仮面ライダーツルギ   作:大ちゃんネオ

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?+1ー22 相見え、見え隠れ

「ここ、は……」

 

 目を覚ますとそこは闇の中。

 一面の黒に、私が浮かんでいる。

 足下も頭上も右も横も背後も正面も、全てが黒。

 よく見るとその黒は墨汁が垂れ流されているかのように常に流動していた。

 端的に言って、不気味で気持ち悪い。

 悪い夢なら、早く覚めてほしい。

 

『これは夢なんかじゃないよ美也』

 

 黒い世界に響いた声。 

 それは、陽咲の声。

 そして、彼女の声で全てを思い出した。

 

「陽咲! こんなことは止めて!」

『どうして美也? 折角美也の腕を私が治してあげようと思っているのに。ねえ、どうして?』

 

 理解が出来ないといった風に問いかける陽咲に抗議した。

 私はそんなことを望んではいないと。 

 

『どうして? あんなに剣道が好きだったのに? 私、知ってるんだよ。事故のあと、竹刀が握れなくて絶望した美也の顔を。涙を』

 

 ッ!?

 それは、確かにそうだった。

 あの時は剣道を続けられないショックに苛まれたがもう既に立ち直って……。

 

『美也。自分に嘘はつかないで。本当は今でも昔みたいに竹刀を取って試合をして、栄光を掴みたいと思っている。言葉ではライダーバトルを止めたいって言っても本音はそうでしょ?』

「そんなこと……!」

『強がっても無駄だよ美也。私が、分からせてあげる』

 

 ずぶりと、地面が私の足に食らいつく。

 くるぶしまで咥えられ、脱け出すことが出来ない。

 

「このッ!!」

 

 足掻く、足掻く、足掻く。

 しかし足掻けば足掻くほど、沈んでいく。

 この黒い泥のようなものに沈んでしまったら私は……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、学校に行くと一躍人気者となった。

 当然、昨日の件のせいである。

 四方八方からのクラスメートからの質問責めに僕はたじたじであった。

 

「お前マジどこ行ってたんだよ!」

「結構騒ぎになったんだぜ?」

「そうよ燐! 私心配したんだから!」

「あはは……。勝村はとりあえずそれやめて」 

 

 女口調ですがる親友を払いのける。

 まったくこいつは。

 

「まあそういうなよ。お前、生徒指導室行きなんだからさ。緊張ほぐしてやったんだよ」

「え!? なんで生徒指導室行きなのさ!?」

「そりゃあ授業サボってあちこち行ってたみたいじゃん? 当たり前だよなぁ?」

 

 そんな……。

 昨日もあれだけ怒られたのに……。

 

「失礼。御剣はいるか」

 

 き、来た。

 恐ろしい生徒指導担当の大河内先生。

 長身で痩せぎす。

 キリッとした眼鏡の奥の鋭い眼光は全校生徒から恐れられている。

 

「ほら、お迎えが来たぜ」

 

 そんな友人の言葉を胸に、僕は全てを受け入れた。

 

 

 

 

 

「それで、その不審者を追いかけて行ってからどこに行っていた」

「えーと、追いかけて行った先で……」 

 

 ごめんなさい遊さん。

 心の中で謝る。

 けど仕方ないよね。

 

「銀髪の女ヤンキーに殴られたんです」

「銀髪……。喜多村か。あいつ、堅気には手を出さないと言っておいて……」

 

 やはり生徒指導ともなれば彼女の名前を知っていたか。

 名字はキタムラさんというのか。

 何はともあれ悪いけどここは罪で着飾らせてもらいます。

 

「急に僕のお腹をすごい勢いで殴ってきて気絶してしまって……」 

「ふむ。不審者を追いかけて行ったのは御剣。お前の責だ。だがそれ以降に関しては喜多村の悪事によるものが大きい。よって、今回はこれぐらいにしてやろう」

 

 やった、と内心ガッツポーズ。

 しかし本当にこんなものでいいのだろうか?

 

「今日はかなり立て込んでいるのだ。あまりお前だけに割いてはいられん」

「立て込んでる?」

 

 新聞部でついた癖のせいで思わず訊ねてしまった。

 しかし意外にも大河内先生は僕にその立て込んでいる理由を教えてくれたのだ。

 

「一年の影守が昨日から家に帰っていないらしい。昨今の行方不明事件と関係があるやもしれない」

 

 美也さん……。

 事情は知っているが話せない。

 話したところで信じてもらえるようなことではない。

 

「他にも他の学校でも行方不明者が増えてきているようだ。御剣、お前も気を付けるんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 午前は自習で流れた。

 午後の授業がなくなって帰れるのでは? なんて話で盛り上がったが午後からは通常通り授業があるらしい。 

 クラスメートの残念がる声や甘ったるいアニメ声と呼ばれるような校内放送をBGMに一人、購買で買ったサンドイッチを食べる。

 普段ならなんやかんや射澄と昼食を共にするのだが今日は昼休みに入ると同時に何処かへ行ってしまった。

 恐らく図書室だとは思うが、昼食を食べずに行くとは珍しい。

 ……少し、気がかりなので図書室に行ってみるか。

 今日は少し様子がおかしかった。

 いつもの余裕ある雰囲気ではなく切羽詰まっているようなそんな感じ。

 恐らく昨日のことを気にしているのだろう。

 あれでなかなか繊細なところもあるから仕方ない。

 いつまでもうじうじされるのは困るので発破をかけに行く。

 

 廊下に出ると、周囲が騒然としていた。

 その理由は廊下の真ん中を楽しそうに歩く銀髪の少女。

 喜多村遊。

 ほとんど学校に来ない彼女が珍しく登校しているなんて。

 ただの不登校であれば別にここまでにはならないが彼女は有名人だ。

 曰く、喧嘩好きで毎日喧嘩を売り買いしては大の男だろうとボコボコにすると。

 いわゆる、不良というもののレッテルを貼られている。

 そんな彼女を恐れて皆、道を開けているといった感じか。

 しかし、そんな不良生徒の前に一人の少女が立ち塞がった。

 

「喜多村遊。今日という今日は風紀委員による指導を受けてもらいます」 

 

 風紀委員の彼女は見覚えがある。

 C組の上谷真央(かみやまお)

 茶髪のミディアムショートに眼鏡をかけて大人っぽい感じだが幼さを感じる。 

 その理由は恐らく……。

 

「えー。私指導されるようなことがあったかなぁ?」

「むしろ指導されないことの方が少ないです!」

 

 誰もが無謀だと思いながらその少女を見守る。

 まるで風車に挑むドンキホーテのような彼女を。

 そう、彼女は……小さいのだ。

 そんな彼女が女子の中では背が高めの喜多村遊に迫っているとより小さいことが際立つ。

 背の高い喜多村にわーわー声を荒げるその姿はどこか子供のようだ。

 

「今日こそは指導します! みっちり! きっかり! そして今日から真面目な生徒として生まれ変わらせます!」

「それ最早洗脳じゃない!? というか君のお願いは聞けないよごめんね。私には用事があるからさ」

「駄目です! 何よりも指導が優先です!」

 

 なかなか退かない上谷。

 しつこ……粘り強いことで有名というのは本当らしい。

 あーだこーだやっているうちに野次馬達が増えていく。

 そういう私も野次馬となっている。

 さて、どんな結末を迎えるのか……。

 あ。

 

「喜多村」

「なんだい今日は私ってばモテモテ……って、げぇ大河内先生……」

 

 生徒指導担当の大河内先生が現れて露骨に嫌な顔をする喜多村。

 彼女にも苦手なものがあったらしい。

 

「喜多村。昨日、一年の御剣を殴ったというのは本当か?」

 

 燐を、殴った。

 

「え? 一年の御剣って、あの可愛い顔した男の子?」

「可愛いかは人によるがそうだ」

「やだなぁ先生。わたしが堅気には手を出さないっていうの知って……。そういえば、殴ったな……」

 

 殴ったのか、燐を。

 

「喜多村。私はお前のその言葉を信じていたのだが……。残念だ」

「え、ちょ、いや、わたしの言い分も聞いてくださいよ。えーと、そのミツルギ君? 彼はどちらかというとこっち側の人間で~」

 

 燐がそっち側の人間?

 

「御剣はお前とは違う。とりあえず、生徒指導室に来い」

「その、これからそのミツルギ君に用があって……」

 

 燐に用がある?

 

「問答無用だ。来い」

「……はい」

 

 おとなしく、大河内先生の後をついて行った喜多村。

 あいつ……。

 

「許してはおけないね! 燐ちゃんを殴るなんて!」

「きゃっ!?」

 

 らしくもない声を出してしまった。

 仕方ないだろう突然後ろから大声で話しかけられたら。

 

「北さん、貴女……」

「許せない! 許さないぞ喜多村! 私の燐ちゃんを殴るなんて……。くぅ! こうしてはいられない! 燐ちゃんの見舞いに行かなければ!」

「待ちなさい。見舞いはいらないわ。あと、貴女の燐ではないわ」

「流石は私のライバルだ」

「誰がライバルよ」

 

 反論するも聞き耳を持たない北津喜。

 彼女は自分の世界を展開していく。

 

「確かに未だに燐ちゃんは私のものとなっていない。それどころかあの日以来出会うことすら叶っていない。あぁ、恋しい。燐ちゃんが恋しい……。君は毎日燐ちゃんと会っているのだろう? 私もいっそ新聞部に入部して燐ちゃんと共にありたい燐ちゃんを24時間365日密着取材していたい。私は君の専属ジャーナリスト。常に君の言動を記録し常にその愛らしい姿を写真に収めて……」

「気持ち悪い……」

 

 本音が漏れ出るが仕方ない。

 だって気持ち悪いのだから。

 何が専属ジャーナリストだ。

 ただのストーカーだろう。

 

「とにかく今は貴女に構ってる暇はないの。悪いけどミュージカルなら舞台でやってもらえるかしら」

 

 聞いてはいないだろうがそういって本来の目的である射澄の元へ行こうとすると、さっきまで喜多村達を見ていた野次馬達が今度は私達を見ていた。

 

「ねえねえ美玲ちゃん」

 

 同じクラスの花島さんがいつものようなゆるさで話しかけてきた。

 

「美玲ちゃんって、そっち?」

「ち、違うわよ! あんな変態と一緒にしないで」

 

 心外だ。

 まったくもって心外だ。

 

 

 

 

 図書室を一周したが射澄の姿はなかった。

 図書当番の図書委員に聞いても来ていないと言う。

 珍しい。

 明日は槍が降るのではないかと思わされるほどに珍しい。

 あの射澄が昼休みに図書室にいないなんて。

 探し回ろうにもそろそろ昼休みも終わってしまうので詳しい話は放課後にでも聞くとしよう。

 図書室を出て教室に戻る。

 この図書室の近くというのはあまり生徒の姿が見えない。

 音楽室や美術室といった特別教室が固まっていることもあり、授業でない限りはあまり人が寄り付かないのだ。

 図書室の利用者も減少傾向にあり射澄も最近の若者は本に触れないと老人のように嘆いていた。

 そんな場所にあって、壁に寄り掛かりながらイヤホンで音楽を聴いている女子生徒がいた。  

 彼女は、黒峰樹。

 影守から聞いている。

 彼女もライダーであるということを。

 まさか、私に用があるというのか。

 そんな予感がしてならない。

 そして、その予感は的中したようだ。

 私の姿を捉えた黒峰は私の前に立ち塞がった。

 

「咲洲美玲。で、あってるよね?」

「……そうだけれど、何か用?」

 

 訊ねると、黒峰はデッキを私に見せつけた。

 今から戦う気?

 

「ああ、言っておくけど今は戦うつもりはない。話しに来ただけだから」

「話?」

「そう、大事な話。単刀直入に言うと、こっち側につかない?」

 

 こっち側、ということは彼女もまた私達のように徒党を組んでいるということか。

 それにしても、私がライダーだと嗅ぎ付けて勧誘しに来るなんて一体どういうつもりなのか。

 

「聞くと、戦いを止めるなんて言ってるらしいじゃない。けどそれは貴女の本心なの?」

「……」

「戦って、誰かを殺してでも叶えたい願いがあるからライダーになった。そうでしょ? それなのにライダーバトルを止めようとしてる奴等がいるなんてふざけるなって思わない?」

 

 ……確かに、私は戦いを止めるつもりなんてない。

 燐がいるからこそあそこにいるだけで、私は戦いを止めようなんて考えていない。

 

「それで、私を勧誘してどうするつもり?」

 

 目的が見えない。

 私がライダーだということを知ってこんな話を持ちかけてくるなんて。

 

「ライダーって、多すぎると思わない?」

 

 ライダーの数。

 およそ、考えたこともないことだった。

 しかし、彼女の言うことは分かる。

 戦っても戦っても新しいライダーが現れるばかりでまるで数が減ったようには思えない。

 ゴールが見えない。

 

「だから、間引いていくわけ。私達は組んで他のライダー達と戦う。基本ライダーは一人。だったら数が多い方が圧倒的に有利でしょ。そうやってライダーの数を減らして最後はアタシ達が殺し合う。どう? 終わりの見えない戦いを早く終わらせるいい方法じゃない?」

 

 彼女の言うことは最もと言える。

 長引いても無駄だ。

 早めに決着がつくならそうしたい。

 ……。

 

「面白い考えね。少なくとも、貴女達についていればずっと有利で終盤まで生き残る確率がぐっと上がる」

「そうでしょ? お互い、賢く戦いましょうよ。それにほら、戦いを止めたいなんてほざく輩もいるし。そういう邪魔な連中を潰すのも大事だし」

 

 そう言って笑みを浮かべる黒峰。

 邪魔な連中というのは恐らく……。

 

「……そうね。少し考えてもいいかしら」

「考える?」

「そう。貴女達のグループがどれほど強いか知りたいのよ。集まったところで大したことない連中ばかりじゃ意味ないでしょう」

「なるほど。それじゃあ近い内に私達のライダー狩りでも見てもらえる? そうすれば分かるでしょ」

 

 ライダー狩り……。

 

「ええ、そうね。助かるわ。ああ、興味本位で聞きたいんだけど」

「なに」

「貴女の願いはなに? そこまでするぐらいだからきっと余程の願いなのよね?」

 

 私の問いに顔をしかめる黒峰。

 それまでの不敵な態度からは一変した。

 険しく、絶対に、なにがなんでも叶えてやるといった執念を込めた言葉で彼女は自身の願いを語った。

 

「私はこの右腕を治してまたピアノを弾く……。それが私の願い」

 

 ライダーは願いを持っている。 

 当たり前のことだが、改めてそれを実感させられるほどに彼女の願いへの思いは強いようだった。

 戦いの勝敗を決するのは腕力ではない。

 願いに対する執念の強さである。

 それを私は知っている。

 彼女は……強い。

 

「……そう。それじゃあ、授業があるからまた」

 

 黒峰と別れて一人歩く。

 私の取るべき道は……。

 

 

 

 

 

 

 校舎一階の職員玄関の近く。

 ここもまた、あまり人が寄り付かない場所である学校でも辺鄙な場所。

 照明はあるがどこか他の場所よりも暗く、ひんやりとしている。

 そんな場所に女子生徒が二人。

 鏡華と射澄。

 

「すまないね持ってこさせてしまって」

「いえ、仕方ないです。だって美也さんが……」

 

 鏡華の家に置いてきた荷物を射澄は受け取った。

 柔らかい笑みを浮かべて感謝を伝えようと思ったが美也のことを出されて上手く笑えなかった。

 

「ああなってしまったのは私にも責任がある。私がもっと強ければ……」

「そんな、射澄さんのせいじゃないです。御剣君も絶対に美也さんを取り戻そうって言ってますし皆で協力して美也さんを取り戻しましょう!」

 

 自分自身にも発破をかけるように鏡華は気合を込めて言ったが射澄はどこか乗り切れない様子。

 そんな自分を誤魔化すかのように射澄は鏡華に一冊の本を渡した。

 本能寺の変を題材とした歴史小説。

 

「それ、美玲に返してほしいんだ。感想は……明智光秀の気持ちがなんとなく分かるとね。それじゃあそろそろ授業が始まるから」

 

 足早に立ち去る射澄の背中を見つめる鏡華。

 

「神前さんって咲洲さんと同じクラスじゃなかったでしたっけ?」

 

 一人、疑問を呟く。

 しかし、その問いに答える者はいない。

 疑問を胸に抱えたまま、鏡華も自分の教室へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い光が視界を染める。

 一瞬の光が幾重にも重なり、止まない。

 

「ああ、いいねぇ。いいよぉ御剣君。いや、御剣さん。すごい可愛いよぉ。浴衣姿いいよぉ」

 

 カメラマン。門矢さんは写真部だ。

 専門の機材をあれこれ持ち込んでまさかの撮影会となった。

 

「はい次チャイナドレスね」

「な!? 嫌だ嫌だ! そんなスリットすごいの嫌だ!」

「文句言わない。大丈夫、御剣は足綺麗だから。リナ~。木山~。御剣連行。ちゃちゃっと着替えさせて」

「「イエスマム!」」

 

 連携の取れた二人は一瞬で僕の前と後ろを取った。

 背後に回った木山君は柔道部で大柄。

 羽交い締めにされたらもう抜け出せない。

 

「や、やめて離してー!」

「そんなこと言って御剣君。嫌よ嫌よも好きのうちってやつ?」

「違うよ! 木山君もなんで乃愛さん達の言いなりになってるのさ!? 正直、乃愛さん達のこと苦手だって前に言ってたよね!?」

 

 朴訥な木山君は派手派手イケイケなギャル組を快く思っていないとかつて僕に語っていた。

 いわゆる、大和撫子のような女性が好みだとも。

 そんな彼が何故今は乃愛さん達に付き従い、共に色々と語り合い親交を深めた僕の前に立ちはだかるというのか。

 

「すまん御剣……。なぜか、女装しているお前を見ると胸が締め付けられるんだ……」

 

 なんて、こと。

 いやいや待って待って。

 おかしい。

 おかしい。

 僕は男だぞ。

 そんなことが……。

 

「女装男子って最近流行ってるからな」

「トゥイッターの勝機マウンテンって絵師さん知ってる?」

「知ってる知ってる! あの人の女装男子漫画マジいいよな!」

 

 嘘でしょ……。

 女装男子が受け入れられている……。

 

「ほんと漫画みたいなことが現実に起こっているなんて……」

「ねえ、文化祭終わったらトゥイッターに御剣君の女装アップしない?」

「絶対バズるっしょ!」

「駄目! ネットに出回ったら一生消せなくなるんだよ! 僕の黒歴史が!」

「黒歴史? なんで?」

「なんでって、なんで?」

「だって御剣君可愛いじゃん。全然恥ずかしくないよ。ねー?」

「ねー」

 

 ねーじゃない。

 これは僕のプライドの問題なのである。

 僕は男。

 男の中の男なのだ……誰がなんと言おうとそうなんだ……。

 

「御剣君可愛い!」

「マジ可愛いよ!」

「クラスのアイドル!」

「なに着ても似合ってる!」

「キュート!」

「クラス1。いや、学校1可愛い!」

 

 教室にいるみんなが僕を煽てる。

 そんなこと言われたって……。

 

「僕は別に嬉しくないからなぁ!!!」

 

 教室に僕の叫びが木霊する。

 そして、そのあとチャイナドレスに着替えさせられましたとさ!

 もうやだ!

 

 

 

「あーみんな聞いて」

 

 乃愛さんが教室にいる皆に聞こえるように話を始めた。

 

「昼休みの文化祭実行委員会で女装コンテストについての詳しい内容が決まったんだけど~。まず開会式のあとすぐに一回目のお披露目があってそこから文化祭期間中の二日間でアピールして投票数の多かったところが優勝って感じ」

「じゃあずっと女装してればアピールになるわけ?」

「そう。最初のお披露目は制服って指定だけどそれ以降に関してはあんまり過激すぎなければ何着てもオッケー。というわけで御剣。ファッションショーするからそのつもりでね」

 

 ファッションショー!?

 だからこんなに色々と着させられたわけか。

 というかどこから持ってきたんだこの衣装は。

 

「でもそれだけで勝てるかな?」 

「安心して。策は考えたから」

 

 策?

 また嫌な予感がする……。

 黒板にチョークを走らせる乃愛さん。

 丸文字だが意外と丁寧な字で書かれたのは……。

 

「キャバ&ホストクラブ メッカ……?」

「そう。今から色々と準備するのは突貫作業になる。申請もギリギリになる。だからこの1ーA教室を丸っと休憩所として提供。適当にジュースかなんか飲み物用意してお客様を接待する。そしてここのNO.1キャバ嬢が御剣燐。これで決まりよ」

 

 NO.1キャバ嬢……。

 僕が、キャバ嬢。

 キャバ嬢。

 

「無理無理! 嫌だ! 女装して接待なんて嫌だ!」

「ごめん決定事項だから。反対意見もないし」

 

 そんな!?

 

「あ、けど……。みんな部活行かなきゃだから結構人いなくなるよね? それは大丈夫なの?」

 

 確かに。

 文化系部活動が多い聖高なので文化祭はかなり賑わう。

 なので運動部以外はほとんど出払うと考えた方がいいのだ。

 

「そこは上手くシフト組んでって感じ」

「あの、僕も新聞部で色々あるんだけど」

「勝村が御剣の分も頑張るから安心して」

 

 いや安心出来ないんだけど。

 このままじゃ折角の文化祭を丸っと二日間女装で過ごさなくてはいけなくなる。

 助けて勝村親友でしょ。

 

「新聞部は人員余裕あるから文化祭中何もなければ結構暇だぜ。よかったな燐」

「よかぁないよ……」

 

 悲しい……。

 親友まで敵に回るなんて。

 

「大丈夫ですよ御剣君。私がついてますから」

「鏡華さん……!」

「私達みんなでサポートして御剣君の可愛さをたくさんの人に伝えましょう!」

 

 駄目だこれ。

 もう僕の味方なんていない。

 いないんだ。

 こんなに悲しいことはない。

 

 

 

 

 

 昨日女装特訓をやらなかったせいで今日はその分を取り返すと気合の入った乃愛さんが付きっきりでみっちりと女装特訓やらあれこれメイクやらを試された。

 もう他のクラスメートはいない。

 部活もそろそろ終わる時間で空には青が差して、一番星が輝いていた。

 放課後からこの時間まで乃愛さんは一生懸命だった。

 

「あの、乃愛さん」

「なによ」

「乃愛さんはどうして、そんなに一生懸命なの?」

 

 とにかく、真面目にひたむきに。

 文化祭の男装女装コンテストなんていうネタにふったようなイベントのためにここまで一生懸命になる理由が僕には分からなかった。

 

「……私のお姉ちゃん。モデルやってるの」

「へぇ、すごいね」

 

 本心から出た言葉だった。

 モデルなんてなろうと思ってなれるものでもない。

 乃愛さんも美人だからお姉さんもきっと美人でモデル体型とかなんだろう。

 

「お姉ちゃんはすごいんだ。美人で愛想良くて頭も良くてスポーツも出来る。みんなからの人気者。だけど私はお姉ちゃんに比べたら平凡。ううん、平均より劣ってるわ」

「そんなこと……」

「そんなことあるわ。御剣もお姉ちゃんと会ったら絶対に分かるから。私なんかより全然すごいんだって」

 

 どうやら、乃愛さんは僕が思っているほどポジティブな人間ではなかったようだ。

 友達とは明るく楽しそうに振る舞っている彼女にも内心はこんな風に燻っているものがあった。

 

「お姉ちゃん、スカウトされてモデルになって一気に人気出て売れっ子になって本当にすごいのよ。だから私、決めたんだ」

「決めたって、なにを?」

「お姉ちゃんは選ばれてモデルになった。だったら私は努力して自分の夢を掴みとる」

 

 そう語った乃愛さんはどこか清々しい顔をしていた。

 溜まっていたものを吐き出せたようなそんな感じ。

 

「言っとくけど、お姉ちゃんと仲悪いとかそういうのじゃないから。むしろ仲良しだし。お姉ちゃんSNSで私の話ばっかするぐらいには私のこと大好きだし」

「あはは……。そうなんだ……」

「私は将来、お姉ちゃん専属のスタイリストになる。それでゆくゆくはブランド立ち上げて二人でパリコレに行って……。だからこれは練習」

「練習?」

「そう。スタイリストになる一歩。御剣を練習台にしてね。だからふざけたコンテストかもしれないけど私は本気。御剣を勝たせたら自信になると思うの」

 

 なるほどそれであんなに真面目だったわけか。

 合点がいった。

 

「はあ。ここまで話したの御剣が初めてよ。リナ達にだって言ってないんだから」

「それはどうも。……正直というか、知ってると思うけど僕、女装嫌なんだ」

「かなりワガママ聞かせてるのは悪いと思ってるわよ……」

 

 悪いとは思ってたんだ。

 意外。

 それはさておき。

 

「嫌だったんだけど、乃愛さんの夢に繋がるなら僕も頑張る」

「え……」

「こんな僕だけど、もしこれがきっかけで乃愛さんに自信がついて夢を叶えることが出来たなら、それってすごいことだと思うんだ。将来僕も自慢出来るし」

 

 あ、けど女装してましたって言わなきゃいけないのか。それはちょっとなぁ。

 

「それに乃愛さんはお姉さんに劣ってなんかないと思う。もっと自信持って。乃愛さんのお姉さんは見たことないけど、乃愛さんも負けてないぐらいには美人さんだよ」

「ッ……!」

 

 うんうん。

 もし男装女装コンテストなんかじゃなく普通にミスコンとかだったらこのクラスの代表は乃愛さんか鏡華さんのどっちかだったろう。

 それぐらいには乃愛さんだって美人だしモデルさんみたいなスタイルしてるし。  

 一人そう勝手に考えて納得していると乃愛さんは俯いたままで無言だった。

 どうかしただろうか?

 

「そ……」

「そ?」

「そ、そんな格好のあんたに言われても嬉しくないわよッ!!!!」

 

 そう言い放って乃愛さんは走って教室から出ていってしまった。

 そんな格好って……。

 

「この格好にさせたの乃愛さんのくせに……。酷い」 

 

 今の僕の格好は、メイド服であった。

 

 

 乃愛さんが教室から出ていって数分が経った。

 どうしよう。

 勝手に帰るわけにもいかないから待ってるしかないか。

 鞄から射澄さんに借りた文庫本を取り出し読み始める。

 宮本武蔵を題材とした歴史小説だがこれがなかなか面白い。

 もともとチャンバラとか時代劇が好きなのもあってか楽しんで読めている。

 早く続きが読みたくてうずうずしていたのだ。

 

 しかし……。

 あの音が響いた。

 今、モンスターが誰かを狙っている。

 今の格好がメイド服だったことなど気にも留めず駆け出す。

 音の強い方向へと向かい、見つけた。

 若い女性の体育教師に狙いを定める胸が突き出た緑色の人型モンスターを。

 間に合え……!

 窓ガラスから飛び出るモンスター。

 女性教師はそれに気付いて悲鳴を上げる。

 

「やあっ!!!」

 

 走る勢いに任せた飛び蹴り。

 だがファイナルベントでやってきたおかげかわりとフォームが綺麗だと思う。

 それはさておき吹き飛ばされたモンスターは一目散にミラーワールドへと撤退した。

 逃がすか!

 

「あ、あなたは!?」

「そんなことはどうでもいいです! 早くここから離れてください!」

 

 そう強い語気で言うと先生は何も言わず駆け足で去ってくれた。

 おかげで変身出来る。

 窓ガラスにデッキを映して……あ、メイド服……。

 いや、そんなことより今はモンスターだ。

 

「変身!」

 

 ツルギへと変身しミラーワールドへ。

 校庭に出ると同時に空を切る音が近づいてくる。

 

「ッ! 銃撃!」

 

 スラッシュバイザーの居合で一撃目は弾くがすぐに続く二発目は胸部に命中し校舎の壁に叩きつけられた。

 

「くっそ……」

 

 モンスターはシュモクザメの頭のような形の胸部を武器としている。

 僕の苦手な遠距離攻撃をしてくるモンスター。

 だけど……。

 

【SWORD VENT】

 

 召喚される二振りの短剣、ドラグダガー。

 一振りはベルトのハードポイントに収めて駆け出す。

 一直線、なんて馬鹿正直にはいかない。

 ジグザグに駆け回り、狙いをつけさせない。

 モンスターはとにかく撃ちまくるが当たらない。

 狙いが定まっていないのだから当然だ。

 

 そして、僕の距離。

 突き出た胸を回し蹴りで蹴り飛ばし、それに続いて逆手にもったドラグダガーの刃がモンスターを切り裂く。

 咲いた火花。

 それがモンスターにとっての血液のようにも見えた。

 

『モンスターに命はない』

 

『モンスターに命はない。ゆえに、命を欲する』

 

『モンスターに命はない。ゆえに、命ある人間を捕食する』

 

『モンスターに命はない。ゆえに、容赦などいらない』

 

『お前はただ、モンスターを斬ればいい』

 

『お前は私の言う通りに行動すればいい』

 

『お前は、(ツルギ)だ』

 

『私が振るう剣だ』

 

『剣は使い手の意思にのみ従うもの』

 

『剣は、考える必要などない』

 

『御剣燐。お前は、ただ、戦えばいい』

 

『それだけで、充分』

 

『それだけが、お前の存在意義なのだ』

 

 ひどく、長い夢を見ていた気がする。

 目を覚ますと足元は燃えていて、空には星と、光の球(モンスターだったもの)を捕食したドラグスラッシャーがいた。

 

「僕は……剣?」

 

 モンスターの命を奪う剣。

 モンスターを倒すことに異論はない。

 人間を襲う、分かりあうことの出来ない存在だからだ。

 では、なにを僕は……。

 

「勝利の美酒にでも浸っている最中かな? ツルギよ」

 

 !?

 男の、声……。

 刃のものでもない。

 まさか、僕以外のイレギュラー……。

 

 雲に覆われていた月が一瞬顔を覗かせた。

 青い月光が照らすのは、赤紫のライダー。

 見るからに頑健そうな鎧。

 頑健さだけでない、あれが放つものの本質は……威厳。

 これまで出会ってきたライダー達が騎士ならば、彼は騎士を統べる王。

 

「私は仮面ライダー吼帝。ライダーの頂点に君臨するものだ」

 

 吼帝……。

 なんて名前だ。

 まるで名前負けしていると思えない。

 そして、ライダーの頂点に君臨するという言葉を証明するかのように彼の騎士団が現れた。

 

 以前、少しばかり見えた仮面ライダー甲賀。

 群青色の小柄なライダー。

 熊のようなライダー。

 

「四人……」

 

 スラッシュバイザーを構え、睨み合う。

 一触即発。

 いつ襲いかかってきてもおかしくない。

 

「ほう、四人相手にも冷静か」

 

 冷めた脳味噌で冷静に状況を把握。

 まずやるべきは逃げの一手。

 当然だが、数の不利。

 いかに切り抜けるか……。

 

 考えを巡らせていると響き渡る駆動音。

 僕の目の前に止まった一台のライドシューター。

 カウルがゆっくりと上がり、搭乗者が現れる。

 蒼と白のライダー、仮面ライダーヴァール。

 

「射澄さん……」 

 

 ライドシューターから降りた射澄さんはその場に佇んだまま。

 何か様子がおかしかった。

 

「あの、射澄さん?」

 

 僕の声に反応し、俯きがちな顔を上げて僕の方を見た射澄さんは……その手に持つ槍で、僕を斬りつけた。 




次回 仮面ライダーツルギ

「さあ、殺し合おうか」

「死神でも待ってる顔ね」

「君達のような悪逆の徒に負ける私ではない!」

「……彼女を助けるまでは、死ねない」

 願いが、叫びをあげている────



ADVENTCARD ARCHIVE
SWORD VENT
ドラグダガー
AP1000
ドラグスラッシャーの牙を模した短剣。
鋭さはツルギの他の剣と比べてもずば抜ける。
取り回しもよく間合いがかなり近い相手や素早い敵などに用いる。
投擲して用いることも。

キャラクター原案
上谷真央/ちくわぶみん様

素敵なキャラクターありがとうございます。
本格的な参戦は……あと少し。

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