貴女にあげるよ、口紅を   作:トマトのトマト

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第五話 平常にお見舞いに

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後。休暇を終えた真魚は、再び任務に向かう。

 これまでと変わることなく鬼を狩り続け、今もこうして生きている。しかし、彼はどこか落ち着かなかった。

 先日まであれほど顔を見せていたしのぶが、パッタリと姿を表さなくなったのだ。任務終わり、彼を振り回すのが定番化していたというのに。いきなり無くなったせいか、真魚は気味が悪かった。

 万が一、彼女に何かがあれば、鎹鴉を通じて何かしらの連絡があるはず。それが無いということは無事であるのは確かだった。それにしても、と彼は頭をひねる。

 

――――私も貴方のことが嫌いです

 

 舌打ちをしたくなる、彼女の言葉。

 言い出したのは真魚の方であるが、今はそんなこと関係無かった。あのことを根に持っているとするなら。彼は考える。しかし、謝るつもりにはなれなかった。

 ここで謝るということは、自身の言葉を否定すること。彼はそれが嫌だった。否定も何も、あの言葉は真実なのだから。

 朝市で朝食を済ませた彼は、その足で自宅へと戻る。その道中、彼を呼び止めたのは鎹鴉だった。

 

「カァァ。シノブヨリ伝言。至急、蝶屋敷に来イ」

 

 足に括り付けられていた紙を見ると、そこには買ってきて欲しいものが一覧で書かれていた。彼は分かりやすくため息を吐く。噂をすれば何とやら、である。

 そもそも自身の鎹鴉が、何故しのぶの命令を受けているのか。そこから不自然だった。だが、彼女であれば白を黒に変えてしまうことだって出来かねない。それを鴉に問いただしたところで、真っ当な回答は得られないのだ。

 

「任務終わりで疲れてるから。明日顔出すって伝えといて」

「ダメダ。コロサレル」

「お前も脅されてるのかよ……」

 

 流石に可哀想になったのか、彼は諦めて屋敷に向かうことにした。声の抑揚があまりない鎹鴉が怯えているのだ。彼女の恐怖は人間という概念を超えるのだと背筋が凍る感覚を覚えた。

 疲れた足で町へ行き、買い物を済ませ、その足で蝶屋敷へ向かう。真魚の家からさほど遠くないところにある屋敷だが、いつも以上に足取りは重かった。肉体的・精神的な疲労。そして、しのぶに会わないといけないために。

 曇り空。あと少しすれば水滴が空から落ちてきそうな、重い雲に包まれていた。まるで真魚の心を映したかのようで。

 

「あの、これ()から頼まれたんだけど」

 

 屋敷の玄関に入った彼は、第一声にそんなこと。偶然その場に居た三人娘の一人に手提げを差し出す。中には彼女から頼まれたモノが詰め込まれている。そしてその代金を記した紙も。しっかり回収するものはしないと、真魚としても腑に落ちない。

 玄関でやり取りを済ませればいいのだが、受け取った彼女はそのまま屋敷の奥に消えていく。恐らくはしのぶの元に行っているのかもしれない。ここで立ち去れば面倒事を避けられるのだが、奥から走ってきた彼女がそれを許さなかった。

 

「しのぶ様がお呼びです。奥へどうぞ」

「ごめんね。俺も疲れてて。また今度来るから」

 

 相手が子どもなのを良いことに、言いくるめるように背を向ける。彼女本人が来ないということは、それなりに忙しいのだろう。そこで呼ばれたところで、まともに会話する余裕もない。

 ところが、彼女はそれをさせなかった。「待ってください」と小さな手で真魚の右手を掴む。振り返った彼の目を見て、小さな口を開いた。

 

「しのぶ様……実は体調崩されてて」

「あの人が?」

 

 彼は思わず聞き返した。コクリと頷く彼女。その表情を見ても、嘘というわけではないようだ。素直に、真魚は驚いた。

 鬼殺隊の柱。その体力は人間離れしている。そのうちの一人が体調を崩したというのだ。それは余程のことなのか、彼は考える。それに、これまでしのぶが体調を崩すなんて聞いたことが無かった。

 帰るつもりだった彼も、思わず屋敷に上がり込んでいた。そしてそのまま、部屋の前に案内される。障子越しにわずかな影。案内してくれた彼女はわざわざ彼に一礼してその場を去る。そこまで気を遣わなくていいのに、彼は一つ息を吐く。

 

「……真魚君? 入っていいですよー」

 

 聞き慣れた声。優しい雰囲気を纏っていて、彼のよく知る彼女の声だった。本当に体調を崩しているのだろうか、疑う自身を振り払うように、障子の戸を引いた。一声かけて。

 部屋に入ると、寝台が一つだけであとはかなり簡素な造り。しのぶの部屋というわけでなく、隊士の治療をする病室の一つだった。その寝台の上に、彼女は居た。上半身を起こして、壁に寄りかかっている。真魚を見る目は、心なしか優しいものになっていて。だが、普段よりも明らかに疲れた表情をしていた。

 いつも付けている蝶の髪飾りもせず、髪を下ろしている。化粧も薄っすらとしていた。こんな時ぐらいしなくてもいいのに。彼は心の中で毒づいたが。

 

「買い物ありがとうございます。体調はもう大丈夫ですよ」

 

 彼女からお礼の言葉を言われ慣れていないせいか、背中が痒くなるような感覚。そのせいか、やはりいつもの彼女とは違っていて。別の人と話しているような。

 

「風邪ですか?」

「まぁ、そんなところです」

 

 嘘だ。彼の直感がそう言う。

 優しく微笑む彼女を見ているというのに。そう思った理由が、彼本人分かっていなかった。特に、彼女のように強い人間は風邪を引かない。それは同じ鬼殺隊士である彼はよく理解していた。

 喉まで出かかった言葉を、真魚は必死に飲み込む。その言葉が嘘だという証拠も何もない。それに、また揶揄われる可能性だってあった。そんな面倒事に巻き込まれる方が、彼的には嫌だった。

 

「座ってください。今お金出しますから」

「い、いやいいですよ。今日は俺の奢りです」

 

 さっきまで思っていた感情と、正反対の言葉が出る。

 それは彼なりの優しさでもあった。無理に起き上がろうとする彼女を制止して「奢り」という単語。珍しく申し訳なさそうな彼女の表情が、今の真魚には染みるほど眩しくて。頭の中にこびりつくような初めての感覚を覚えた。

 

「具合悪いなら先に言ってくださいよ。お金は本当にいいですから」

「……普段なら返せと言うではありませんか」

「そ、それはまぁ……」

「今日はどうしてですか?」

 

 意地悪な質問をした。彼女は申し訳なさ。それよりも、分かりやすく戸惑う彼が可愛くて仕方がなかった。先日嫌いと言い合ったというのに、まるであれは無かったかのような、新鮮さがここにある。

 普段なら何も言わずに誤魔化していた彼も、いつものとは違うしのぶの雰囲気に飲み込まれていた。甘い妖艶な香り。固唾。彼の喉仏がゴクリと動く。そんな彼の雰囲気もまた、しのぶにとって妖艶なモノだった。

 

「……たまには良いじゃないですか。奢っても」

「あんまり面白くない理由です」

「なら早く元気になってくださいよ。なんか……俺も調子狂うんです」

 

 そう言う彼女も笑っている。なんだかんだで、彼と話すことは好きなのだ。根本的には分かり合えないだけで。

 「それじゃ」彼は椅子から立ち上がる。用件は済んだのだから、ここに長居する理由も無くなったのだ。彼の行為は至って普通のモノ。だというのに、しのぶはそれを許さなかった。

 

「もうお帰りですか?」

「長居しても申し訳ないですから。俺も任務終わりで疲れてて」

「ここまで来て看病しないんですか?」

「屋敷の子たちがしっかりしてますから」

「あの子たちは忙しいんです」

「俺も忙しいんですが」

「帰って寝るだけではありませんか」

「いや寝かせろよ。ていうか貴女が寝てください」

 

 銃弾のように互いの言葉が行き交う部屋。その声は部屋の外にも聞こえていて、女中たちは微笑ましく聞いている。素直じゃないしのぶ。一人の少女に戻っている彼女が可愛らしくて。

 素直に「まだ帰らないで」と言えば、真魚も男だ。美人の願いには弱い。コロッと落ちる可能性もあった。しかし、それが出来ない彼女には、関係の無い話であるが。

 それでも、彼女のお願いを断ることが出来ないのも彼だった。

 普段よりも弱っているしのぶ。無意識のうちに自らの鼓動が早くなっていて。一度は立ち上がったが、ため息を吐きながら再び椅子に腰掛けた。

 気が付くと、外は雨が降り始めていた。水滴が地面に打ち付ける音。独特な匂い。閉め切ってはいても、よく聞こえる。部屋の中が湿気っぽくなっていたせいか、しのぶの癖っ毛もいつもより纏まりが悪い。

 

「雨が止むまで居ますよ」

「雨宿りに使わないでください」

「なら今帰りますけど」

「……最低です」

「知ってますよ」

 

 それから二人。特に話すこともなく、ただただ時間が流れていく。

 半身起こしていた彼女も、完全に横になって眠る体勢になっていた。このまま眠ってしまえば、真魚に寝顔を見られるのは避けられない。というのに、今はそれでも良かった。気にしていないわけではないのだが。

 疲れていた彼も、座ったまま眠ってしまいそうになる。ここで寝てしまえば、彼女に嫌味を言われるのは明らか。彼女が眠るまで何とか持ち堪えようと目を擦る。

 

 それから一時間もしないうちに、彼女はスッと眠りに落ちた。

 穏やかな寝息。真魚に背を向けて眠っているのもあって、彼から寝顔は見えない。しかし、優しい息が漏れている。眠ったのだと察する。不思議と寝顔を覗き込む気にはなれなかったが。

 

(こうしてると普通の女の子なんだなぁ)

 

 柱である彼女が、こうして無防備な状態で眠っている。この部屋には真魚としのぶ以外誰も居ない。手を出せばそのまま押し流せるのではないかと頭をよぎる。しかし、そんなことをすれば本格的に真魚の命は無くなる。それは本人が一番分かっていたからか、不思議と()()()()()にはなれなかった。

 気が付けば、自身の眠気は無くなっていて。彼女に背を向けて部屋の中を眺める。何度見ても簡素な造り。退屈ではあったが、苦ではなかった。

 ここで姉と一緒に生活していた彼女は、姉を亡くし、女中たちをまとめてきたのだ。それだけでも十分に凄いというのに、努力を怠らず柱にまで登り詰めたのだから。真魚が気軽に接して良い相手ではないのだ。それだというのに、彼女は今の関係性に満足していた。

 真魚は意識を背中越しの彼女に戻す。寝息は一定間隔で続く。彼の前では強がって見せていたが、体調が良くないのも確か。風邪だと誤魔化した彼女のことを、彼はそのまま考えていた。

 しのぶは何かを隠している。それも重大な何かを。直感的にそんな結論。だが彼は目星なんて付けられないし、見当もつかない。ただの妄想にしか過ぎないのだ。今これを考えたところで、答えなんて出ない。

 だから、今はもう少しだけ考えていたい。この理由を。でも、それを彼女に勘付かれると都合は悪い。

 

 

「……早く雨止まないかなぁ」

 

 

 だから彼は、もう少しだけ雨宿りをする。

 

 

 





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