仮面ライダーツルギ   作:大ちゃんネオ

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 ───瀬那、おいで。

 

 優しい声が響く。

 落ち着きのある、低くて、優しい声。

 懐かしい、声が。

 しゃがんで、広げられた腕の中に私は走っていく。そして、大きなその腕は優しく私を抱き止めて……。

 

「ん……」

 

 今のは……夢、だったのか。

 ずっと忘れていた、あの頃の夢を見たのか。

 というか、

 

「なんで、お前に膝枕されてんの」

「あ、起きた。身体は大丈夫?」

 

 にこりと笑いながら私の顔を覗き込むこのバカに少々苛立ちを覚えた。何をちゃっかり元気そうにしているのか。

 あんなに殴られていたというのに……。

 

「私は、別に。そういうお前はどうなんだよ」

「ふふん。ジャグラーは打撃に強いからね。案外平気なのさ」

 

 両手を腰につけ、えっへんと自慢気でいるバカ。

 ああ、もう……。

 

「そんな丈夫なら心配なんてしなきゃよかった……」

「ん? 何か言った?」

「別に」

 

 適当に誤魔化して身体を起こした。

 何時までもこいつの膝を借りるのは悪い。

 

「ところで、ここはどこ? どうやって助かったんだ、あの状況で」

 

 周囲を見渡すと、どこかの路地裏。

 それに、どうやってあの場を切り抜けたのか私は記憶がない。

 

「なんとか、私の忠犬。いや、忠タコのマジシャンズオクトパスが触手を使って私達を引っ張って逃がしてくれたのさ。そしてここがどこかは不明。瀬那を連れて逃げるのに必死でさ~。もうてんやわんやだよ」

「そっか……」

 

 ありがとう。

 胸に浮かんだ言葉は、口に出せなかった。

 たったの五文字も話せなかったのだ。

 

「帰ろっか」

 

 何事もなかったかのようにあいつは呟いた。

 その言葉に、私は甘えた。

 

「さあ、帰ったら瀬那の手当てするからね~。身体をじぃっくりと堪能させてもらうからね~」

「ふざけんな。そういうお前だって……」

 

 軽く、こいつの腹をつついた。

 

「ひゃあっ!?」

 

 思いの外、可愛い声が聞こえてきた。

 しかし、すぐに痛む声を発した。

 

「馬鹿。隠すなよ……」

「あはは……。ポーカーフェイスはマジシャンの基本なんだけど。瀬那に見破られるとは私もまだまだだなぁ」

 

 そう言いながらはにかむバカは確かに隠すのは上手いが流石にあれだけ殴られればいくら打撃に強いとはいえダメージはあると思ったのだ。

 

「ま、とにかく帰ろう。怪我してんだから」

「お互いね」

 

 二人で、笑った。

 細い路地に、二人の笑い声が響き渡った。

 

 

 

 

 燐の家でのどんちゃん騒ぎは終わり帰宅。

 今日も一人きりの家で、ぽつんとベッドに腰をかける。

 ……はじめて行った燐の家は暖かくて、とても居心地が良かった。

 お父さんもいて、お母さんもいて、妹もいて。

 ああ、燐は私とは住む世界が違う。

 私の家族は多忙であまり家に帰ってこない父だけ。別に恨んだりだとか憎んだりはしていない。父は母が亡くなった悲しみを仕事で紛らわしているのだ。

 父と母はとても仲が良くて、私の自慢だった。けれど、私が小学四年生の時に母が死んだ。

 事故だった。

 葬儀の時はずっと悲しみを堪えていた父だったが、葬儀を終えてからはずっと泣いて、酒を呷るように呑んで……。

 だけど、いつの間にか父はいつものように会社に行くようになった。そして、どんどん昇進していった。その頃から、父の帰りが遅くなっていった。

 いつしか、家族皆で暮らすはずの家で一人ぼっちでいることが当たり前となった。

 無彩色の世界で、一人きり。

 そんなモノクロの世界に現れた、純白。

 御剣燐。

 はじめて出会ったのは、春の大会前の取材。

 まだ入学したばかりで、中学生らしい幼さを残した燐と出会った瞬間。久しぶりに、世界に色が付いた。

 白黒の世界で白く、優しい光に包まれていた。

 熱心に取材する燐に気圧されたまま取材は終了。最後に笑顔で「ありがとうございました! 大会頑張ってくださいね」と言われた時のことを鮮明に覚えている。

 恐らく、その瞬間に私は燐を好きになったのだろう。そして燐も、私を好きになってくれた瞬間。この事実がとても嬉しくて、嬉しくて……。

 だからこそ、この今の状況に憤慨している。

 ライダーバトルが始まってから、私と燐は結ばれていない。

 何故、どうして。

 繰り返された時間の中で私と燐の関係は変化するばかり。

 この……。

 この想いだけは、変わっていないのに───。

 

 

 ひとまず、着替えよう。

 ずっと制服のままでいるのはなんだかまだ学校にいるような気がして嫌いなのだ。

 立ち上がって、姿見の前へ。

 制服姿の私と向かい合う。

 鏡の前に立っているのだから当然のことではあるが、この自分自身と向き合うような感じは好きにはなれない。いや、そもそも鏡の中の自分を見ることが好きな人間の方が少ないと思うが。

 

 鏡を見ていると、不安になる。

 

『私じゃ燐の隣にはいられない』

 

『こんな私が燐に好かれるはずがない』

 

『だけど私は燐を求めてしまう……』

 

「だって、私は弱いから」

 

 ふと、聞き慣れた声が響いた。

 これは、私の声だ。

 だけど私は言葉を発していない。

 では、今のはなんだ?

 驚愕に目を見開く。

 しかし、鏡の中の私は違う表情を浮かべていた。

 悪意に満ちた、挑発的な笑み……。

 そして、鏡の中の私は私に向かって話しかける。

 

「こんばんは~美玲ちゃん♪ みんな大好きアリスですよ~」

 

 絶対に私がしないような笑い方で、そして私ではない声。

 アリスの、声……。

 鏡の中の私が歪み、アリスへと変貌する。

 月光が射す。

 青い冷たい光が照らす、妖しい少女。

 

「アリス……」

「はーい♪ アリスですよ~♪」

 

 いつものように食えない満面の笑みを浮かべるアリス。相変わらず、人の神経を逆撫でにする笑顔だ。

 

「……何の用?」

 

 苛立ちを多分に含んだ声で問う。

 アリスと話す時はいつもこうだ。

 

「今日は、大事な用で来ました」

「大事な用……? うっ……!?」

 

 突然、脳を焼き焦がすような量の情報が、記録が、記憶が、思い出が、脳を侵食していく。

 

 

 

『…ツーショット』

 

『え…えーっと、ツーショットっていうのは…』

 

『…もう、自棄よ』

 

 記憶。

 数日前、燐が私の部屋に来た時の……。

 いや、違う。

 私と燐は、こんな……。

 

『もう少し、もう少しだけ、このままでいさせて…』

 

 燐に抱きついた私。

 そして、燐の腕が、私を抱いた……。

 

 

 

「ダメですよ~美玲ちゃん。願いを叶えるのはライダーバトルでないと~♪ おかげでアリス、時間を巻き戻しちゃいました~!」

「なん、で……。なんで!? どうして!? 貴女には関係ないでしょう!?」

「関係ない? 大ありです。だって、貴女は願ったじゃないですか。燐君からの愛を。そのためにライダーバトルに参加したんですよね? だったらその願いはライダーバトルで叶えてもらわないと契約不履行です」

 

 ひどく、冷たい声色と表情のアリスが現実を私に打ち付けた。

 

「前にも言ったはずですよ? 時が巻き戻る度に私は【ライダーバトルと関係なしに燐君を手に入れてはいけない】と……。だけど美玲ちゃんは弱っちい雑魚だから言い付けを守れなくて何回も何回も燐君に手を出して……。本当に弱い娘……」

「あ、ああ……!」

 

 思い出す。

 思い出していく。

 何度も、何度も、繰り返してきたこと。

 何度も燐と結ばれそうになって、その度にこの女に邪魔をされて……。

 

「なんなの……! なんなのよ貴女は! どうして! なんで私と燐を引き裂こうとするの!?」

 

 叫ぶ。

 喉が裂けそうなほどに、血を吐きそうなほどに。

 

「なんで、ですか? それも何回も聞きました。それではもう何度目か分からないこの言葉を送らせていただきますね。……リア充爆発しろっ! ふふふ……はははッ!!!」

 

 高笑いを浮かべ、長い黒髪を翻してアリスは闇の中へと消えていった。

 再び、部屋で一人。

 アリスの発していた妖しい気配も消え失せ、部屋には孤独な冷たさが差し込んでいた。

 

「ッ……! ああ……!」

 

 一人泣き崩れ、フローリングの床を涙が濡らした。

 

 

 

 

 

 

 今日は土曜日。

 新聞部は土曜日に関しては出ても出なくてもよいとされている。基本的に僕は顔を出して先輩の手伝いなどをしてきたが今日は珍しく部活には顔を出さず、ある場所を訪れていた。

 

「わぁ……。咲洲さんのお家、新しくて立派ですね」

 

 白い壁の大きな家を見上げた鏡華さんがそう呟いた。

 今日、僕は鏡華さんを連れて美玲先輩の家を訪れていた。

 

「お父さんが貿易関係? の仕事してて結構お金持ちとかなんとか……。美玲先輩はあんまり言わないけどね」

「そうだったんですか。お財布とかいいもの使ってらっしゃるなと思っていたんですが納得です」

 

 そんなところを見ていたのか。

 シンプルな茶色い財布くらいに思っていたけど、いいものだったのか……。そういうのはよく分からないんだよなぁ。今後、そういう記事を書くかもしれないから勉強しておいた方がいいかもしれない。

 この会話を取り敢えず脳の片隅に置いて、今は美玲先輩だ。

 インターホンを押して、と……。

 

『……はい』

 

「おはようございます。僕です」

 

 そう言うと、しばらく間が空いた。

 ……。

 

『……近所に、アイスルームって喫茶店あるから。そこで待ってなさい。すぐ行くから』

 

「あ、はい。分かりました……」

 

 アイスルーム?

 はじめて聞く名前だけど、まあしょうがない。

 この辺りにはあまり来ないから。

 アイスルーム、アイスルームと……。スマホの地図アプリで検索すると、歩いて五分ほどの場所に『喫茶アイスルーム』は存在した。

 

「とりあえず、行こっか」

「そうですね。喫茶店なので何か飲みながらでも。それに……今日は暑いですから……」

 

 鏡華さんの言う通り、今日は九月に入ってから最高気温を記録し、残暑というには残りすぎな暑さではないかと思われる。

 紫外線が大敵な女子である鏡華さん的にもあまり外にはいたくないだろうし。

 ……ちなみにだが、朝一で乃愛さんから連絡が僕にあった。内容は『女装コンのために日焼けしないように』とのことだった。おかげで妹から日焼け止めを借りて塗ることになったのだが……。

 まあ、こんな日照りでは日焼けというか火傷してしまいそうなのでよかったかもしれない。

 そんなことを考えたり、鏡華さんと雑談しながら歩けば五分なんてすぐで、もうアイスルームに着いてしまった。

 外装は古い……というと悪いのでレトロな喫茶店らしい喫茶店。こういう喫茶店は好きなので、内心わくわくしている。

 ドア開けるとドアチャイムの小気味良い音が響く。

 ……実に雰囲気ある喫茶店だ。 

 午前中のまだ早い時間ということもあるだろうが。

 

「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」

 

 マスターはこの女性のようだ。

 黒髪で短いポニーテール。

 美人系で、どことなく美玲先輩と同じ感じがした。

 席は……美玲先輩が後から来るから四人掛けのところへ。

 店の奥。

 ソファの方は鏡華さんと美玲先輩が座るように僕は通路側の椅子に座って……。

 

「鏡華さん? そっち行かないの?」

「え?」

 

 鏡華さんは何を思ったか、僕の隣の席に座っていた。

 

「そっち座った方がいいよ。鏡華さん荷物あるんだし」

「けど、咲洲さんが……」

「並んで座ればいいよ」

 

 変なところに気を遣う人だ。

 別に悪いことではないのに。

 鏡華さんはどこか申し訳ないように僕の向かい側の席へ移動した。

 ふう、これで落ち着けるというものだ。

 さて、それじゃあ飲み物を決めよう。

 メニューを手に取ろうとして……アイスコーヒーでいいか。

 暑いし……あと、懐事情というものである。

 外はあんなに暑いのに、何故僕の懐はこんなにも寒いのか。

 温度差で風邪をひいてしまいそうだ。

 

「鏡華さんは何にする?」

「私は、そうですね……。実は、コーヒー苦手なんです」

「え? そうなの?」

「はい……。コーヒーというより、カフェインが駄目で……」

 

 なるほど。

 確かに、カフェインが苦手だという人はいる。

 しかしそんな人を連れて喫茶店とは……。しょうがない面もあるけど。

 

「えーと、それじゃあ私はアイスココアにします」

 

 まあ、妥当なところだろう。

 けど、アイスココアもいいなぁ……。

 

「お決まりですか?」

 

 やっぱりアイスココアにしようかと悩み始めたところにマスターがお冷やを持ってやって来た。

 

「あ、えーとアイスコーヒーとアイスココアで」

「かしこまりました」

 

 ふむ……。

 やはり、喫茶店のマスターというのはある程度愛想が悪い方がいいとさっと立ち去ったマスターを見てそう思った。

 客との適度な距離感というのが必要だというのが、僕の個人的な考えである。

 

「あ」

「どうしたんですか?」

「……僕もアイスココアにしとけばよかったかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 冷たい苦味を口に含む。

 まあ、アイスコーヒーはアイスコーヒーでいいものである。

 それにしても……。

 

「まだかなぁ美玲先輩」

 

 堪らず胸の内を呟いた。

 かれこれ二十分ほど待たされている。

 まあ、鏡華さんが一緒にいるから鏡華さんがいかにカフェインに弱いのかといった雑談で時間を潰していたが、こう長いと心配というものである。

 

「女の子は色々と準備が必要なんですよ。……もしかして、燐君。咲洲さんに今日の事伝えてなかったんですか?」

「えっと……うん」

「それじゃあ駄目です! 女の子は色々と準備が必要なんですから!」

「……ごめんなさい」

 

 いや、すっかり忘れていたのだ。

 まあ、美玲先輩だから大丈夫だろうと思っていた僕も悪い。

 反省反省。

 反省の意味を込めて苦味を摂取する……。

 うん、苦い。もう一口。コーヒーの味を堪能する。一応言っておくが、コーヒーは好きである。ブルーマウンテンとかそういうのは分からないけど。

 コーヒーの味を覚えたのは最近で、締め切りに追われた時、眠気覚ましのために人生初ブラックを飲んでみたのだがこれが意外といけたのだ。

 それにしても、ここのコーヒーは美味しいな……。

 やっぱりチェーンよりこういう個人経営だよねと一人持論を展開していると、ドアチャイムが響いた。

 入店したのは美玲先輩。

 キョロキョロと店内を見渡すが、そう広くない店内なのですぐに僕達を見つけた。

 

「ごめんなさい。遅くなったわ」

「いえ。こちらこそ急に伺ってすいません……」

 

 まず、謝った。

 ちょうど鏡華さんに叱られたばかりだったので。

 

「まあ、それはいいんだけど……。二人で何の用?」

「今日はお休みですから一日中美玲先輩の警護にあたります! ……というつもりで来たんです」

 

 最初なら胸を張って堂々と言えたのだが、もしかしたら美玲先輩の迷惑になってしまうのではという考えが芽生えてしまった現在、申し訳なさでいっぱいだった。

 

「……もしかして、昨日の言葉を気にしてるの?」

 

『そうでもしないと、安心は出来ないわね。顔を見られたかもしれないし、燐からは名前で呼ばれてしまったし』

 

 そう、昨日のこの言葉がずっしりと僕にのし掛かっていた。

 もし、僕のせいで美玲先輩が危ない目に……。最悪の事態になってしまったらと考えたら眠れなくなったほどに。だから今日は付きっきりで美玲先輩を守ろうと思ったのだ。

 しかし……。

 

「別にそんな心配しなくても大丈夫よ」

「けど……」

 

 大丈夫だと言い張る美玲先輩。

 だけど……。

 

「いらっしゃい美玲。この二人は美玲のお友達?」

 

 僕達の会話に割って入ったマスター。

 気軽に『美玲』と呼び捨てにしているあたり結構仲はいいのだろう。

 

「後輩です。あと、いつもので」

「はいはい。それじゃあ、ごゆっくり」

 

 なるほど。

 常連になるとあんな感じか。

 

「咲洲さんとは仲が良さそうでしたね。よく来られるんですか?」

「ええ。というか、彼女とは親戚なのよ」

「あぁ、似てると思ったんだよな……」

 

 しかしマスターさんの方が美玲先輩より愛想が若干良さそうなのはやはり客商売をしているからだろう。

 

「燐?」

「な、なんですか?」

「……愛想が悪くて悪かったわね」

 

 !?

 な、なんで心が読まれたんだ!?

 口には出してないのに!

 

「と、とにかく! 僕が美玲先輩を守ります! 守るったら守るんです! 何でもします!」

「もう……。我が儘言う子供じゃないんだから……」

 

 困った顔を浮かべる美玲先輩。

 確かに子供のような我が儘ではあるが……。男なら、貫き通さなければならない時があるのだ。

 

「はい、ケーキセット。あとこちらサービスね」

 

 少々、張り詰めた雰囲気の中割って入ったマスター。

 美玲先輩の注文していた『いつもの』とはケーキセットの事か。アイスコーヒーとチョコレートケーキ。そして、僕と鏡華さんの前にも同じチョコレートケーキが置かれた。

 

「ありがとうございます!」

「いえいえ。美玲と仲良くしてもらっているお礼だから気にしないで。この子、いっつも一人で来ては本読むか音楽聞くしかしてないんだから。ちゃんと同年代の友達がいるようで嬉しいよ私は」

「美緒さん」

「はいはい」

 

 おお……。

 あの美玲先輩がたじたじだ。

 恥ずかしい気持ちが隠しきれていない抗議の目線なんていう珍しいものが見れてなんだか嬉しい。

 

「それで、何の話してたかは知らないけど。男の子が何でもしますって言ってるんだから応えてあげなきゃ駄目よ」

 

 む、さっきの話聞かれていたのか。

 静かな店内だし、少々声が大きかったかもしれない。

 

「けど……」

「ねえ、君。名前は?」

 

 唐突に名前を聞かれた。

 なんとなく、マスターさんの目の奥に悪戯を仕掛けようとする意思を感じた。

 

「燐です。御剣燐」

「燐君か。可愛い名前だね」

 

 か、可愛い……。

 実を言うとコンプレックスといえばコンプレックスなのだ。女の子のような名前だと小さい時は意地悪されたこともある。

 最近は別になんとも思わなくなったが、やはり可愛いと言われるのは慣れない。

 

「燐君は美玲のために今日なんでもするんだよね?」

「え? えっと……はい?」

「ほら、なんでもするってよ。男の子にここまで言わせたからには……」

 

 

 

 

 

 

「み、美玲先輩? あとどれくらいですか?」

「どれくらいというのは?」

「えっと……あと、いくつお店を回るのかって意味です……」

「そうね、まだ色々と服見たいからそのつもりで」

「そんなぁ……」

 

 僕達が訪れたのは『聖月パレスタウン』

 聖山駅のすぐ近く。聖山区と月見区の境に立地しているため聖月と名付けられたここはショッピングは勿論、ジムやら映画館やらとここで一日過ごせると言って過言でないほどの複合施設である。

 そして僕は大量の紙袋を肩に掛け、重さに負けないように頑張って歩いていた。

 

「あの……大丈夫ですか?」

「鏡華さん……。大丈夫かどうか聞いてるけど半分くらい君のも持ってるからね。ついでみたいな感じで持たされたからね!」

「あはは……。あ、あのお店行ってもいいですか!」

「最近入ったところね……行ってみましょう」

 

 ま、待って……。

 

 

 

 

 

 

 合わせ鏡の空間。

 無数に拡がるこの空間に一人の少女。

 アリス───。

 

「そろそろ……刺激が欲しいところですね」

 

 退屈気に呟く少女は頭を唸らせ……。

 閃いた。

 

「そうだ! ライダーバトルの参加者の皆さんにもっと楽しんでもらえるようにしないといけないですね!」

 

 妙案を思い付いたと一人舞うアリス。

 少女の靴音が、異界に響く。

 

「───だけど、それだけじゃ足りないわよ? アリス?」

 

 舞うのを止めたアリス。

 少女のような無邪気さは消え、アリスからはただならぬ妖艶さと危うさが醸し出される。

 そして、女はニタリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

聖月パレスタウン1階 

 

「あー!!! なんで私っていつもああなっちゃうんだろう!!! あー!!!」

 

 フードコートに声が響いた。

 今日、私を呼び出した張本人であるお団子君のものである。

 

「……それで、私は何の用で呼び出されたのかな? 君の愚痴を聞くためかい?」

「そうじゃないですけど……そうじゃないですけどぉ! 恥ずかしいじゃないですか!」

 

 お団子君は昨日のことを恥じているらしい。

 しかし、何故?

 

「別に恥ずべきことではないと思うけどね。明るいことはいいことだし、楽しむべき時は楽しむというのは当たり前だろう?」

「それは、そうなんですけど……」

「それにしてもお団子君が枯れ専だったとはね。人の性癖とは面白い」

「だから枯れ専とかじゃなくて……。純粋に御剣君のお父さんカッコよかったじゃないですか!」

「うん、枯れ専だね」

 

 違うと否定するお団子君の説明をBGMにグレープの炭酸飲料を口に含む。

 涼しい場所で冷たいジュースを飲むということはなんて贅沢なのだろう。

 

「ちょっと! 聞いてます!?」

「ああ、聞いてるとも。それで、そろそろ本題に……」

 

 唐突に、あの耳鳴りが響いた。

 戦いを告げる、闘争への知らせが。

 

「射澄さん!」

「ああ、行こうか」

 

 バッグを手に取り、二人で走る。

 音の鳴る方へ。

 

 

 

 

 ショッピングの最中、唐突にあの音が響いた。

 いつも唐突なんだけど。

 

「美玲先輩!」

「ええ、行くわよ」

「それじゃあ鏡華さんこれお願い!」

「え! あ! はい! ……重いッ!」

 

 紙袋を鏡華さんに渡して美玲先輩と共に音が強く鳴る方へと駆ける。

 それと、出来るだけ人のいないところへ。

 変身したところを見られたらまずいし。

 人が多いところを走るというのはなかなか一目について恥ずかしいが気にしている場合ではない。

 

「美玲先輩! そこの階段は人いないです!」

「……そこから行くわよ」

 

 そこはあまり使われない階段。 

 人は皆、エスカレーターやエレベーターといった文明の機器を使う。

 おかげで、人が少なくて僕達がなんとも変身しやすい環境が整えられた。

 文明、サイコー。

 お誂え向きに鏡もあるし。

 ……ん?

 

「射澄先輩! こっちの階段良さそうです!」

「よし、ならそこで……ん? 燐君?」

「なんで射澄さんと美也さんが……」

「そんなことより、行くわよ」

「は、はい!」

 

 四人同時にデッキを構える。

 

「「「「変身!」」」」

 

 並び立つ、四騎士。

 

「よしっ!」

 

 鏡に向かい、ファイティングポーズを取りミラーワールドへ。

 ライドシューターを駆り、並走する。

 こうして四人で行くというのは始めてか。

 仲間って感じがして、悪くない。

 美玲先輩辺りは否定しそうだけど。

 現実世界とミラーワールドの境界を抜け、全てが反転した世界へと。

 そこで、見たものは……。

 

「な、なにこれ……」

「モンスターがこんなに……」

 

 街を覆う、モンスターの群れ。

 そこかしこに白い人型のモンスターが大量に蔓延っている。

 

「こんにちは~!!! ライダーの皆さん! みんなのアイドル! アリスですよ~!!!」

 

 ミラーワールドに響く、アリスの声。

 これは、一体……。

 

「今日はアリスからのボーナスタイム! モンスターのレベル稼ぎのためにこんなにたくさんモンスターを用意しましたよ~!!!」

 

 モンスターのレベル稼ぎ……。

 モンスターはモンスターや人間を捕食することで強化される。

 食べれば食べるほどに。

 そしてモンスターの強さはライダーの強さにも直結してくる。

 だけど……。

 

「アリスがそれだけのためにこんなことを……?」 

「……これだけのモンスターが人間を襲いだしたら」

 

 射澄さんの呟きに全員が息を飲んだ。

 これだけのモンスターが人間を襲いだしたら?そんなの、最悪の事態どころの話ではない。

 

「と、とにかく!全部倒せばいいんですよね!」

「けどミラーワールドに入られる時間は限られる。一秒も無駄には出来ない!」

「はい! おぉぉぉぉ!!!!!」

 

 スラッシュバイザーを構え、モンスターの群れへと斬り込んでいく。

 一体一体は弱く、容易く切り裂くことが出来る。

 これなら……!




次回 仮面ライダーツルギ

「……君は、頂点に立つことが夢だったのか?」

「あはは! 大漁大漁!」

「私が、見えるの……?」

「私は……アリス。ライダーバトルの管理者」

 願いが、叫びをあげている────

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