ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~ 作:ゼクス
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銀河展望公園。
乗員クルー達の憩いの場として親しまれている場所。草木は勿論、豪華な噴水まで設置されている。
其処にはレスターの許可の下、モルデンが号令をかけて集まったルクシオールの男性乗員達が集まっていた。
カズヤ達も銀河展望公園に訪れ、集まっている男性乗員達に驚く。
「人が沢山なのだ……」
「モルデン先生!? こんなに皆さん、集まってくれたんですか!?」
「ええ、そうですよ。それだけ桜葉さんがルクシオールの皆さんに慕われているという証拠ですね」
男性恐怖症のせいで迂闊に触れれば投げ飛ばしてしまうリコだが、それさえ除けば礼儀正しくよく気がつくしっかり者であり、日頃からルクシオール艦内の様々な部署を手伝っており、倉庫管理などもしてくれている。
ルクシオールの中でもそんなリコを嫌う者など居るはずがなく、今回のリコ本人の決意表明にこうして多くの男性乗員が馳せ参じたのだ。
「よ。カズヤ」
「ランティ! お前も来てくれたのか!」
友人にして食堂のコックを務めているランティまでいる事に、カズヤは喜びながら駆け寄った。
「当たり前だ。リコの為とあらば、じっとしていられるか」
「ありがとう! 本当に!」
「よせよせ。男に褒められても嬉しくない……にしても、カズヤ。聞いたぞ。お前もリコに投げ飛ばされるようになったそうだな?」
「うっ……」
「どうやら本当だったみたいだな。お前も漸く此方側か。精々頑張れよ」
「勿論、頑張るさ!」
(リコとまた触れ合えるようになるなら、何だってして見せる!)
本音を言えば、リコに明確な好意を抱いているカズヤとしては、他の男性がリコに触れるのが遠慮したい。
だが、リコの男性恐怖症はそう簡単に克服できるものでないことも、既に実感していた。
自分の我儘でリコの必死な想いを邪魔したくない。
(だから、僕は人一倍この訓練で頑張るぞ!)
リコとのこれからの日々の為にカズヤが決意を新たにする。
「いよぉ! カズヤ!」
「えっ!? は、班長!?」
老齢であるクロワがこの場にいる事に気が付いたカズヤは、目を見開いて驚いた。
「どうだ? 結構集まってんだろう? 本当だったら俺以外の整備班の連中も来させたかったんだが、何しろ今は忙しくてなぁ。代表として俺が来てやったぜ!」
「い、いや、班長!? まさか、参加する気なんですか!?」
これから始まる訓練は、下手をしなくても命の危険が伴う。
そんな訓練に老齢のクロワが参加しても大丈夫なのかとカズヤは心配するが、当人であるクロワは決意に満ちた顔をしていた。
「リコがあのクセを治す決意を固めて特訓すんだろう? 健気じゃねぇか。自分だって怖い思いをするってのによぉ」
「あっ!」
(そうだ。班長の言う通り、リコだって怖い思いをしているんだ!)
男性が自分に触れてしまった時に、リコがその相手を投げるのは極度の男性恐怖症から来る恐怖から逃れる為の防衛反応。
リコは男性に触れられた時に感じているのだ。男性恐怖症になってしまった時の恐怖を。
「此処で、一肌脱がなきゃ江戸っ子の名が廃るってもんだ! ドーンっとこの胸を貸すぜぇ! 任せろぃ!」
「そ、そうですか……でも、無茶だけはしないで下さい。班長には班長の仕事もあるんですから」
「分かってるって!」
クロワもカズヤが己の身を案じて言ってくれている事だと分かっているので、気を悪くした様子はなく頷いた。
すると、話を聞いていたアニスが声を掛けて来る。
「おい、おっさん。そのちょっと良いか?」
「あん? 何だおめえか? 何の用だ?」
「その……レリックレイダーの事だけど、今からでも……」
「ああ、そいつはちょっと待ってくれぇ」
「えっ?」
何処か覚悟を決めた様子で話していたアニスだが、クロワの言葉に面を食らったような顔をする。
「あの機体に関しちゃ、暫らく保留だ。ってのもだ。何でもエンジンを修理出来る当てが出来たんだとよぉ」
「なっ!?」
「本当ですか!?」
他の『紋章機』と違う改造されたエンジンを搭載していたレリックレイダー。
エンジンを改造した相手とは、アニスも直接連絡が取れなくて、元の状態に戻す事は出来ないと諦めかけていたのだが、今のクロワの言葉でそれが誤りであったことが分かった。
「だから、暫らくは保留だ」
「嘘だろう……まさか……あの野郎が……此処に来るってのか? ……いや、来る筈がねぇ。なら、どうやって?」
「アニス?」
「……何でもねぇよ。今はとにかくリコの方だ」
そう言い捨てて、アニスはナノナノ達が居る方に歩いて行った。
追いかけてもう少し事情を聞きたいとカズヤは思ったが……。
「皆さん! そろそろ此方に集まって下さい! これから説明を始めます!」
「おう、カズヤ! 行くぞ!」
「は、はい!」
モルデンの呼びかけを聞いたクロワとカズヤは、急いで噴水前に移動した。
呼びかけた全員が集まった事を確認したモルデンは、横に当事者であるリコに加え、カルーア、ナノナノも並ばせていた。
アニスとリリィは別の場所に立って、これから始まる説明会を眺めている。
「皆さん、お忙しい中、私の呼びかけに集まってくれた事を深く感謝します。そしてこの集まりの理由は事前に説明した通り、桜葉さんの男性恐怖症を克服するための特訓の為です。呼びかけた時に説明しましたが、この特訓は非常に危険を伴います」
神妙な顔をしたモルデンの説明に、カズヤを含めた男性乗員達はゴクリと息を呑んだ。
此処に集まった誰もが理解している。その非常に危険を伴うのが、リコ本人ではなく自分達の方である事を。
「しかし、ご安心下さい。怪我に関してはナノナノさんがすぐに治療してくれます」
「任せるのだ! 皆の怪我はナノナノがすぐに治すのだ!」
元気一杯のナノナノの言葉に、男性乗員達は何処かホッとしたように息を吐いた。
怪我を負うのは来た時点で覚悟していたが、それが治療されると分かって安堵したのだ。誰だって怪我を負ったままでいたくはないので当然の反応だった。
「そして更にですが、カルーアさんの協力によって安全が更に増しています」
「はい~。では……」
『おおっ!』
カルーアが両手を広げて緑に輝く魔法陣を展開した光景に、集まった面々は関心や興味に満ちた様子で眺める。
そして魔法陣は床に輝きながら沈む。一体どんな効果が発揮されるのかと、期待と興奮に包まれる中、カズヤは急に足が沈むような感覚を感じる。
「えっ!? こ、これは!?」
「なんと!?」
「まるでクッション見てに、地面や物が柔らかくなってやがる!?」
魔法を使ったカルーアを中心として、周囲の地面や物がまるでクッションのように柔らかくなった。
様子を見ていたリリィとアニスも驚き、感触を確かめるように柔らかくなった地面を踏んだり、置かれている物に触れたりして感触を確かめている。
「一時的にですが~、周囲の物を柔らかくしました~」
「これで確実ではありませんが、重傷を負う可能性は減りました。更に重要なのは、この柔らかな地面では人を投げるのが難しいという事です!!」
『おおおっ!!』
更に安全が増えた事に一同は喜んだ。恐怖心に駆られた時に発揮されるリコの怪力は恐ろしいが、その怪力も発揮しにくい状況に置かれれば恐ろしくはない。
ちゃんと参加者の安全も考えられている事にカズヤは安堵するが、気になった事があるので恐る恐る手を上げる。
「あの~」
「何でしょうか、シラナミ君?」
「魔法でこうするんだったら、トレーニングルームでも良かったんじゃ?」
安全を配慮してくれたのはカズヤとしても嬉しいが、それならば事前に柔らかなマットが敷かれているトレーニングルームの方でも良かったのではと思う。
カズヤの意見は最もではあるが、モルデンは眼鏡をクイッと持ち上げる。
「……シラナミ君。君は天井に頭が突き刺さりたいんですか?」
「えっ?」
「カズヤ? お前知らないのか? リコは大分前だが廊下で発作を起こした時に、その相手を投げ飛ばしただけじゃなくて、天井にぶつけたんだぞ」
「ええっ!?」
ランティの説明にまさかと言う思いでリコに顔を向けて見ると、恥ずかしそうにリコは顔を俯けていた。
「そう言う訳なので、天井が高い場所では無いと大変危険なのです。分かりましたか、シラナミ君」
「分かりました……すいません。説明中に」
「いえいえ、気になった事があれば質問してくれて構いません。では、桜葉さん。此方へ」
「は、はい」
モルデンに促されて柔らかくなった地面に足を取られないようにしながら、リコは集まってくれた男性乗員達に向かって頭を下げた。
「あ、あの、本日は急な事だったのにこうして皆さん集まってくれて、そ、その……ありがとうございます!! 私も精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」
「このように桜葉さんも強い決意の下に、自分の体質を改善しようとしています! 私達はそれに協力しましょう!」
『おーう!!』
集まった全員が声を張り上げて肩腕を掲げた。
カズヤも勿論腕を掲げて、やる気がある事を示す。
やる気が滾って来ている男性陣の中で、今度はランティが手を上げて質問する。
「それで、具体的には何を……?」
「そう、難しい事ではありません。本来ならば男性恐怖症となった原因からの治療を進めたかったのですが、桜葉さんが男性恐怖症になったのは子供の頃。つまり、『
(なるほど。そう言えば、僕はどうしてリコが男性恐怖症になったのか知らないや)
昨日までリコの男性恐怖症の発作が自身に起きなかった事と、デリケート且つプライベートな問題だとカズヤは思っていたので、詳しくリコからは男性恐怖症になってしまった経緯を聞いていなかった。
(今更だけど、聞いておくべきだったのかな?)
リコは大切な姉との思い出をカズヤに聞かせてくれた。
なら、男性恐怖症になった理由も話してくれたかもしれないと、カズヤは少し後悔した。
「そう言う訳で、これから桜葉さんに行なうのは荒療治の部類となります。つまり、桜葉さんに男性に慣れて貰う。こうやって肩に軽く手を……」
「いやあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「乗せるだけなのですがぁぁぁぁっ!!」
リコの悲鳴と共に、肩に手を置いたモルデンの身体が宙を舞った。
(ええええっ!?)
宙を舞うモルデンをカズヤは驚愕しながら見つめる。それはカズヤだけではなく、説明を聞いていたランティを始めとした男性乗員達も同じ気持ちなのか、口を開けて空を舞っているモルデンを呆然と見つめていた
今、リコはカルーアの魔法でクッションのように柔らかくなっている地面の上で、大の大人であるモルデンを投げたのだ。
「おい? 今の出来るか?」
「いや、無理だ。このように足場が柔らかく踏み締め難い場所で、あそこまで高く人を投げる事など流石に不可能だ」
「だよなぁ。ならリコのアレって、今更だけどよぉ」
「ああ。どうやら桜葉少尉のあの怪力には、恐怖心から振り絞った力ではなく、何か別の要因があるようだ」
アニスとリリィがそんなリコに対して考察を進める中、空に投げ飛ばされたモルデンが空中で姿勢を変えた。
「な、なんのぉ!!! はぁ!!!」
「おお!? 受け身!!?」
受け身の姿勢になったモルデンが、ボフッと柔らかな音を立てて地面に落下した。
そして落下したモルデンは、何事もなかったように力強く立ち上がって腕を掲げた。
「皆さん!! 少々想定外でしたが、この通り! カルーアさんのおかげでクッションになった地面ならば受け身を取れさえすれば、このように無事で済みます!!!」
『おおおっ!』
「よし! なら次は僕が!!」
無事なモルデンの姿に他の男性達がやる気を燃え上がせる中、カズヤが一歩踏み出そうとする。
だが、そのカズヤを遮るようにランティが肩を掴んで引き留める。
「待ちな、カズヤ。次は俺が行くぜ」
「ランティ!? 何を言っているんだ! 次は僕が行くよ!!」
「今日初めてリコに投げられるようになったお前よりも、何度も投げられている俺の方が効果がある筈だ。自慢じゃないが、ルクシオールの中でリコに一番投げられているのは俺だ」
(本当に自慢にならない!!)
リコに投げ飛ばされている回数が一番多いという事は、それだけランティが不注意でリコに接触していたという事を意味する。
自慢にもならない事を自慢げに口にしたランティに、カズヤが内心で呆れる中、リコの下にランティは近寄る。
「それじゃあ始めるぜ、リコ」
「お願いします!!」
「なぁに……俺の愛を素直に受け入れれば良いだけの事……」
「えっ?」
「恐れる事なんて、何もないんだよ。ほら?」
気障なセリフを言いながら、ランティはリコの肩に手を置いた。
「どうだい? 怖くないだろう?」
「………」
「おっ!?」
「まさか、やったのか!?」
ランティに触れられても即座に反応しないリコに、クロワとカズヤは成功したのかと思う。
だが、徐々にリコの身体が震えだし、目尻に涙が浮かんで来る。
「う~……!!!」
「ほら。リラックス、リラッ……」
「触らないでぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「クスゥゥぅぅ~~~!!! むごぁ!!」
必死に耐えていたリコだったが、我慢の限界が訪れたと言うようにランティを勢いよく投げ飛ばした。
「むっ!! 受け身に失敗しています! ナノナノさん!! 此方に!!」
「まっかせるのだ! ……うわぁ~、足の骨が折れてるのだ」
受け身に失敗したランティの状態に、ナノナノは沈痛な顔をしながら治療を開始した。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
「何か息荒くねぇか?」
「それだけ必死に恐怖に耐えていたという事だ」
荒く息を吐くリコだが、まだまだ続くと言うように次はクロワが足を踏み出した。
「いよっしゃぁ!! ドーンっと来ーい!!」
「い、いや、そうじゃなくて、班長が行ってリコの肩を触るんですよ」
「ん? ああ、そうか、どら……」
「い、いい、い~……!!!」
「頑張れ! リコ! 班長は老齢なんだ!」
老齢である事をカズヤは強調して、リコに投げ飛ばすの躊躇うように促す。
「シ、シラナミさん……やっぱり駄目ぇぇぇぇぇ!!!!」
「てやんでぇ! バカヤロウ! ちくしょうめぇぇぇぇ~~~!!!!」
カズヤの言葉を聞いて堪えようとしたリコだったが、恐怖心から来る衝動に耐え切れず、老齢のクロワも容赦なく空に放り投げた。
「ぬぐあぁぁぁぁ!!!」
「いけません! 首から落ちました!! 危険です!!」
「平気なのだぁ! 死んでもすぐなら蘇生できるのだぁ!!」
(ええ~)
怖い事を平然と言うナノナノに、カズヤは思わず引いてしまった。
その間に恐る恐ると言うようにコンビニ店員を務めている、ルコがリコに近寄る。
「う! うぐぅ! い、行きますぅ!」
「どうぞ!!!」
相手が怯えている相手ならとリコも気合いを入れて返事を返した。
そしてルコの手がリコの肩に置かれた瞬間……。
「きゃぁぁぁぁぁーーー!!!!」
「おがぁじゃぁぁぁぁ~~ん!!!」
気弱なコンビニ店員のルコも、銀河展望公園の空に舞った。
「よし! 次こそ僕だ! リコォ!!」
「シラナミさん!!」
互いの名を叫びあい、カズヤはリコの肩に優しく手を置いた。
「いやあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ぶほぉぉぉっ!!」
悲鳴と共にカズヤの身体は空へと一際高く投げ飛ばされた。
「何の!?」
しかし、投げ飛ばされるのを覚悟していたカズヤは空中で姿勢を変えて、モルデン同様に受け身の姿勢になって落下し、無事に柔らかな地面に着地した。
「おお!」
「医務官の次に受け身を成功させるとは、流石だ」
モルデンの次に成功したカズヤに、アニスとリリィは感心した声を出した。
「さぁ、もう一回行くよ!」
「私も行きましょう! 他の皆さんもどんどん行きましょう!」
『おーう!!』
カズヤとモルデンを筆頭にまだ参加していなかったセキュリティスタッフなどの面々が、リコに向かって肩に触れていく。
「だめぇぇぇぇぇ!!! いやぁぁぁぁぁぁっ!! 来ないでぇぇぇぇ!! きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
リコの悲鳴が上がると共に、次々と男性乗員達が投げ飛ばされていく。
ある者はカズヤとモルデンのように受け身に成功して再チャレンジ。失敗して怪我を負った者はナノナノの治療を終えてから再チャレンジと。
絶え間なくリコに男性が集まって行く。
その様子を見ていたカルーアは、ある事に気が付いてアニスとリリィの下に向かう。
「あの~、今気づいたんですけど~」
「ん? 何だよ?」
「何に気が付いたんだ、マジョラム少尉?」
「え~と、これってつまり、リコちゃんは絶え間なく男性恐怖症を感じているという事ですよね~」
「ああ、そうなるな。リコの奴が荒療治でも良いって言ったんだから」
「仕方あるまい。しかし、それは桜庭少尉も覚悟しての事だ。それがどうした?」
「え~とですね~。もしもですけど~、リコちゃんが恐怖を克服できないまま耐えられなくなって限界を迎えたら、どうなるんでしょうか~」
『あっ!!』
カルーアの指摘の意味にアニスとリリィは漸く気が付いた。
今までリコは男性恐怖症の発作に襲われた時、触れた相手を遠くに投げる事で恐怖から逃れて来た。
しかし、今、絶え間なくカズヤを始めとした男性達にリコは触れられ続けている。
それで克服できれば良いが、もしも克服できなかったとき。その先に待っている事に気が付いたアニスとリリィは、顔を青褪めさせる。
そんな中、カズヤが肩に触れてもリコは投げ飛ばさずに顔を俯かせた。
「や、やった! 投げ飛ばされない!!」
「やりましたね! シラナミ君!!」
「ちっ! 美味しいとこ持って行きやがって!」
「やったじゃねぇか! カズヤ!!」
『俺達の勝利だ!!』
遂にリコが男性恐怖症を克服したの違いないと、カズヤ達は喜びに沸いた。
「い……!」
「ん?」
「い……! いいいい……! いいいいい~……!!!」
「リ、リコ?」
顔を俯かせて絞り出して呻くようなリコの声に、カズヤは恐怖を感じながらも声を掛けた。
様子がおかしいことに気付いたモルデン達は、恐る恐る背後に後退りしながらリコとカズヤの傍から離れる。
「おい! やべぇぞ!!」
「プディング少尉! 早く避難するんだ!」
「わ、分かったのだ!」
「早く此方に~!!」
いち早く危険を察したアニス、リリィ、ナノナノ、カルーアは離れる。
そして何が起きても良いように、カルーアは防御魔方陣を展開した。
「いいいいいいいいいい~~………!!!!!!」
「リコォ! 落ち着こうね! ね!!」
カズヤもこれは危険だと察して慌てて声を掛けた。
だが、時すでに遅く、涙目になって顔を上げたリコは、目の前にいるカズヤに向かって拳を振り抜いた。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ~~!!!!」
「ぶごぉぉぉぉぉっ!!」
拳が人体にめり込む鈍い音と共に、カズヤの身体はこれまでよりも遥かに高く空へと舞い上がった。
だが、本当の地獄は此処から始まった。カズヤを殴り飛ばしたリコは、目を輝かせて荒い息を吐きながら周囲の男性に目を向ける。
「そ、総員退避です!!」
「おどごぉぉぉぉぉっ!!! ぎいやぁぁぁぁぁぁっ!!!」
モルデンの声と共に男性乗員達は逃げ出すが、恐怖心によって理性を失ったリコが即座に飛び掛かり、阿鼻叫喚の地獄絵図が展望公園内で繰り広げられたのだった。
「うぅ……」
「おぁ~」
「げふっ! ごほぉ!!」
「確りするのだ! 傷は深いけど、ギリギリ死んでないから助かるのだ!」
「おい! ナノ!? カズヤの奴、息してねぇぞ!!」
「大丈夫なのだ! まだギリギリ蘇生できる範囲なのだ!」
死屍累々と言う言葉が相応しい中、ナノナノは忙しくナノマシン治療を執り行っていく。
「プハァッ! い、一体何が?」
ナノナノがカズヤの胸に手を当てながら行なっていたナノマシン治療が終わると共に、カズヤは息を吹き返して身体を起こした。
「おおっ! 本当に生き返りやがった!」
「うむ、良く生き返った、カズヤ」
「本当に良かったですわ~、ナノちゃんの話だと内臓が幾つか潰れていたそうですから~」
「えっ……?」
カルーアの説明にカズヤは冷や汗を流しながら固まった。
「い、一体何が起きたの?」
「うむ。簡単に言えば、恐怖の限界に達した桜葉少尉が身を護るではなく排除に動いたのだ」
「凄かったぜ、ありゃ。おめえが一番最初にぶっ飛ばされた後、リコはカルーアの魔法で柔らかなくなってた地面の反動を利用して、逃げようとしていた連中にすぐに追いついただけじゃなくて全員、拳一発で沈めやがったんだ」
「その姿のリコちゃんが、とても恐ろしくて目を閉じてしまいましたわ~」
「そ、そんな事が……」
自分が生死の境をさまよっている阿鼻叫喚の地獄絵図を描くような出来事が起きていた事を知って、カズヤは言葉を失った。
だが、すぐにハッとしたように周囲を見回す。
「そうだ! リコはどうなったの!?」
「あっちにいるぜ」
言いながらアニスは首を動かしてリコのいる方向を示す。
「うぅぅっ!! 皆さん、ごめんなさい! ごめんなさい!! あぁぁぁぁぁっ!!」
「リコ……」
地面に膝を着いて涙を流しているリコの姿に、カズヤは心配に満ちた顔をしながら立ち上がる。
しかし、立ち上がっても回復し切れていないのか、カズヤは再び地面に倒れそうになってしまう。
「わっ!」
「おっと。無茶をするな、カズヤ。回復したばかりで体力は戻っていないのだぞ」
倒れる直前にリリィがカズヤの腕を掴んで支えた。
「あ、ありがとうございます、リリィさん。でも……」
今は一刻も早くリコの下に行きたいと思い、カズヤは足を動かそうとする。だが、幾ら動かそうとしても思うように足は動かなかった。
(クソッ!! リコが泣いているって言うのに!?)
リコが泣いているのに駆け寄る事も出来ない自分が、カズヤは腹立たしかった。
不甲斐ない自分にカズヤが怒りを感じる中、先に回復したのかランティが泣いているリコの前に立って目線を合わせるように膝を着いた。
「リコ。泣かないでくれ。今のは俺達が調子に乗り過ぎて、間を開けずに触り過ぎたせいだ」
「ランティさん‥…でも……またさっき見たいに我を忘れたら、皆さんに迷惑どころか大怪我を負わせて」
「何。気にする事は無い。そもそも俺達はそうなる事も覚悟して此処に来ているんだ。なぁ、そうだろう皆?」
「水くせぇぜ、リコ」
「投げられるのにも、痛いのにも慣れて来ました」
「今度は少し間、置いてから行なうようにしましょう」
『俺達も頑張ります!』
怪我から回復した者は力強く頷き、まだ怪我の治療中の者達も続ける意思を示すように腕を上げて親指を立てた。
「み、皆さん……ありがとうございます……ぐすっ」
「おいおい、泣かないでくれよ。泣くんだったら克服してからさ。ほら」
「は、はい」
立ち上がらせる為に差し出して来たランティの手を、リコは
『……えっ?』
「っ!? おいおい、コイツはまさか?」
「えっ?」
信じられないと言うように周囲の者達は、ランティの手を掴んで立ったリコを見つめる。
ランティも信じられないと言う様子で、リコが握った己の手を見ていた。
そしてその様子をリリィに支えられながら見ていたカズヤは、手を震わせながらリコに声を掛ける。
「リ、リ、リコ!? それってまさか!?」
「えっ? えっ? ええっ!?」
カズヤの指摘にリコも漸く自分が男性であるランティの手を握っても、恐怖を感じていない事に気が付く。
「わ、私、ランティさんの手を握っても怖くありません!!」
「なんと!?」
「恐怖を克服したのか!?」
「もしかして、暴れたから恐怖とか全部吐き出したんじゃねぇのか!?」
「試してみましょう!」
すぐさまモルデンがリコの傍に近寄る。
何をするのか察したランティは身を引き、モルデンがリコに向かって手を差し出す。
「では、桜葉さん。ちょっと私と握手を……」
「は、はい……」
緊張しながらリコはモルデンに手を差し出した。
モルデンはその手を強めに握る。男性を感じさせるような強めの握り方だったが。
「先生! 私、全然怖くありません!」
リコはやはり恐怖を感じた様子もなく、嬉しそうに
「奇跡! ミラクルです!」
「いよっしゃぁ! 次は俺が試すぜ!」
喜ぶモルデンに続き、クロワがリコに手を差し出して握手を交わす。
「班長さん! 大丈夫です! 怖くありません!」
「めでてぇ! 本当にめでてぇぜ!」
我が事のようにクロワは腕を目に当てながら涙を流して喜んだ。
それに続くように集まってくれた乗員達とリコは握手を交わしていくが、誰にも恐怖症の発作は起こらなかった。
そして最後にリコは、カズヤの下に向かった。
「シラナミさん!」
「リコ!!」
二人は同時に手を差し出しあって握手を交わし合う。リコはもう触れあえないかと心配していたカズヤに、また触れることが出来たのを喜ぶように両手で握った。
「シラナミさん! 両手でも大丈夫です!!」
「うん! 本当に良かったよ! またこうしてリコに触れられた。嬉しくて仕方がないよ!」
「シ、シラナミさん! わ、私、シラナミさんの事が!」
感極まったリコは、カズヤに強く抱き着いた。そして次の瞬間……。
「いやあぁぁぁぁぁぁ~~!!!」
「何でぇぇぇぇぇっ!?」
リコは悲鳴と共にカズヤを空に舞いあげた。
「……どうやら、現状では握手までが限界のようですね。今日の一日の成果としては上々でしょう」
噴水の水の中に落下したカズヤが、リリィ達に救助されるのをモルデンは見つめながら呟いたのだった。
次話でこれまで溜めた爆弾が爆発します。
『無限回廊の鍵』で登場のロゼルの役割
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リコに接近
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ちとせに接近
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別ヒロインと結ばれる