貴女にあげるよ、口紅を   作:トマトのトマト

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第四話 双丘に見惚れても

 

 

 

 

 

「いや、すごく楽しそうだなと思いまして」

 

 

 真魚は戸惑いながらそんなことを口にする。しのぶは少しだけ恥ずかしそうに笑っている。口に入れた餡蜜の甘味が良い具合に疲労感の身体に染み渡る。

 二人が入った喫茶店は、しのぶのイチオシの場所。しかし、真魚も来た覚えがあったからか、新鮮味はあまり無かった。強いて言えば、二人で来るのが初めてだったぐらいで。いや、互いにとってそれが一番新鮮だったのかもしれない。

 普通に考えて、蝶屋敷の備品なのだから、屋敷に住む人間で行くのが普通。それだというのに、荷物持ちに任命された無関係の真魚には、疲れの色が見えた。せっかくの休みだというのに、身体に疲労を溜めてしまう逆転現象。餡蜜の甘さでは決して回復できない疲れだ。

 二人の座っている椅子の横には買った備品が積まれている。一人では持てない量であるのは確かだが、別に真魚に頼む必要は無かったほどの量である。それこそ、屋敷の女中一人でも問題無いような。彼もそのことは理解していたが、敢えて口にしようとはしなかった。文句の言い合いをするほど、頭に血液が足りないような気がして。

 対照的に、彼女は元気に餡蜜を頬張っていた。さっきまで寝ていたというのに、すでに眠そうな彼を眺めながら、一口一口。「美味しいですね」と彼に同意を求めたところで、返ってくるのは気の無い返事だけ。せっかくご馳走しているのだから、と詰め寄ると真魚は苦笑いを浮かべて無理に笑顔を作った。

 彼女自身「悪いことをした」とは思っていたが、文句を言わない真魚に甘えていたのも事実だった。自身の空気感に合わせてくれる真魚の優しさというのに、気付かぬうちに頼っていて。

 そして何より、二人で買い物をしたという高揚感があった。それは確かに、彼女が年相応の女子であることの証明でもあったが、今のしのぶにそれを鵜呑みにする勇気は無かった。何かの間違いだと感情に蓋をするように、餡蜜を運ぶ。そして緩む頬。穏やかな時間と彼女に、つい彼も頬が緩んでしまう。

 

 そして、冒頭に戻る。真魚は呆れながらも、どこか優しげ気な雰囲気が込められていて。彼女は嫌味で返す気になれなかった。

 

「楽しくないよりいいではありませんか」

「確かにそうですね。にしても疲れましたよ……」

「家に篭るよりは断然良いとは思います」

「自発的な行動なら同意します。ですので、今回は違うと思います」

「……連れ出してあげたのですから、その言い方はどうなんでしょう?」

()()()()連れ出した、の間違いでは?」

 

 声の抑揚が変わらないせいか、互いの空気が変わる。

 店内には二人しか居ないが、気持ち揺れているような、そんな錯覚に陥る。しかし、二人はそれ以上何も言わなかった。不毛な言い争いなのだから、答えのない会話を続けるほど元気でも無かった。

 真魚は水を口に運びながら、彼女に視線を送る。

 いつも着ている羽織を脱ぎ、黒の隊服姿。しのぶの身体付きが分かりやすく彼の視界を刺激する。チラッと見ては戻り。またチラッと見ては戻り。自分の中で無意識にそんな行為。

 

「……なんです? さっきからチラチラと」

 

 チラ見、というのに女性は敏感である。

 特に目の前に座っている人間から、そんなことをされれば誰だって気にはなる。何か顔に付いているのか、可笑しなことになっていないか、人間なら気になって仕方がない。

 ところがだ。今回の彼の場合は全く別の話。(よこしま)な考えで彼女のことを見ていたのだから、それを突っ込まれれば狼狽えるのも当然な話。分かりやすく言葉を失くす。

 

――――いやー、しのぶさんって良い身体してますよね

 

 終わりである。

 

――――胸も大きくて柔らかそうです

 

 終わりである。

 

 彼の頭に浮かんだ言葉をそのまま伝えるわけにはいかなかった。特に彼女にそんなことを言えば、あらゆる手を使って潰しに来る。人間として、鬼殺隊士として、社会的に死ぬ恐れがあった。そうなれば、もう誰にも会えない悲惨な人生を歩むことになる。

 彼は考えた。ここで黙り込むことは一番いけないことだと分かっていたから。

 

「――――み、見惚れてました。いつもお綺麗だなぁって」

 

 付け焼き刃の言い訳。そんなものが彼女に通用するわけがない、自分でもそう分かっていたのに、そう言わざるを得ない。素直に告げる必要なんてないのだから。

 

「そうは言いますが。視線が()()()を向いていたのはどうしてでしょうか」

 

 彼女は見逃さない。彼の心に直撃する追撃である。

 しのぶにとって、これは今回に限った話ではないのだ。度々彼の視線が自身のソレに向いていることも多く。いや、彼だけに言える話でもないのだが。その苛つきを全て真魚にぶつける。偶然に偶然が重なっただけ、と開き直って。

 これに困ったのは真魚だ。しのぶは「下の方」と包んだ言い方をしたが、それは「胸を見ていた」とバレているようなもの。どう言い訳しても自らの邪な心が剥き出しになってしまう。眼球が左に右にウロウロと。考える。考えるが、答えなんて出るはずもなかった。

 

「……仕方ないでしょう。俺だって男です。見るなと言う方が難しいですよ」

 

 秘技・開き直りである。男であることを盾に、誰だってそうする感を醸し出し。そんな彼に、彼女は呆れた様子。そして――――。

 

「気持ち悪いですっ」

 

 たった一言。それも単純明快な一言。何故か軽快に言う彼女は笑う。一方の真魚。それを面と向かって言われれば、誰でも心に傷が生まれる。特に男であれば。正直に言おうが嘘を吐こうが関係なくて。

 はぁ、彼はため息。今はこの餡蜜すら味がしないように思えて。年下の女子から揶揄われる気分はあまり良いものではない。自身の発言に品が無かったのは事実だが、今それを詰める必要が無いのも確かだった。

 

「品のない男性は嫌われますよ?」

「鬼殺隊に品のある奴なんて居ないですよ」

「まぁ……独特な方が多いですね」

「えぇ本当に。特に目の前の貴女とか」

「……あらあら。どういう意味でしょうー?」

 

 ピキッと空気がひび割れる。先ほどが消化不良だったせいか、彼女の沸点は驚くほど低くなっていた。しかし、それは真魚も同じで。額に青筋が浮き上がっているしのぶに、にっこり笑顔を見せる。

 真魚も、揶揄われっぱなしは性に合わなかった。そのせいか、つい本音が漏れる。聞こえると分かっていても、今はそれでも良かった。まるで、自ら開戦の引き金を引くように。

 

「だってそうじゃないですか。今の貴女は――――」

 

 ところがだ。真魚は途端に頭が冷えていく感覚を覚えた。

 頭が沸騰しているのに、今出ようとした言葉は、言ってはいけないことだと。そんな冷静な判断が出来たことに自分でも驚いていた。

 姉の模倣をしているだけじゃないか――――。これまで振り返っても、お互いに過去のことには干渉していない。だが、柱であるしのぶに関しては、外野から様々な話が聞こえてくるのだ。それが真魚の耳に入るのも自然なことで、今の「胡蝶しのぶ」という人間が出来上がった経緯というものを自分なりに理解していたつもりで。

 

「何ですか。言ったらいいじゃないですか」

「いや……なんでもないです」

「……分かりますよ。今、君が言いかけたこと」

 

 いつの間にか、二人の間から笑顔が消えていた。

 真剣な表情で話す彼女。軽い場面ではないと分かっていても、彼は。しのぶの美しい顔に、本当に見惚れてしまった。

 この日初めて、目が合ったような気がして。無意識に二人は視線を逸らす。彼女は出かかった言葉を飲み込むも、何処か引っかかりは拭えない顔をしている。

 

「お姉さんはもう、戻ってきません」

 

 真魚は考えていた言葉を噛み砕いて、言い方を変える。表面上の意味は変わってしまったが、根本的には同じ。それを彼女が読み取れるかどうかなんて知らない。ただ、彼の本音であることは間違いなかった。

 しのぶは少し目を見開いた。考えていた言葉とは違うモノが飛び出してきたのだから。

 戻ってこない――――。彼女自身が一番分かっていた。それなのに、今こうして彼が言った意味。それは、今のしのぶ自身を否定することと同意だった。

 自分が姉の死を引きずったまま、ということ。体温が上がる。鼓動が高鳴る。心の奥底を突かれた気分で、しのぶは握り拳を作ってみせる。今の彼に、言いたい事は沢山あった。しかし、喉が締まって思ったように思考が働かない。その代わり、唇は震えて。それが彼女の答えとなって、彼の心に投げ込まれた。

 

「だから、好きに生きてみたらどうですか? 何というか……もっと自由に」

 

 自由に生きる。その考えがしのぶには分からなかった。

 彼女は鬼に家族を殺されたから、姉・カナエとともに鬼殺隊に入隊。それからは憎い鬼をひたすらに狩り続けた。そして、柱となったカナエが死んだ。

 カナエは鬼に同情していた。死の間際でも、鬼のことを哀れんで。しのぶの腕の中で息を引き取った。

 彼女は、鬼がひたすら憎かった。家族を殺されたのだ。憎しみが無い、という方が無理な話。

 ところが、胡蝶しのぶという人間は優しかった。姉を愛し、尊敬していたあまり、カナエの考え方を真似ようと。鬼に対する考え方は正反対だったのに、自身を押し殺してまで、カナエの性格、雰囲気を自らの身体に溶け込ませようとした。そして、今の彼女が()()()()()()

 真魚の「自由に生きたら」との発言。しのぶにとって、そんな事はどうでも良かったのだ。父親、母親、そしてカナエ。最愛の家族を殺された自身の人生に、もう意味は無いのだから。

 

「鬼を屠り続けることが出来れば、私は良いんです」

 

 当たり障りのない、しのぶの本心。不思議と話し方は落ち着いていて、先ほどまでの苛つきは治まっていた。心を抉る真魚の言葉が、一周回ってそうさせたのだろうか。彼女は考えるも、その答えは分かるはずもなかった。

 

「……死ぬことになっても、ですか」

「はい」

 

 彼なりに思い切った質問をぶつけたつもりだったが、しのぶは即答する。やんわりとした聞き方にはなったが、要は「戦いで死んでもいい」と言っているようなものだった。

 真魚は、それが理解できなかった。鬼が憎い気持ちは同じ。だが、死んでしまえば、もう何も出来ない。死んだ家族に会えるかも分からないのだ。だったら、生きて人としての生を謳歌したい、それが彼の考え方。だから、彼は生きる為に戦うのだ。

 

「……やっぱり。俺は貴女のことが()()です」

 

 彼から見れば、胡蝶しのぶという人間は捻くれた考え方だった。大切な人間の死を受け入れられない、自己満足。

 彼女から見れば、梅咲真魚という人間は甘い考え方だった。物事を都合良く捉えて、簡単に「生きる」と言う、自己満足。

 

 二人して一緒に居ることが多いのも、ただ単に気休め程度なのだ。それ以上の感情なんて二人の間には存在しない。鬼殺隊として、鬼を狩り続けるだけ。例え、片方が死んでしまっても。任務は変わらないのだから。

 

「……奇遇ですね。私も貴方のことが()()です」

 

 

 





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