聖山高校の前には救急車、パトカー、必要あるのか分からないが消防車が無数に集まっていた。
遠巻きに眺める野次馬達を掻い潜って最前列に出る。
慌ただしく動き回る医者、警官、消防士。
これといって分かることはない。
まあ、分かっていたことだ。
そうとなれば、こちらではなくあちらへ行けばいいこと。
再び野次馬達の間を縫って、人ごみから出て人気のない路地へ。
「変身」
カーブミラーに映し出された自分の姿が黄色と黒の警戒色に彩られた鎧を纏う。
仮面ライダースティンガー。
アタシが変身した姿。
カーブミラーに吸い込まれるようにしてミラーワールドへと移動し、ミラーワールドの中の聖山高校の校舎の中へと足を踏み入れる。
「なっ……」
思わず、そんな声が出た。
白を基調としたよくある学校らしい空間。廊下を曲がった瞬間、白が失われた。
赤だ。
赤黒い塗料をぶちまけられたかのようだった。
だけどこれが塗料なんて可愛らしいものでないことが即座に分かった。
血だ。
人間一人分なんかではない。
たくさんの人間の血だ。
「マジで、何があったんだよ……」
ここ最近のミラーワールド、ライダーバトルはどこかおかしい。
アタシの預かり知らぬ何かが動いているような、そんな感覚。
「……これ以上はなんもないか」
一通り校舎の中を練り歩いたが大したものは見つからず、血まみれの廊下。戦いがあったであろう教室。それぐらい。
モンスターの気配もライダーの気配もないので、これ以上ここにいたって仕方ない。
また人気のない路地から現実世界へと戻り、聖山高校から遠ざかる。
あの状況から推測するに、この白昼堂々の学校にモンスター達が襲来し、ライダー達が応戦。それでライダーバトルも行われた……というところだろうか。
聖山高校にはライダーがかなりいたはずだ。
きっと、ライダー達もそれなりにやられたと思う。
『────こんにちは、瀬那ちゃん』
名前を呼ばれる。
この甘ったるい声はアリスのものだ。
だが、どこか疲弊した様子を感じる声色だ。
ま、アタシには関係ない。
「聞きたいことがある、あれはお前の策略か?」
何処へとも向けずに質問を投げ掛ける。
どうせ近くの鏡の中にいるのだろう。
わざわざアリスを見つける必要はない。
『……いいえ。あれはもう一人の私の仕業です』
「……もう一人? どういうことだ」
そしてアリスの口から語られたのは信じられないことばかりだった。
もう一人のアリスの登場。
このアリスは既にライダーバトルを運営したりはしていないそうだ。
新たなライダーバトルが行われようとしていると。
「なんか、色々と変わったとは思ってたけど……。なんでもいい。願いが叶うなら」
『戦うんですね……』
当然だと返した。
今更戦うことを止めたりしない。
戦うことを止めるとしたら、それはアタシが死ぬ時だ。
「だいたい、お前が戦えば願いが叶うって誘ってきたからだろうが。今更なに言ってんだか」
『……ええ、そうですね。ですが、もう一人の私には与しないでください』
「分かってる。もう一人のお前もライダーバトルの参加者なんだろ。だったらアタシが殺す相手だ。アタシ以外のライダーは、全員……!」
そして、アタシは願いを叶える。
幸せだったあの頃を、アタシの帰る場所を、取り戻す。
もうアリスには用はないと歩き出す。
だが、あいつの言葉がアタシの足を止めさせた。
『……貴女と組んでいる娘は、どうするんですか?』
……あのバカか。
「あいつのメモリアはアタシが持ってる。願いを叶えることにもそんな興味ないってさ。だから、アタシ達が最後の二人になった時、あいつのデッキをアタシが壊す。それでアタシの勝ちだ」
今度こそ立ち去る。
アリスももう何も言わない。
通り過ぎていく救急車のサイレンだけが、響いていた。
あいつの家まで歩く途中、電信柱に貼られたチラシに目が行った。
誰かお手製のもの。
猫か何かを探しているのかとも思ったが違う。
目を奪われた。
探していたのは、少女だ。
「片山紗枝……」
笑顔でピースする少女の写真。
この少女は、知っている。
アタシのデッキを盗んで、散々アタシを振り回して、あるライダーに殺された少女だ。
連絡先は、児童養護施設なぎかわ。
凪河区にある孤児院のようだ。
「あいつ、こんな名前だったのか」
誰にも聞かれないはずの独白。
だが、それに反応する者がいた。
「あの、紗枝ちゃんのこと知ってるんですか?」
歳上の女。
多分、20とかそれぐらいの。
手には電信柱に貼られているのと同じチラシを持っている。
ちょうどこのチラシを貼っていたところなのだろう。
「……知らない」
「嘘! 今こんな名前だったのかって!」
「だから、名前も知らない程度だよ。顔だけ知ってる。あとは知らない。だから知らない」
「教えてください! どこで見かけたんですか!」
しつこい女だ。
どうしたものか。
ライダーバトルのことを話すわけにはいかない。
……こいつが、惨たらしく殺されたということも。
何も語ることはない。語ってはいけない。
だから、女を無視して歩き出す。
「待って!」
アタシの前に立ち塞がる女。
無視して、通り過ぎようとするも諦めてはくれない。
肩を掴んで、アタシを行かせないようにする。
「離せ」
「話してくれるまで動かない。知ってるんでしょ紗枝ちゃんのこと!」
「ああ……なんなんだよアンタは」
「私は惣田早苗。紗枝ちゃんのいる孤児院で働いてる。一週間も前から行方不明で、それで……」
ため息をつく。
まあ、そんなところだろうとは思っていた。
「お願い。紗枝ちゃんのことなんでもいいの。教えてください……!」
「……スられたんだよ。返してほしけりゃ遊び相手になれってな。それだけだ。あとは知らない。じゃあな」
今度こそ、今度こそ立ち去る。
早苗とかいう女は頭を下げていたようだったが、気にしない。
波打つ心を抱えながら歩き、ふと思い出した。
『メモリアに出たボクの願いは……繋がり。孤児院でもボクは一人ぼっち。誰か、ボクと一緒にいてくれる人が欲しいんだ。だから……ライダーであることをやめたりするもんかっ!』
あいつの、紗枝の願い。
「なんだよ……。ひとりぼっちなんかじゃないだろお前は……。あんな必死に探してくれる人がいるんだからさ……」
それに気付かないあいつは、本当に馬鹿だ。
それを知らずに死んでしまったのだから。
あいつの願いはすぐ傍にあったものだっていうのに……。
「くそっ!」
何がくそなのかは分からない。
ただ、この感情がなんなのかが分からない。
これのぶつけ場所が分からない。
言葉と共にコンクリート塀を殴った拳から、血が滲んでいた。
雨が降る。
ああ、苛立たしい。
パーカーのフードを被って、大した意味のない雨避けをする。
濡れる、濡れる。
雨足は強まる一方で、パーカーもその下に着ているYシャツも、肌も濡らして。
アタシはただ、この雨に濡れることを選んで歩いた。
「あー! 何やってるのさ瀬那!」
バカっぽい声がした。
傘に入れられる。
雨に濡れることを選んだのに、こいつは。
「え、もしかしてもう聖高行った?」
「……ああ。とっくの昔にな」
「ええー!? 一人で行動して。私達バディでしょバディ。それより早く帰って瀬那をお風呂に入れないと! そして一緒にお風呂に入ろう! うん!」
「……入ってきたら蹴り飛ばす」
ああ、このバカのせいか身体が寒いと感じてきた。
こいつの家の風呂は広くて気に入ってるので、風呂のために早く家へ……。
「瀬那?」
「……なんでもない」
変なことを考えてしまった。
さっさとこのバカの家へ向かう。
風呂のために。
そう、風呂のために。
いつの間にか、雨が降っていた。
ここがどこかも分からない。
こんなに体力があるとは思えないほどに、ずっと走り続けていた。
逃げ続けていた。
刺しちゃった、刺しちゃった、刺しちゃった、刺しちゃった、刺しちゃった、刺しちゃった。
────殺し、ちゃった。
「いや!」
大きな水溜まりの真ん中で、膝から崩れる。
殺しちゃったという現実が、私の足を奪った。
本当に、殺してしまったのか。
どうして殺してしまったのか。
生きたいから。
死にたくなかったから。
私の命と、北さんの命を天秤にかけて、私の命の方が重かったから。
でも、北さんはこんな私を助けようと一生懸命だった。
そんな人を私は殺したの?
仕方ない。
だって、なんとかしようとしてたって言ってもどうにもなっていなかったのだから。
あの状況下では、二人共死んでしまう。
そんなの無意味だ。
だったらどちらかが犠牲になって生きるべきだ。
じゃあ私は北さんを犠牲にして生きる価値がある人間?
当然そう。
だって、私は私。
北さんは北さん。
自分と他人。
どちらが大事かなんて分かりきったこと。
誰だって自分が生きたいに決まってる。
だからきっと北さんもギリギリになったら私を殺して生きようとしたはず────。
本当に、そう思う?
北さんは、きっとそんなことをしない。
北さんは限界まで頑張るだろう。
二人が助かるために。
なのに私は、一人で助かろうとした。
なんて、なんて愚かで惨めで浅はかな人間。
こうして今、生きてる価値なんて私にはないんだ。
けど死にたくない。
死ぬのは怖い。
もう、なにをどうしたらいいか分からない。
私を濡らす雨が無くなった。
雨が止んだわけではない。
いつの間にか、私の目の前に一人の女子高生が立っていて私に傘を差してくれていた。
藤花の制服……。
「大丈夫ですか?」
今時珍しいおさげの少女はにこりと微笑んでそう訊ねる。
大丈夫かと聞かれて、大丈夫と言えるほどの余裕は今の私にはなかった。
「放っておいてください……」
「苦しんでいますね、心が」
「だから……放っておいてください!」
「私なら、貴女をお救いすることが出来ます」
「え……」
私を、救う?
その言葉に反応し、再び少女の顔を見上げる。
まるで、聖女のような。いや、女神のような柔らかな笑みを浮かべていた。
もしかしたら、本当に、この人は私を……。
「あの、貴女は……」
「私は樋知十羽子といいます」
名乗り、差し出された手を恐る恐る掴んでしまった。
立ち上がると、こちらへとついてくるように促され十羽子さんの一歩後ろを歩く。
私、どうなっちゃうのかな……。
病院の集中治療室に運ばれた北さんの無事を皆で祈っていた。
あの後、僕の分身が運んできた北さんの傷をキョウカさんの力でなんとか塞いだ。
しかし、キョウカさんに残された力は僅かで完全に治すことは出来ず、今も懸命な治療が続いている。
病院の廊下で僕達は口を閉ざしたままでいた。
「……北は、誰と戦ったのかしらね」
沈黙を破り、壁に背をもたれさせながら立つ美玲先輩が呟いた。
校舎内でのライダーの戦いは全て一対一に指定され、戦った場所もそれぞれ閉ざされていた。
美玲先輩は佐竹副会長と、美也さんは黒峰樹と。
伊織さんは一人で大量のモンスターの相手をさせられていた。
「あの時にいたのは喜多村遊さんと氷梨麗美さんですよね……。それに、真央さんもいなくなってるから……」
恐らく、やられてしまったとは美也さんは言わなかった。
床を見つめて、悲しみと悔しさを滲んだ顔を浮かべている。
「……喜多村は刺し貫くような武器は持ってない。もっぱら格闘よ。氷梨は爪を武器にしていた……」
「じゃあ、北さんと戦ったのは氷梨麗美……」
「そして、上谷は喜多村にやられた。可能性が高いのは、恐らくこうね……」
遊さんと真央さんが戦ったら勝つのは遊さんだろう。
実力から見ても。なにより彼女は手加減なんてしないはずだ。戦うとなれば、きっちりケリをつけるはず。
「……やられたわね」
「やられたって、言うと……?」
「敵の狙いは恐らく、私達の戦力を削ること。ライダーバトルを終わらせようとしてる、邪魔な私達の」
敵。もう一人のアリス。
彼女のことは、未だに朧気ではあるが、それでも思い出しつつある。
「あのアリスは、宮原鏡華として僕と同じクラスにいたんです……」
「ええ……。けど、それがある時からまるで最初からいなかったかのように姿を消して、私達の記憶の中からも……」
「お家も、廃墟になってたしね……」
キョウカさんのタイムベントとも違う。
世界が変わってしまったかのように、宮原鏡華はアリスとなった。
彼女を取り巻くものは全て、なかったことになっている。
「あいつは、一体……」
『あれは、ライダーバトルに勝利した私だと言っていました』
僕が持つ折り畳み式の鏡の中から、さっきまでいなかったキョウカさんが声を上げた。
どこにいたのかも気になるが、まずキョウカさんが話したことが気になる。
「ライダーバトルに勝利したって……」
「それはおかしいでしょ。貴女、何度も繰り返しているのに」
『はい……。私が勝ったのならば、そこで時間を戻すのも終わりです』
「じゃあ、なんで……」
『恐らくですが、あれは合わせ鏡が映し出したもう一人の……。数ある可能性の中のひとつの私ではないかと思います』
数ある可能性のひとつ。
ライダーバトルに勝った世界線の、キョウカさん……。
『ライダーバトルに勝った私を使って、コアはまた何かを企んで……』
「でも、なんでそんなことを……」
「見限ったんでしょ、コアも。何回も負け続けてる奴を」
美玲先輩の言葉には棘があった。
いや棘しかない。
普段なら何か言い返すだろうキョウカさんも、黙り込んでしまった。
「きっと何か理由があるはずだよ。まだ、分からないけど……」
これ以上は何も言えなかった。
再び僕達の間に沈黙が訪れる。だが、それはすぐに破られた。
僕の母さんの声によって。
「燐!」
「母さん……」
病院ということも忘れ、僕の名を叫んだ母さんが抱きついてきた。
泣いていた。
よかった、よかったと……。
「母さん……。ごめん、心配かけた」
「ううん。いいのよ……。美玲ちゃんも、みんなも無事で本当に……」
涙を拭いながら、僕達だけでも無事で良かったと。
母さんはそう言ってくれた。
「みんなのお父さんお母さん達も来てるから、家に帰りましょう。ね?」
「でも、北さんが……」
「燐、私達に出来ることはないから家へ戻りましょう。北なら大丈夫よ」
「……はい。そうですよね。北さんですから」
強い人だから、きっと大丈夫だろう。
そう信じて、僕達は病院を後にした。
家へ着くと、見慣れない革靴が一足玄関にあった。
父さんのものとも違うようだ。
お客さん?
廊下を進んでリビングの方へ行くと、見知らぬ中年の男性がいた。
痩せぎすで、白髪頭の父さんより五歳ぐらいは歳上だろうという人と父さんが何やら話していた。
「ああ、帰ったか」
父さんはあまり感情を顔に出さない方だが、今回ばかりは少しホッとしたのが分かった。
父さんにも、心配をかけてしまった。
「パパ……」
傍らにいる美玲先輩がそう呟くのが聞こえた。
この人が……。
美玲先輩の父親はソファから立ち上がって一礼したのでこちらも同じく。
「咲洲健司と言います。娘がお世話になりながら碌な挨拶も出来ずに申し訳ありません」
本当に申し訳なさそうにしているのが伝わる。
こちらとしては全く気にしてないので大丈夫です……。
「パパ、どうして……」
「学校であんなことが起こったからだよ。母さんが二人を迎えに行くところだったから、家で待っててもらったんだ」
父さんが説明して納得。
そりゃそうだ。
あんな事件に自分の子供が巻き込まれてしまったのなら、心配になるのが親というものだ。
美玲先輩のお父さんは美玲先輩へと歩み寄る。
そして、短く。
「……大丈夫か」
「うん……。大丈夫。平気」
「そうか……」
そう言って踵を返すとソファに置いてあった鞄を手に取り、「それでは失礼します」と言って……。
「あの!」
呼び止める。
美玲先輩のお父さんは立ち止まって僕を見つめた。
「なにかな?」
「えっと、その……それだけ、ですか? もっと、なにか……」
「燐」
美玲先輩が僕の肩に手を置いて、制止した。
「大丈夫だから」
「けど……」
「……それじゃあ、これで」
美玲先輩のお父さんは行ってしまった。
……本当に、良かったのだろうか。
「優しそうなお父さんじゃない」
母さんがそんなことを言うが、優しいのであればもっと美玲先輩に対して……。
「不器用な人なのね~」
「はい。不器用なんです、パパは」
美玲先輩はそう言って微笑んだ。
不器用、か……。
「優しさも愛情表現も、人それぞれということだ」
「お父さんはもっと愛情表現していいと思うけどね~」
「なに馬鹿なこと言ってるんだか」
「馬鹿なことって何よ馬鹿なことって~」
夫婦喧嘩(母さんの一方的なやつ)を眺め、僕と美玲先輩は二階へと上がった。
妹の美香が部屋から出てきて僕を見るとヨシ!と言ってすぐ部屋に戻ったが。
僕の部屋に二人で入ると、美玲先輩が口を開いた。
「燐、さっきはその、ありがとう」
「え?」
「怒ってくれたんでしょ。パパのこと」
あー……怒ったというか、なんというか……。
やっぱり、親子なんだからもっと色々あって然るべきと思っただけのこと。
けど、ちゃんと美玲先輩のことを愛しているというのはなんとなく分かりはした。
「私のパパとママもね、燐のパパさんとママさんに負けないぐらい仲良しでね、大好きだった。けど、私が小学生の時にママが病気で死んで……お父さん、すごいショックを受けてるのが分かって。それから現実逃避というか、ママの死を忘れるようにして働いて……」
それから、家で一人でいることが当たり前になったと。
会話もほとんどしないで、仕事に没頭するお父さんを美玲先輩は責めることが出来なかったという。
ちゃんと、愛してくれているのは伝わっていたから。
「けど、やっぱり寂しいものは寂しいでしょう。だから、今の生活が好きよ私。家に誰かいるって」
「美玲先輩……」
「それに、そんなパパに一言言ってやるって啖呵切ろうとした彼氏からの愛情を感じて私はとても幸せ」
僕をからかうつもりで言っているのがよく分かった。
そして今のからかいはとても効いたので背中が痒いです。
絶妙に手が届かないところが、とても、痒い……!
「もう、掻いてあげるわ」
「すいません……」
背中に回った美玲先輩。
美玲先輩の手が僕の背中に触れて……ぎゅっと、美玲先輩の体温を背中で感じる。
美玲先輩の吐息が首筋にかかってくすぐったい。
「燐……」
「あの、美玲先輩……?」
「燐は、遠くへは行かないわよね……?」
「え……?」
曰く、あの戦いの中で助けに現れた僕を見て、遠い存在のように、どこかへ行ってしまうのではないかという不安を感じたらしい。
僕は……。
美玲先輩の手に、僕の手を重ねる。
「大丈夫です。僕は美玲先輩の傍にいますから」
「本当?」
「はい。本当です」
答えると、美玲先輩が僕から離れた。
振り向くと、小さく腕を広げた美玲先輩。
何かを目で訴えているようだった。
「……?」
「今度は、燐の番」
僕の番。
ああ、そういうことか────。
正面から、美玲先輩を抱き締める。
身体全体で美玲先輩の熱を感じる。
細く、しかし弱くはなく。
美しい理想的な黄金比の身体を包み込む。
美玲先輩の鼓動と、僕の鼓動が二つ合わさっていく。
この熱に、融けてしまいそうだ。
「ん……。今度はキス」
「はは、なんだか甘えん坊ですね」
「色々あって不安だから……安心させて」
「はい」
そっと、静かな口づけ。
離すのが口惜しくなる。
寂しさを覚えるのは、愛があるからだ。
静かに、静かに、キスだけをした。
彼女に、僕を刻みつけようと。
僕に、彼女を刻み込もうと。
「もう一人のアリスと新しいライダーバトルぅ? なにそれ」
夕飯のパスタを皿に盛り付けるバカ。
反応もバカだが、盛り付ける量もバカだこのバカ。
「多すぎ。昔話みたいな盛り方をパスタでやるなよ。アタシがそんなに食えるわけないだろ」
「いやー動き回ってるからお腹空いてるかな~って」
「生憎こちとら少食家だ。知ってるだろ」
「いやほら、孫にいっぱい食べさせたいおばあちゃんの気持ちと同じやつ」
誰が孫だと麺を一本取って啜る。
硬さはちょうどいい。
それで肝心の。
「ソースとかなんかないの」
今盛り付けられているのは素パスタ。
麺だけだ。
ボロネーゼなり何か用意されてるはずだが。
バカは何も言わない。
何も言わないというか、なんと言ったらいいかとバツが悪そうにしている。
「お前、まさか……」
「いや~お金がないので、しばらくは素パスタ、白米、パンの耳で凌いでいこうかと……」
「はあ!? なんだよ金がないって!」
「ここ最近マジックショーしてなかったから収入源が無くて、貯蓄も底を尽きまして……」
マジか、と力なく座り込む。
そんなことになってるなんて、一言も相談されてないし……。
「ごめん! 瀬那との契約で衣食住の提供でお腹いっぱい食べさせるっていうのが守れなくなるって思って……」
こいつ……。
あの時のやつをきっちり守ろうとして……。
……。
「アタシも金がない」
「うん、知ってる!」
「うっせぇ!」
「痛っ!?」
自分で言っといてだが、笑顔で知ってるとか言われると腹立つな。
それはともかくだ。
「金がないなら稼ぐしかないな」
「そうだね。あ、学校、休校になったから明日からはバチバチショー出来るよ!」
「そうか……。じゃあお前はそっちで稼げ。アタシはアタシで稼ぐ」
「えっ、どうやって? そんなすぐにバイトとか出来ないよ?」
純粋な目をして言いやがる。
……はあ。
ひとまず、素パスタを腹に入れてアタシは与えられた部屋へ。
暗いままの部屋でスマホを開いて、媚びた文章を打ち込み投稿。
すると、すぐに喰らいついてきた。
「……アタシみたいなのには、こんなことしか出来ないから」
金払いの良さそうな男を選んで返信。
明日、アタシはアタシを売る。
最近はやってなかったけど今までだって、こうしてきたんだ。
今がむしろイレギュラーで、こっちのが普通で、あるべき形で……。
なのに、何故か……胸が痛んだ。
聖山病院は聖山高校の件で運ばれてきた患者達の対応で慌ただしかった。
そんな病院の一室に、青年と少女がいた。
ベッドの上の青年は雨が降る窓の外を眺めて、外の世界に思いを馳せているようであった。
「雨降ってきちゃったなぁ」
「そうだね、兄さん」
「気を付けて帰るんだよ陽菜」
「うん、ありがとう。それじゃあまた明日ね」
少女、新島陽菜が病室を立ち去ろうとする。
だが、その背に陽菜の兄が声をかけた。
「陽菜」
「なに?」
「その、こんなこと言うのも不謹慎なんだけどさ、陽菜が学校サボってここにいてくれて良かった」
当然、学校をサボるのは駄目だけどと優しく釘を差しはしたがそれよりも、なによりも自分の妹がこうして無事でいてくれたことを兄は喜んでいた。
「あはは……。サボったのは、うん……ごめんなさい」
「分かればよろしい」
優しく、陽菜を笑わせようとそんな口調で陽菜の兄は返事をした。
陽菜の罪悪感が解れたところで、陽菜は病室を後にするのだった。
病院の外、兄の病室を見上げる陽菜。
いつも、帰る度にこうしている。
握り締めたカードデッキに誓う。
兄の病気は私が治すのだと。
そのためには、泥水を啜る覚悟だってある。
戦い抜いて、絶対に願いを叶える。
少女、新島陽菜の瞳には強い闘志が宿っていた────。
次回 仮面ライダーツルギ
「……ひ、人が目の前で死ぬのは、嫌、ですから……」
「そのような罪をお抱えになって生きるのは苦でしょう。ですから、死んでしまえばいいんです」
「こっちまで死ぬようなルールはもうやめろクソ運営」
「昼、食べてかないか」
『アタシはお前を愛さない』
運命の叫び、願いの果てに────。
ADVENTCARD ARCHIVE
ADVENT(仮面ライダーグリズ)
アトスグリズラー 4000AP
新島陽菜=仮面ライダーグリズと契約している熊型モンスター。
パワー、スピード、知能が高く欠点らしい欠点のないモンスターで陽菜にもよく従っている。
全身に茶色の装甲を纏っており、防御力が高いのはもちろん突進の威力も向上している。
獰猛さと知性を兼ね備えて初めて捕食者たり得る。