ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~   作:ゼクス

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 格納庫の物陰に隠れながら話を聞いていたちとせは、涙が止まらなかった。

 

『『アナザースペース』から、ちとせがシャープシューターと共に帰還した後、俺は肉体と精神が別れた』

 

 ずっと会いたかった人の筈なのに、耳に届く声は愛するその人の声ではなく無機質な男性寄りの電子音声。

 

『肉体を失った俺は、『アナザースペース』を方向も分からずに漂っていた。手足の感覚が無くて、ただ浮いてるだけって、今思えば変な感じだったな、ハハハハッ』

 

 だが、分かる。今、耳に届く声の主は自身がずっと会いたくて探し続けていた愛しい人なのだとちとせには分かった。

 

『このまま『アナザースペース』をずっと漂い続ける事も覚悟した時だ。俺に近づく影があった。そう、このファントムシューターだ。誰にも気づかれる事が無い筈の俺に、ファントムシューターは気付いてくれて、この機体に備わっていた機能を利用してくれてこうして俺という存在を保てるようにしてくれた。まぁ、外の世界の情報を知る為だって言われたけどね、ハハハハッ』

 

 会いたくて。会いたくて。

 その胸の中にもう一度飛び込みたいとずっと願い、心身を削ってちとせはこの時を待っていた筈。

 

『それからはずっとファントムシューターと一緒だ。色々と事情を聞かされて、助けて貰ったお礼も兼ねて俺は協力する事にした。それから『EDEN(エデン)』に一度戻って、『クロノスゲート』が起動したのを確認したよ。皆が既に他の宇宙に向かおうとしていたのも知った。ああ、あの時に皆に近づいたのは、性能テストがしたいってファントムシューターが言ったからさ。俺としては挑発みたいになるから止めようって言ったんだけど、上位者はファントムシューターだから止めきれなかったんだ』

 

 だが、ずっと再会したいと願っていた愛しくて仕方がない相手は。

 

『それから『NEUE(ノイエ)』に来て、海賊退治をしながらデータに残されている幾つかのファントムシューター用の施設を確認。殆ど失われていたけど、唯一フェムトだけが完全な形で残っていたのは幸いだった。そしてそれからは『NEUE(ノイエ)』で製作された()()の『紋章機』を捜索。四機は結構早く見つかったんだけど、五機目を見つけたのは、この艦と接触した時だ。戦いそうだったから、介入して阻止した。後、出来れば装甲についているペイントを消して貰えないかな? 結構この子、気にしていて不機嫌に《怒りという感情は存在せず》……こんな感じでね、ハハハハッ』

 

 多くを失っていた。

 

 

『…………』

 

 格納庫にいる誰もが、そして話を聞いていたブリッジにいる面々は言葉を失っていた。

 ブリッジにいるタクトの事を良く知っているココとアルモは、両手で顔を覆って涙さえも溢して泣いている。

 『アナザースペース』にただ一人残されたタクトがどうなったのかは、当時の事を知る誰もがずっと気になっていた事。怪我をした事は、当時ちとせが着ていた制服に付着していた大量の赤い血で判明していた。

 だが、それでも。『時間と空間が関係ない』という特性を持っている空間である『アナザースペース』ならばと望みを持っていた。

 しかし、その望みは絶たれ、彼らが想像だにしない状態で帰還を果たしてしまっていた。

 『EDEN(エデン)』宇宙を救った英雄であり、ちとせの想い人であるタクト・マイヤーズは。

 

(こ、こんな事って……っ)

 

 タクトの話を聞いていたカズヤは、言葉を失うしかなかった。

 呪いを掛けられたちとせを救うために探そうとしていた人物。

 正直言えば、カズヤはちとせの苦しみを目にしていただけに、余りタクトには良い印象が無かった。だが、こうして話を聞いた後は何故『アナザースペース』から帰還しながらも、ちとせの下に戻って来なかったのか分かってしまった。

 会える筈がないのだ。肉体は失われ、精神のみがファントムシューターという機体の機能によって存続出来ていると言う、生きているとはとても言えない状態になってしまっていたのだから。

 

「………ミント」

 

「ええ、少なくとも今のタクトさんの話に嘘はありませんわ」

 

「……そうか」

 

 ギュッとレスターは、顔を俯かせながら両手を握り締めるしかなかった。

 

(幾つか隠されているようですが)

 

 タクトの話の中には幾つか抜け落ちている部分があった。

 例えば『アナザースペース』内に存在し、タクトとちとせを襲った謎の勢力である『ウィル』。

 ただ、『ウィル』に関しては政治的にも軍事的にも『EDEN(エデン)』上層部がトップシークレットと扱っているので、タクトが話さなかったのは助かった事だ。

 まだ、『アナザースペース』内に存在する勢力など、カズヤ達が知るには早すぎる。

 この点に関しては、話さずにいてくれてレスター達も助かった。

 

(しかし、それはずっと私達との接触を避けていた筈のタクトさんが知らない筈の事……それなのにタクトさんが話さなかった理由があるとすれば……)

 

 『ウィル』という勢力は、レスターやミントの想像を遥かに超える勢力である可能性。

 気にならないと言えない訳ではないが、今はそれどころではない。何よりも重要なのは、ファントムシューターから()()()()()()()()()()()どうかだ。

 

「タクト。質問だが、ファントムシューターからお前の精神が離れる事は可能なのか?」

 

『ああ、それは……《否定》…っ!?』

 

 割り込むようにファントムシューターのAIの意思を伝える音声が響いた。

 

《登録精神を破棄する事は可能。しかし、その場合、肉体を失っている精神が破棄後にどうなるかは検証不足の為、実行を許可できず。これまでの経緯より、登録精神は有益な存在と本機は認定している。故に可能な限り保持を優先》

 

「それってつまり……マイヤーズさんに危険が及ぶ事は許可出来ないってこと?」

 

《………肯定》

 

(な、何か凄く相手が認めたくない事を認めさせてしまったような……)

 

 これまでと違う、まるで嫌な事を言わされたというようなファントムシューターの反応にカズヤは戸惑った。

 

『……君、名前は?』

 

「えっ? あっ、はい。ルーンエンジェル隊所属、カズヤ・シラナミ少尉です! そ、その、こんな形ですけど、お会いできて光栄です!」

 

『ははははっ、そう硬くならないでくれ。しかし、ルーンエンジェル隊か……もしかして君が、ブレイブハートのパイロットかな?』

 

「は、はい。そうですけど……ブレイブハートの事もご存知だったんですか?」

 

『うん、まぁね。いや~、それにしても最初に『NEUE(ノイエ)』の『紋章機』と合体するのを見た時はロマンを感じて興奮したよ。戦闘も見させて貰ったけど、結構良かったし、あの時はこっちも絡め手が通じなかったらどうしようかって本当に悩まされた』

 

「きょ、恐縮です」

 

『新しいエンジェル隊の子達も良い子達そうだし……』

 

(この子達には背負わせたくないな)

 

(背負わせる? 一体何を?)

 

 聞こえたタクトの心の声に、ミントは訝しむ。

 

(やはり、タクトさんは何かを背負って……っ!?)

 

 突然聴こえていた筈のタクトの心の声がミントは聞こえなくなった。

 一体何がとミントが視線を彷徨わせていると、ファントムシューターの音声が響く。

 

《精神保護機能。完全修復》

 

『おっ。漸くか。ミント、悪いけど、これ以上俺の心の声を聞かせる訳にはいかないんだ』

 

「タクト!? お前は!?」

 

 レスターは悟った。これまで会話は、ミントのテレパシー能力を遮断する為の機能復帰の為の時間稼ぎだったという事を。それが何を意味するのかも、レスターには分かった。

 

「何を考えている、タクト!? 以前のお前だったら、一人で背負おうなどしなかった筈だ!」

 

 普段は怠けてばかりで碌に仕事もせず、楽をしたい不精者で居たいと口にしていた。

 だが、タクトは様々な要因が絡んだとしても、ムーンエンジェル隊と共に戦い続け、そして平和を獲得した。しかし、その果てにタクト自身は大切に想っていた相手と離れ離れになり、自身は生きているとは言えない状態にまでなってしまった。

 

「そんなに俺達が頼りないのか!?」

 

『………ごめん、レスター』

 

 謝る事しかタクトには出来ない。

 全てを、真実を話す事は出来ない。話せば、レスター達は協力してくれることは分かってる。

 だが、全てを知れば間違いなく、タクトにとって最も大切な女性。ちとせがファントムシューターに乗ってしまう。

 それが何よりもタクトは、恐ろしくて仕方が無かった。

 

『……セルダールの解放と『ABSOLUTE(アブソリュート)』の解放、それとミルフィーの救出には協力する。でも、その後は、またお別れだ』

 

「お前は!?」

 

「ちとせさんは宜しいのですの!?」

 

『っ!?』

 

 ミントの叫びにタクトは息を呑んだ。

 そしてそれを皮切りに、ちとせを慕う者達が次々とファントムシューターの中にいるタクトに向かって叫び出した。

 

「ちとせさんはこの四年間、心身を削りながら『アナザースペース』への研究を行なっていましたわ!」

 

「そうです! 必死でずっと貴方に会いたくて! 何度倒れてもそれでもちとせさんは止まろうとしないんです!」

 

「どうかちとせさんにお声を掛けて下さい! そうしないとちとせさんは!?」

 

「ちとせは悲しんでるのだ!? だから、会うのだ!」

 

「俺はお前らの事なんてよく知らねえがよ……男だったら惚れた女を悲しませんなよ!」

 

「どうか烏丸研究員に会ってくれ! もう彼女を救えるのは貴方だけだ!」

 

「お願いです。ちとせさんに会って下さい!」

 

「ガタガタ抜かしやがって! ちとせの嬢ちゃんの為なら、俺達整備班も黙ってらんねぇぜ!!」

 

「せやー! 絶対に逃がさへんよ!」

 

 格納庫にいる誰もが、いや、ルクシオール内にいる乗員達が強く願った。

 その想いが、必死に隠そうとしていたタクトの本心を引き出した。

 

『俺だって会いたいさ! ちとせに!! だけど、俺がタクト・マイヤーズ本人だって言えるのか分からないんだ!!』

 

『っ!?』

 

『『アナザースペース』で俺は肉体を失った! 精神はファントムシューターが保護してくれてる! 皆と一緒に戦い抜いた日々も、マイヤーズ家の三男として生まれて過ごした記憶もある! でも、もう俺には手も足もない! 声だって、この機体の電子音声を使ってる! さっきはミントのおかげで俺がいるって信じて貰えた! でも、機能が復活した今、ミントの力は通じない! それが当たり前の状態なんだ! お、俺は……ちとせにタクト・マイヤーズ本人じゃないって拒絶されるのが怖いんだ!!』

 

 それこそがファントムシューターに保護されているタクトが最も恐れていた事。

 肉体を失い、精神だけは辛うじてファントムシューターが保護してくれた。だが、それだけなのだ。

 最早ファントムシューターという機体の一部に近い状態のタクトは、愛する女性であるちとせに触れる事も出来ない。声にしても電子音声で合成した物に過ぎない。

 損傷を負って機能に支障を来たしていたおかげで、ミントがテレパシー能力で気付いてくれたが、機能が万全ならば声も聞こえない。

 そんな存在になってしまったタクトが接触して、もしもちとせが拒絶してしまえば、その時タクトは自身が耐えられないと確信していた。

 

『………』

 

 格納庫にいる誰もが言葉を発せなかった。

 タクトの苦悩。それもまた重すぎる苦悩だった。

 

(マイヤーズさんもずっと苦しんでいたんだっ……)

 

 カズヤにはタクトが抱いている苦悩が分かるとは言えなかった。

 自分が心から想う相手からの拒絶。それは今のカズヤには想像も出来ない苦悩だった。

 何を言えばいいのか誰も分からない中……。

 

「貴方はタクトさんです……」

 

『っ!?』

 

 タクトが最も大切に想う女性の声が響いた。

 同時にハンガーに釣られているファントムシューターに繋がるように、タラップが音を立てて伸びた。

 

『ち、ちとせ……』

 

 ファントムシューターに備わっているセンサーが、タラップの上をゆっくり歩く女性を捉える。

 忘れた事など一瞬たりともない。腰まで届く長い黒髪。頭の後ろで結んだ赤いリボン。整った顔立ち。

 真っ直ぐな瞳。ひたむきに努力する姿。少しそそっかしいところ。何時の頃からかタクトの心の中でその存在が大きくなり、気が付けば常に目で追うようになっていた大切な女性。

 烏丸ちとせが、涙を流す目で見つめながらファントムシューターに続くタラップを歩いていた。

 

「ずっと、ずっと貴方に会いたかった」

 

『……ちとせ。俺は……』

 

「タクトさん……ぐっ!」

 

『何だ!?』

 

 突如としてちとせは胸を押さえて苦しみ出し、身体に禍々しい紋様が浮かび上がる。

 

『ちとせ!? 一体どうしたんだ!?』

 

「ディータさんの呪いですわ!? 呪いがちとせさんに解呪されない為に、眠りにつかせて悪夢に堕とそうとしていますの!?」

 

『呪いだって!? そんな!? ちとせ!』

 

 カルーアの言葉にタクトは苦しむちとせに声を掛けた。

 その声にまるで力を貰ったかのようにちとせは、自らの唇を噛んで落ちそうになる目蓋を痛みで堪え、一歩一歩前に進む。

 

「んくぅっ!」

 

 一歩一歩進むごとにちとせの手足が震えた。

 その心に負ってしまった傷が、ちとせの限界寸前の心身を更に苛ませ、『紋章機』に乗る事を拒絶させる。

 呪いの力なのか、白昼夢のようにちとせの脳裏に浮かぶのは、愛機だったシャープシューターの暗くなったコックピットの中でただ一人泣き叫びながら、タクトの名を呼ぶ自分。

 また、あの思いをさせられるかも知れないと言う心の傷が、ちとせを苦しませる。

 だが、それでもちとせは前に、ファントムシューターの、いや、タクトの下に向かって歩みを進める。

 

「はぁっ、はぁっ……タクトさん」

 

『ちとせ! 俺は!』

 

「分かります……背負ってるんですね」

 

『っ!?』

 

「でしたら……私にも背負わせて下さい」

 

『だ、駄目だ!? 今度は前の時とは違う!? このファントムシューターは!? 本当に危険な『紋章機』なんだ!? 七番機と真逆の、『黒き月』の思想を基に『白き月』の技術で強化された『紋章機』なんだ!?』

 

「っ!? なんだと!?」

 

「まさか!?」

 

 タクトの説明を聞いたレスターとミントは目を見開いてファントムシューターを見つめた。

 『黒き月』の思想。それは人間を否定する思想。その思想が中心となっているとすれば……。

 

「ちとせ! 止まれ!」

 

「もし本当にその機体が『黒き月』の産物だとすれば、乗ってはいけませんわ!」

 

 レスターとミントはタラップに向かって駆けだしながら、ちとせに向かって叫んだ。

 カズヤ達も事情は深く分からないが、何か別の危険がちとせにある事を察して走り出す。

 しかし、当人であるちとせは……。

 

「だから、何ですか?」

 

 歩みを止めずに前に進む。

 

『っ!?』

 

「ずっと、ずっと、寂しくて仕方が無かった……貴方のいない日々が……悲しくて仕方が無かった……」

 

 ちとせの歩みは止まる事無く、タラップの端まで遂に辿り着いた。

 同時にファントムシューターの装甲が開き、パイロット席が露わになった。

 それはタクトの意思ではなくファントムシューターのAIの判断。搭乗者を得られる機会を、搭乗者を欲し続けて来たファントムシューターのAIが見逃す筈が無かった。

 

『俺はもう君に背負って欲しくないんだ!』

 

「私は貴方だけに背負って欲しくないんです!」

 

『っ!?』

 

「確かに危険なのかも知れません……でも、今度こそ二人で……」

 

 見るだけで恐怖を感じて足が竦み、身体が震えるのを抑えられなかったはずの『紋章機』のパイロット席。

 禍々しい呪いの魔力の輝きが、ちとせを悪夢に堕とそうとまでしている。だが、ちとせは遂にソレを己の意志の力で振り払い、ファントムシューターに乗り込んだ。

 

「ちとせ!?」

 

『ちとせさん!?』

 

 背後から声が聞こえたちとせは振り向く。

 レスターとミント。そして新しい大切な人達の姿。閉まろうとしているコックピットの扉の向こう側に向かって、ちとせは微笑む。

 

「大丈夫です。今度こそ必ず戻って来ますから」

 

 ガコンっと音を立ててコックピットの扉が閉まり、ちとせの姿はファントムシューターの中に消えた。

 そしてファントムシューターのAIが告げる。

 

《本機搭乗資格者の搭乗を確認……生命維持に支障を来たすレベルの問題を確認……生命維持システム起動及び精神同調開始……システム最適化に移行……システムが最適化されるまで本機は休眠モード状態に移行する》

 

 そう言い終えると共に、ファントムシューターの機首部分にあったセンサーの光が消え、タクトの意思を告げていた音声も発されなくなったのだった。

 

 

 

《第六章『亡霊との再会』終了・第七章『復活の銀河天使』に続く》

 




次章で漸く、漸く復活します!
因みにファントムシューター内でちとせはタクトと一緒に悪夢との格闘中です。

『無限回廊の鍵』で登場のロゼルの役割

  • リコに接近
  • ちとせに接近
  • 別ヒロインと結ばれる
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