ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~ 作:ゼクス
ガコンっと音が鳴ると共に、ファントムシューターがエルシオールの『紋章機』専用の格納庫に収納された。
格納庫にはファントムシューター以外にも、『
ミルフィーユ・桜葉の愛機『GA-001 ラッキースター』。
ミント・ブラマンシュの愛機『GA-003 トリックマスター』
フォルテ・シュトーレンの愛機『GA-004 ハッピートリガー』
ヴァニラ・
そして嘗てちとせの愛機だった『GA-006 シャープシューター』の位置に、ファントムシューターは収まった。
即座に待機していたエルシオールの整備班長『クレータ・ビスキュイ』を始めとした整備班の面々が近づいて来て、今か今かとファントムシューターのコックピットから、ちとせと、そして『
四年前から変わらずにエルシオールに残っているクルーで、タクトを慕っていない者はない。
確かに普段はマイペースで呑気で仕事をやりたがらないが、不思議と周囲の人を引きつける魅力を持ち、数々の戦いを乗り越えて勝利に導いて来た信頼出来る司令官。
だからこそ、誰もがその死を悼み悲しんだ。
そのタクトが帰還したという報はエルシオール内を駆け巡り、新しいクルーも英雄の帰還という一大イベントを見たいと格納庫に集まって来た。
誰もが期待と興奮に満ちた視線を向ける中、ファントムシューターのコックピット部分のハッチが開き、『白き月』の研究員の制服を着て、菱形の宝石が嵌まったペンダントを首から下げたちとせが、長い黒髪を靡かせながら出て来る。
『……えっ?』
コックピットから出て来たちとせの姿を見た班長であるクレータを始めとした、四年前からエルシオールのクルーを務めている者達は我が目を疑った。
彼らは知っている。ちとせがタクトを失った事で心に深い傷を負い、『紋章機』に乗れなくなった事を。
そして明るい表情など一切見せなくなり、憂いと悲しみに満ちた顔をするようなっている事を。
だが、今ファントムシューターから降りたちとせの雰囲気は、彼らが最後に会った時とは違い、明るく前を歩める。そう、『アナザースペース』にタクトと共に行く前のちとせだった。
ファントムシューターから降りたちとせは、待機しているエルシオールの整備班の面々の集まりに目を丸くするが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「皆さん、お久しぶりです。『
「……ち、ちとせさ~ん!!」
最初に整備班長であるクレータが涙を浮かべながら駆け出し、他の整備班の面々はちとせの帰還に喝采を上げた。
誰もが不安を感じていた。幾ら皇国最強であり、『
『クロノゲート』も閉じられたままで駆け付ける事も出来ず、日々募る不安と焦り。
そんな中でのちとせの『
「良かった! 本当にご無事で良かったです!!」
「ご心配をおかけしました。ですが、私を含めて『
フォルテの事やミルフィーユが捕らえられている事などはあるが、一先ずその話はせずに、ちとせは涙ながらに抱き着いているクレータを安心させるように告げた。
そんな中、コツコツと足音が格納庫内に響く。
「全く、騒がしいったらないわね」
「あっ! ノアさん! お久しぶりです! ただいま戻りました!」
「っ!?」
ちとせの微笑みと明るい声を聞いたノアは、目を見開いた。
ノアとちとせは現在、直属の上司とその助手の関係にある。
四年前、『アナザースペース』よりの帰還後、シャープシューターを失ったちとせは軍を除隊して『白き月』所属の研究者となった。
元々分析能力の類に優れていたちとせは、瞬く間に実績を上げて行った。尤もそれは心身を削っていた影響も大きい。そしてちとせの優秀さを知っていたノアは、早い内に自らの助手にちとせを任命した。
しかし、ちとせはムーンエンジェル隊にいた際の明るかった様子など全くなく、心身を削り一刻も早く『アナザースペース』への行き来を可能にする研究を完成させる事だけを目的として暗く悲しい雰囲気しか纏っていなかった。
そのちとせが明るく微笑んだ。まるでタクトと共に居た頃のように。
「ちとせさん!」
「ルシャーティさん! エルシオールに来てくれていたのですね!」
ノアに遅れてやってきたルシャーティにも、ちとせは微笑んだ。
「あっ……」
その微笑みを見たルシャーティは、自然と涙が浮かんだ。
ちとせとルシャーティが再び再会した時、其処にはタクトと共に未来を語ってくれたちとせはいなかった。深い悲しみと後悔だけを纏い、再び愛する相手と会いたいと願いながら心身を削って無理やり前に進んで行くちとせしかいなかった。
そのちとせが明るく微笑んでくれた事に、嬉しさからルシャーティは涙を流してしまう。
「……ちとせ。帰って来てくれたのは良かったわ。しかも、こんなお土産と一緒にね」
務めて冷静さを装いながら、ノアはファントムシューターを眺める。
「すぐにジュノーに運んで、コイツを解析して『アナザースペース』を介しての移動手段を手に入れるわよ。そしてこんな事態を引き越した奴らにそれ相応の報いをくれてやらないとね」
《否定》
『っ!?』
格納庫内に無機質な電子音声が響き、ファントムシューターの機首部分の目のようなセンサーが光る。
《『黒き月』の管理者及び現『ライブラリ』の管理者を確認。その要求は認められない》
「……そう。生命反応がない筈ね。自立行動……いえ、自立意思を持った機体だったのね」
《肯定。本機は製作目的を達成する事を最優先事項と認定されて行動するように義務付けられている。本機の解析は認められない。また、解析を行なおうとすれば保護精神体への悪影響発生の危険》
「っ!? ノアさん! お願いします! ファントムシューターの解析を止めて下さい!」
「ちとせ……幾らアンタの頼みでも聞けるわけがないでしょう。この機体で『
「っ……」
ノアの指摘にちとせは息を呑み、言葉を発せなくなる。
「そうなんですか、ちとせさん?」
思わずと言った様子でクレータがちとせに質問した。
「……はい。ノアさんの言う通り、『
「そんな……」
「ミルフィーさんが……」
ノアの予想した通りの状況に、クレータ、ルシャーティは悲痛な顔をし、整備班の面々も顔を暗くした。
「だったら、分かるでしょう。『クロノゲート』が使えない以上、私達が今使える手段は『アナザースペース』を介しての移動しか……」
『いや、ノア。それは止めておいた方が良いよ』
「っ!? ……タクト?」
ファントムシューターの外部音声から聞こえた懐かしい声に、ノアは訝しみながら顔を向ける。
『ノアの言う通り、『アナザースペース』から『
「タクトさん……」
「マイヤーズ司令。本当に、本当に帰って来てくれたんですね」
『ルシャーティにクレータ。二人とも久しぶり! 整備班の皆も元気そうで良かったよ!』
「……さっきのAIの発言……降りてこないタクト……保護された精神……っ!? まさか、タクト! アンタ!?」
『流石ノア。相変わらず頭が良いね』
僅かな情報で自分の状態に行きついたノアの聡明さに、タクトは感心するしかなかった。
「アンタ!? 何でそんな状態になってるのよ!? 一体何時からよ!?」
「ノアさん?」
「ノア臨時司令?」
何時になく切迫したノアの様子に、ルシャーティ、クレータは疑問を覚える。
この場にいる面々どころかエルシオールのクルーの中で一番年若い。だが、幼くして『黒き月』の管理者に選ばれたのは伊達ではなく、『
その聡明さゆえにノアは誰よりも早く辿り着いてしまった。
タクトが今どんな状態なのかを。
『四年前からだ。ああ、でも、ノアが心配しているような事はないから安心してくれ』
「四年もですって!? 馬鹿なの!? そんな状態で四年もいて無事で済む筈がないでしょう!?」
『いや~、一応ノアの知らない技術の類で何とか持っているらしいよ……最近まで自分の声がどんなのかって忘れかけていたけど……』
「っ!? ほら、やっぱり影響は出てるでしょう!?」
「タクトさん!? 今の言葉は本当なんですか!?」
見逃せない発言にノアだけはなく、ちとせも心配して声を掛けた。
『えっ? あっ! 不味い! うっかり考えている事が音声に!?』
その言葉で先ほどの発言が真実だと知ったちとせは、涙を目に浮かべ始め、ファントムシューターの装甲に縋りつく。
「ど、どうして仰って下さらなかったんですか……わ、私、もしタクトさんにまた何かあったら……」
『わぁ~!! 泣かないでくれ! ちとせ!! 本当にごめん! 今はちとせのおかげでちゃんと思い出せるようなったから言う必要が無いと思っていただけなんだよ!』
「……あ、あの、ノアさん?」
「これは一体?」
はた目からはタクトではなく、音声を発している機体に縋りついてちとせが泣き出したようにしか見えず、事情が分かっていないルシャーティとクレータは事情を知っていそうなノアに質問した。
その質問にノアは溜め息を吐く。出来るならば口にしたくない。しかし、口にするしかないタクトの状態を。
「タクトは帰って来たわ。もっとも、
「は、
「どう言う事情だか分からないけど……この『紋章機』にタクトの精神が宿ってるのよ。だから、
『………えええええええっ!!!??』
格納庫内に驚愕と混乱の叫びが上がったのだった。
「という訳で、現在クールダラス司令率いる連合艦隊は、セルダールの第二衛星『ホッコリ―』の港で軍の再編並びセルダール解放時に負った損傷の修理などを行なっています」
ちとせとタクトがエルシオールに帰還後の数時間後。
今はノアが使っている司令官室で、ちとせは『セントラルグロウブ』の襲撃後に『
聞き終えたノアとルシャーティは、『
「……まさか、フォルテを首謀者に扮してのセルダールの支配と侵略行為……しかも真の首謀者が『
「そのヴェレルがミルフィーさんを捕らえて、全宇宙の支配を目論んでいるなんて」
「こんな大それたことをするなら、それ相応の目的があるとは思っていたけど、流石に驚くしかないわね。しかも、それだけの事を叶える力が『
ノアはチラリと、テーブルの上に置いてある黒い宝石が嵌まったペンダントに目を向ける。
「本来は時が凍っている筈の『アナザースペース』に起きている異常。疑う訳じゃないけど、本当にマイクロブラックホールと中性子星が発生しているの?」
「はい。後でファントムシューターから記録映像を出して貰いますが、この目で確認して来ました」
『一応安全圏は存在しているけど、重力場の範囲は徐々に広がっている。下手に大規模な艦隊が入り込んだら、重力場に引きずり込まれて終わりだ』
現状の『アナザースペース』の移動はかなりの危険を伴う。
ファントムシューターが移動できるのは、機械の精密さによる検証とリミッターを付けていても『紋章機』のスペックを発揮出来るからこそであり、残念ながら『
『クロノゲート』以外での唯一の別宇宙への渡航手段であった『アナザースペース』を介しての移動に問題がある事が分かり、ノアは悔しげな顔をする。
「そんな状況に『アナザースペース』がなっていたなんて……やっぱり『ウィル』がソレを?」
『多分そうだと思う。俺とちとせが『アナザースペース』に来た事で警戒して防衛線のつもりで、重力場を造った可能性はあると思う』
「マイクロブラックホールと中性子星を発生させての重力場の防衛線? 冗談じゃないわよ!」
破壊出来ない防衛線など無敵の護りとしか言えない。
『アナザースペース』に存在している謎の勢力『ウィル』。
その存在はいまだ謎だが、ちとせとタクトによって判明した『アナザースペース』の状況だけでも、その強大さは言葉に出来ない程だった。
「……いずれ……『アナザースペース』から出て来るのでしょうか?」
もしそうなった時を想像したのか、ルシャーティは身体を震わせて青褪める。
『分からない……だけど、これは不思議なんだけど、俺もちとせも最初に『ウィル』に接触した時、あいつらは『敵』だって思ったんだ』
「タクトさんの言う通りです。私も『ウィル』に接触された時、不思議と彼らは『敵』だと思えたんです」
「えっ? お二人とも一緒にですか?」
僅かに驚いたようにルシャーティは、ちとせとタクトの意思を伝えるペンダントを見た。
タクトとちとせは戦いながらも優しい心を持っている。だからこそ、手酷い裏切りを受けた相手でも、心を通わせた相手ならばその死を悼むほどに優しい心根の持ち主。
その二人が揃って『ウィル』を『敵』だと認識している。無論、襲われたり、身体を奪われたりしたので当然の事のように思えるが、タクトとちとせは何故自分達が『ウィル』を敵視しているのか良く分からなかった。
『ネフューリア』と敵対した時とも、『ヴァル・ファスク』と敵対した時とも違う。
その気持ちが不思議と『ウィル』と接触した時に、タクトとちとせの胸の奥から沸き上がって来たのだ。
「……『ウィル』に関しては一先ず良いわ。どの道、手が出せない状況なんだし。それよりも今は『
ノアの一見すれば冷たいような意見にも聞こえるが、目の前に迫っている脅威に集中すべきなのは確かな事なのでちとせとルシャーティは気分を害した様子もなく同意するように頷いた。
「ミルフィーユがヴェレルの手中にある以上、『クロノゲート』の開放は今のところ絶望的ね」
「はい。ヴェレルは先ず『
『戦力を増やす為だろうな。幾ら『
ヴェレルは『影』という強大な戦力を持っているが、結局のところ一人なのだ。
下に従っている者も、思想に共感している訳ではなく『影』という強大な戦力を持つヴェレルならば、邪魔な『
「まぁ、そんなところでしょうね。そして『
『時が来るまでは『
今のところヴェレルの軍勢に匹敵する力を持った宇宙は、『
その宇宙に繋がる『クロノゲート』を再び計画派のヴェレルが開放するとするならば、必勝を確信してからに違いない。
「……『
状況は分かったが、『
「で、アンタ達は現状の説明と『白き月』にあるシャープシューターの予備兵装を、あのファントムシューターとか言う機体に付ける為に戻って来たわけね?」
「はい。その通りです」
『直接トランスバールに向かっても、門前払いされそうだから、先ずは『クロノゲート』付近にいる『
「そう言えば、ルシャーティさんはどうしてエルシオールに?」
ルシャーティの役割の重大性を知っているちとせは、気になって質問した。
戦場になりかねない場所に、現在唯一『ライブラリ』の管理者であるルシャーティが来るのは危険が大きい。
『あっ、それは俺も思ったかも。何かノアに用でもあったの?』
「はい、実はタクトさんとちとせさんの話の中にあった『ライブラリ』に隠されているデータの事でノアさんに相談する為にエルシオールに来ていたんです」
『もしかして見つけられたのか!?』
タクトは驚いた。
ファントムシューターに保存されている情報では、巧妙に隠されている筈の秘密のデータ。それをルシャーティは情報無しで自力で見つけたのだ。
「見つけられたのは偶然でした。ですが、きっと管理者である私でも開けられなかったデータこそ、タクトさんとちとせさんが言っている『全ての終焉』に関するデータだと思います」
「『全ての終焉』ね……そんな事を引き起こせるものが、宇宙の何処かにあるなんて信じられないけど、対抗手段として造られたって言う、あの黒い『紋章機』があるんじゃ、嘘とは言い切れないわね」
『……え~と、ノア。ファントムシューターの事は怒ってないの?』
「怒る? ああ、それは『黒き月』の管理者である私に一言もなく、あんな機体を造った連中には一言ぐらい文句は言ってやりたいけど、それを命じた当時の連中も研究者達も全員死んでいるんだから、アンタ達に文句を言っても仕方ないでしょう」
ノア、いや、『黒き月』は『
『黒き月』の思想と技術を流用されているファントムシューターにノアとしては思うところは無い訳ではないが、それが未来の為というならばノアには何も言えない。
「とにかく、『全ての終焉』とかも、先ずはこんな事態を引き起こしたヴェレルを何とかしてからね……ただちとせ。後で医務官のケーラに血を採取して貰っておいて」
「ありがとうございます、ノアさん」
血の採取の意味を知っているちとせはノアに感謝を告げた。
『俺からもありがとう、ノア』
「別にお礼を言われる事じゃないわよ。何が出来るかも正直今のところ分からないしね……それで『白き月』にあるシャープシューターの予備兵装の事だけど、アレの管理は私じゃなくてシャトヤーンの管轄だから、頼むのは良いけど……」
「………」
ノアとルシャーティの顔が曇る。
シャトヤーンだけならば事情を説明し深く説得すれば、シャープシューターの予備兵装をファントムシューターの兵装として使用許可を出してくれるかもしれない。だが、その途中で必ずある人物が状況を知り、必ずタクトとちとせが再び戦うのを拒絶する。
その相手の説得を考えたノアとルシャーティは顔を曇らせるしかなかった。
『二人ともどうしたんだい?』
「……タクト。アンタとちとせがこの先戦うなら、絶対に説得しないといけない相手が居るわよ。その相手を説得できないと、シャープシューターの予備兵装を得られないわ」
『えっ? ………ま、まさか、その
タクト、そしてちとせの脳裏に一人の人物の顔が浮かんだ。
クロノ・クェイクボムの対処の時に強固にその方法を反対していた人物。『白き月』の管理者であるシャトヤーンも、その相手の言葉を無視できない。
「現トランスバール皇国女王、『シヴァ・トランスバール』。アイツの説得は簡単じゃないわよ、タクト、ちとせ」
『無限回廊の鍵』で登場のロゼルの役割
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リコに接近
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ちとせに接近
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別ヒロインと結ばれる