていくのが繰り返されている。
「チッ」
柳沢が距離を詰める。
俺が強化細胞に慣れるまでに叩きのめすつもりだ。
まだ細胞が定着しようとしている最中だが、懸命に四肢を動かす。
「お前はもう少し利口だと思ったがな」
「あいにく、
お互いに肉弾戦を繰り広げる中で、どんどんと柳沢が不機嫌になっていく。
明らかにヒット数は俺の方が多かった。
かなり前から触手細胞を馴染ませていた柳沢は、それを認めたくなくてより激しい攻撃をしてくる。
俺はそれを防ぎ、躱し、カウンターを決める。
単純なスペックなら柳沢のほうが高い。だが俺には経験がある。
触手も一回だけ扱ったことがあるし、なによりこれまでの戦いは戦力差をひっくり返せるほど激しかった。
今さらこんな素人に負けはしない。
「ぐ、くそ。ガキ風情が……っ」
「お前はそんなガキに負けるんだよ」
「なんでそこまでするんだ! あの怪物に、そこまでする価値があるとでも思っているのか!?」
技術もなにもない大ぶりのパンチをかわす。カウンターに、喚く敵の顔面に肘を打ち込んでやった。
「お前にはわからないよ」
反撃の隙を与えず、顔を、胸を、腹を力の限り殴りぬく。触手細胞のおかげで、降り注ぐ矢のような高速連続打撃も可能になった。
まともに全部受けてしまった柳沢は、よろよろと後ずさったかと思うと、ばたりと倒れる。
「う……ぐ……」
意識はあるみたいだが、身体はついていけていないようだ。
無理もない。彼自身も先を考えないような身体改造をして、そのうえ強い打撃を何発も食らってしまったのだ。
「次は……」
殺せんせーに加勢しようと振り向く。
『死神』もそれに気づいて、こちらを睨み返してきた。
「ぐぁっ!」
突然全身が波打ち、骨がきしむ。発火したかのように熱く、電気を流されたように痺れる。
触手細胞が俺に大きく反応した。メンテナンスしてない状態での活動限界時間が迫って来たのだ。
激痛に刺され、その場に立ち止まってしまう。一瞬心臓が止まり、呼吸が出来なくなる。
その隙に、『死神』が音速を超えて向かってくる。
視界が狭まる。時間がゆっくり流れる。死を前にして、脳が危険信号を放っている。
この瞬間だ。『死神』がまっすぐ向かってくるこの瞬間、触れてくる寸前、この一瞬を待っていた!
想定とは少し違う状況だが、待ち望んでいた状況に変わりはない。
だから動け。動いてくれ。あと少しだけでいい!
俺は背中に手を回す。ズボンに挟んであった
二代目『死神』の戦いぶりを見て、一つ引っかかったことがある。
最初に生徒たちを攻撃してきたとき、衝撃波を飛ばした程度で終わらせたことだ。
今の『死神』なら、俺たちを殺すなんて一瞬で出来るだろう。だが、殺せんせーの死にざまを生徒たちに見せるために、あえて俺たちを生かした。
それが柳沢の命令か、『死神』が判断したことか……とにかく、感情を暴走させながらも知性がある。
その死角を突く。
予想外のこと、そして殺意のない攻撃に弱いことは殺せんせーで実証済み。
で、俺が今から放つ不意打ちはその二つを満たしていた。
右手に握られたものを見て、『死神』の動きが一瞬固まる。
たった一瞬、されど一瞬。
俺が取り出した
今まで暗殺を拒否してきたため、所持すら断ってきたエアガン。
それを俺が撃ったことに、この場の誰もが驚いた。
対触手用弾丸がまっすぐ、『死神』の肩へ向かう。
届いてくれ、と願った。
怒りから少しでも気を逸らせるように。殺せんせーが反撃できる隙を作れるように。
決して殺しはしない俺が放つ、一切の殺意がない銃弾。
『死神』は避けようとしたが、反応するのがあまりにも遅すぎた。弾着。同時に肩が爆発したかのようにはじけ飛ぶ。
当たるかどうか不安だったが、見事命中。
負けるはずのない絶対の存在が、たった一人の中学生に不覚を取った。
明らかな動揺が『死神』を襲う。混乱が頭の中を占める。
ここだ。
殺せんせーは、触手を『死神』のそれに巻き付けた。
初速0の状態の触手を抑え込めば、力を封じられる。殺せんせーから教えてもらった弱点だ。
『死神』も例に漏れず、抜け出せずに焦りだした。
殺せんせーは残った触手を、胸の前で祈るように構える。
体内にある力が全て集約されていき、大きくなっていく。
下着ドロ事件の時、堀部に対して撃っていた光線。触手細胞がもつエネルギーを一点にして放つ大技。
それが、『死神』に放たれようとしている。怒りや歓喜、驚愕、冷静、恐怖、期待、愛憎……殺せんせーの全ての感情とともに。
黒、白、黄、青、緑……殺せんせーは自身の色を次々に変えながら、この一年間の全てを解放していく。
感情が触手の力を引き出すなら……殺せんせーの一年間が『二代目死神』の怒りに勝てない道理はない。
混ざり合ったものが、一気に解き放たれる。
触手から、轟々と激しい波が生み出された。地面も空気も揺れ、俺もひっくり返ってしまうほど。
光の奔流は『死神』を飲み込む。いや、包み込んでいっていると言ったほうが正しいだろうか。
黒く染まった元教え子を、殺せんせーはまっすぐ見ていた。あまりの威力に、『死神』の身体は崩れていく時まで。塵すらも残さず、消滅していくその時まで。
一方で、巨大な光線は後ろで倒れている柳沢すらも巻き込んでいく。
奇しくも『死神』の身体が盾になっていたこと、そして肉体が強化されていたことが幸いして、彼はその場では消え去ることなく、衝撃で吹き飛ばされるだけに留まった。
しかし、しかしである。
宙へ飛ばされた柳沢の先にあるのは、殺せんせーを逃がさないための『地の盾』。触手細胞を破壊するバリアである。
断末魔を上げながら、柳沢の身体はバリアの外へ……
一瞬、電子回路がショートしたような音が鳴って、静寂が戻った。
触手を通さないバリアへ、触手細胞を全身に張り巡らせた柳沢がどうなるかは、俺にはわからない。死んではいない……と思う。
ともかく、これで終わった……んだよな。
終わったんだ……
そう自覚すると、途端に全身の力が抜けた。
脅威は去った。このまま倒れそうになる……しかし、いつまで経っても地面が迫ってこなかった。誰かが俺を支えている。
寺坂が、俺の身体を掴んで立たせていた。
そうだよな、こういうとき、一番に動くのがお前だよな。
「大丈夫かよ」
「政府施設への潜入、『群狼』とゲリラバトル、んで、触手生物とのやり合い。さすがに限界だ」
「あとちょっと起きてろよ。まだ終わってねえ」
ああ、と俺はなんとか頷く。
まだ一番大きな仕事が残っている。
殺せんせーの最期を看取るという大仕事が。