中央暦1639年12月15日 トーパ王国
古の魔法帝国の遺産である魔王ノスグーラ。人外の領域であるグラメウス大陸から魔物の軍勢を率いて押し寄せてきた。
自国では侵攻を防ぎきれないと判断したトーパ王国は各国に援軍を要請する。
列強の中で唯一援軍を期待できるパーパルディア皇国の反応は冷たかった。
まず新興国の第2日本帝国と戦争をしており、しかも開戦から1週間もしないうちに首都を攻撃され、アルタラスとフェンの皇国軍拠点が破壊された。
こんな状況では他国、それも戦争に関係ない国に軍隊を送る余裕などない。
次にトーパ王国がパーパルディア皇国からの奴隷献上要求を拒否したためにパーパルディア側の心証が悪くなっていたこと。
これらの事情が重なり、パーパルディアからの援軍の可能性は潰えた。
一番当てにしていた相手に袖にされたトーパ王国に救いの手を差し伸べる国が1国。
その名は第2日本帝国。第3文明圏に覇を唱える人造の超大国である。
純白の雪原を鋼鉄の牛たちが駆けてゆく。
先頭を進むのは第2日本帝国陸軍の主力戦車たる1式中戦車。
横から見ると台形の車体が特徴的なこの戦車はいずれ戦うであろうグラ・バルカス帝国の戦車を圧倒するために開発された。
将来登場するかもしれないグ帝重戦車の正面装甲を貫通可能なように88mm戦車砲を搭載。装甲は傾斜装甲など加味すれば最大で120mmに達する。
この世界の主役たる国家の顔として相応しい1式中戦車。一列に並んで進んでいたが一斉に停止し、雪原でうぞうぞと動く黒い塊に主砲を向ける。
「撃ぇっ!!!」
4発の88mm徹甲榴弾が青色の鬼――ブルーオーガに直撃し、内部の炸薬によって上半身が消滅する。
「次弾榴弾! 装填急げ! 近づいてくるゴブリン共は機銃で対処だ。随伴歩兵、援護を要請する!」
指揮官は矢継ぎ早に無線で指示する。
戦車の12・7mm機銃と装甲車から降車した歩兵の自動小銃、装甲車の20mm機関砲によりコバンザメのようについて回っていたゴブリンが雪原を赤く染めながら倒れていく。
それでも数を頼みに仲間の屍を踏み越えて進んでくるが、集団のど真ん中目がけて撃ち込まれる88mm榴弾によって蹴散らされ、残ったものに機銃弾が降り注ぐ。
魔王軍に占領された街の奪還を阻む者はどこにもなかった。
「おお……! 伝説の魔獣ブルーオーガをこうもあっさりと倒されるとは。流石は太陽神の使いの末裔です!」
トーパ王国の代表として派遣された男からの賞賛の言葉に、トーパ王国派遣軍最高司令官を担う大和田利夫大将は穏やかに対応する。
「いえいえ、この程度の敵など、どうということはありません。我々の主敵たる魔帝はこれ以上の強敵でしょうからな」
「なるほど……古の魔法帝国を打倒するその時に備え、力を蓄え、研鑽を重ねてきた、と」
「そういうことです」
厳かに頷くと大和田は双眼鏡をのぞき込む。野戦陣地の築かれた丘からは鉄の闘牛による蹂躙がよく見えた。
「赤青、両オーガは撃破確認。赤竜が確認できない現状、残すは魔王ノスグーラか」
空を飛び、機関砲弾を防ぐ防御力を持つノスグーラは厄介だが、手がないわけではない。
トーパ王国派遣軍には近接信管の対空砲弾を載せた自走高射砲があるし、派遣されたのは陸軍だけではない。
空軍は戦闘機だけで300機を超える特設混成航空団を派遣しているし、海軍も軽、護衛空母が主体とはいえ機動部隊を回している。
「手厚い支援はありがたい。ありがたいんだが……このあとの仕事を考えるとなぁ」
目の前の仕事を終えた後のことを考えて、大和田はボヤく。
大和田の仕事はこれで終わりではない。この『正義の日本軍対悪の魔王軍』の撮影が終わったら、グラメウス大陸奥地にある国。そこまでの道を開拓するようエイリアンたちから厳命されているのだ。
「……まあパーパルディアの連中と違ってスケジュールは余裕がある。無理なく進められるのはいいことだ」
2か月後、ここから遠く離れた南の大地に足を踏み入れるであろう同僚のことを思う。
彼らの殺人的スケジュールに比べれば、焦らずに未開の大地の開拓に注力できる自分はマシだ。
大和田は苦労するであろう同僚たちに軽く黙祷したのち、自身の仕事に意識を戻した。
中央暦1640年2月15日 パーパルディア皇国 デュロ
パーパルディア皇国最大の工業地帯を有するデュロ。
最高会議にて第2日本帝国への反攻が決定されたことで24時間フル稼働体制に移行すべく慌ただしくなりつつあるこの都市。その防衛を任されている者たちは皆頭を抱えていた。
理由はつい先ほど届いたエストシラントからの連絡と通知にある。
「少なすぎる……。これでは攻勢はおろか、満足な防衛も出来ない」
基地司令のストリームのもらした言葉に竜騎士長のガウスが同意するように頷く。
ワイバーン基地が保有するワイバーンはオーバーロード種が20騎とロード種が130騎の合わせて150騎だけ。
重要度のわりに配備されている数が余りにも少ない。デュロの重要性を考えれば、第2日本帝国の攻撃を受けるのは確実だというのに。
実はこの配備状況にはエストシラント空襲の影響があった。
レミールを始めとする皇国上層部の人間たちが自分たちの安全を優先してワイバーン、特にオーバーロード種をデュロに回さなかったのだ。カイオスなど一部の現実が見えている者たちはデュロへの配備優先を訴えたが、最高権力者である皇帝ルディアスはレミールの案を採択した。
せめてもの救いはカイオスの必死の嘆願によりレミールの案の一部修正されたことだろう。当初の案では、デュロには訓練用のワイバーンを回すとされていたが、この修正によって旧式とはいえ第3文明圏ではいまだ一線級として通じるロード種が配備された。
それを考えれば現状はまだましと言えたが、現場からしてみれば不満の残る決定だ。
「愚痴を言ってもしょうがない。今、我々にできることをしよう。参謀、敵はムーの飛行機械を使用しているのだったな?」
「ハッ、エストシラントを襲ったのは飛行機械で間違いないとのことです。ただムーの主力であるマリンかは報告になかったので不明です」
機械文明の列強国ムー以外にワイバーンオーバーロードと戦える飛行機械など作れない。
それが第2日本帝国とグラ・バルカス帝国を知らない国の常識で、彼らはその常識に則って判断を下す。
「エストシラントでの空戦では大損害だったのだろう? ならばマリンで間違いあるまい」
「飛行機械を保有しているならば軍艦も輸入しているかもしれません。ラ・カサミ級が1隻でもいたら脅威です。海軍としては、ラ・カサミに勝つとなれば数をそろえて挑むしかないと考えます」
「……数を頼みに押し潰そうにも、デュロの艦隊はそこまでの規模ではない。ワイバーンを援護に割くことも出来ん。エストシラントでの大敗を鑑みるに、ワイバーンオーバーロードとマリンには戦前の想定以上の質の差があると見るべきだ」
ストリームは彼我の差を冷静に分析して訓令する。
「諸君、この戦いは皇国の歴史上にあるどの戦いよりも辛く、厳しいものとなるだろう。しかし、最後に勝つのは我々だ。慢心せず、全力で己の本分を尽くせ」
デュロ沖合 洋上
全軍に警戒命令が下されたことで哨戒に駆り出されたワイバーンロード2騎が飛行する。
両騎には高度差があり、1騎は海面近くを、ペアを組むもう1騎は1000mほど上を飛行している。これはエストシラント空襲から得た戦訓――敵はこちらより高度をとって攻撃してくることから考え出された戦術である。
遠くまで見えるが襲われやすい高空には経験者を、近くしか見えないが襲われにくい低空には未熟者を飛行させることで生存率を上げる。これならば敵の初撃での全滅を回避できる確率が高いし、仮にどちらかが撃墜されてもその間にもう片方が魔信で報告できる、というわけだ。
非の打ち所がない、実に合理的な戦術。
だが実行する立場の人間からすれば一言言いたくなる。
「言いたいことは分かるが……。なんで栄えあるパーパルディア皇国の竜騎士がこんな戦法を」
先輩竜騎士のフラーゲは嘆かわしいと言わんばかりに頭を振る。
「――ん?」
ふと見上げた太陽に黒い点が複数浮かんでいるのに気づく。
異常を知らせるべく僚騎に対し魔信を使おうとした瞬間、視界に複数の閃光が瞬いた。
「あれ? 先輩?」
一瞬だけ、通信が入ったと思ったらブツリと途切れた。
どうしたのだろうかと、新米竜騎士ボット・イーチは先達が飛んでいるはずの上を見上げると何かがボトボトと落ちてくる。海面に激突したそれらに肉食魚がかぶりつく。
「…………ッ!!? て、敵襲っ!?」
慌てながら周りの空を見渡すのと、基地への報告を同時に行う。
「哨戒3番より基地へ! 攻撃を受けた! 奇襲だ! 位置は……ひいっ!?」
後ろをふりかえったところで、報告は止まった。
ワイバーンとは似ても似つかぬ異形が、ワイバーンとは比較にならぬ速度でこちらに向かってくるのを視認できたからだ。
一瞬。彼が恐怖で固まってる間に距離を詰めてきた敵は翼から光弾を撃ってきた。
「わ、わあああーーーっ!!?」
とっさにワイバーンロードを横滑りさせて光弾を回避する。
先頭の敵の攻撃に合わせて後ろの敵も光弾を撃ってきたが、奇跡的に当たらなかった。両者の速度差から敵はボットの前に躍り出る。
慌てふためきながらも、愛騎にブレスを撃たせようとしている間に敵は上昇し、ボットの手の出せない距離と高度へ逃げてしまった。
『こちら司令部! 応答しろ! おい! なにがあった!?』
基地からの魔信が耳に入るが応答している余裕はボットにはない。
上空で旋回して再び攻撃位置についた敵が自身へ目がけて突進してきているなか、報告を続けられるほどの度胸は彼にはない。それを持つ人間は少し前、彼の頭上で肉片となっている。
「ひいっ! ひいっ! ひいっ!」
情けない声を出しながら海面すれすれの高度でデュロまでの最短ルートを飛行する。
海面近くを飛んでいれば敵は攻撃しずらい。ボットの乏しい経験と知識から導き出した答えは、確かに後方についた敵の攻撃を抑止している。
「――――あっ」
いつの間にかさっきの敵とは別の飛行機械が前から迫ってきていた。
後方ばかり見ていたボットが新たな敵を視認した直後、彼は愛騎共々デュロの海の栄養となった。
フラーゲ、ボット両名がデュロの海に散華してから20分後、デュロのワイバーン基地は喧騒に包まれていた。
奇跡的に魔信を使用できた別の哨戒騎からの報告で、敵の大規模な航空戦力がデュロに迫りつつあると知ったからだ。
「オーバーロードを優先しろ、ロードはその後だ!」
報告を受け取るな否や、即座に下されたガウスの命令に従い慌ただしくなるワイバーン基地。
一方で、現場の竜騎士たちはその命令の続きを知るや驚愕し、そして憤る。
「新米連中も上げるだと!? 竜騎士長はなに考えていやがる!」
「ひよっこどもじゃあ、足手まといにしかならんぞ!」
レミール編成案による影響はワイバーンだけでなく、それを操る竜騎士の質にも及んでいた。
ベテラン竜騎士の不足から、まだワイバーンにようやく乗れるようになった新人も実戦投入せざるを得ない状況だったのだ。最優先で守るべき、パーパルディア国内最大の工業地帯が、である。
こういう時に間を埋める中堅層は、ほとんどが哨戒任務に駆り出されて未帰還となっている。
「……ひよっこ共には俺たちが戦っている間に、離れた場所で高度をとるように命令する」
「それしかないか」
納得できない物でも、命令は命令。軍人である彼らは従うしかない。
せめてもの抵抗はもっともらしい理由をつけて、新米竜騎士を戦場から遠ざけることくらいだ。
出来ることをしたベテラン竜騎士たちはワイバーンオーバーロードに跨り、空を舞う。力強く羽ばたき上昇していく雄姿を目にしたデュロ住人は安堵と頼もしさを覚える。
それに気が付いた竜騎士たちは、下界から見上げる者との温度差に苦々しい感情を覚えつつも敵航空戦力がいると報告にあった空域へ向かう。
『敵は二手に分かれた。速度からしてこちらに真っ直ぐ向かってきているのはワイバーンオーバーロード、離陸及び退避しているのはロードと思われる。第2編隊は迂回し、退避中の敵を狙え』
後方の氷山空母からやってきた、3式艦上早期警戒管制機からの指示に従い第2編隊108機が正面のワイバーン群を避けて奥に見える編隊を目指す。
これで何騎かロードの援護に向かってくれれば第1編隊としては楽になるのだが……。
「ほう、1騎も割かんか」
オーバーロード編隊は一糸乱れることなく第1編隊へ直進してくる。第2編隊の狙いを察しているはずなのに、だ。
(流石に20騎からさらに割くほど無能ではないか)
神保留大尉は心中でつぶやく。
戦力比は端数を切って5対1。ただでさえ不利なのに、ここからさらに数を減らせば自分たちの首を絞めることになる。
そのことを理解しているパーパルディア側とどちらでも構わない日本側は互いに目の前の相手から目をそらすことなく突き進み――正面からぶつかりあった。
ワイバーンオーバーロードが導力火炎弾を吐き出すよりも速く2式艦上戦闘機の20mm機関砲が火を噴く。
さすがは列強の精鋭というべきか、神保がかつて戦ったロウリアのワイバーンよりも俊敏な動きで回避機動をとる……が、その動きは200門を超える機関砲の弾幕をかい潜るには鈍重すぎた。
弾幕をもろに浴びたワイバーンは多数の大穴を開けられ、血を振りまきながら堕ちていく。運悪く命中した砲弾が炸裂し、胴体が内部から破裂してバラバラにされる騎もいる。
血風吹きすさぶ空域を突破した2式艦戦群は距離を取ったのち上昇し、高度を落とした獲物の残りを睥睨する。
初撃12騎。残った敵数から逆算した戦果は、彼我の性能差を考慮しても見事と言えるものだった。
『高度優位を維持したまま囲め。衝突に注意しつつ多方向から同時に攻撃せよ』
死神の鎌の一振り目を回避した勇者たちに、空の槍衾が覆いかぶさる。
デュロ防衛に出動したワイバーンは戦局に影響を与えることなく全滅した。
天風による敵航空戦力掃討が成功に終わったのを皮切りに、デュロは混乱が広がりつつあった。
自分たちの頭の上で守護神と信じていたワイバーンオーバーロードが皆殺しにされ、水平線を埋め尽くすほどの数の見慣れぬ鉄船が現れたからだ。
「あれはなんだ!?」
「ミリシアルかムーが攻めてきたんじゃ……」
「古の魔法帝国だ! 魔帝が復活して皇国を滅ぼしにきたんだ!」
流言飛語が飛び交い、民衆に不安が広がる中でデュロ防衛司令部はそれを抑える手を打たなかった。否、打てなかった。
彼らが行動するよりも一手早く、鉄船からの砲撃が始まったからだ。
多数の揚陸艦から発進した揚陸艇が海岸線へ進んでいく。
陸地からの攻撃はない。水際は戦艦の艦砲射撃で地均しされ、後方のワイバーン基地は艦載機によって丸焼きとなっている。
「上陸部隊第1陣、上陸完了! 陣地の構築も順調であります!」
「敵の抵抗はどうだ?」
「ありません。市街地跡に潜んでいるか、研究所ないし基地に撤退したと思われます」
「分かった。……司令、作戦は順調の様ですな」
「艦隊防空能力のテストができなかったことを除けばね」
自嘲気味に返すのはこの場で最高位の真山俊比古海軍中将。
パーパルディア侵攻軍護衛艦隊指揮官という長ったらしい役職に就いている彼は、侵攻軍第1陣3個師団の上陸援護を任されていた。
上陸した部隊が無事、橋頭堡を築いたため、今後の任務はデュロ一帯の制空権の確保となる。
「デュロ制圧後には艦隊はお役御免、か」
「基地航空隊は空軍とともに陸軍を支援しますが、艦隊の仕事はないでしょう。パーパルディアの艦隊はほぼ全滅していますし、竜母を伴わぬ戦列艦だけなら松級護衛駆逐艦で十分です」
「魚雷はないけど、88mm速射砲を載せてるからね松級……」
分かっていたとはいえ、もう活躍の機会がないことを残念に思う真山。
せっかく映像作品に参加――たとえ備品扱いでも――するからには、見る人にいい印象を抱かれる役回りをやりたいと思っていた。
それだけに今回のパーパルディア戦は不本意な配役だった。
「まあうじうじしてても仕方がない。航空参謀、第3次攻撃隊の準備は?」
気を取り直して仕事に取り掛かる真山。
ここできっちり与えられた役目をこなせば、次はマシな役が回ってくるはず……そう自分に言い聞かせて。
「出来ています。ただデュロにはミリシアルから輸入した対空機関砲があるとの情報があります。陸さんへの援護を万全に期すためにも、まずこの機関砲を潰すことを優先したいのですが、よろしいですか?」
「構わないよ。陸軍の航空支援には揚陸艦の機材の方が向いているだろうしね」
第2日本帝国海軍が運用する強襲揚陸艦と揚陸艦は似て非なる艦船である。
主な違いとして、前者は物資・人員の揚陸だけでなく空母としての機能も有しているが、後者は連絡機やヘリコプター(もどき)などしか運用できない。また装甲も皆無に等しい。
いくつかの機能を妥協した廉価版である彼女らに期待されているのは、ヘリコプターを用いた対潜活動や地上部隊への支援である。
「ではそのように」
決定からさほど間を置かず大鳳級空母と秋津洲級強襲揚陸艦から艦載機が発艦し、編隊を組み橋頭堡の兵士たちの頭上を越えていく。
第3次攻撃隊に続くように、現代日本人から見れば原始的なヘリコプターの群れがデュロの市街地だった場所を這うような高度で飛行する。
パーパルディア本土での市街地戦が、始まろうとしていた。