目の前の光景を信じることが出来なかった。
黒い泥のようなもので出来た十字架に磔にされた刃。
そして、僕を庇うかのように立つアリス。
『大丈夫ですか燐君? 怖い目にあいましたね~。けど大丈夫です。とってもとってもと~っても強いこの私、アリスが来たからにはもう何も怖いことなどありません』
「なん、で。どうして、一体何が!?」
『燐君、殺されそうだったんですよ。あの黒いのに』
刃が、僕のことを……?
『ええ。だから、私が守ってあげます。ずっと、ずぅっと、永遠の更にその先まで』
磔にされた刃の目の前に黒い触手のようなものが鎌首をもたげる。
するとその先端が鋭利となり、刃を貫こうと迫る。
「…………ッ!!! ふんッ!」
貫かれる寸前に意識を取り戻した刃が拘束を破り、窮地を脱する。
だが、肩で息をしている様子が伺える。
あの絶対的な強さを誇る刃が。
僕の知らない間に一体なにが……。
「時間を、かけすぎたか……」
『ええ。ミラーワールドは私の庭ですし何より……燐君を汚そうとした罪。償ってもらう必要はありません。死んでもらうだけです。私手ずから殺してあげます』
その罪を裁くことも、償う必要はない。
ただ殺すと。
刃に対する処刑宣告。
そして処刑の方法は彼女自身の手による。
彼女の手。
アリスの手の中から現れたのは、ライダーであることを証明するもの。
「カードデッキ……!?」
それは確かにカードデッキであった。
薄い紫色。
他のライダーと変わらぬ、確かなものである。
艶かしい動きで刃に対してデッキを向け、僕らと同じように言ったのだ。
『変身』
バックルに装填されるデッキ。
舞い踊る虚像。
虚像がアリスに重なり、その姿を変身させた。
黒いスーツの上にデッキと同じ薄い紫色の鎧。そして所々に金色に彩られている。
その鎧は所々に花を思わせる意匠が施され、仮面も花冠を思わせる装飾で飾られている。
『私はアリス。またの名を仮面ライダーブロッサム。鏡の世界に咲く華です』
舞い散る花弁達の中で、アリスは名乗った。
仮面ライダーとしての名を。
「そんな、なんでアリスがライダーに……」
「馬鹿め。逆に何故奴がライダーではないと思っていた」
『そうですよ燐君。私だって
そうだ、確かにアリスの言う通りだ。
彼女だって、ライダーに足りうる資格は持ち合わせている。
それに、デッキを少女達に渡してライダーバトルに誘うようなことをしている彼女がデッキを持ち合わせていないはずがない。
『あはははは!!! 本当は嫌なんですけどね、変身するって。私、
「仮面ライダーが、嫌い……?」
『ええそうです。嫌いです。大嫌いなんです。殺したくなるほどに。だからまずは……刃。貴方を殺します』
そう口にした瞬間、アリス……ブロッサムは刃に向かい手を伸ばすと宙を舞っていた花弁達が一斉に刃目掛けて加速していく。
さながら、花の弾丸。
黒いスラッシュバイザーでそれらを弾く刃だがその物量の前に追い付かず、花弁が刃の黒い鎧を削っていく。
そして、刃の黒い鎧が割れて露となった一人の男。
黒いロングコートに身を包んだ痩せぎすの、その男の顔は……。
「宮原、士郎……!」
宮原士郎。
鏡華さんの兄で、ライダーバトルに関わりがあるであろう重要人物。
写真で見た顔と間違いない。
その宮原士郎がアリスによって殺されようとしている。
それはまずい……!
【SWING VENT】
手鏡のようなバイザーにカードを装填し武器を召喚、茨のような鞭を手にし宮原士郎に向けて振るう。
彼を殺されたらミラーワールドやライダーとの関係について聞くことが出来なくなってしまう。
それに……。
脳裏に浮かぶ鏡華さんの顔。
彼女のためにも彼を守り、連れ帰らなくてはいけない。
「ハッ!!!」
ブロッサムの頭上を飛び越え、宮原士郎の前に躍り出て茨の鞭をスラッシュバイザーで弾く。
『あらあら燐君ったらいけない子ですね~。その男を庇うなんて』
「人が殺されようとしてるのを黙って見てられるわけないだろ!」
『ふふ。燐君のヒーローらしい言葉に惚れ惚れしちゃいます。けど、この事実を知ってもそんなことを言えますか?』
この事実?
事実とは、なんだ。
僕と宮原士郎には何の関係も……。
『本当にそうなのか?』
ぞくりと、背中に冷えるものがあった。
『知るな、知ってはいけない』
恐れている、恐れているのか、僕は。
アリスの口から語られようとしている言葉を、真実を。
『いいですか燐君。あなたが守っている後ろの男はあなたに戦いを強いた男です』
僕に、戦いを強いた……?
『隙ありです♪』
振るわれる茨。
最速最短で伸びていき、狙われたのは……僕のカードデッキ。
バックルからデッキを掠め取られツルギの鎧は割れて、生身を晒すことになる。
「そんなッ!?」
まずい、ミラーワールドで生身になるなんて。
胃の中に送られた食べ物と一緒でこのままではすぐに消化もとい消滅してしまう。
アリスは僕のカードデッキを弄んでいる。
得意げに笑っている。
愉しそうに笑っている。
だけど……。
笑っているのに、笑っていない。
そう思った。
笑っているというよりも、泣いている……?
『あは、あはは……。やった、やりました。これでもう、燐君は戦わなくていい……』
アリスは何かを呟いている。呟いているようだが、聞こえなかった。
だけどその光景はどこか異様で、哀しい。
やがて、アリスの笑い声とも泣き声ともとれる声は止み静寂が訪れる。
『さあ、燐君。このままではミラーワールドに溶けてしまうので……私と共に行きましょう。二人きりの、もうあなたが戦わなくていいところへ……』
「ッ!!!」
いつの間にか僕の足下に大きな花が出現していた。
咲いていた花はその花弁を閉じ、蕾に戻ろうとしている。
これは、蕾という名の檻だ。
これに包まれてしまえば最後、デッキを失ってしまった僕に出来ることなどきっとありもしないだろう。
花弁が閉じる前に逃げようとするが、足に何かが絡み付いて動けない。
「なにをしている! 早く脱出しろ!」
「そう言われても、足が……」
「ならば……」
宮原士郎が何かを投げ渡してきたのでキャッチする。
それは、刃のデッキ。
「早く変身しろ!」
『駄目です燐君! 変身してはいけません!』
このデッキを手に取った瞬間、胸がざわついた。
とてつもなく、嫌な予感がする。
けれど変身しなければこの事態を回避出来ない。
けれど変身してしまったらいけない。そんな気がする。
……僕は……。
静かにデッキを持つ左手を突き出した。
「変身……!」
纏われる黒い鎧。
仮面ライダー刃。
「うぅぅぅぅ!!!ぐぅ……うっっ………………………ううぅう…ぅううっ!!!………あ…あぁ…ぁ゛あ……ああぁ…ぁっ!ああぁ……ぁ!…!!」
纏った瞬間、何かが流れ込んでくる。
膨大な情報が津波となって僕の全てを飲み込もうとしてくる。
見える、聞こえる。
だけど、理解には至らない。
あまりにも膨大な情報が同時に再生されるものだから、音も映像も無数に重なって理解するには至らない。
全て、全て、全て、飲み込まれる。
『燐君! あなた、なにを……』
「奴は見ているだけだ。
『これまでの、全て……ッ!!! なんてことを!』
茨を振るうブロッサム。
先程と同じようにデッキを奪い刃の変身を解除させようと目論む。
「うぁぁぁぁぁ!!!!!!」
苦しみもがく刃に対してそれは確実に成功するものと思われた。
だが、刃は苦しみながらもスラッシュバイザーで茨を斬り捨てたのだ。
『ッ!!! 燐君……』
「ふぅ……ふぅ……あぁぁぁぁ……! がぁぁぁ!!!!」
我武者羅に、獣のように刃は駆け出す。
刃を近付けさせまいと茨を打ちつけるブロッサムだが最早回避も不要と茨をその身に受けながら刃は突き進む。
己が間合に入ると同時に、ブロッサムに対し乱暴に斬りつける。
ツルギであった時の流麗さはそこにはなく、獣のような剣。
避けるのは容易いが、どこまでも追い縋って切り捨てようとするのだ。
『燐君! やめてください! 私はもう燐君が戦わなくていいようにしたいだけなんです! あなたは戦う人じゃない!』
「戦え……戦え御剣燐。戦うことこそお前に課せられた使命と責任。そして戦いの果てに死ぬ! それが貴様の運命だ!」
「うう……! ぐっ!! がぁぁあああああ!!!!!」