いつも隣の席にいるはずの彼がいない。
いつもと違い、空白の場所があるというのに日常はいつもと変わらぬように進んでいく。
世界とは、一人欠けても問題ないらしい。
いつもと同じように授業が進んでいく。
そつなくこなしていく。
座学も体育も。
大抵のことは平均以上に、出来る。
出来てしまう。
体育はバレー。
B組と合同で行い、チームに分かれて総当たり戦。
私のチームの試合は終了し、体育館の隅へ移り一休み。
「宮原」
同じチームとなっていた乃愛さんがお疲れと声をかけてくれたのでお疲れ様ですと返した。
乃愛さんは中学生の時はバレー部だったとのことで先程の試合でも活躍していた。
「驚いたよ、普段はトロそうなのに結構動けんじゃん」
「トロ……」
少し言い返したくなったけれど、上手く言葉が浮かばなかったので愛想笑いで流す。
別に私を貶したくて言っているわけではないのは理解しているから平気。
「ほんと、宮原ってなんかさ」
「はい?」
「なんていうか、こう……出来すぎてる?」
……いまいち、乃愛さんがなにを言いたいのか掴めなかった。
けれど、なにか……。
「漫画とかドラマの中の人みたい? 勉強も出来てスポーツも出来て可愛くて……とにかくすごいって感じ?」
「あはは……ありがとうございます……」
妙に、胸にしこりが出来たかのようにその言葉が残り続けた。
悪く言われたわけではない。乃愛さんなりに私を褒めてくれただけ。
ただ、ただ……。
どうにも私には、私が作り物のようだと言われているように感じてしまって……。
体育を終えて、次の授業。
やはり、そこにも彼はいない。
それでも、時は過ぎていく。
なにも変わりがないかのように。
その事が、私には恐ろしいことのように感じてしまう。
この世界に彼がいたことを、みんなが忘れてしまったのではないかと。
ひどく、怖くなってしまったのだ。
黒い闇の中に浮かぶ、白き、穢れないツルギのデッキを眺めていた。
これは燐くんを仮面ライダーにした憎き、忌むべきものであり、私を守るために戦ってくれた感謝すべきもの。
仮面ライダーツルギ、御剣燐は普通の男の子である。
人並みに学校で勉強して、人並みに友達と遊んで、人並みに恋をして、人並みに苦労して、人並みの幸せを得る……。
それが、御剣燐という少年の歩む人生であったはずだ。
それを歪めてしまったのはミラーワールドと、モンスターと、兄と……。
「この、私……」
私と燐くんが出会わなければこんなことにはならなかったのだろう。
けれど、この出会いだけは否定したくない。
幾度も時を繰り返し、磨り減っていく記憶。せめてこの記憶だけはと繋ぎ止めるべくメモリアカードという形で保存してきた。
私という器から溢れ落ちていったものは多いけれど、この思い出だけは……。
「アリス」
気配もなく現れた白い女に苛ついた。
これまでほとんど干渉してこなかったくせに、最近になって色々と口を挟むようになったことも気に食わない。
「あら、そんなに私が嫌い? 貴女にチャンスを与えたのは私よ?」
「それとこれとは話は別です。言っておきますけど、最初から貴女のことは嫌いですから」
「そう……じゃあ、これは没収ね」
没収という言葉に何を持っていかれるか警戒したが、私自身にはなんの変化もない。
だが、いつの間にかコアの手にはツルギのデッキが握られていた。
「返しなさい!」
「返せ? これは貴女のものでもないでしょう?」
何も言い返せない自分が悔しい。
ただ、それでも燐くんの物をあの女に触れられたくはない。
「いいから返しなさい! それは貴女なんかが!」
「タイムベントが使えなくなった現状、どうする気なの?」
「話を逸らすな!」
「もうライダーバトルは繰り返せない。もうここから先、貴女に失敗は許されないのよ? 男のことを想ってる暇なんて今はないんじゃない?」
「くっ……!」
もう、失敗は許されない……。
いや、大丈夫なはずだ。
燐くんのデッキはここにある。
ならばあとはこの手でライダー達を……!
意気込んでいると、コアが燐くんのデッキを投げて返してきた。もっと大事に扱えと文句を言ってやろうと思ったけれど、コアの姿はなかった。
神出鬼没で無神経なあの女はその全てが私を苛立たせる。
あの女が、とにかく私は嫌いなのだ。
目が覚めたら知らない天井が広がっているなんて、漫画みたいなことになっていた。
ベッドに寝かされていて、ここが保健室だと察した。
どうして保健室に……と考えていたら、カーテンの向こう側から話し声が聞こえてきた。
「北さん……なんで私をここに……?」
「それは当然、日下部さんも仲間だからじゃないか!!!」
「ちょっと、ここ保健室だから。その、上谷さんが起きちゃうかもしれないから静かに」
北さん……?
あ、そうだ……私……あの時のことを思い出して……。
「やあ上谷さん!!!」
「きゃあ!?!?」
勢いよくカーテンを開けられ、北さんが登場する。
いや、このカーテンの向こう側にいたわけだから登場というのはおかしいかもしれないけれど、登場という言葉が北さんには相応しい気がした。
「もう、先生いたら怒られてるよ……」
もう一人の女子生徒は知らない人だった。
この人も、ライダー……?
「ごめんなさい体調が悪いだろうって時に。私は日下部伊織。あなたのことは聞いてるから言うけど、ライダーよ」
やっぱり、この人も……。
「安心したまえ上谷さん! 日下部さんも私の仲間だ!」
「……まあ、うん……」
どこか諦めを感じる表情で日下部さんが肯定した。
ああ、この人も振り回されているんだなと一瞬で理解した。
「上谷さんのお見舞いに行く途中に日下部さんと出会ったからね。大丈夫、彼女も私と同じ正義の徒だ!」
「正義の徒って……。ともかく、上谷さんのことはある程度北さんから聞いたわ。……どこまで合ってるか分からないけれど。戦いたくないなら、私達と行動した方がいい」
日下部さんから色々と説明される。
今、鐵宮生徒会長が率いる陣営がライダー達を狙っていると。危険だから私達と一緒にいた方がいいと。
「デッキも壊して契約モンスターも倒してしまえばライダーバトルから降りたようなものよね。巻き込まれてしまったのならその方がいい。そして、元の日常に戻るべき」
「元の、日常……」
そうだ、絶対にその方がいい。
デッキなんて壊してしまうのが一番だ。
日下部さんの言うとおりにしよう……!
ベッド横のキャビネットの上に置かれた鞄からデッキを取り出す。
もうライダーバトルなんてものに関わるのは辞めだ。
これで元の日常に帰れる。
そうだ、これがいい。
これが、最善……。
本当に?
何かが、鎌首をもたげる。
この力を望んだのは私自身でしょ?
夢を諦めさせた、私の夢を笑った奴等に復讐するためのものでしょう?
違う……。
そんなんじゃ……。
違わない。
だってあそこでアリスの誘いを断ることは出来たはずでしょ?
けど、誘いに乗ったのは私自身。
私はこの戦いを望んでいる。
違う……。
違う……。
私、は……。
いい子ちゃんでいなきゃいけないなんて窮屈でしょ?
取り戻そうよ、私の夢を。
夢……。
思い出される、過去の記憶。
引き裂かれたスケッチブック、嘲笑うクラスメイト達、そのクラスメイト達が吐いた呪いの言葉……。
「上谷、さん……?」
北さんの声に、現実に引き戻された。
私は……。
「わ、私も……皆さんと戦い、たいです……」
口が、勝手に動いていた。
「そんな……やめておいた方がいいわ」
「いえ……私も、北さんと一緒に……戦いを止めるために、戦いたいです」
思ってもいない言葉が次々と口から出てくる。
違う、違う、違う。
本当は、私は……。
「本当かい! ああ、やはり正義にこそ人は集うのだ!」
「うるさい……。上谷さん、私は絶対にやめておいた方がいいと思うの。あなたはそういうタイプじゃない」
「大丈夫だよ日下部さん! 上谷さんは風紀委員! 謂わばこの学校の正義! 正しさに生きる人だよ! それに戦いとなれば私と日下部さんがつくから大丈夫さ!」
「そういう問題じゃ……」
お願いしますと私は日下部さんに頭を下げた。
北さんも日下部さんに頼み込んでいる。
ここで、日下部さんさえ押し切ってしまえば……。
「……私は忠告したからね。北さんも、責任持って面倒見ること」
「ああ! 分かったよ母さん! ちゃんと面倒見るから!」
「誰が母さんだ!」
日下部さんのツッコミが炸裂したが、私も北さんにツッコミたい。
その言い方、まるで私がペットのようではないか。
鐵宮にメモリアを奪われてから、学校では美玲と会話しないようにお互いしていたのだが。
「ちょっと来なさい」
図書室でいつものように読書中の私に、どこか苛立ちを含んだ声で美玲が面を貸せと言うので貸し出す。
図書室に隣接する司書室に二人で入る。
司書室なんて言っているが司書はいない。もっぱら倉庫扱いである。
「本の貸し出しはしているけれど、面はあまり貸し出したことないんだ。お手柔らかに頼むよ」
「無理ね。その面……というより、その髪を見てたらイライラしてきてしょうがないの」
髪?
そういえば、美玲に手入れしてもらっていないのでボサボサになってきていた。
そこに座れと命令されたので素直に従う。まだ死にたくないからだ。
そして、美玲がブラシで私の髪を梳かし始めた。
「ヤバイね、これ。鐵宮陣営の誰かに見られたら私は終わるよ。こんなスリル満点なブラッシングは初めてだ」
「射澄がメモリアを奪われなければそんなスリル味あわなくてよかったのよ」
痛いところを突いてくる。
相変わらず、美玲には手心というものがない。
けれど、それは信頼の証だ。
「ところで、イラついている理由は私の髪がボサついているからだけじゃないだろう?」
「……燐が、学校休んだ」
思わず吹き出した。
いや、これで笑わないわけがない。
ここ最近で一番笑った。笑わせてもらった。
「笑いすぎ」
「いや、だって……ふふ……」
これはしばらく私の笑い袋になると思っていたら脳天にチョップを喰らった。ぺしっ、て感じの。
「……鐵宮を倒す方法があると言ったわね」
「……ああ、うん。あるよ」
「なら、共闘しましょう。サポートするわ」
……まあ、美玲ならこう言うか。
「それには及ばないよ。この方法は、私一人でないと成り立たないんだ」
「……なに、それ。ふざけてるの」
「ふざけてない。本気だよ」
髪を梳かしている美玲には見えないだろうけど、真面目な顔をして答えた。
きっと、この方法を聞いたら美玲は止めるだろうから。
「鐵宮の未来視。あれに対抗出来るライダーはいないだろう。けど、私にはある。勝機が」
正確には、勝機ではなく可能性と言った方が正しいのだが、可能性という言葉を使ったら聡い美玲には気付かれてしまうだろうから。
今は、勝機という言葉を使う。
「ま、美玲は祈っていておくれ。勝利の女神が私に微笑むように」
「私、神頼みは嫌いなのよ」
「そうだった。中三の時、みんなで合格祈願しに行こうって誘いを断っていたね」
「いつの話よ。それに、射澄も行かなかったでしょ」
「まあね、合格確実だったし」
「だから友達少ないのよ」
「そっくりそのままお返しするよ」
よく動かした口を休めるために二人とも一度黙る。
ああ、なんて心地いい。
この心地の良い沈黙は、美玲との間でしか流れない。
お団子君とはきっと、彼女の方が沈黙に耐えられない。
燐君とは……やめておこう。美玲が怖い。
「美玲」
「なに」
「私は……勝つ。いや、生きるよ。くそったれの鐵宮に勝って、お団子君を取り戻す」
「……ええ、そうね」
こんなにも心が燃えたことはこれまでなかった。
むしろ、何かに燃えるということを小馬鹿にしてきたぐらいであるこの私が。
ライダーバトルという戦いによって私は……。
「成長、したんだろうか……」
知らず、溢れた一人言。
そんな一人言を美玲はわざわざ拾った。
「成長、したんじゃない。成長期だもの」
そんな美玲の言葉に母親かとツッコミを入れたらまた脳天にチョップを受けた。そして美玲のチョップと同時に、昼休みが終わりを告げた。
夢を見ている。
遠い日の夢を。
公園で、一人で遊んでいた僕に話しかけてくれた少女がいた。
「ひとりであそんでるの?」
「うん」
「たのしいの?」
「まあ、たのしいよ」
本当に、そうなのだろうか。
女の子の前なので強がったのか、本当に一人で遊んでいるのが楽しかったのか。
小さい時の記憶なので覚えていない。けれど、これは確かに幼い僕が実際に経験したことなのだという実感はある。
「そうなんだ。わたしがあなたとあそんであげてもいいよ」
なんて、上から目線。
今の僕なら、なんて嫌な奴と思うだろう。
しかし昔の僕はというと。
「うん!」
嬉しそうにしている。
さっきの楽しいという発言はやはり強がりだったか。
そして、幼い僕と少女は陽が暮れて少女の母親と少し歳の離れたお兄さんが迎えに来るまで遊び続けた。
別れ際に、また遊ぼうと約束し。
そして、これでも読んでなさいとまた上から目線で絵本を手渡された。
「パパがかいたのよ」
自慢気にそう言っていた。
ああ、だからあの絵本には作者の名前が入っていなかったのか。
わざわざ自分の娘に宛てて描いたものだから名前は入れなかったのだろう。
次に会った時に返すと、そう約束してさよならをした。
その少女と再会することはなかった。
ほとんど毎日、公園に通い続けたけれど少女と会うことはなかった。
この街の子ではなかったのか。
その割には、また明日も会えることがさも当然のように振る舞っていたというのに。
子供だからその辺を理解していなかったのだろうか?
まあ、なんにせよ……この記憶は、大事なものだろう。
目が覚める。
寝惚けた目で、テーブルの上に置いているデジタル時計を見ると時刻は16時過ぎ。
朝に比べると、だいぶ身体の調子はよくなった。
やはり睡眠は大切なよう……だ。
「あ、お兄ちゃん起きた」
ベッドの傍ら、妹の美香が本を読んでいた。
僕の本棚にある文庫の何かだろう。
「……なにしてるのさ、人の部屋で」
「んー。お兄ちゃんの様子見」
「見てたのは僕じゃなくて本だろ。てか、部活は?」
「休み。ていうか中止。行方不明者多くなってきたから帰り遅くなるの駄目だ~ってなったんだって」
行方、不明者……。
ライダーバトルにかまけて忘れていたがそうだ、モンスターによる被害だってまだ続いている。
だというのに、僕は……。
「お兄ちゃんさ」
「なに」
「私が熱出した時とか、こうしてくれてたよね」
いつの話をしているんだか。
美香がまだ小学生になる前のことだ。今でこそ風邪や病気なんて無縁そうな健康体であるが、小さい時の美香は病弱でしょっちゅう風邪やらなにやらと大変だった。
遊ぶことが出来ないのが子供ながらに可哀想に思って、出来るだけ一緒にいてあげようとしたっけ……。
風邪移っちゃうかもしれないからと追い出されることが多かったけど。
「本、いっぱい読んでもらったの覚えてる」
「ああ、おかげで音読が上手くなって学校で褒められた」
「私のおかげじゃん。なにかお礼してよ」
「10年近く前のことでお礼を要求しない」
まったく強欲なんだから。
呆れていると美香はクスクスと笑い始めたではないか。
「なに笑ってるのさ」
「いや、お兄ちゃん元気だなって。元気だから部屋戻るね」
なんだそれ。
「じゃあまだ元気じゃなかったら部屋にいるの?」
そんな質問をすると、美香は扉の前で立ち止まり、考え始めた。
長めの襟足を弄りながら。
美香が考え事をする時の癖だ。
そして、答えが出るとぴたっと止める。
どうやら、答えは出たようだ。
「あー……うん。いる。いる?」
「いや、元気になったから大丈夫」
「分かった、じゃあね」
美香が部屋を出ていき、一人きり。
ひとまずベッドから出て、身体を伸ばす。
だいぶ調子は良くなった。あとはこれから、なにをするか。
「……なんとかして、アリスに……キョウカさんに会わないと……」
全ては僕と彼女から始まったこと。
だから、僕が終わらせなければならない。
クローゼットからなにも考えずに取り出したジーンズとネイビーブルーのVネックシャツを着て、白のデニムジャケットを羽織った。
「キョウカさんと会うには……」
部屋を出て、階段を降りる。キッチン、リビングを抜けて玄関へ。
キョウカさんの居場所なんてものは分からない。
ミラーワールドを認識する術もない。
ただ、それでも僕の脳裏にはあそこへ行けばきっと彼女と会えるだろうという確信があった。
僕とキョウカさんが初めて出会ったあの場所……。
「燐? 着替えてどこ行くつもり? 寝てなきゃ駄目よ病人なんだから」
リビングの掃除をしていた母さんが目敏く僕を見つけた。
気配は消したつもりで歩いていたんだが……。
「大丈夫だよ。だいぶ具合も良くなったし、少し外の空気吸ってくるだけだから。いってきます」
「あ、ちょっと燐!」
引き留める母さんを置き去り、家を出た。
あの廃墟があった場所……。覚えている。
だって、ほとんど毎日通い続けたのだから。
夕陽が眩しいのと、一日中家にいたので外に出てからの少しの頭痛が鬱陶しい。
時間帯は放課後ということもあり、下校途中の学生達の姿がちらほら。
知り合いと会うのは少し後ろめたいので出来る限り人通りの少ない道を行く。
静かな住宅地。
平穏に見えるこの景色の
そうだ、僕がライダーになった理由はなんだ。
ライダーバトルを止めるためか?
それもそうだが、違う。
一番の理由は人間を守るためだ。
いいや、これも……。
あとは、なにも考えないように歩いた。
歩き続けた。
記憶を辿って。
そして辿り着く。だが、そこにあるのは記憶の中の廃墟ではない。
「鏡華さんの、家……」
おかしい。
記憶に間違いはないはずだ。
確かにここには廃墟があったはずなんだ。
「御剣、君……?」
後ろから声をかけられ振り向くと、夕陽に照らされる鏡華さんの姿があった。
「御剣君……!」
「鏡華、さん……」
「御剣君もう具合は大丈夫なんですか?」
駆け寄ってきた鏡華さんはぐわっと顔面を僕に寄せて質問責めにした。
そんな一度に答えられるというものではないが、質問内容をまとめると「とにかく体調は大丈夫なのか?」ということであった。
「僕はもう大丈夫だから……」
「本当、ですか……?」
言っても心配そうにする鏡華さんを宥める。
それでもまだ、心配し足りないようだけれど……。
「……」
「どうか、しましたか? やっぱりまだ具合が……」
……言うべき、なのだろうか。
アリス、僕が知っているキョウカさんのことを。
僕は……。
「兄さんの資料をあれからずっと読み込んでるんですけど、知識がない私ではやっぱり無意味で……。どうして、あれに御剣君の名前が書かれていたのか……」
「……それは、僕が士郎さんと契約したからさ」
「え……。どういう、ことですか……」
「ミラーワールドを現実世界と僕が繋げてしまった。そのせいで多くの人がモンスターに襲われて……だから、戦うことにしたんだ」
「待って……待ってください。理解出来ません。だって、そんな……御剣君がライダーになったのはあの時じゃないですか! 兄さんと会ったこともないって……」
理解が追い付かないという鏡華さんを見て少し反省。
一度に話しすぎてしまった。
「信じられないと思うだろうけど、これから話すことは全部本当にあったことなんだ。このライダーバトルは何度も繰り返されているんだ」
「繰り返されている……?」
「一番はじめの時、僕はここで鏡を割ってしまって……そこでキョウカさんと出会ったんだ」
「私、と……?」
その言葉に同意出来なかった。
僕が出会ったキョウカさんと、目の前にいるキョウカさんは恐らく……。
「僕が、出会ったキョウカさんは……」
言葉に詰まる。
言っても、いいのだろうか。
鏡華さん、あなたは一体誰なんだと。
「御剣君……もし、私のことで何か知っていることがあるなら教えてください! 何か、何かあるんですよね!」
「それ、は……」
……駄目だ、僕には……。
言えない……。
鏡華さんという存在が現れたのが、一周前の時からだなんて。
「ごめん……。それは、分からない……」
「……そう、ですか……」
「それより、お邪魔していいかな。調べたいことがあるんだ」
「え、ええ……。大丈夫ですけど……」
ありがとうと礼を言って、鏡華さんの後に続いて家にあがった。
そして、迷わずあの部屋へ。
キョウカさんと出会ったあの部屋へ。
間取りは変わっていないので迷うことはなかった。
二階へと上がって数ある部屋のうちのひとつ、一番奥の部屋。
ドアノブに手をかけようとして────。
「み、御剣君!!! だ、駄目です!」
ドアと僕の間に鏡華さんが割って入ってきた。
「ごめん鏡華さん。どうしても入らなくちゃいけないんだ、この部屋に」
「なな、なんでですか!? だ、大体人の家に上がって勝手に部屋に入ろうだなんて非常識です!」
「非常識を相手にしてるから仕方ないんだ。どいてほしい」
「駄目です! あとなんだか御剣君の目が怖いです!」
そんなこと言われても。
とにかく急ぐから退いてほしい。
「そ、そんなに私の部屋に入りたいんですか……?」
その言葉に固まり、我に帰った。
「あ……。ご、ごめん!」
急慌ててドアノブから手を離して後退る。至近距離に鏡華さんがいたことも心臓に悪い。女子特有の甘い香りに惑わされてしまう。
「い、いえ……。何か、理由があったんですよね?」
「う、うん……。僕はここでキョ……アリスと出会ったんだ」
「アリスと……?」
この部屋にあった姿見を割って、キョウカさんと出会った。
だから、ここに来ればもしかしたら彼女と会えるかもしれないと思ったのだけれど……。
鏡華さんがいると、やりづらい。
何故か、分からないけれど。
それでも……。
「もし、鏡華さんが良ければなんだけど……。部屋に入らせてほしい。確証はないけど……。ううん、確証がないから、確かめたいんだ」
ここに、キョウカさんに繋がるものがあるのか確かめるべきだろう。
「……分かりました。けど、少し待っててください」
「うん。ありがとう」
一人自室に入った鏡華さんを待つ……と言っても一瞬だった。鏡華さんに招かれて入室。部屋の片付けをするだろうと思ったのだけれど、そんなことは必要ないぐらいに綺麗な部屋。これならさっきそのまま突入しても問題なかった気がしてきた。
部屋の中央へと進む。後ろで鏡華さんが扉を閉める音がする以外には無音。
「……アリスは、いるんですか……?」
鏡華さんの問い掛けには不安が含まれていた。
それもそうだろう。自分が過ごしている部屋に怪しげな存在が潜んでいるのかもしれないとなれば不安にもなる。
神経を研ぎ澄ませれば何か感じることが出来るかもしれない。
ここだ、ここの部屋で間違いないはずなんだ……。
「…………ごめん、分からない……」
なにも、感じることは出来なかった。
やはりデッキを持っていなければ、仮面ライダーでなければミラーワールドの存在であるキョウカさんを認識することは出来ないのか……。
「くそッ! デッキがなきゃなにも出来ないのか!」
「デッキ……デッキを失くしてしまったんですか!?」
ああ、そういえば鏡華さんは知らないんだった……。
「うん……。デッキをアリスに盗られて……。アリスに会わないと……会って、話さなきゃいけないんだ……」
「なにを、話すんですか……?」
「アリスがどうしてライダーバトルを始めたのか……。もし、僕のせいなら止めるように言わないと……」
キョウカさんはこんな殺し合いを仕組むような人ではなかった。
優しい、穏やかな人で……。
いつも、ひび割れた鏡の前に胡座をかいて、日が暮れるまで彼女と話した。
学校であったこと、家のこと、なんてことない僕にしか出来ない話を。
キョウカさんはいつも僕の話を楽しそうに聞いてくれて話すこっちも楽しかったし、話を聞いたキョウカさんから飛び出す予想外の質問について考えるのも面白かった。
『ねえ、燐くん』
「なに?」
『もしも、どんな願いでもひとつだけ叶うなら、燐くんは何を願う?』
「えー? どんな願いでも?」
『うん。どんな願いでも』
しばらく考えた。
真剣に考えた。
「うーん。そうだな……あ、キョウカさんがこっちの世界に来れるようにする、とか。どう?」
そういうとキョウカさんは大きな目をぱちくりさせた。
『私を、そっちの世界に?』
「うん。そうしたらさ、一緒に学校行ったりとか友達作ったりとか部活したりとか……いっぱい楽しいこと、キョウカさんと一緒に出来るからさ。そうしたら、僕も嬉しいし……」
なんて、まるっきり僕のワガママだ。けれど願いなんてワガママみたいなものだし、いいよね。
「キョウカさんは? 願い、ある?」
僕は答えたからキョウカさんの番と訊ねる。
すると、質問を最初にしたのは自分なのに自分が尋ねられるとは思ってもみなかったようでキョウカさんは分かりやすく焦った。
『そう、ですね……。私は……このまま、燐くんと一緒にいられれば……』
キョウカさんは小声でボソボソと願いを呟いたようだったが向こうからの声は少し聞き取りにくいのでキョウカさんが何と言ったのか分からなかった。
訊ねても答えてはくれず、話題はいつの間にか切り替わり気が付いたら夜を迎えて……。
「それじゃあ、また明日」
『はい、また明日……』
笑顔で手を振るキョウカさんに背を向け家路についた。
この時は、こんな毎日が永遠に続くと思っていた……。
『燐くん』
過去を追想していたら、キョウカさんの声が聞こえた。
「キョウカさん!」
急いで、部屋中の鏡という鏡にキョウカさんの姿がないか捜した。
いない、いない、いない、いない────。
「御剣君……? 御剣君! 御剣君!」
最後に、カーテンに閉ざされた窓ガラス……。
「いない……」
そんな……。
今の声は……幻、だったのか……?
失意に目線が下がる。
やはり、力を失くしてしまった僕では……。
顔を上げて、外を見る。
もう外は暗くなっている。
ああ、帰ったら母さんに怒られるな……それに、ひどい顔をしている。
窓ガラスに映り込む自分の顔を見てそう思った。
こんな顔をしていたら、家族に心配をかけてしまうのでせめて表情を取り繕うぐらいは……。
「あ、れ……」
なにか、違和感がある。
「……大丈夫ですか、御剣君……?」
後ろから鏡華さんの心配そうな声がした。
振り向けば、鏡華さんは確かにそこにいる。
だったら、どうして……。
窓ガラスに視線を戻す。
映し出される虚像の部屋に鏡の中の僕はいる。
だけど、鏡華さんの姿が鏡の中にはない。
これは、一体……。
「御剣君……」
焦り、騒ぐ心臓に平静さを取り戻すように命じ、僕はカーテンを閉めた。
「……ごめん、鏡華さん。驚かせたよね……」
「いえ……。それより御剣君の方が……」
分からない、分からない、分からない。
何が起きているのか理解が出来ない。
鏡に映らないものはない。
ならば、何故鏡華さんの姿は……。
喉元まで、言葉がせり上がってくる。
やめろ、言ってはいけない。
僕の中で渦巻く疑念が、その言葉を生んでしまえと囁いてくる。
駄目だ、衝動に身を任せてはいけない。
焦る心臓、騒ぐ心臓。
脳はもう焼き切れてしまいそう。
本能が叫んでいる。
これまでの戦いの経験が警鐘を鳴らす。
ここから逃げろ。
この女は危険だ。
この女は何かおかしい。
この女は……敵だ。
戦う力を持たぬ自分がこの女と対峙してはならない。
突然、再生される見知らぬ記憶。
いや、これは僕の記憶ではない。
けど、これは僕の記憶だ。
いつかの、どこかの僕の記憶。
鼻につく青臭さと土の匂い
荊、蔦、蔓、根に縛り付けられ身動きは取れない。
こんな風になったのは、アリスのせいだ。
「御剣君……御剣君! しっかりしてください!」
意識を取り戻す。
間近にあった、鏡華さんの顔。
その顔に、先程のイメージに現れたアリスが重なり咄嗟に鏡華さんを突き飛ばしてしまった。
「きゃ!?」
「あ……ご、ごめん……」
慌てて、駆け寄ろうとするが足が動かない。
いや、動きはする。
ただ、彼女に近付いてはならないと本能が言っている。
「……どうしちゃったんですか御剣君。私が知ってる御剣君じゃないみたいです……」
「あ……」
何か、声をかけようとしても声が出ない。
喉が震えている。
分からない、分からない。
ただ、ひたすらに身体が鏡華さんを拒絶している……!
「もう、出ていってください……。用件は済みましたよね……」
弁明したかった、謝罪したかった。
ただ、今は……。
見逃してくれるのかと、安堵の気持ちが大きかった。
そして早く逃げろとも、身体が言っていた。
僕は……本能に身を任せて、鏡華さんに何も言うことなくその場から逃げ去った。
暗い生徒会室には張り詰めた空気が満ちていた。
この気の出どころは鐵宮。集中している鐵宮から他を威圧する気を発していたのだ。
だが、そんなものお構い無しに鐵宮に近付く者が一人。
「……やはり来てくれたか、コア」
『ふふ、私と会いたそうにしてたから来てあげたわ』
鐵宮は、瞳を開いた。
コアの気配は鐵宮が座る生徒会長席の背後の窓ガラスから。
位置を把握するが、それだけ。別にその方向を向くなどせずに会話を続けた。
「アリスより上位の存在という貴女に私の願いを聞いてもらいたい」
『ふぅん……。なにかしら』
「貴女からもらったこの未来視で私の勝利はほぼ確実と言っていい。ライダー達のほとんどが私の傘下に入ったと言ってもいい」
『へえ、大したものね。それで勝利宣言?』
「私に付き従ったライダー達の願いを全て叶えてほしい」
会話の流れを無視し、鐵宮は己が要求を伝えた。
その要求はこのライダーバトルの意味を覆すもの。
『理由は?』
「私は頂点に立つ者。この戦いを私の勝利で終わらせる、そしてかつてのライダー達は私の兵とする。そのための前払い報酬というわけだ、願いを叶えるのは」
『なに? ライダー軍団を作るの?』
「最高の兵器だよあれは。なにより、鏡の中から襲いかかることが出来るなんて時点で制限時間が10分なんてデメリットを帳消しに出来る」
『そんな兵隊を作って世界征服でもする気?』
「ああ、私が君臨する、私の世界を作る。この世界だけじゃなくミラーワールドもこの手に治めてな。なにより欲しいのはどんな願いも叶える力だ。願いを叶える力を持つ者こそ世界を統べるに相応しい……!」
全てを掴み取るように鐵宮はその手を握り締める。
全てを得る、頂点に立つという野望にほぼ王手をかけたとも言える鐵宮は詰みへの一手をより確実なものとするためコアへと要求を告げた。
『流石に未来視みたいに無償で提供出来るものじゃないわね、それは』
「無論、条件がつくことは承知している」
『そう? じゃあ……』
コアが鐵宮へと出した条件、それは……。
生徒会室に入ろうとすると、中から鐵宮が誰かと会話している声が聞こえてきた。
鐵宮の話相手は女。だが、ここに出入りしている者の声ではない。
ともかく、聞き耳を立てよう。
鐵宮が裏で何かしようとしているのかもしれない。
情報を入手して、出来る限り美玲に流しておかなければ。
鐵宮を倒す手段はあるがリスクが高い。
もしもの時のためにも情報は共有しておくべきだ。
耳を澄ませ、二人の会話に集中する。
二人は何か、取引をしているようだ。
そして鐵宮の取引相手は奴に未来視の能力を与えた謎の人物コア……。
二人の会話を聞いてしまった私は一目散に駆け出した。
早く、早く美玲にこの事を伝えなければいけない。
『生け贄よ』
コアが鐵宮に求めたものは、生け贄。
全員の願いを叶えるため、薪をくべろという。
「……ふむ」
『本来ライダーバトルはそういうシステムなのよ。死んだライダーを贄に願いを叶える。それに大勢のライダーの願いを叶えるのなら相応の命が必要になる』
「大量殺戮が望みか」
『いいえ。私、貴方のことを気に入っているの。だから……特別に、二人で手を打ってあげる』
二人という数に鐵宮は内心驚いた。
よもや、それだけの数で済むのかと。
ならば、自分に敵対するライダーを適当に生け贄にしてしまえば済むと思ったが、コアに見透かされていた。
『ただし、この二人は決まっているわ。一人は……咲洲美玲。もう一人は……アリスよ』
「アリス? 何故アリスを」
『もう用済みなのよ、彼女。処分したくてね。それに、彼女は贄としては普通の人間とは比べ物にならないほどの力があるの。だから、二人でいいわ』
ならば、咲洲は何故だと問う。
そういった理由ならば、アリスだけでも充分ではないかと鐵宮は考えたからだ。
『一人はちゃんとした人間の命が欲しいのよ。そういうものだと思って? それに、殺すつもりだったんでしょう』
「……いいだろう。その二名の命を差し出すと約束する」
『ええ、ただし生け贄は同時に、同じ場所で殺さなければならない。いいかしら?』
「ああ、分かった。面倒だが、数で押し切ればいけるだろう」
『そうでしょうね。ところで……今の話、誰かに聞かれたわよ。この感じは……神前射澄』
その名を聞いて、鐵宮は深いため息をついた。
「やはり、な。いいだろう。この手で、始末する……」
取り上げたメモリアを破いて殺すのではつまらない。
せっかく手に入れた力をもっと使いたいと獰猛な瞳をぎらつかせ、鐵宮は射澄の追跡を開始した。
獅子の狩りが、始まる────。
次回 仮面ライダーツルギ
「鐵宮……!」
「どうした? どうなった? ええ?」
「馬鹿な、あり得ない……!」
「────変身ッ!」
願いが、叫びをあげている────。
ADVENTCARD ARCHIVE
CLEAR VENT
ライダーを透明化させる効果を持つカード。
姿も音も消し、敵に悟られることなく命を奪う。
誰にも気付かれない。その死も気付かれない。