ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~ 作:ゼクス
エルシオールの医務室。
ノアとルシャーティとの会談を終えたちとせは、すぐさま医務室に訪れた。
その理由は言うまでもなく、ちとせの体内に投与されたナノマシンの採取と健康状態などの精密な検査の為。
医務官である『ケーラ・ヘーゼル』は、検査機器から出た結果に憂鬱そうな顔を浮かべるしかなかった。
「ふぅ……帰って来てくれたのは嬉しいけど、こんな難しい案件を抱えて来るなんてね」
「すいません、ケーラ先生」
検査用の服を着たちとせは、申し訳なさそうな顔をして謝罪した。
その様子を横目で確認しながら、ケーラは今出た検査結果をノアの端末に送る為にコンソールを操作する。
「『
「はい。此方に戻って来る前にルクシオールの医務官のモルデン先生と一緒に精密検査を受けて、その時に採決した血をお渡ししました」
「そう……なら分かっているでしょうけど、ちとせ。貴女の体内に投与されたナノマシンの完全な除去は不可能よ」
「はい。分かっています」
同じ事を既にモルデンとヴァニラからも言われたのか、ちとせは動揺する事なく頷いた。
ファントムシューターから投与されたナノマシンは、既に血液を伝ってちとせの全身に周り、細胞に食い込んで健康に影響が出ないレベルで生体素子への改造を始めている。
今はまだ外で普通に過ごせるが……。
「この改造が進めば進む程、貴女はあの黒い『紋章機』に乗っていなければならないでしょうね」
「分かっています。覚悟はもう出来ていますから」
ちとせは決して自らの決断を後悔はしない。
後悔するという事は、四年もの間、ファントムシューターから護ってくれていたタクトへの裏切りであり、夢の中の誓いは嘘だったという事になる。
故にちとせは己の身にこれから起きる事も全て覚悟し、タクトと共に課せられた残酷な運命を乗り越えて見せると決意に満ちた顔をする。
「……ふぅ、そっちの方も戻ったのね。今の貴女は、マイヤーズ司令と一緒に居た頃の貴女よ、ちとせ」
ムーンエンジェル隊最強のエースとしてのちとせが戻って来た事を喜ぶべきか、悲しむべきかとケーラは思い悩むような顔をする。
医者としては出来るならば、ちとせには今後戦わず、出来る限り体内に投与されたナノマシンの除去と既に生体素子化した部分の治療に当たらせたい。
だが、覚悟を決めたちとせの強さと頑固さを知っているだけに、言葉では止められない事も分かっている。
(どうして二人だけが、こんな過酷な運命ばかり背負わされるの?)
ちとせが『アナザースペース』から帰還した日、ケーラも信じていた。
『ヴァル・ファスク』との戦争も終わり、漸く平和が訪れ、『アナザースペース』に取り残されたちとせとタクトが帰還して幸せになる事を。
だが、その未来は訪れず、ちとせは心身を削っても止まらないほどに深い心の傷を、タクトに至っては肉体さえも失ってしまった。
宇宙を救ってくれた二人に襲い掛かった悲劇に、ケーラは怒りと悲しみを抱かずにはいられなかった。
その上で更に課せられた残酷な運命。
ちとせが目の前にいなければ、検査結果が出ているコンソールをケーラは認められずに破壊していただろう。
「……コーヒーを淹れるわね。ヴァニラほど美味しく淹れられないのは我慢してね」
「いいえ、ケーラ先生が淹れてくれるコーヒーは、ヴァニラ先輩に負けてないと思います」
「そう? そう言って貰えて嬉しいわ」
微笑みながらケーラは自身の分とちとせの分のコーヒーを用意する。
「……あの、それでケーラ先生にお訊きしたい事があるのですが……」
「私に? 何かしら?」
「……タクトさんの事です」
「マイヤーズ司令の事?」
予想外の質問にケーラは目を丸くした。
タクトの現状に関して一番知っているのは、他ならぬちとせである。或いは状態を察したノアだ。
今、そのタクトの意思を伝えるペンダントは、ノアの執務室にある。ファントムシューターの情報制限はあるが、『アナザースペース』に起きた異変が具体的に何時頃からなのかや、『
それを聡明なノアが聞けば、色々と考えてくれるのは確かな上に、ファントムシューターの情報制限があっても、
その期待も込めて精密検査中は、ノアにペンダントをちとせは預けたのだ。
「それだったら、私よりもマイヤーズ司令やノア臨時司令に聞いた方が早いんじゃないかしら?」
今のタクトならばちとせの質問には必ず答えてくれるし、ノアならば尚更に話してくれる。
そうケーラは思ったが、ちとせは首を横に振った。
「いえ、この質問だけはタクトさんとノアさんは誤魔化すかも知れないんです……その……お聞きしたいのは、人の精神が本人の身体から離れた場合、どうなるかの事なんです」
「……なるほどね」
ちとせの質問に納得したようにケーラは頷いた。
ケーラはエルシオールの乗員の医療と衛生管理全般に加えて、カウンセリングなどの精神面の担当者。
タクトとノアに直接聞かないで、精神面に関して相談できる相手だ。
「エルシオールの格納庫で、ノアさんはタクトさんの現状を知って酷く慌てていました。それにタクトさんも、
その事実はちとせにとって衝撃を感じずにはいられなかった。
「……正直、機械に人の精神が保護されているって状況自体は私の専門から外れているのだけど、どうしてノア臨時司令が慌てたのかは大よそ察しがつくわ」
「それは何故なんでしょうか?」
「……マイヤーズ司令は四年もの間、自身の肉体を失っていた。肉体を失っていると言う事は、人が得るべき感覚を剥奪されていたに等しい状況に今も置かれている事を意味するわ」
「っ!?」
指摘された事でちとせはハッとした顔をする。
現在のタクトは、ファントムシューターに搭載されている精神保護機能のおかげで外界との接触が出来ている。
目や耳の代わりはセンサーが。言葉は外部音声機能が。或いはファントムシューターとのAIによる電子会話で。しかし、人間としての五感を全て補える訳がない。
「正直言って、マイヤーズ司令の精神力は凄いわ。普通の人だったら、自分の置かれている状況に絶望して心が壊れてもおかしくない。それにあの人は今も耐えているんだから」
「……タクトさんっ……」
改めて知ったタクトの状況に、ちとせは涙が零れるのを抑えられなかった。
「アンタは本当に変わっていないわね」
司令官室でノアは、タクトの意思を伝えるペンダントを眺めながら呟いた。
「普通の人間だったら、当の昔に絶望して心が壊れているところでしょうに」
『なに、結構刺激的な日々だったよ。宇宙の海を当てもなく旅するなんてロマンがあって楽しかったさ』
「はぁ~……本当はちとせを心の支えに耐えていたんでしょう?」
『………』
「あの黒い『紋章機』。アレが『黒き月』の思想の基に造られていたんだったら、当然ちとせの事を知った時点で確保に動いていた筈。なのに、アレはちとせの確保を後回しにしていた。アンタが色々と取ってつけた理由を言って後回しにさせたんでしょう?」
『……ノアには隠し事は無理か』
あっさりと言い当てて来るノアに、タクトは諦めたように話し出す。
『ノアの言う通り、ファントムシューターはちとせの事を知った時点で、その確保に動こうとしたよ。俺は当然それを止めたさ』
「良くその時点で見捨てられなかったわね、アンタ」
『黒き月』の思想に染まった『紋章機』のAIの行動を止めようとするなど、自殺行為に等しい。
特にタクトは今、ファントムシューターがあるから存続出来ている状態。その相手の意に反する行為を行なえばどうなるかは明確だと言うのに、タクトはちとせの為にその邪魔をした。
本来ならばその時点でファントムシューターは、タクトの精神を破棄してもおかしくなかった。だが、それをファントムシューターは出来なかった。
情に程されたとかではなく、明確にタクトを切り捨てられなかった理由がファントムシューターにはあったのだ。
『ファントムシューターにとって
「ちとせだけじゃなくて、アンタも必要?」
(つまり、ただ『紋章機』としての優秀なパイロットだけが、あの機体が求めている基準を満たしていると言う訳じゃないのね)
『紋章機』のパイロットは他にもいる。或いは新たに『
なのに、ファントムシューターは執拗なまでにちとせだけを求めていた。
其処には何か明確な理由がある筈だとノアは考える。
「……読めて来たわ。ちとせは確かに他の『紋章機』のパイロット達と明確な違いがあるわね」
『本当に流石だノア。ファントムシューターがちとせを搭乗者に選んだのは、『アナザースペース』への扉を開けたからだ』
「やっぱりそうなのね」
『紋章機』のパイロットは現状でちとせを含めて11人もいるのに、ファントムシューターがその中から選んだのはちとせのみ。
他の『紋章機』のパイロット達とちとせとの違い。それは『アナザースペース』への扉を自力で開けた事。
それこそがファントムシューターが、ちとせを搭乗者として選び、欲していた理由なのだ。
『ファントムシューターも『アナザースペース』に入れるけど、アレは極短時間。『アナザースペース』に繋がる穴を開く事が限界なんだ』
「言っておくけどね。それだって充分に凄い事よ。少なくとも現在の技術では、『アナザースペース』への干渉は条件が整っていない限り無理なんだから」
四年前に『アナザースペース』へ干渉出来たのは、『
それから四年経ってノアやちとせを始めとした研究者達が幾ら頑張っても、『アナザースペース』への新たな扉を開く事は出来なかった。だからこそ、ちとせ、いや『
「『アナザースペース』への扉を開けるなんて、そう簡単な事じゃない。ちとせだってアンタがシャープシューターに一緒に乗って、クロノ・クェイクボムのエネルギーも利用して漸く開けられた。二度目の時は引き戻しみたいなものだから除外するとしても……適性値として基準がおかしいところを考えると、その前段階があるはずよね」
『ああ。レスター達には話していないけど、実は『
「なっ!? ……そう、だから、アンタとあの黒い『紋章機』は、『
ノア達が探し求めていた『ゲートキーパー』以外の『クロノゲート』の開放方法。
それは『
戦力としてだけではなく、
だが、その手段が判明しても肝心の『
残念に思う気持ちはあるが、ノアの聡明さはそれ以上の答えを導きだしてしまう。
「……あの黒い『紋章機』は『
『正解だよ、ノア。だけど、俺とちとせはその基準を超える以上の事を、シャープシューターで成し遂げた。ファントムシューターにとって、俺とちとせ以上の適正者はいないんだ』
「……何となく分かって来たわ……つまり、あの『紋章機』の最終的な役割は、『扉』を完成させることなのね。『アナザースペース』への『扉』を。そして完全に『全ての終焉』を引き起こす物の脅威を全宇宙から排除する。それこそがあのファントムシューターという機体を製作した連中の目的なのね」
ノアがその答えに達することは簡単だった。
何故ならばノア自身も似た答えに『クロノ・クェイクボム』に対して出して、それをタクトとちとせは実行したのだから。
『そう、それこそがファントムシューターが遂げないといけない目的だ』
「そうなると『全ての終焉』を引き起こす何かは物質として存在しているのね。しかも、かなりの大きさをそれは持っている」
『その通りだ……しかも下手に攻撃して破壊なんてのは無理だ。内部に保有されているエネルギーに誘爆なんてされたら、それこそ、その時点で全てが終わりかねない。それだけアレは危険な代物だ』
「一体誰がそんなものを造ったのよ? 『ヴァル・ファスク』の連中が造った『クロノ・クェイクボム』だって危険すぎる代物だったのに、それ以上の物があるなんて正直信じられないような話よ」
『誰が造ったのかは分からない。ファントムシューターに保存されているデータにも、アレの事は
一体誰が何のために全宇宙を終焉に導く代物を製作したのか、それに対抗するために製作されたファントムシューターも、データを見せて貰い実物も確認したタクトにも分からない。
『だけど、アレを造った奴らが俺は怖くてしかないよ。あんなものを造るなんて正気じゃない』
「……能天気なアンタが其処まで言うなんてね」
(これはかなり本腰を入れて探さないと不味いわね。その『全ての終焉』を引き起こす何かを)
『黒き月』の管理者であるノアには分かる。
その思想の基に製作されたファントムシューターは、目的を遂行するならばタクトとちとせを犠牲にする事を躊躇わない。
嘗て平和だったトランスバール皇国に『黒き月』が与えられた目的を遂行するために、戦火を巻き起こしたように。もしそれを止める方法があるとすれば、役目を失わせる以外に手段はない。
そしてタクトまで此処まで脅威を感じている上に、現時点でファントムシューター以外に対抗手段が無いと確信している。
一刻も早くヴェレルの件を解決しなければとノアが思う中、クロノクリスタルから音が鳴る。
――ピピッ!
『通信みたいだよ、ノア』
「ええ、そろそろだと思ったわ。此方ノア。どうしたの?」
『ノア臨時司令。トランスバール本星から緊急通信です。至急ブリッジにおいで下さい』
「分かったわ」
通信を切ったノアは立ち上がり、机の上に置いてあったペンダントを手に取る。
「さっ。行くわよ、タクト。色々と覚悟して起きなさい」
『はははっ……出来ればお手柔らかにすみたいなぁ』
「無理に決まってるでしょう」
『だよね……』
これから通信先で待つ相手の事を考えて、タクトは身体があったら泣きたい気持ちになった。
そしてノアに運ばれてブリッジに来てみると、其処には厳しい顔つきをしたトランバール皇国宰相にして、タクトの師でもある『ルフト・ヴァイツェン』の姿がスクリーンに映し出されていた。
「久しぶりね、ルフト」
『うむ、そうじゃな、ノア。漸く其方で変化が起きたと報告を聞いた時は喜んでおったが……』
硬直どころか一向に進展しない状況に焦れていたのは、『クロノゲート』付近だけではなく、『
宰相を務めているルフトとしては、漸く訪れた変化を喜びたいところだったが、送られて来た情報は喜べる内容では無かった。
『先ず確認するが、此方に送られて来た情報に偽りはないのじゃな?』
「ええ、勿論よ。ちとせが私達が秘密裏に負っていたゴースト、いえ、ファントムシューターに乗って『
『そうか……しかし、まさかフォルテがのぉ』
ルフトは思い悩むような顔をした。
今回の一連の件の真の首謀者はヴェレルだが、フォルテが止む終えないとは言えクーデター軍をセルダールを制圧したのは事実。この件は『
「一応、セルダールの王様はクールダラスに寛大な処置をするって連絡して来たそうだけど、結果はどうなるか分からないわ」
『その寛大な処置とやらを期待したいところじゃな。もしもこれでフォルテに何かあれば、あのお方が心労で倒れかねん……それでじゃ、他の報告。
「それは私よりも本人にさせるわ」
言いながらノアは手に持っていたペンダントを、スクリーンに映っているルフトに見えるように掲げた。
『お、お久しぶりです、ルフト先生……』
『この馬鹿者が!!!』
『っ!?』
強烈な怒声がスクリーン越しに響き、ブリッジに居たオペレーター達は思わず身を竦ませてしまう。
ノアだけが、涼し気な様子でペンダントを掲げている。
そして怒声を上げたルフトは、嘆くように顔を俯かせる。
『……馬鹿者が……そのような姿になって戻って来て……ワシは何とお前とちとせ君に詫びれば良いのじゃ……』
『……お詫びなんて必要ありませんよ、ルフト先生。こうなったのは先生のせいじゃありませんし。何よりも 未知の星の海を渡って探し物をするなんてロマンがあって、結構楽しい日々でしたよ! ハハハハッ!!』
『……馬鹿者が……』
タクトは明るく振舞っているが、それをそのまま受け入れるほどルフトは耄碌していない。
だが、下手な慰めの言葉などは四年間耐え続けたタクトの頑張りを侮辱することになる。
『……落ち着いたら、そのお前の星の海の旅とやらワシに聞かせてくれ』
『ええ、必ず』
それを叶えるのがどれだけ大変なのかをタクトもルフトも分かりながらも、二人は約束を交わした。
『さて、お主とちとせ君のおかげで『
タクトとちとせが『
『白き月』にあるシャープシューターの予備兵装。ある意味ではちとせの為にある兵装と言っていいその兵装を、ファントムシューターの新たな兵装として使う為に戻って来たのだ。
『出来れば提供して欲しいんです……出ないと……」
『その様子じゃと、報告されてない理由もあるようじゃな』
『はい。その理由もお話しします。ただ、出来れば先生とシャトヤーン様にノア、そしてシヴァ様だけにその理由はお話ししたいと思っています』
『なるほど……どのぐらいで此方に来れるのじゃ?』
『クロノゲート』がある宙域とトランスバール皇国本星がある星系では、途轍もない距離がある。何せトランスバールから辺境のそのまた先にある位置に、『
光年単位で移動できる超光速航法である『クロノ・ドライブ』を用いても、一ヶ月以上が掛かってしまう。
当然トランスバール本星の衛星として浮かんでいる『白き月』に辿り着くのは、一月以上先になるのが自然だが……ファントムシューターには関係なかった。
『行く気になればすぐに行けますよ。ただちとせは久々の『紋章機』の操縦で精神的にも疲れているんで、明日か明後日ぐらいで予定を組んで貰えると助かります』
『なんと!? 最新鋭のルクシオールでさえ一月以上が掛かると言うのに……』
「『アナザースペース』を介しての移動なら当然よ。何せ時間も空間どころか、別宇宙にさえ行けるのよ」
『改めて聞かされると恐ろしい航行法じゃな。その空間に起きている異常と脅威が無ければ、宇宙の航行法が覆されるのは確実じゃろうな』
トランスバール皇国の宰相として、ルフトは『アナザースペース』を介しての航行法の有用性と危険性を改めて理解して難しい顔をするしかなかった。
『……あい分かった。会談の調整の為にシヴァ陛下とシャトヤーン様と相談し、改めて連絡を入れるとしよう』
『出来れば早めにお願いします、ルフト先生。『
『分かっておるわ……では、タクト。直接話せるのを待っておるぞ』
言い終えると共に、ルフトの映像がスクリーンから消えた。
掲げる必要が無くなったノアは、ペンダントの宝石の部分を手に持って尋ねる。
「で、勝算はあるの?」
『やれるだけの事をやるしかないさ』
それがどれだけ困難であろうと、タクトはもう諦めるつもりはなかった。
残酷で過酷な運命を乗り越えた先にある筈の愛する者と歩む未来の為に。
ノアが優秀過ぎてどんどん事実が判明していくのが悩ましい。
同じ事を考えついているだけに、答えに行き当たらないは不自然なので。
『無限回廊の鍵』で登場のロゼルの役割
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リコに接近
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ちとせに接近
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別ヒロインと結ばれる