車窓からの景色は一面の砂漠。
空は黒く、ここもまた異界なのだと嫌でも思い知らされる。
そしてこの車内もまた、異界だった。
ここはコスプレ会場かと言いたくなるような装束の人達で賑わっていた。
車内ではお静かにといったマナーはないようだ。
それに車内のあちこちで明らかに乗務員ではない者達が車内販売を行っている。
お菓子とか飲み物とかではない物が色々と、勝手に売られていく。
僕の知っている列車ではまるでない。
「この列車では、
「え……」
「それで、君はどうする? 売るか? 買うか?」
「そんな、急に言われても……!」
「そもそも君は無賃乗車だ。まずは切符を買わなければな」
「無賃って、そっちが勝手に乗せたくせに……。そもそもなんなんですか時の列車って!」
「有り体に言えば、タイムマシンだ」
「タイムマシンなんて、そんな嘘だろ……」
「鏡の世界があるんだ、時を走る列車があったっていい。それより、切符を買いなさい」
「……いくらですか?」
「1セルだ」
財布をポケットから取り出しながら聞くとそんな答えが返ってきた。
……1セル?
当然だが僕の財布には日本円しか入っていない。
セルという通貨単位を僕は知らない。
「……あの、レートとかあります?」
「ない。今日は金銭コレクターが乗っていないから金を売ることも出来ないな」
なんで乗っていないんだ金銭コレクター。
……いや、乗っていてもお金を売るという行為はどこか躊躇われるけれど。
「ま、なんとかして金を手に入れてみるのだな。ここでは何を売ってもいいぞ。臓器でもいいし、寿命でもいい。君のこれまでを物語るのも、誰かしらは金を落としてくれるかもしれないぞ」
そうは言っても臓器を売るほどの覚悟はないし寿命なんて以てのほかだ。
これまでの自分の話を語る趣味もないし、大して面白くはない。金が落ちることはないだろう。
では、どうすればいいか……。
「あ~らオーナーどうしたのその子ぉ。若いツバメ?」
オーナー、藤上今日子に話しかけた一人の女性はゴシックを極めたような格好をしていた。
藤上今日子が落ち着きのある黒とするならば、この女性は周りを黒に染めてやらんとするような凶暴な黒。
長い紫色の髪は嫌でも目につく。
胸元は透けて、谷間を隠しているようで、その実は見せつけている。
「キズナか……。言っておくが、そんなものではないぞ、この少年は」
「そうなの~? じゃあ、
その女性、キズナは僕を見るなりそんなことを言い出した。
「僕は売り物じゃ……!」
そう言いながら立ち上がると、キズナの細い指が僕の胸板をなぞった。
不思議とその手を払い除けることは出来ず、身動きも取れなくなった。
「左肩から胸にかけて裂傷、右肩には打撲、刺された痕もあるわね、貫通している。他にも大小様々な傷がある。君、若くてこんなに傷だらけなのね。私好みよ。特にこの腹部の傷! 何で貫かれたの? 槍なんかじゃないわ、もっとぶっといやつ」
どういう理由か、彼女は僕の傷が視えていた。
当然だが僕は服を着ているし、そもそも僕の身体にはそんな傷はないのだが、彼女が言った傷には覚えがあった。
かつての戦いでついた、特に大きな傷だ。
腹の奴なんて、超高圧水流で貫かれたやつ。
時間が巻き戻り、その傷は身体には残っていないというのに彼女には、視えている。
「お願い、貴方自身が売り物でないなら
「傷を……?」
「私は止めておいた方がいいと忠告しておくぞ」
藤上今日子が忠告する。
彼女がわざわざ口を挟むのは、本当にやめておいた方がいいのかもしれない。
「貴方、お金持ってないんでしょう? お金がないとここではやっていけないわ。最悪死ぬことだってある。死ぬのと、傷を売ってお金を得るのと、どっちがマシ?」
「死ぬって、そんな……」
「……ちょうど来たわね。あれを見なさい」
キズナが指をさしたのは、前の車両から移動してきたモンスターとも違う異形であった。
西洋の鎧と鬼が合わさったような見た目で、賑わっていた車内は緊張感が支配した。
異形はホームレスのような男に近付くと、何か話しかけた。
『キップ ヲ ハイケン』
「き、切符はこ、これから買うところなんだ……。だから、許してくれ……」
『ムチン ジョウシャ トリシマリ』
異形は男を突き飛ばすと装備していた棒を振り下ろした。
容赦などなく、棒は脳天を直撃。
異形は意識を失い倒れた男の襟を掴み、引き摺り歩き始める。
助けに入りたかったが、キズナの不思議な力のせいで身動きが取れなかった。
「早くしないと貴方もああなるわよ。大丈夫、私は殺しはしないわ。もったいないでしょう、命が。それに、貴方には一目惚れしたから2割増しの値段にしたげる。だから、ね?」
……正直、あの異形と戦うという選択肢もある。
だが、この列車のルールというものを非常に重く感じる自分がいる。
ルールを破ることはいけない。
命に繋がりかねない。
その警告と、今の状況を天秤にかけて僕は……。
キズナに、傷を売ることにした。
「きゃー! ありがとー! それじゃあ早速」
次の瞬間、制服のシャツが切り裂かれ上半身をさらけ出すことになってしまった。
一瞬だったのでしっかりとは見えなかったがメスみたいなもので切られたようだった。
だが、そんなことどうでもよくなる。
「うっ……! ぐぅぅぅ……!!!」
腹部が、熱い。
痛い、痛い、痛い、痛い。
この傷は、こんなに、痛かったのか。
「そりゃそんな傷、受けたら痛いとか通り越して死んじゃうもの~。ふふふ、とってもいい顔……。やっぱり君みたいな子が痛がる姿は最高ね~。君ぐらいの歳の子でこんな傷だらけなの、滅多にないからさ~。本当は君を丸ごと買いたいんだけど~、どう? 高く買うけど~?」
「つぅ……! こと、わる……!」
「あ~、やっぱり~? じゃあこことここの傷も追加で買うわ~」
「ッ!? うぁぁぁぁ!!?!!」
切り刻まれ、貫かれる。
目の奥がチカチカとして、痛いということしか今の自分にはなかった。
「あ、汗」
キズナが頬を舐めた気がした。
けどそんなことは気にならない、気にしていられない。
「ふふっ、それじゃあこれ~。お代ね~。傷3箇所と、いいもの見せてくれた分と汗舐めさせてくれた分でせしめて10万セルね~。ありがと~。もし、お金が足りなくなったらいつでも呼んでね~」
テーブルの上に銀色のメダルの山が立つ。
藤上今日子はそこからメダルを一枚取ると、僕に一枚のカードを差し出した。
ただ、今はそれどころではない。
ピークは過ぎたとはいえ、まだ痛むのだ。
「はあ……はあ……」
「なんにでも効く痛み止め、2セルでどう?」
木箱を背負う、テーブルの高さと目線が同じ小人のようなヒゲのおじさんが話しかけてきた。
痛み止め?
願ってもない。
喋る余裕がまだないので、頷きで返事をすると木箱から取り出した黒い錠剤をひとつテーブルに置き、メダルを二枚取っておじさんは去っていった。
僕はその錠剤が本物かどうかだとか疑うこともなく、乱暴に口にした。
……どうやら、本物のようだ。
嘘みたいに、痛みが引いた。
「ここで売られる物に偽物はない。にしても、よもや一瞬でこれだけ稼ぐとは。この列車の乗客の中でもトップクラスの富豪になったぞ」
「そう、なんですか?」
「ああ。余程の高額商品がない限りはここで売られてるものを全て買ってもまだ余るだろうな。それに、新規事業を立ち上げて更に金を増やすことも容易い」
新規事業って……。
こんなにはいらなかったんだけどな、切符さえ買えれば良かったから。
まあ、金はあるに越したことはない。
「そこのお兄さん。服がボロボロですね、私がお直しいたしましょうか? それとも新しい服を買われます? こちらの白いロングコートなんか、お兄さんに似合うと思いますけど~」
今度話しかけてきたのは、世界史の教科書で見たような中世だか近世だかのヨーロッパの貴族みたいな女性。
どうやら服屋らしい。
すすめてきたロングコートはここでは着てても違和感ないだろうけど、もとの世界では普段使い出来ない。
普通に制服を直してもらうだけにした。
普段から着てるし、母さんがボロボロの制服を見たら何があったのと問い詰められるだろうし。
お代は3セルというので支払う。
すると一瞬で制服は直され、いつの間にか袖を通していた。
すっご……。
にしても、さっきから1セルとか2セルとか、メダル数枚しか使っていない。
安いのか高いのか分からないけれど、確かにこの調子だと10万もあっても余裕で余ってしまいそうだ。
その後も、色々セールスがやってきたけれど特別必要なものはなかったので断っておいた。
そんなことよりも、話がしたいのだ。
この、藤上今日子と。
「……その、何から尋ねていいかって感じなんですけど」
「私は、元凶だ」
元凶。
唐突に吐かれたその言葉に、背筋が冷たくなった。
元凶。
その言葉の意味とは。
「御剣燐。私は君と同じだよ」
「同じ……」
「私はかつて、ミラーワールドの扉を開いた」
その言葉に衝撃を隠せなかった。
ミラーワールドの扉を開いた、自分以外の人がいたなんて想像したこともなかったからだ。
「30年以上前の話だ。まだ私が小学生の頃に、手鏡を落としてしまって割ったことがある。そこから、ミラーワールドが開いた。そして……あいつと出会った」
「あいつ……?」
「今は、コアと名乗っているようだな」
コア。
その名を聞いて脳裏に浮かぶ白い霞がかった女の影。
キョウカさんに力を与え、アリスという役割を演じさせ、ライダーバトルを始めた黒幕。
それ以上のことはキョウカさんにも分からず、その姿と同じようにコアに関することは何も分かっていない。
「コアと貴女は一体どういう関係なんですか。元凶ってどういうことなんですか!」
「……良き友人」
「え……」
予想外の言葉だった。
友人なんて単語が出てくるような場面ではない。
「友人、だった。そして、私でもある。私はミラーワールドを開いた時、ミラーワールドへと入ってしまった。私以外に人はおろか、動物もなにも、およそ生命というものを感じることはない世界。そんな世界に佇む一枚の鏡。コアミラー……。彼女はコアミラーの中から現れた。私の姿を鏡に映して」
彼女は私だ。
良き友人、それもそうだろう。
自分と同じ考えを持ち、趣味嗜好も同じ。
鏡の中の私は決して私を裏切らない。
……幼い頃の私は友達がいなかった。だから、彼女と共に遊ぶことは何にも代え難い喜びだった。
毎日のように私はミラーワールドで彼女と遊んだ。
だが、時を重ねるごとにそんな時間は無くなる。
中学生の頃、文化祭の出し物で劇をやった。
私は主役ではなかったが……主役以上の演技をしてみせた。
それから私は現実の世界でも友人が出来るようになって、ミラーワールドに行く時間は少なくなった。
高校生の時、私は聖山高校の演劇部に入部した。
一年生でありながら主役に抜擢され、誰もが私に魅了された。
二年生になって後輩が入ってきた。
そのうちの一人が、君のお母さんだよ。
特に彼女は私を慕ってくれた。
後輩というよりも、妹みたいだと思っていたよ。
まあ、とにかく現実の世界で充実する度にミラーワールドの私と会う時間は減っていた。
それが何を意味するのか、当時の私には理解することが出来なかった。
三年生の時、私にとって最後の文化祭。三年生は文化祭での公演で引退するから、とにかく私や他の子達も熱が入っていた。
文化祭が近づくある日、鏡の中の私が言った。
「ミラーワールドが、閉じようとしている」
現実の世界との繋がりが弱くなり、もう私が行き来することが出来なくなると。
だから、最後に私の願いを叶えてあげる。
学校にある一番大きな鏡の前で、ミラーワールドが閉じる最後の瞬間に願いを叶える。
どんな願いでも。
校長室の前の廊下に、今でもあるかな?
あの鏡だ。
そしてミラーワールドが閉じる日というのが、文化祭当日の夕方。
どんな願いでも叶える。
けれど、その頃の私には願いがなかった。
願いがなかったというよりも、満たされていたと言った方が適切だな。
まるで思い浮かばなかったんだ、願いが。
文化祭の劇では主役に抜擢され、高校卒業後の進路も決まっていた。
あの頃、私は順風満帆だった。
そんなだから願いのことなんて頭の片隅に追いやっていた。
最後の文化祭も迫っていたことだし、願いなんて叶えなくていい。最後に、鏡の中の私に別れを言えればと。
そんな時だったよ、君のお母さんが恋をしているのを知ったのは。
剣道部の男子生徒。そう、君のお父さんにお熱でそれはそれは……。
なに?
親のそういう話は聞きたくない?
いや、駄目だ聞け。大事なことなんだ。
君のお母さんは彼に告白する勇気を持てずにいた。
さっきも言ったとおりだが、君のお母さんのことは妹のように思っていた。
だから、私は彼女の恋が実るようにこう言った。
文化祭の最終日、文化祭の閉会式をやってる時に校長室の鏡の前にいた二人は結ばれる。
そうして、彼女は実行した。
勇気を振り絞って。
そして二人は結ばれ……君が生まれた。
そう、御剣燐。君がね。
「君は、鏡の中の私……コアにより願いが叶えられたことで生まれた」
強く、頭を殴られたかのような衝撃だった。
願いが、叶えられたから生まれた?
それが、僕?
「そんな……いやでもコアは貴女の願いを叶えようとしていて……」
「あの時、コアは私の姿から鏡に戻りかけていた。彼女自身にも時間が迫っていたんだろう。そういうシステムとしてあるべき姿に戻るタイムリミット……。だから、君のお母さんの告白を願いとして受理することしか出来なかった」
淡々と伝えられる真実が痛い。
なによりも、怖い。
自分の生まれが、自分が止めようとしているものによって定められていたことが。
「……話は続く。私は高校卒業後に女優としてデビューした。短い間だったがとても楽しかった。だが、私も女だ。一人の男を愛し、妻となり、母となり……。私は、母であろうとした。それで女優を引退した。生まれ育った聖山の街に戻って……」
長男を育て、娘を身籠った。
産まれた娘はすくすくと育った。
幼い頃の私に似て、内向的な子だった。
よく鏡に向かって話しかけて遊んでいた。
なんともまあ、親子だななんて暢気に思っていた。
そんなある日……突如、ミラーワールドが開いた。
『今日子……! 今日子、今日子!!! 憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!』
そんな声と共に、娘はミラーワールドに連れ去られた。
私も捕らえられて、この列車に閉じ込められた。
夫はその時に出た炎に焼かれて死んだ。
唯一、息子だけが現実世界で生き残りはした。
それが救いのようで……呪いの始まり。
「ミラーワールドに連れ去られた娘とその兄って……。まさか……」
「藤上は旧姓。結婚してからは宮原。娘の名は宮原鏡華。アリスとして担ぎ上げられライダーバトルを始めてしまった可哀想な子だよ」
……元凶という言葉の意味が分かった。
分かってしまった。
今のコアを生み出したのは、この人なんだ。
「さて、ここまで話しておいて私が元凶ということは理解したな。だが、
「……はい」
「賢しいな、
「いいえ、自分のせいですよ……」
「自分一人に責任を押し付けることは簡単。しかしそれは逃げていることと変わらない。原因を突き詰め、理解した上で反省し、対処することが大事」
原因を突き詰め、理解する……。
ライダーバトルの原因。
それは……。
「鏡華は君に恋をした。とはいえ、それを理解したのは君が死んだあとのこと。幼い頃にミラーワールドに引きずり込まれたあの子に、そういったことを教える者はおらず、一人きりのあの子が恋を知ることもなかったからな」
彼女はずっと一人でいた。
寂しそうに、一人で。
だから、僕は彼女に……。
「そんな時、あの子の前に君が現れた。それは間違いなくあの子にとって救いになった。10年もの間、一人きりだったのだから。……そうして、君はあの子に寄り添ってくれた」
寄り添ってくれた?
本当に、僕は彼女に寄り添うことが出来たのだろうか。
僕はまったく、彼女の気持ちを理解することなど出来なかった。
そんな僕が、寄り添うなんて……。
「他人を真に理解することは出来ない。人の心を読めるわけがない。人の心を読める者がいたらそれは人ではないよ。それに、あの子の気持ちに君が気付かないのは当然だ。あの子は君に想いを伝えなかったのだから。直接、言葉として。もっと言えば、その伝える大切さをあの子は学ぶ機会がなかったのだが」
伝える大切さ……。
キョウカさんは10年間もミラーワールドにいた。
10年だ。
人格形成を成すべき時期をミラーワールドでたった一人で過ごしてきた。
親も、教師だって存在しないのだ。
たった一人では人間関係を、社会を学ぶことは出来ない。
「因果なものだ。願いが叶えられたことで生まれた君が、ミラーワールドを開いてあの子と出会ったのだから」
「……そして、モンスターが現実の世界を襲い始めました。だから、僕は……」
「仮面ライダーとなった……。モンスターもコアが生み出したものだろう。私がミラーワールドを開いた時は現れなかったからな。君が開けたのを利用したんだ」
「……コアは、何をしようとしているんですか」
「ひとつは、私への復讐だろう。これは果たされた。いや、継続中とも言えるが……。だがこれは片手間のものだろう」
片手間。
ひとつの、通過点ということか。
コアが目論むこと、最終目標に辿り着くための。
「ライダーのシステムにもコアが関わっているのかもしれないな。士郎が君に戦うように迫ったのも……」
あの時、私ではないものが願いを叶えてしまった。
その願いによって結ばれた二人の子供を利用する。
これもまた、あいつの復讐のひとつかもしれない。
そう、藤上今日子は語った。
「ライダーとして一人孤独に戦い君は死んだ。そして、鏡華を利用してライダーバトルを起こし、大勢の少女を巻き込み……。いや、少女だけではないな。少女達の家族や友人達も巻き込んで多くの悲しみを産み落とした」
……脳裏に浮かぶ、様々なライダー達。
命を落としてしまった人は大勢いる。
彼女達一人一人にも家族がいて、友達がいて、恋人だっていたかもしれない。
とにかく、人がいなくなるということは想像以上に多くの人間を悲しませる。
だから、僕は……。
「止めるために、戦わないと……」
「……ああ。すまないが、私はここからは出られない。君の力になれることは少ないだろう」
「……そういえば、ここって、この列車は本当になんなんですか」
「君も持っているだろう。時間を操るカードを」
時間を操るカード。
タイムベントのことか。
「時間をあれこれ弄りまわすなんて、普通ではないだろう。コアも例外ではない。そのために、これは利用されている」
「タイムベントの力の源ってことですか」
「そんなところだ。コア好みに改造されてしまっているが……」
コア好みとは、この車内の環境。ルールのことだろう。
欲望に満ち溢れている。ここは。
「……何度も、あの子は繰り返した。繰り返す度に、鏡華は悲しんでいた。それを何度も、何度も私は見せつけられた。ここから……」
窓の外、黒い砂漠を見つめる藤上今日子の顔は親の、母の顔をしていた。
娘を思う母の顔。
娘の悲しみを、何百、何千と見てきたこの人の心中を測ることなんて出来なかった。
「何度も繰り返したことに加えて、他にも様々な時間を操るカードによってこの時空はねじ曲げられてしまった。御剣燐、しっかり覚えていけ。時を操るなんて強大な力を行使するからにはそれ相応の代償が伴う」
「代償……」
「君はさっき、傷を売ることでこの大金を得た。その代償としてもう二度と味わいたくはないだろう痛みに襲われた。いいか、願いを叶えるとは本来こういうことだ」
「本来こういうことって、代償があるということですか」
「そうだ。願いに相応しい対価を払わなければならない。逆を言えば、大抵の願いは対価を払えば叶えられる」
大抵の願いは対価を払えば叶えられる。
例えば、腹が減ったからコンビニで食べ物を買って食べるとかが分かりやすいだろうか。
けど、このライダーバトルに参加している人達は……。
「普通じゃ叶えられない願いがあるから、戦っている……」
「普通では叶えられない願いのために自分の命を対価としているわけだ、少女達は。それがコアの狙いなのだろう。売買という契約ではなく、ギャンブルをさせる。命をベッドさせ、一発逆転を狙わせる。ほんと、悪どいよ」
ではその果てに何を見ているのだろうか、コアは。
分からない。
やはり、奴は底が知れない。
「仮にライダーバトルの果てに願いが叶ったとしよう。だが、その願いに相応しい対価を支払ったといえるだろうか。いいや、きっとそれは過剰な支払い。ボッタクリだ。天秤は願いではなく対価の方に傾くだろう」
願いと対価は対等でなくてはならない。
理屈は分かる。
だけどもし、そういったことを超越した願いがあるのだとしたら……。
いや、これは今は関係のないことだ。
「話を戻すが、タイムベントは危険だ。鏡華はタイムベントの代償に繰り返すことの絶望を味わった。では、君は?」
「僕は、何も……」
「いいや、そんなはずはない。未来超越。未来の勝利を決定する力だ。もっと言えば未来を、運命を固定する力」
運命を固定する力。
敗北の可能性を斬り捨て、勝利を約束するもの。
これに伴う代償……。
「いずれにせよ、君にも訪れる。代償を支払う時が。だから、タイムベントは使うな」
母親が子供を叱りつけるようにして言われた。
なんだか、不思議な感じ。
だけど、悪いようには思っていない。
叱られるって、愛されてるってことだから。
この人は、心配してくれてるんだ。
「タイムベントは極力、使わないようにします」
「極力?」
その声には、ちょっぴり怒気が孕んでいた。
「使わないようにします!」
「よろしい。……それでは、もう行け」
「えっ……。行けって……」
「現実の世界へ、だ」
「行けるんですか!?」
なんのために助けたと思っていると怒られる。
確かに、助けてもらったんだよな僕は……。
「迎えが来ている」
「迎え?」
コツン、コツンと靴音が。
僕の目の前に、黒いロングコートを着た僕が現れた。
僕、ではなく刃だ。
「迎えって……」
ああ、藤上今日子が頷く。
やっぱり、というかなんで刃が。
この前、滅茶苦茶斬りあった仲なんだけれども。
あれこれ聞いてやろうと思ったが、あの異形が再び車内に現れた。
他の乗客が道を開けるなか、突っ立っている刃に異形は目をつけた。
……刃は、切符を持っているのか?
『キップ ヲ ハイケン』
「……」
刃は黙ったままでいた。
やっぱりこいつ、切符を持ってない……!
『ムチンジョウシャ トリシマリ』
異形が棒を振るおうとした瞬間、刃はどこからか取り出した黒いスラッシュバイザーで異形を斬り捨てた。
「お前も、こうしていればあんな痛みを味あわなくて済んだのにな。馬鹿な奴だ」
異形は完全に沈黙している。
誰が馬鹿だと言い返してやりたかったのがその前に、異形がわんさかとこの車両に乗り込んできた。
仲間がやられたので完全に戦闘態勢でいる。
「おい、行くぞ」
「行くって……。この中を!?」
「ああ、切り抜けるぞ」
「……あまり、荒らすなよ」
藤上今日子の願いは叶わなかった。
早速、刃が蹴り飛ばした異形が誰かの露店を破壊した。
「お前! こんな面倒起こす方が馬鹿だぞ!」
「……うるさい。斬るぞ」
こいつ……!
そんな怒りをどこかにやらねばならない事態となった。
刃と顔が同じ僕。いや、正確には刃が僕と同じ顔なんだけど。
顔が同じなものだから、異形は僕にも襲いかかってくる。
「僕は切符買ったのに……!」
振り下ろされた棒を避けて、変身する。
「変身!」
「変身」
刃とは同じタイミングでの変身になったが気にしてはいられず。
狭い車内でまだ関係ない人も残っている。
むやみやたらと斬ることは出来ない。
正確に、素早く。
ここから切り抜けることを考えながら戦っていく。
スラッシュバイザーで異形を切り裂き……刃と背中を合わせた。
「……あっちのドアから出るぞ」
背中越しに刃が指示を出した。
あそこまでの道中、異形を斬り伏せてドアから出て……。
「出てどうするわけ!」
「いいから、行くぞ」
刃が駆け出し、僕はそれについていく。
短い距離だが走り、切り抜ける。
後方から矢が放たれるがそれも斬り捨て、ドアの前へ到着。
ドアを刃が斬り捨て、風に流されていった。
外には黒いドラグスラッシャーが列車と並んで飛んでいる。
なるほど、こういうことか。
「跳べ!」
「ッ!」
刃のあとに続いて、列車から黒いドラグスラッシャーへと乗り移る。
黒いドラグスラッシャーは僕が乗ったのを確認すると一気に高度を上げて黒い空へと舞い上がった。
追手は撒けた。
これで、ようやくゆっくりと話が出来る。
「どうやって、ここに……」
「……アリスによって産み出された俺は、ある意味ではアリスの力の根源であったコアから産まれたと言ってもいいのだろう。だからか、奴等の作った場所には入り込むことが出来た。お前がアリスに捕らわれた時、デッキを渡したのも俺だしな」
……そうか、あの時の声は刃のものだったのか。
「そうだったんだ……。ありがとう」
「は? なぜ礼を言う」
「いや、助けてくれたわけだし。お礼ぐらい、ね」
「自分に礼を言うやつがあるか」
「ここにいる」
それに、刃は同じ顔をした別人って感じがするのだ。
なんとなく、だけど。
だからなんだろう、双子みたいな?
手のかかりそうな弟だ。
「そんなことを言ってる場合ではないようだぞ。あっちは」
「そうだよね……。あのキョウカさんも一体……」
「分からん。こちらからは手出しが出来なかったので監視していたが……」
あのもう一人のアリス。現実の世界にいたキョウカさんは確かに仮面ライダーを見たと言っていた。
それが、そういう理由だったなんて。
「アリスの方は任せろ。お前は他を助けろ」
「手伝ってくれるの?」
「やむを得ない。緊急事態だからな」
刃が緊急事態だなんて言うとはよっぽどのようだ。
……なんとかして、みんなを助けないと。
「そろそろ現実世界へ浮上する。念のためサバイブになっておけ」
「分かった」
刃と共にサバイブへと変身する。
敵の戦力がどれほどかは分からない。
だから、最初から全力でいく。
「……これを持っていけ」
手渡されたのは、一枚のカード。
遺伝子のような螺旋が描かれていた。
カードの名前は……。
「ストレンジベント……? これは?」
「宮原士郎が所持していた。その場に応じた能力を持つカードに変化する。使え」
言われたとおりに使ってみる。
スラッシュバイザーツバイの鞘にあるカード読込み口の中へ入れる。
【STRANGE VENT】
電子音声が鳴ると、カードが排出されたので手に取るとストレンジベントのカードは、ツルギサバイブの幻影を描くトリックベントに変化していた。
本当に、カードが変わった。
「行くぞ」
「ああ!」
黒い空が白い光に包まれる。
光の中、トリックベントを使用して分身した僕達はみんなのもとへ向かって飛び出した。
荒れた車内は乗客達の手により復旧作業がなされていた。
誰もが忙しなく動く中、一人優雅に茶を嗜む藤上今日子の目の前には、装飾が施された箱が置かれていた。
箱の中にあったのは、黒いパスケースと三色のメダル。
そして……二本の趣がそれぞれ異なるベルトであった。
「この戦いが終わった後のことを考えなければな……」
この戦い。
仮面ライダーツルギの戦いが終わった後のこと。
「出来れば、もう彼には戦ってほしくはない……。だからこそ、これは戦士として生まれた者が得るべき力……」
戦士として生まれ、戦士として生きた者にこそ、この力を授ける。
それが、藤上今日子の願いであった。
無辜の民であった御剣燐のような者にではなく、戦士になるべくしてなった者に。
「彼はきっと、全てを背負う。だから、せめてその全てを減らすことぐらいは……」
だが、そのためには仮面ライダーツルギの戦いが終わらなければならない。
その時はきっと来ると信じて、今日子は箱の蓋を閉じた。
ADVENTCARD ARCHIVE
STRANGE VENT
召喚機に読み込ませることでその場に応じた能力のカードに変化するという特殊な能力を持つ。
変化したカードは再び召喚機に読み込ませることで効果を発動させる。
ツルギサバイブが使用し、トリックベントに変化した。
本当に欲しいものはなんだい?