新しめの建物が建ち並び、歩くなかでもあちこちで建設中のビルを見かけた。ニュータウン化の進む月見区らしい光景と言えた。
……こんなに作って誰が使うのかと瀬那は心の中で毒を吐く。彼女には全てが眩しく、そして遠く感じていた。
唯一、近くに感じていたのは今にも降りだしそうな曇り空だけ。
「瀬那~どこ行くのー?」
「……黙ってついてこい。それと、名前で呼ぶな」
同行者を引き連れ歩くというと少々語弊があった。
彼女と同行者、撒菱茜の間には距離があった。物理的な。
茜は距離を詰めてくるが、その度に瀬那は早足で歩き距離を取る。端から見るとおかしな光景である。
「ねー! なんで離れて歩くの」
たまらず、茜は疑問を口にした。
いい加減我慢の限界だった。
隣くらい歩いてもいいだろうと腹を立てるが、腹が立つのは瀬那の方も同じであった。
「あのさ……その格好のお前と歩くのは目立って嫌なの分かる?」
格好?
そう茜は自身の服装を確認するが、別におかしなところはない。むしろ健全な女子高生そのものであると、文句を言われることの理由が分からない。
「分からないなら言うけど、お前のその
茜が着ているのは私立藤花女子学園の制服。
市内でも有名なお嬢様学校である。
そのため、人目にかなりつくのだ。
それが瀬那としては我慢ならなかった。
「しょうがないじゃん。学校終わってから直で来たんだから」
悪びれもせずに言う茜に瀬那は頭が痛くなった。
確かに、ライダー探しをするから集合しろと言ったのは自分だが、まさかこんな目立つとは思ってもみなかった。それに、これから行く場所はおよそ藤女の生徒が立ち入るなんてことがないだろう場所であるので余計に目立つ。
今日は河岸を変えるかとも思ったが、ここまで来てしまったからには手ぶらで帰るなんてわけにもいかない。奴があそこにいるのは知っている。だったら、さっさと倒してしまった方がいいというもの。
「……いいから、行くぞ」
「……! アイアイサー!」
急に嬉しそうな顔になって隣に立つ茜を見て、瀬那は諦めて衆目に晒された。
控え目に言って美少女と言っていい茜。更に藤女の生徒。そんなものが自分の隣を歩くなど場違いだ。そうは思うが、どうせ引き離してもこいつは隣にやって来るのでその度に早足になるのも疲れると瀬那は諦めた。
周囲の視線が気になること五分。
ようやく、例の場所に到着した。
ニュータウン化が進む月見区にあって、やけに古い建物。
ゲームセンターCRである。
ずっとこの街にあるゲームセンターとして市民から親しまれてきた場所。昨今はゲームセンター離れなんて言われることもあるが今日も多くの客で賑わっているようだと瀬那は中の様子を確認した。
「お前はここで待ってろ」
「えーなんで?」
「なんでもなにもない。藤女の奴がこんなとこ来てみろ。お嬢様学校なんだからどうせこーゆーとこ入るの禁止とかなんだろ?」
瀬那が言った推測は当たっていた。
藤花女子学園は校則でゲームセンター、カラオケ等への出入りが禁止されている。
知ってか知らずか瀬那は茜を気遣っていたのだが、そんなことは茜には関係なかった。
「ここでマジックショーするのありかな? ちょっと中行ってみる!」
「はあ!? おい!」
瀬那の心配なんてどこ吹く風といった茜は意気揚々と店内へ突き進んでいった。
人の話も聞かず、ペースを乱しまくる茜に瀬那は苛立ちながら茜を追いかけ店内へ。あちこちから電子音が響き渡り、正直あまり長居はしたくないと瀬那は思った。
「へえ、賑やかで人がいっぱいでショーの舞台には良さそうだね」
「お前、来たことないのか?」
「うん。生まれて初めて来た」
そういう人種もいるのかと、瀬那は一人納得した。
お嬢様……というのはこいつの雰囲気には合わないが、あんな立派な家に住んでるのだからきっと近寄ることさえなかったのだろう。
正に今の茜にとってここは未知の世界というもの。
目を奪われても仕方がなかった。
そのせいで、トラブルに見舞われるのだが。
「お、ねえねえ! その制服藤女でしょ? えーなんでこんなとこいんの? てか可愛くない? よく言われるっしょ?」
瀬那は舌を打った。
またこの手の輩かと。
なまじ顔がいいせいで茜は目立つ。
それも藤女。
学校が終わって若干制服を着崩したことで茜は男をより惹き付けてしまっていた。
目の前の男とは住む世界が違う。
光に集まる蛾のようだと心の中で一蹴した。
「おい、行くぞ」
茜の腕を引っ張り男を無視しようとした。
だが、これで上手くいった試しがない。大抵、面倒なことになる。そう分かっているのに学習しない自分が嫌になる。だがしょうがない。
こういうことしか、知らないのだから。
「え、なに? 君、お友達? じゃあさ一緒に遊ぼうよ~」
「消えろ。目障りなんだよ」
「あ? 悪いけど君には興味ないんだよね。ガリッガリだし、髪の毛ボサボサだし。消えてくんない?」
一触即発。
悪いのは向こうだ。チャラチャラと声をかけてきて……。
一発殴ってやろうかと拳に力を入れた瞬間、以前、どこかで聞いた声が響いた。
「はいはいストップストップ」
私達と男の間に割って入ってきたのは、いつぞや一緒に不良と喧嘩した女子。
ボサボサの銀髪が特徴の……。
「喜多村、遊……」
「あれ? また会ったね。君はこの間の…なに? また絡まれちゃってるの? よくないよー。男も悪いだろうけど多分君も悪いんじゃない? トゲのある言い方したとか」
実際そうなので反論出来ない。
しかし、仕方ない。
それしか知らないのだから。
「喜多村遊……。ちっ、面倒なのが来やがった……」
男はそう捨て台詞を吐いて立ち去った。
彼女はどうやら面倒なことで有名らしい。
実際、腕っぷしはそこらの男よりはあるので面倒だろう。
「ふふん、これで君を助けたのは二度目だね」
「別に助けてくれとは言ってない」
そうだ。
助けてくれとは一言も言っていない。
少し、たまたま、縁があっただけのこと。
「まあまあそう言わずに。ところで、藤女の女の子なんか連れてこんなとこ来るなんて……売春幇助?」
さらっととんでもないことを言う。
確かに私は売春をしてきた。
しかし、それは仕方がないからだった。
だからこそ私は冗談でも売春を斡旋するなんてことが許せなかった。
「……それ、冗談だとしても最低だよ」
「……そうだね、悪かった。ところで、連れの子なんだけど、どっか行っちゃったみたいだよ?」
……は?
後ろを見ると、さっきまでいたはずのあいつがいない。
あいつ……!
急いで探そうと歩き出した瞬間、二階から大きな拍手が聞こえてきた。
何事かと二階への古びた階段を上るとそこには……。
「あなたが選んだのはこのカード?」
「は、はい! このカードです! ハートの6!」
……天才JKマジシャンのマジックショーが行われていた。
あいつ!
とことんペースを乱されて仕方がない。
髪を乱暴に掻いて、あいつを連れ戻しにマジックショーへと割って入った。
巨体が、周囲にあるもの全てを破壊する。
怪獣映画のワンシーンのような光景が目に焼き付くがここはミラーワールド。何が壊れようと、構うことはない。
民家の屋根を飛び移りながらモンスターを追跡、矢を放つ。
しかし、モンスターの皮膚が硬いため矢がなかなか通らない。
「……決定打に欠けるわね」
アイズの強みは手数の多さ。
他のライダー達と比べてもカード枚数が多い。
しかし、火力の低さが問題。
そのため長期戦に陥り、制限時間のためにタイムアップ……。なんてことが多い。
おかげでライダーとの戦績はあまり良くない。
決め手が欲しいがまだファイナルベントのカードは切るべきではない。
確実に仕留めることが出来ると判断出来るまでは使わない。それに、戦いの最中に他の敵が乱入してこないとも限らない。故に、ファイナルベントはそう易々とは使えない。
では、火力が足りない私なりの戦い方は何か。
それは、弱点を見抜いての狙撃である。
現状、放った矢の数は10本。
そのどれもが有効打とはなっていない。
脚と胴体は硬いようだ。
ならば狙うのは生物共通の弱点である……目。
「来なさい、ガナーウイング」
空高く、ガナーウイングの鳴き声が響き、蒼い巨鳥が舞い降りる。
ガナーウイングを背に駆け出し、背中のハードポイントにガナーウイングを装着し翼とする。
屋根を蹴り、宙へ飛び立つ。
赤いマンモスを撹乱するように飛び回り、矢を番えた。
モンスターの極太で、長大な鼻と牙が私を打ち落とそうと迫るが悉くを回避してみせ……。
────狙う。
弦を引く。
狙うは瞳。
引き絞り、矢を放つ寸前、影が私を覆う。
上から、モンスターの鼻が迫っていた。
勢いよく振り下ろされ……。
最小の動きで回避する。
回避したと同時に矢を放つ。
この矢は───当たる。
矢はモンスターの目に突き刺さった。
痛みに苦しみ、巨体を振り回すマンモス型のモンスター。
トドメを刺そうと、デッキからカードを引き抜こうとした瞬間、何かが私目掛けて飛来した。
「良くないなぁ……。私の相棒を傷つけるなんて」
あいつは……!
数日前に埠頭で出会った赤いライダー…。
私の相棒ということは、あのモンスターと契約しているということ。それを裏付けるようにあのライダーは赤く、あのモンスターを基調とした装甲を象っている。
「……この前のライダーね」
「ん? あぁ、この間埠頭で会ったっけ。なに? あの二人の仇を取る~とかじゃないよね? もしそうだとしたら面白過ぎるんですけど」
「別に仇を取るなんて考えていないわ。彼女達とは別に知り合いでもなんでもないから。ただひとつ気になるのは……。なんで食わせなかったのかしら? ただ階段から突き飛ばしただけ。あの二人が気に食わないのなら、モンスターの餌にすれば良かったじゃない」
「へえ……。アンタも結構おっかない思考してるじゃん。けどさ、分からない? なんでわざわざ生かしておいたか」
生かしておいた、理由……。
「あの二人、調子乗ってたからさ~。折角主役になれたのに怪我で降板だなんて……。最高に惨めじゃない! 私、調子に乗ってる奴を絶望のどん底に落とすのが……好きなのよねッ!!!」
赤いライダーが跳躍し、私目掛けて剣を振るう。
だが、空は私の独壇場。
弓で剣を弾き、地面へと叩き落として……。
「エレファスッ!」
落下の最中、赤いライダー…ヘリオスはモンスターの名を叫んだ。
モンスターは体勢を立て直すと、その鼻を器用に使って彼女の足場とした。
そして、そのまま鼻を振るい……彼女を打ち出す。
ライダーの脚力とモンスターのパワーを合わせて飛来するヘリオス。その速さにアイズはついていけず、ヘリオスの剣により切り裂かれ、地面へと墜落した。
アイズとヘリオスの戦いを眺めるものがいた。
半壊した校舎の屋上で、紫に染まった毛皮のマントを風に靡かせる様は正に王……いや、皇帝である。
「ふん……あれが殺し合いだと? お遊戯会の間違いじゃないのか?」
二人の戦いをそう評し、彼はミラーワールドから現実世界へと戻ろうと踵を返した。
ここに、
彼が現れるまでは。
何度も打ち合い、分かったが、パワーは向こうに分がある。ここまで接近を許してしまえば、あとはジリ貧だった。
「ぐっ……!」
地面を転がり、すぐに立ち上がろうとしたが既に剣の切っ先が私の顔面にあった。
「ハハハッ! アンタじゃ勝てないよ! 鳥も地に堕ちれば獣に狩られる。結構いいの貰ったでしょう? さあ、殺させてもらうよ? けど、ただでは殺さない……仮面を剥いで、泣き喚き、絶望の表情を私に見られながら死んでいきな! ふふふ……あはは……!」
恐らく、仮面の下では恍惚の表情を浮かべているに違いない。
とんだ変態がいたものだ……。
しかし、調子に乗っているのは彼女のも同じだった。
「……貴女、演劇部ね」
「……は?」
「だって、そうでしょう? 被害者の二人は演劇部で、文化祭で行われる劇では主役を任されていた。調子に乗っているって発言から恐らく貴女は主役には選ばれなかった演劇部員。こんな分かりやすいなんて、今時小学生でも察せられるんじゃないかしら?」
「……ま、そうだけどさ。ここで死ぬアンタには関係ない」
「いいえ、私は死なないわ」
「は? その自信、ムカつくんですけど。いいや、死ね」
剣の切っ先が首を貫こうと迫る。
その時、竜の咆哮が響いた。
白き剣の竜、【ドラグスラッシャー】が赤いライダーを襲う。
「なんだこいつッ!!!」
ヘリオスは剣でドラグスラッシャーを振り払おうとするが、その身が剣であるドラグスラッシャーにとっては恐れるものではなかった。
そして、騎士が現れる。
ライドシューターを駆り、アイズとヘリオスの間に割って入る。
フードが開き……彼が来てくれたことを告げる。
「美玲先輩! 大丈夫ですか!?」
「私は大丈夫……。まずはこのライダーを!」
「はい!」
燐が、来てくれた。
私のために来てくれた。
「チッ……。仲間が来やがったか…」
「二対一です。退いてください!」
腰に差したバイザーでもある剣を抜き、ヘリオスにそう告げる。
やはり、燐は優しすぎる。
しかし、ここで思わぬ闖入者が現れた。
ウサギのような長く天に向かって突きだした耳を持つ怪人。モンスターが割って入ってきたのだ。
燐は一瞬怯み、その隙をヘリオスがついて襲いかかる。
「くっ……。美玲先輩はモンスターをお願いします! こいつは僕が!」
「……分かったわ」
ヘリオスは燐に任せ、私はモンスターの追撃へ。
……燐なら大丈夫だろう。
私はガナーウイングとの契約を守るため、駆け出す。
正直、あのモンスターはエサとしてはそんなに満たされないだろうが何も食べさせないよりはマシだろう。
再びガナーウイングを背に纏い、空へ。
相手はウサギのように跳躍しながらアスファルトの野原を駆ける。
ウサギが相手なら……猛禽が狩るのは当然のこと。
デッキからカードを引き抜き、左腕の弩型のバイザーへと装填する。
もう残された札は少なく、早々に決めて燐の助けに行きたかった。
【FINAL VENT】
両足にガナーウイングの鉤爪を模した【ウイングクロー】が装備される。
そして、モンスター目掛けて滑空しながらガナーウイングの背部に備わる二門の砲で砲撃し逃げ道を塞ぎ……。
「ハアァァァッ!!!」
ウイングクローでモンスターを掴み、投げ飛ばし、回し蹴りの要領で鉤爪がモンスターを切り裂いた。
爆炎の中に着地し、ガナーウイングがモンスターのエネルギーを捕食したのを確認して燐のもとへ戻ろうとするが、身体の消滅が始まってしまった。
ミラーワールドにいられる制限時間が迫っている。
最早援護どころではない。
心苦しいが、燐を信じてミラーワールドから離れなければならない。
近くのカーブミラーを通じて、私はミラーワールドを後にした。
白刃が舞う。
火花が咲く。
相手はマンモスの牙のような双剣を巧みに扱い、切り捨てようと迫る。
一方の双剣が袈裟に振り下ろされ、それを紙一重で避ける。
見切った───。
太刀の刃を返し、斬り上げる。
右手に持っていた双剣の片割れが弾かれ、アスファルトを鳴らす。
牙のひとつをもがれた相手に向かって、更なる猛攻。
心臓が脈打つ。
心が───滾る。
ツルギとヘリオスの戦いはそのままツルギの優勢で進んでいた。
ツルギの名の通り、剣の届く距離ならばツルギは優位に立てるのだ。ライダーは近距離戦闘が主体となるため、ツルギは対ライダー戦闘においては正しく脅威。彼と真正面から策もなしに戦ったのが敗因となるだろう。
そして、ここに決着はついた。
ヘリオスの剣が、宙を舞いアスファルトの地面へと突き刺さった。
「もう、止めましょう。殺し合いなんて、間違ってます」
太刀を向けながら、ツルギはヘリオスに告げた。
女子生徒を襲ったことは許されないが、だからと言って彼女の命を奪うことも善しとしなかった。
「……ふざけるな。これは殺し合いでしょう!? 何が止めましょうだ!? どちらかが死ぬまで戦う! それがライダーバトルってものでしょう!? 願いがあるからアンタも戦ってる……そうでしょう!?」
「違います! ライダー同士が……人間同士が戦うなんて間違ってます! それに僕は……戦いを止めるために戦って……」
「戦いを止めるために戦う? 結局アンタ戦ってるじゃない! 矛盾してるじゃない! それに……アンタ、戦ってる時、楽しそうにしてたじゃない」
仮面の下で目を見開いた。
僕が、戦いを楽しんでいた?
違う。そんなことはないと否定しようとしても、何故か口から言葉が発せられなかった。
「隙あり」
一瞬の葛藤が、ヘリオスに好機を与えてしまった。
ヘリオスは腰にぶら下げたツルギと同タイプの剣型バイザーへとカードを装填する。
【ACCEL VENT】
電子音声がカードの名を告げた瞬間、ヘリオスはその場から消え、ツルギは鎧から火花を上げていた。
「うあぁぁぁぁっ!!!!!」
「あはっ! いいね、そういう声が聞きたかったの! ……だけど残念。もう時間切れ。それじゃあ、また戦いましょう」
「ま、待て! ぐっ………」
ヘリオスは近くに停められていたオレンジの乗用車から現実世界へ戻った。
ツルギは追跡しようとしたが、先ほどの直撃のダメージにより思うように動けなかった。
ミラーワールドに一人残された燐。
「くそっ!!!」
彼の胸中には、影が渦巻いていた。
『戦いを止めるために戦う? 結局アンタ戦ってるじゃない! 矛盾してるじゃない! それに……アンタ、戦ってる時、楽しそうにしてたじゃない』
ついさっき言われた言葉が脳内を反芻する。
「……違う。僕は、戦いを止めるために戦って……。戦いを楽しんでなんか、いない……」
揺らぐ心理。
燐の心を、どす黒いものが包もうとする。
その身に纏う純白の鎧とは対照的に。
そして、雨粒が鎧を濡らした。
燐とヘリオスが戦っていた辺りを探す。
あちこちの鏡を見て回るが燐の姿はなかった。
途中で雨が降りだし、近くのコンビニで雨宿り。
雨は強いが、恐らく通り雨。
すぐに止んでくれると思うが…。
「こんにちは~美玲ちゃん♪」
鏡の中から、少女の声が響いた。
「アリス……何の用?」
「見てましたよ~さっきのバトル。美玲ちゃん負けそうでしたね~。燐君が来てなかったら、死んでたんじゃないですかぁ?」
その物言いに腹が立つが、事実なので言い返せなかった。しかし、アリスはそんなことを言いに来るような奴ではない。
「それで、何の用」
雨足が強まる。
アスファルトを打つ雨音が激しさを増す。
「実は~また、時が巻き戻ってしまいました!」
それを聞いた瞬間、雷が鳴った。
ミラーワールドのアリスが私の背後に回り、触れられてはいないが、後頭部を触られたように感じた。
そして、前回の記憶が流れ込んできて…。
「あ……あぁ……!」
燐の熱が恋しくて、彼を求めてしまった記憶が目を覚ます。
こんな、ことが……。
「まぁた美玲ちゃんがライダーバトルとは関係なしに願いを叶えてしまいそうでしたのでぇ……。最初からやり直しちゃいました。これで何回目ですかぁ? アリス、もう数え切れないなぁ」
また、私は…。
燐を求めてしまったというの……。
「バトルにも負けて、自分の欲求にも負けて。本当に美玲ちゃんは弱いんだから……。ライダーバトルの期間中ぐらいは燐君を遠ざけること出来ないんですかぁ? あ、無理か! だって美玲ちゃん弱いんですもん! 弱いから燐君を求めちゃうんですよねー! って、行っちゃった。雨強いのになー。……まあ、いっか」
アリスは鏡の中で残酷な笑みを浮かべる。
それまでの雰囲気とは打って変わり、氷のような冷たさが表出した。
「燐君は私のものです。貴女には渡しません」
走り去った美玲を冷たい目でしばらく見つめると踵を返し、鏡の奥深くへと消えていった。
雨に打たれる。
ミラーワールドで降りだしたということは現実世界でも雨が降っているということに他ならなかった。
当然、傘なんて持ってミラーワールドに行ったわけではないので濡れるしかなかった。
周りの人は傘を差し、傘を持たない人は走って目的の場所まで急ごうとする。だけど、今の僕にはそんなことする余裕もなくて……。
「御剣君!」
ぼんやりと歩いていると、前から僕を呼ぶ声が聞こえて……。
「鏡華、さん……」
鏡華さんは傘に僕を入れた。
緋色の傘が上品で、鏡華さんに似合っていた。
「雨が降ってきたから心配になって……。どうかしたんですか? どこか怪我でも…」
「……いや、大丈夫。怪我はしてないよ」
「本当ですか? 今の御剣君はとても平気そうには見えません」
心配そうに僕を見つめる鏡華さん。
僕は……。
いや。
このどす黒い感情は、鏡華さんに吐き出すものではない。自分の中で噛み砕いて、飲み干さなければならないものだ。
「大丈夫。……それより、あのモンスター。なんで襲った人を食べなかったんだろう」
無理矢理、話題を変えた。
あのモンスターは、さっき戦ったライダーの契約モンスターだった。
人を捕食させて力にしようとしていたのか……?
「え……? そう、ですね……。モンスターは人を捕食するんでしたよね? それをせずにただ襲っていただけというと……確かに、おかしいですね。野生の動物は人間のような無闇な殺生はしません。……まあ、モンスターと野生動物を一緒にするのもどうかと思いますが」
なるほど。
それならあのライダーがそういう風にモンスターに指示を出したと考えられる。
そういえば、美玲先輩は無事だろうか?
モンスター相手に遅れは取らないと思うが、美玲先輩も同じように雨に打たれているかもしれない。
鏡華さんに預けていたカバンを受け取り中から折り畳み傘を取り出して、美玲先輩を探しに行こう……。
「り、ん……」
雨音に消されてしまった声だった。
だけど、確かに僕には聞こえたんだ。
「美玲先輩!」
雨に濡れ、びしょびしょとなった美玲先輩がいた。
すぐに傘を差して、雨から美玲先輩を庇った。
「美玲先輩……。らしくないじゃないですか。こんな雨の中で……」
「ごめん、なさい……」
「え……?」
美玲先輩から出たのは謝罪の言葉だった。
何故?
どうして?
美玲先輩は何故僕に謝った?
美玲先輩は僕に触れようとした手を引き、僕からも離れようとして……。
「待ってください!」
美玲先輩を引き留めた。
このまま、美玲先輩が遠くへ行ってしまいそうな気がして…。
だけど、そんな不安を口には出せなくて…。
「……傘から出たら、また濡れちゃいますよ?」
口から出た出任せ。
だけどそれはいい理由にもなり、僕の精神も少しは波が落ち着いた。
……落ち着いたせいで、思春期の少年らしさまで取り戻してしまった。
雨に濡れた髪や頬がなんとも色めき、濡れたワイシャツが身体にぴったりとくっついて、細身で且つ出るとこは出ている美玲先輩の身体のラインが浮き出てしまっている。そしてなにより…白いワイシャツが透けて、見えてしまっているのである。水色のものが……。
「……あ! 御剣君じろじろ見ちゃ駄目です!」
鏡華さんが美玲先輩を庇った。
おかげで、僕の精神衛生も保たれた。
だけど、美玲先輩と離れてしまったことが、なんとなく残念だった。
「とりあえず、学校に戻りましょう。身体拭かないと風邪ひいちゃいます」
「そうですね。咲洲さん、行きましょう」
美玲先輩は鏡華さんの傘に入ってしまった。
そして、僕の前を通りすぎる時…。
「……燐の変態」
と、小声で言われてしまったのだ。
あれは不可抗力の事故である。
だから許してほしい。
だけど…そんな風に言えるほどにいつの間にか元気になった美玲先輩を見て、僕は嬉しくなった。
次回 仮面ライダーツルギ
「あの赤いライダー……ヘリオスは演劇部の人間と見て間違いないわ」
「今度は四人でボコボコにしましょう! 肉体言語です!」
「……記憶喪失、ということかい?」
「お兄ちゃんにモテ期……キタァァァァァ!!!」
願いが、叫びをあげている────。
ADVENTCARD ARCHIVE
ADVENT(仮面ライダーヘリオス)
ダイナエレファス 6000AP
久遠綾姫=仮面ライダーヘリオスと契約しているマンモス型モンスター。
数多いるモンスターの中でもトップクラスの巨躯を持ち、現れるだけで戦場を支配することが出来る。
長く湾曲した二本の牙の切れ味は鋭く、突進などされようものならただではすまない。
真紅の巨象が大地を割く時、どんな強者も有象無象。