?ー1 騎士の再誕
夜の涼しい風に当たりながら家への帰路につく。
昼はまだ暑いが夜は涼しくなってきて、秋が近付いてきたなと感じさせる。急な気温の変化は体調を崩す原因になるから注意しなければなんてことを考えながら歩いていると、最近になって聞こえ始めた耳をつんざく…キーンと高い音が脳内を反芻する。
そして、この音が聞こえるということは彼が近くにいる。
何か写るものが、鏡がないか周囲を見渡すとカーブミラーがちょうどよくあった。
そのカーブミラーを見ると……やっぱりいた。
全身黒い甲冑に身を包み、右手には飾り気のない無骨な剣。
特徴的な三本の角の下に見えるバイザーのような赤い目が私を見ている。
10秒間程私を見つめると踵を返しどこかへと行ってしまった。
待ってと声を掛ける間もなかった。
こんなことを毎日繰り返している。
呆気に取られた私は小さく、巷で彼が呼ばれている名前を呟いた。
「仮面、ライダー……」
夏の終わりが近づき、とは言ってもまだまだ残暑が厳しい九月の西日が差し込む教室。
今日の授業も30分程前に終わり放課後となった1ーA教室には僕の他には隣の席の女子生徒とクラスを越えて集合したギャルトリオがいる。
窓からは県大会常連である我等が聖山高校野球部が活力あるかけ声を発しながらグラウンドを走る様子が見られる。
本来なら自分も部活に行かなければいけないのだが部長から「次の特集のアイデア出すまで部室には顔を出すな!」と言い付けられている。
別に僕が悪いことをしたからとかそういうわけではないのだ。
以前書いた「学校七不思議の真相 音楽室のレイコさんの意外な正体!」という記事が意外と好評だったらしく、その記事を書いた時は部室にさっぱり顔を出すことがなかったので部長は僕のことを部室にいるより外にいるほうがいい人間と思っているために出た言葉なのだ。
「それにしたってどうしたらいいんだよ……」
机の上には今日の朝刊とキャンパスノート。
謎の連続失踪事件あとを絶たずと大きな見出しが目立つ新聞。
他の新聞社も似たような見出しばかりだったことを覚えている。
ノートにシャープペンシルを我武者羅に走らせること何度目か。
白いノートにイカスミパスタが出来上がっている。
「荒れてますね御剣君。またスクープ探しですか?」
「鏡華さん……」
僕に話しかけてきた女子生徒『宮原鏡華』
さらりと流れる絹のような髪。
見るものを惹き付ける大きな目。
そこらのアイドルなんて目じゃないほどの美少女。
それでいて誰にでも敬語を使う淑やかさまで備えている。
まさに、現代の大和撫子。
入学当初、こんな人と隣の席になれるなんて!と感激。席替えして再び隣の席になってまた感激。
僕こと御剣燐の人生に春が来たと思ったのだが、やはりというか当然競争率が高い。
同級生から先輩まで。新聞部に入ったおかげで校内の有名人は大体網羅しているが、そこに名を連ねる男子生徒も鏡華さんファンが多く、校内一のイケメンと言われるサッカー部のキャプテンも鏡華さんを狙っているとかなんとか。
そんな奴等を相手に僕みたいなモブが戦えるわけもなく……。今はこうして隣の席であるという幸運に感謝して毎日を過ごしている。
「この間の記事読みましたよ。学校七不思議の真相……。まさかレイコさんの正体が国語の佐々木先生だったなんて……」
「あはは……。ありがとう。けどあの記事のおかげで先生から怒られちゃったよ。成績下げられたらどうしよう……」
周囲からの評判は良かったのだけれど記事にされた方はたまったもんじゃないだろう。
あの時はまさかの真実に興奮し、無我夢中で文章を書き上げた。
そしてそれを面白がった部長が一面に載せた結果……いや、言わないでおこう。
ひとつ言えることは佐々木先生の人気が何故か上がったということだけ。
「佐々木先生も流石にそれはしないと思いますよ?それに、御剣君は国語が得意ですし」
「そうだといいけど。根っからの文系人間だからね。国語の成績を落とされるとなんも出来ない人になっちゃうからなぁ」
文系科目以外はいつもギリギリの戦いを強いられる。
どうにも数学や物理などは覚えが悪い。
勉強方法が悪いのかな……。そうだ、ここは学生らしく勉強法についての記事というのはどうだろうか。
成績上位者に勉強方法を聞いてそれを纏めるとかそんなんでいいだろう。
「あ、そういえばぜひ新聞部の御剣君に調べてほしいことがあったんです」
「え? 何か面白い話題でもあるの?」
折角アイデアが浮かんだところだったが鏡華さん直々に調べてほしいことがあるなんて言われたらそっちを優先しなければ地獄に落ちてしまうだろう。
それに勉強方法の記事なんて書いても部長はきっと「こんなありきたりな記事求めてない!」と却下されてしまうだろう。
「それで、なにを調べればいいの?」
イカスミパスタのページを捲り、シャーペンの芯を出しながら質問する。
鏡華さんからの持ち込みネタなんて今後あるか分からないんだ。しっかりメモっておかなければ。
「はい。御剣君もご存知かも知れませんが、鏡の中の怪物と騎士のことです」
「あー……。あの都市伝説の?」
僕の言葉に首肯する鏡華さん。
鏡の中の怪物と騎士の噂は夏休み頃から出始めた新しい都市伝説だ。
鏡の中に怪物がいて、この怪物達は人間を襲って捕食する。朝刊に載っている連続失踪事件はこの怪物達の仕業なのでどんなに捜査しても犯人は見つからないとされ、その怪物達から人間を守っているのが全身に鎧を着込んだ騎士である。
そしてこの騎士はバイクに乗っているらしく、いつしか騎士は『仮面ライダー』と名付けられた。
というのがこの都市伝説の概要だ。
テレビやマスコミはほとんど報じないがネットはこの話題で持ちきりだ。
SNSで仮面ライダーと調べればどこどこで仮面ライダーを目撃しただとか私が仮面ライダーだとかそういうものが多数ヒットする。
まあどれも信憑性に著しく欠けるのだけど。
それにしてもまさか鏡華さんから仮面ライダーの話題が出るとは。
そういうの興味無さそうなのに。
「巷では仮面ライダーというらしいんですけど……。私見たんです! 仮面ライダーを!」
「へ~仮面ライダーを見た、ね……。え!? 仮面ライダーを見た!?」
「しーです! 御剣君少し声が大きいです」
「ご、ごめんなさい……」
あまり聞かれたくはない話だったらしい。
スクールカースト上位のギャルトリオが駄弁っていることをすっかり忘れていた。
しかし彼女達は彼女達の世界に入っているらしくこっちのことなど一切気にしていないようだ。
「それでなんですけど。私、見たんです。仮面ライダーを。噂通り騎士のような甲冑を纏っていました。色は黒くて……。右手には剣を握っていました」
「なるほどなるほど黒い仮面ライダー……っと。えーと、どこで見たの?」
まず重要なのは5W1H。
Who(誰が)
When(いつ)
Where(どこで)
What(何を)
Why(どうして)
How(どのように)
これをしっかりと把握しなければならない。
「私の部屋と学校とよく行くスーパーと……」
「そんなにあちこちで見たの!?」
そんなにあちこちにいるものなのか仮面ライダーという奴は。
それとも鏡華さんが仮面ライダーを引き寄せているのか……。
「はい……。夏休みの終わり頃からふとした瞬間に鏡を見ると、チラリとその姿が見えたんです」
「……えーと? 仮面ライダーが鏡華さんをストーカーしてる?」
「いえ、そんな感じではなくて……。何て言うんでしょう。こう、見守られているような……」
見守られている……?
鏡華さんが仮面ライダーから?
つまり、どういうことだ?
鏡華さんの美貌に魅せられた仮面ライダーがストーカーしてるとしか考えられないのだが……。
「それで私思ったんです。もしかしたら、私は怪物に狙われていて仮面ライダーさんが守ってくれているんじゃないかって」
あっなるほどそういうことか。
謎の連続失踪事件を起こす怪物が鏡華さんを狙っていて仮面ライダーが守っている……。
すごくしっくり来る理由だ。
一連の失踪事件も場所を問わずだから仮面ライダーも四六時中護衛についていたのだろう。
……さて、ここまで話は聞いたのだが僕になにを調べてほしいのだろう?
「なので御剣君! 御剣君にはぜひ仮面ライダーさんの正体を調べてほしいんです!」
「か、仮面ライダーの正体? 知って、どうするの?」
そう訊ねると鏡華さんは僕から目線を外し、白磁の陶器のような頬に朱が差した。
「知って…その、私のことを守ってくれていたのなら……。一言、お礼を言いたいんです……」
そういう彼女の顔は……恋する乙女の顔だった。
当然、自分はそんなもの知ってはいなかった。
しかし今の鏡華さんの顔を見たら嫌でも理解するであろう。
恋する乙女の顔というものを。
こうして僕を含む、学校の大多数の男子生徒は仮面ライダーに敗北したのだ。
重い足を引き摺って部室へと向かう。
我等栄えある新聞部の部室である地学室のドアを開けて元気一杯に挨拶……出来なかった。
先程の失恋のショックが重く響いていたのだ。
「お疲れ様です部長……」
「おうお疲れー! ってどした燐? 顔色悪いぞ?」
新聞部部長である『遠藤正人』が駆け寄り心配してくれた。
部長は優しい人なのだ。
新聞に関しては厳しいけど。
「いえ、なんでもないんです……。それより部長、次のネタを持って来ました…」
「お、おう……。それで、なにを書く気だ?」
「はい。仮面ライダーについて、書こうかと……」
そういうと部長は顔をしかめた。
大体、次に出てくる言葉は予想がつく。
「何回も言ってると思うがうちはそういうミーハーなネタは取り扱わないの! そう決めてるんだ。例え神様仏様校長先生が許そうがこの俺が許さない! 他のネタ考えてこい」
思った通り。
しっかりと対策は考えているので大丈夫だ。
「そうですか……。せっかく鏡華さんからの依頼だったのに……。あーあー」
わざとらしくそういうと部長は食い付いた。
「なに!? 鏡華さんからの依頼だと!? よし燐早速取材だ! 俺が許可する! いやここは俺が行こう!」
さっきとは打って変わって取材の許可がおりた。
なにを隠そう部長も鏡華さんのファンなのだ。
鏡華さんから~と言えば絶対に許可が出ると確信していた。
部長はもう自分が取材に行く気満々で準備をしている。
だが、それはあえなく止められてしまうのだった。
「部長。部長担当の記事がまだ出来ていないわ。まずはそれを片付けなさい」
教室の奥から聞こえてくる感情をあまり感じさせない平坦な声。
声の主は『咲洲美玲』
二年生だが雰囲気は高校生とは思えないほどの冷厳さと威厳を感じさせる堂々とした人物。
いかにも仕事出来ますという雰囲気だし実際仕事出来るし、リーダーシップもあり人を使うのが上手い。
なんで新聞部にいるか分からないとよく言われる。
事実僕もそう思っているし、美玲先輩は生徒会とかの方がよく似合っている。
実際、生徒会選挙に立候補しないか打診されたけど断ったらしい。
「咲洲……。けどなぁ」
「部長」
「はい。すいません……」
部長も美玲先輩には弱い。
たった一言で部長は沈黙。取材の準備を止めて自分の記事に向かい合った。
よし、それじゃあ行くかと踵を返すと美玲先輩から声を掛けられた。
そして驚くべき言葉が美玲先輩の口から出たのであった。
「取材には私も行くわ」
「え? 美玲先輩もですか?」
「なに? 悪いかしら?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……。意外だなぁって思って」
仮面ライダーなんて眉唾物に興味を示すタイプの人とは思えなかった。
一体どういう風の吹き回しだろう?
「自分の記事が終わって暇だったのよ。それに……」
言葉を途中で区切って、鞄を肩に提げて僕の元に歩み寄る美玲先輩。
僕の目の前までやって来て……。すごく、近い……。
先輩は女子の中では背が高い方で僕とそんなに変わらない。そのため目線がちょうど合う。
少し僕の顔を覗きこむように見ると美玲先輩は僕の頭に手を置いて頭を撫で始め、さっきの言葉の続きを紡いだ。
「自分が育てた後輩の成長が見たくてね。ほら、行きましょう」
……どうにも美玲先輩は僕のことを小さい子供扱いしている節がある。
まあ、美玲先輩みたいな美人に頭を撫でてもらえるなんて世の男子から見たら羨ましいことなんだろうけど。
入部当初から美玲先輩は僕の指導係として新聞部としてのノウハウを叩き込んだ。
他にも一年生はいるのだけど美玲先輩は僕としか関わらなかった。
あと不思議なことなのだが、美玲先輩とは高校で始めて会ったはずなのに美玲先輩は僕のことを知っているようなのだ。
どこかで会ったかなと記憶を探ってみたものの全く心当たりがなかった。
「どうしたの? 早く行きましょう」
「あ、はい! 行きます!」
行ってきますと部長にお辞儀して地学室の扉を閉め、美玲先輩を追いかけた。
ああ美玲先輩!そっちじゃないです!
勝手に歩いて行かないでください!
鏡華さんを待たせている1ーA教室に戻るとギャルトリオはいなくなり教室には鏡華さんが一人。
騒々しい輩がいなくなり取材にはぴったりだ。
「あの子……」
鏡華さんの顔を見た美玲先輩は目を見開いていた。
珍しい。美玲先輩の驚く顔なんて。
「どうかしました?」
「いえ、なんでもないわ……」
そう言っていつものポーカーフェイスに戻った美玲先輩は早速鏡華さんに話し掛けた。
簡単な挨拶と僕がしたような質問を美玲先輩は鏡華さんに問いかける。
それに鏡華さんはさっきも話したでしょなんてことは言わず丁寧に答えている。
……あれ?美玲先輩、後輩の成長が見たいんじゃなかったっけ。
これじゃあ美玲先輩の独壇場だ。
しかし、僕が出る幕もなく美玲先輩は聞き取りを終了して予想外のセリフを言い放った。
「それじゃあ、仮面ライダーが出てくるまで密着取材といきましょうか」
「ええ!? 密着取材ってそんな……。出てくるかも分からないのに?」
「出てくるかも分からないから密着取材するのよ」
密着取材って……。鏡華さんを?
そもそも鏡華さんはそれでいいのだろうか?
「私は構いませんよ。叔母と二人で暮らしていますけど、叔母は一昨日アメリカに出張に行ってしまって一週間は向こうなので少し寂しくて……」
なんということでしょう。
いま鏡華さんは家に一人。
そんな鏡華さんを怪物が狙っているかもしれない。
これは……。もしかしたら本当に仮面ライダーをこの目で見られるかもしれない。
少し、燃えてきたぞ。
「流石に泊まるのはまずいからそうね……。9時くらいまでお家にお邪魔していいかしら?」
「はい! 夕飯もご馳走しますよ!」
なんと。
鏡華さんが夕飯……。
そんなこの学校の男子生徒が羨むようなものを僕が食していいのだろうか。
いや、これは新聞部の活動として行った鏡華さんのお宅で鏡華さんが夕飯を作ってくれたのでそれを戴いたというしっかりとした理由付けがなされているから誰も文句は言えない。
というわけでありがたく戴こう。
それでは早速鏡華さんのお宅へレッツゴー!
「うわぁでっか……」
鏡華さんの家を見上げ、率直に思ったことが口から自然と出ていた。
語彙は豊富な方だと自負しているのだけれど、こう圧倒されると言葉に詰まる。
よく掃除されているのだろうか、新品のような汚れひとつ無い白い壁。
三階建てで地下室とかあってもおかしくなさそう。
広い芝生の庭は休日は知人を呼んでパーティーとか開いてそうだ。
まさしく、豪邸。
小、中と友達は多いほうだし友達の家に遊びに行くなんてしょっちゅうだったけどこんな豪邸に来たのは初めてだ。
こんな豪邸に住んでいるなんて……。なるほど、鏡華さんの気品の由来が分かった気がする。
一緒に暮らしているという叔母さんに丁寧な作法だとか振る舞いを厳しく躾られたのだろう。
これだけの豪邸を建てたであろうこの叔母さんというのはどこかの会社の社長とか重役なのかもしれない。
将来は鏡華さんもそういった世界に進むのだろうか……。
「御剣君? どうしたんですか?」
「え?あ、いや、すごいお家だなって思って……」
「そうですね。確かにすごいお家だと思います。だけど……二人で住むには、少し広すぎます」
そういう鏡華さんの顔はどこか悲しそうだった。
だけどすぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべて僕達を家の中へと招き入れた。
「美玲先輩行きますよ」
隣の美玲先輩に声を掛けると、美玲先輩は庭の方を見つめて…いや、睨み付けていた。
向こうにはこれといって変わったものはなく、小屋があるくらい。
「美玲先輩? どうかしました?」
「……いえ、なんでもないわ。行きましょう」
そう言って美玲先輩は鏡華さんの後を追って門をくぐった。
なにを睨み付けていたんだろう?
自分も見てみたが……。うん、やっぱり何もない。
なんだったんだろう一体?
時刻は7時を回り外は真っ暗。
仮面ライダーを目撃したという部屋を案内されてその時の話だとかを聞いたりして現在は骨董品が棚にたくさん飾られている客間で鏡華さんが握ってくれたおにぎりを食べている。
塩加減がすごくいい。
どんどん手がおにぎりへと伸びていく。
これがおにぎりの魔力か。
美玲先輩もたくさん食べている。
あまり知られていないことだが美玲先輩はよく食べる。
その線の細さからは誰も想像出来ないことだがお弁当もわりとがっしりめなおかずが多い。
本人曰く、栄養バランスをしっかり考えていればダイエットなんてしなくていいとのこと。
「すいません簡単なものしか用意出来なくて……」
「そんなことないよ! こんな美味しいおにぎり食べたのはじめてだよ!」
「本当ですか? なら良かったです!」
満面の笑みを浮かべる鏡華さん。
世の中ってすごいな。こんな美少女が生まれるんだもの。
アイドルなり女優なりになれば一躍トップスターとなれるだろう。
一体何人がこの笑顔に堕ちたことか……。
だけど、すぐにこの笑顔は曇った。
鏡華さんは耳を押さえ、周囲を見渡している。
まさか……。
「鏡華さんもしかして……」
「はい……。あの音が聞こえます! 仮面ライダーさんが現れる時になる、あの音が!」
音……。
僕には全く聞こえない。
聞こえはしないけど鏡華さんが聞こえているというなら近くに仮面ライダーがいるということ。
カメラを構えて棚のガラス戸など鏡があるところを覗くが…見えるのはカメラを構える自分だけ。
仮面ライダーの姿なんて全く見えなかった。
どうなってるんだよ……。
「仮面ライダーさんの姿は見えないのに音ばっかり聞こえるなんて……。こんなのはじめてです……」
鏡華さんがそう呟くがこちらとしては何も起こっていないので何がなにやらさっぱりだ。
しかし美玲先輩も警戒しているというのが緊張感をより高めて心臓の鼓動が高鳴っている原因となっている。
だけど一向になにも起こらない。
もうなんだっていうんだ……!?
突然、体に白い糸のようなものが巻き付いた。
驚きの声をあげる間もなく、僕はこの糸に引っ張られガラス戸へ。鏡の中へと引き摺り込まれたのだった。
「御剣君!?」
宮原鏡華が叫びながら燐の引き摺り込まれたガラス戸を叩く。
当然、そんなことをしたって彼を助けることなど出来ない。
「宮原さん。貴女は別の部屋にいなさい。カーテンは閉めて、鏡を隠してじっとしていなさい。いいわね?」
彼女にそう優しく語りかけたつもりだが彼女はパニック状態のままだ。
「でも御剣君が!? それに咲洲さんはどうするつもりですか!?」
「いいから行きなさい」
こういう言うことを聞かなそうな相手の時は有無を言わせないほうがいい。
ただ、私の言うことを聞けとだけ。
かわいそうだけど貴女の言うことは聞かない。
睨み合いが続く……。この時間すら惜しい。
あの世界でただの人間が1分も生存するのは不可能に近い。
もういい。
この女の相手よりも彼の救出の方を優先しなければならない。
鞄から青いカードデッキを取り出して棚のガラス戸に向かって突き出す。
すると鏡の向こうの私にベルトが装着され、それと同時にこちらの私にもベルトが巻かれる。
「咲洲さん。それは……?」
今は説明している場合ではない。
あとで説明しなければならない面倒が待っているが、一刻も早く彼を助けなければならない。
「変身」
一言そう呟いてカードデッキをバックルに装填する。
カードデッキに描かれている私の契約しているモンスターのエンブレムが輝き、私の纏う鎧の虚像が左右、正面から私を被い鎧となった。
鎧は身動きを取りやすそうな軽装である。
青いアンダースーツに銀色の小さな装甲が胸部を守り、左肩は右肩と違い巨大なアーマーが突きだしている。
左腕には鳥。特に猛禽を模した弩が装備されている。
そして特徴的な鳥を模した頭部。
羽のようなフェイスガードの下には鋭い黄色の複眼が覗いている。
『仮面ライダーアイズ』
それが、私の変身する
「嘘……。咲洲さんが仮面ライダー……」
傍らの宮原鏡華が呟くが無視して『ミラーワールド』へ向かう。
まず鏡の中へ入れば
上下左右、鏡が散りばめられたような道に置かれたビッグスクーターのようなマシン『ライドシューター』に乗り込む。
座席とスクリーンが稼働し、車体のフードが閉じられ走り出す。
「来なさい。ガナーウイング」
私の声に応じて、私と契約したモンスター『ガナーウイング』が現れライドシューターと並行して飛翔する。
巨大な鷹や鷲のような猛禽型の青いモンスター。
背中には二門の砲が備えられ、遠距離からの砲撃、高速飛行により敵に接近し脚の鉤爪で仕留めるなど距離を選ばず戦うことが出来るモンスターだ。
しばらく走るとディメンションホールの出口、ミラーワールドへの入り口が見えてきた。
「うっ……。ここ、は……?」
目を開けて、体を起こす。
周囲を見渡すが…知らない部屋だ。
真っ暗……いや、違う。
周りが黒いだけだ。
床も、壁も。
あの時、確か鏡の中から出てきた糸に引っ張られて…
それじゃあ、ここは鏡の中?
まさかそんな……。
ファンタジーじゃあるまいし……。
いやでも鏡の中から糸が出てきて引き摺り込まれたのなら……。
ポケットの中のメモ帳を取り出して見ると、自分の書いた字が反転している。
どうやら本当に、鏡の中の世界らしい。
とにかくなんとかして、ここから出ないと。
けどこの部屋には窓も扉もないようだ。
「どうやって出たらいいんだよ……」
苛立ちから出てきた言葉。
このまま、こんなところで遭難して死ぬなんて絶対に嫌だ。
だけど、助かりそうにもない。
こんな世界で孤独に死ぬのか?
「大丈夫ですよ御剣君。貴方は孤独なんかじゃありません」
この真っ黒な世界で声がした。
聞きなれた、鏡華さんの声。
こんなところで鏡華さんの声がしたことに驚いていると闇の中から鏡華さんが現れた。
「ここはミラーワールド。鏡の中の世界。ただの人間ならモンスターの餌食になるか。時間経過によって消滅するか……」
鏡華さんはいきなり訳の分からないことを言い出した。
ミラーワールド?
モンスター?
消滅?
頭の中が混乱している。
「ちょ……! ちょっと待ってよ鏡華さん! なんだよそれ!? モンスターとか消滅するとか……大体なんで鏡華さんがそんなこと知ってるの!?」
「大丈夫ですよ御剣君。ここの外から出なければモンスターにも襲われませんし、時間経過による消滅も起こりません。そして、私は鏡華ではありません」
鏡華さんじゃ、ない?
見た目も声も同じだっていうのに?
……いや、鏡華さんがこんなことを知っているなら僕達に調べてほしいなんて頼まないはず。
それにあの時引き摺り込まれたのは僕だけだし…あの後、鏡華さんが引き摺り込まれてないとは限らないけれど。
「私は……そうですね。今はアリスとでもしておきましょう」
「アリス……。君は一体……」
「はーい! それじゃあ今日はこのあたりで! 知ってますか燐君? 女性は秘密が多いほうが魅力的なんですよ~♪ というわけで燐君からの質問は一日一個までとさせていただきます♪ スリーサイズから下着の色までなんでも答えますので明日の質問を今のうちに考えておいてくださいね!それじゃあ燐君さようなら~♪」
「ちょっと待って!!!」
僕の制止の声もむなしく鏡華さん……いや、アリスは闇に溶けていった。
別れの瞬間、鏡華さんとは思えないような口調と言葉からあれが完全に鏡華さんでないと理解した。
この……ミラーワールドだったか?
ミラーワールドに住まう魔女だと感じたのだ。
それにしても……明日の質問だと?
考えておけと言ったけれど……。まさか僕はずっとここにいなければならないのか?
こんな黒一色の時間の感覚もない、なにもない世界で……?
そんなのは嫌だ!
誰か助けてくれ!僕をここから出してくれ!
叫び声は闇に消えていく。
反響することもなく、ただ無に帰るのみ……。
僕は、ここで終わるのか?
『いや、お前はここでは終わらない。終わってはならない』
虚空から、声が響いた。
低い、男のくぐもった声。
『ここから出るには……戦わなければならない』
戦う?
何と?
誰と?
『それを決めるのは自分自身だ。戦え。そして、願え』
願え?
何を?
ここからの脱出を?
『ここから出ることが、本当の願いなのか?思い出せ、己が抱いた願いを』
本当の、願い……。
それは……。
『力』
『強さ』
『技』
今までの僕の人生とは無縁そうな単語が脳内を駆け巡った。
今まで、誰かと戦うなんてこと……。
いや、何かと戦ってきた。
そのために、その度に僕は願ったんだ。
戦うための力を。
それに気付いた瞬間、床に白いカードケースのようなものが滑り僕の元にやって来た。
『それがお前の望んだものだ。使い方は……知っているだろう?』
使い方……。
カードケース、いや、カードデッキを手に取るとベルトが巻かれた。
この、バックルにデッキを嵌めれば……。
「変身」
自然と口から出た言葉。
とても、懐かしい言葉のような気がする。
やがて鎧の虚像が現れて僕と重なり、騎士は再誕する。
白いアンダースーツに白銀の鎧。
頭には鶏冠のような飾りと特徴的な三本の角。
左腰には『竜召剣スラッシュバイザー』が提げられている。
そして、聞き覚えのある鳴き声。
黒い空を突き破り、光と共に現れる僕の契約モンスター『ドラグスラッシャー』
刃のような翼を広げて、黒の世界は破られた。
ここに、『仮面ライダーツルギ』は誕生した。
次回 仮面ライダーツルギ
「へえ、人探ししてるんだ?」
「き、君……名前は……?」
「燐」
「スラッシャー。行くよ」
願いが、叫びをあげている────。
ADVENTCARD ARCHIVE
ADVENT (仮面ライダーツルギ)
ドラグスラッシャー 5000AP
ツルギと契約しているワイバーンのようなモンスター。
その牙、爪、鱗、翼、全てが刃となっており触れたものは容易く切り裂かれる。
翼の羽撃きで斬撃波を飛ばすことが可能。
白き剣士と共にあるその竜は、永い刻を戦い続けた。